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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X15_Decision

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188 目に焔、心に光(上)

「もっと広い部屋はないのか」


 ここまで様々な要望を聞かされたので、もうそろそろ最後にしてほしい。

 大人げなく拗ねた顔をしたわがままな魔術師に、ガランは手短に答えていく。


「ありません」

「むう」

「団員たちの部屋はもっと狭いんですよ。どうしても嫌だとおっしゃるのなら、どこか別の場所を検討してもらえないか聞いてみるくらいはできるかもしれませんけれど」


 かわりに警備は手薄になるがそれでも良いのか。

 募った苛々のせいで嫌みったらしい言い方になってしまったが、そのお陰かポンパ・オーエンも諦めがついたようだ。


「いや……、それは困る。だから、ここでよい」



 「藍」の大穴に残されていた死者を確認し、無彩の魔術師たちから詳しい事情を聞きだして。

 ヘイリーは非情な振る舞いをしたポンパを良く思っていなかったようだが、それでも調査団で保護すると決めた。

 守ってやるというよりは、スウェン・クルーグが本当にやって来たとして、ポンパがなにかとんでもないことをしでかすのではないかという懸念の方が大きい。


 細々とではあるが、調査団に所属している学者たちは迷宮の研究を続けている。

 なので罠の研究家として、学者たちと共に働くという条件で受け入れることになった。

 学者たちの宿舎は調査団の一番奥にあり、大人しくしていれば部外者に見つかることはないだろう。


「他になにかありますか。なければもう始めますが」

「用などない。なにも家から持ってこられなかったのだし。とはいえ、本当にやらねばならないのだろうか」

「あなたの身を守る為ですよ」


 ぶつぶつと文句を言う魔術師を座らせ、長く伸びた方の髪を切っていく。

 スウェン・クルーグがなにをしてくるかわからないのだから、身を守る為にできることはすべてやった方が良い。

 話し合った結果、魔術師の一番の特徴である髪型をなんとかするべきだと考え、すべて剃り落とすと伝えてあった。


 こんな妙な髪型でも愛着があるのか、ポンパは渋面を作っている。

 朝から散々付き合わされたせいで自業自得の変人を気遣う心はなくなっており、ガランは容赦なく鋏を入れていった。

 

 こんな雑用をこなし、ようやく普段の業務に戻る。

 調査団の下働きには様々な仕事がある。制服の管理や、団員たちの食事の支度、清掃など。

 下働きは長く続ける者が多く、大体の担当は決まっていても、急な仕事が入れば互いにカバーし合えるようになっている。

 戻ったものの急ぎでやる仕事はなかったようで、ガランはヘイリーの姿を探した。


「ダング調査官」


 ヘイリーは作業部屋にいて、最近起きた事件の調書に囲まれていた。

 ガランが飲み物を用意して持っていくと調査団員は穏やかな顔で礼を言い、早速「藍」で起きた事件について口にしていく。


「迷宮の中で見つかったのはシンマという男で間違いなさそうだ。右の手首に怪我をしていて、包帯を巻いていたのがわかった」

「ああ、レテウス様がやりあったと話していましたね」

「歯の特徴もあるし、シンマだと考えていいだろう」


 探していた男が見つかったはいいが、シュヴァルを刺した理由は結局謎のままだ。

 再び襲われる心配はなくなったが、迷宮の中に残っていた死者たちには不可解な点が多すぎる。


 三人には外傷がなく、魔法生物とやりあった可能性は低い。

 体がやけに黒く染まっていたことも気にかかる。

 ポンパたちが見つけてから日が経っていたのに、そこに残り続けていた理由もわからない。

 シンマとマージは運良く正体がわかったが、魔術師のローブを身に着けていた男の身元はわかりそうにない。


「彼らはスウェン・クルーグと行動を共にしていたのでしょうか?」


 無彩の魔術師とロウランから聞いた話を思い出しながら考える。

 三人が、「スウェンになにかされた可能性」について。


 そもそもはシンマを探すために、スウェン・クルーグの行方を追っていた。

 ポンパの屋敷の近くに団員を派遣して見張りをしてもらっているし、ヘイリーたちも引き続き捜索を続けていくと決めている。

 

 ギアノが見つけた三人の死者たちの姿は、余りにも不気味で、不吉なものだったから。

 彼らはただ死んだだけではない。明らかになにかがあったとしか思えない。

 その理由について調べられることがあるのなら手を尽くしたい。

 ヘイリーはこう助手に話して、協力してくれるかと頼んできた。


「マージというスカウトについて、ユレーに話を聞きに行ってみようか」


 良い考えだと、ガランは頷く。


 ギアノ・グリアドがあれほど悲しんでいたのは、マージなる探索者と親しかったからだろう。

 ユレーの悲しみようからしても、ごくまともな人物だったのではないかと思える。

 それならば、最後の足取りについて知っている者もいるかもしれない。

 二人は出掛ける支度を手早く済ませると、揃って街の南側へ向かって歩き出した。


「ポンパ・オーエンはちゃんと指示に従ったかな」

 ヘイリーに問われて、ガランは頷きながら答えた。

「髪も剃りましたし、部屋についても納得してもらいました」

「学者たちと共に働くのも?」

「それについては、むしろ喜んでいるようです。古い資料に興味を示していましたから」

 ガランの答え方に感じるものがあったのか、ヘイリーは助手の肩を叩いて労をねぎらってくれた。



 南側の貸家に辿り着き、扉を叩く。

 ユレーが出て来たが、げっそりとして顔色は悪い。


「ダング調査官、それに、ガランだったっけ」


 簡単な挨拶の言葉を交わした後、ヘイリーは調子はどうかと尋ねた。

 ユレーは悲しげに俯いたが、マージの墓へ行って花を手向けたと話してくれた。


「まだ辛いだろうが、聞かせてほしいことがある」

「マージのことかい?」

「ああ。彼女について教えてほしい。特に、最後にどのような行動をしたのか知りたい」


 ユレーは目を伏せたまま小さく首を傾げて、しばらくの間沈黙していた。

 ヘイリーは返事を待ち、ガランも女の様子を見守っている。

 

「少し待っててもらえるかな」

「ああ」

 

 ユレーはそう言い残すと家の中に入り、しばらくすると扉を開け、二人を招き入れてくれた。

 貸家の中はがらんとしていたが、中央に大きなテーブルと椅子のセット、奥には寝床があって男が一人横たわっている。

 男は一言も発せず、起きているのか眠っているのかもわからない。

 ユレーは飲み物を用意してくると、調査団たちの前に置き、口を開いた。


「あたしはマージがいなくなった時、ここに住んではいなかったんだ。色々事情があってね……。いなくなったって、あそこにいるヌウって奴が教えてくれたんだよ。あいつは怪我をしてて、マージが看病していたんだ」

「君が助けを求めに来た時に話していたのは、彼のことなのかな」

「ああ……、そうだったね。確かに。あいつのことさ」

「なるほど。共に暮らしていなかったのなら、彼女が何故迷宮に向かったかは知らないか」

 ユレーは小さく息を吐きだし、首を振っている。

「それについてはヌウから聞いてる。稼ぎが必要になったんだ。あの子はスカウトとしてはそれなりの腕があるから、一日で戻れる仕事がないか探していたんだって」


 そういった仕事の依頼を探す為に、使っていた店がある。

 同行したことはないが、店については聞いていたとユレーは話し、また首を振ってみせた。


「マージはただ、迷宮の中でやられたんじゃないんだね」

 ヘイリーは一瞬悩んだそぶりを見せたが、結局は頷き、こう答えている。

「その可能性はあると思う。我々には探している男がいて、その為にも、マージが何故あそこで倒れていたのか解明しておきたいんだ」

 マージの足取りが、解決の糸口になるかもしれない。

 調査団員がそう語ると、ユレーはこくこくと頷き、口を開いた。

「そうか、……わかったよ。もしわかったら、あたしにも教えてほしい」

「約束しよう」

 ヘイリーが答えると、ユレーは目元を拭い、小さな声で話し始めた。

「あの子について聞いてまわるんなら、大事なことを話しておくよ」

「大事なこと?」

「話がかみ合わなくなったら困るだろうから」


 ユレーはそう前置きすると、マージが男性であることを打ち明けていった。

 女の格好をして、女として暮らしていたが、本当は男だったのだと。

 既にロウランから聞かされていたとは言わず、ヘイリーは静かに耳を傾けている。


「本当の名前はジャファトっていうらしいんだ。あの子は多分、間違えて男の体で生まれちまったんだと思う。とても可愛い子なんだよ。あたしなんかよりもずっと女らしくて……。最初のうちは気付かなかったくらいだから」

「そうだったのか」

「一緒に暮らしてたマティルデって子なんか、多分いまだに気付いてないからね。あの子は男が怖くてたまらなかったっていうのにさ」


 そんな事情を抱えていたからか、マージはどんなことにもとても慎重だったとユレーは語った。

 稼げる探索を探してはいただろうが、妙な仕事を受けるとは思えないのだと。


「一日で稼げる仕事を探していたのは、ヌウをほったらかしにしたくなかったからだと思う」

「ならば、危険な仕事を引き受けるはずありませんね」

 ガランの言葉に、ユレーは頷く。

「彼と話すことはできるかな?」

 ヘイリーに問われて女は背後を振り返り、男の様子を窺っている。


「ちょっと待ってて」

 ユレーは「ヌウ」の傍らまで進んでいって、小声でなにか問いかけているようだ。

 やがて女は振り返ると二人を手招きして、ヘイリーたちは揃って奥へと進んだ。


「私はヘイリー・ダング。迷宮調査団の者だ。こちらは助手のガラン。我々は君の友人であるマージの足取りを追っている」


 ヌウはあちこちに包帯を巻いていて、あまり体を自由に動かせないようだった。

 だが、ユレーに手を借りて体を起こしている。


「随分酷い怪我を負っているようだが、どうしたのかな」

「……妙な奴に絡まれたんだ」

「それは気の毒に。最近神殿のルールが変わって、迷宮の中で受けた傷でなくても癒してもらえるようになった。相談してみてはどうだろう」


 ヌウはヘイリーと目を合わせないが、小さく頷いている。

 ユレーは初耳だったらしく、そうだったのかと呟いていた。


「マージについて聞かせてほしい。彼女はなんといっていたのかな。仕事を探していたのだろう」

「……ユレーの言った通り、一日で戻れる探索を探していた」

 茶鼠のオッチェと呼ばれる男の店で依頼を待ち、「良い話があった」と出かけていったとヌウは語る。

「一日で戻る、魔術師が同行するから大丈夫だと」

「その仕事に行って、戻らなかった?」

 ヌウは頷き、小さく唸るとゆっくりと寝床に倒れていった。

「すまない。無理をさせたかな」

 ヘイリーの呼びかけに答える声はなく、調査団員はユレーに声をかけている。

「世話になっている神殿は?」

「……特にないけど、ギアノに相談すれば力を貸してもらえるかな」

「確かに。リシュラ神官長なら力になってくれそうだ」

 ヘイリーは二人に礼を言い、オッチェの店に話を聞きに行こうと助手に話した。

「一人で世話をするのは大変だろう。必要ならば手を貸すから、いつでも相談に来てほしい」

「ありがとう、ダング調査官。あんたは本当に親切なんだね」


 ユレーに見送られて、二人は教えられたオッチェの酒場に向かった。


 オッチェの店は南の市場に近いところにあり、マージの貸家からはすぐにたどり着くことができた。

 調査団員の制服姿は警戒されるものらしく、店に入るなり鋭い視線が集まり、ガランは少し緊張している。


「なんだいあんた。調査団の人間がなんの用だ」

「あなたが店主のオッチェか?」

「ここは腕の良いスカウトたちの為の店だ。後ろ暗いところなんかなにもないぜ」


 大きな前歯の目立つ小柄な店主に、ヘイリーは丁寧に名乗ると、マージについて知りたいと正直に打ち明けていった。

 オッチェは目を細め、首を傾げて、なにかにはっと気づいたように小さく震えると、ヘイリーへこう問いかける。


「あいつになにかあったのか。まさか?」

「彼女は死んだ。迷宮の中で倒れていたのを、偶然発見されたんだ」

「迷宮の中で?」

 オッチェはしばらく唸っていたが、がっくりと項垂れ、そうかと小さく呟いた。

「マージが最後に受けた仕事について聞かせてほしい。この店で、一日で戻れる探索を探していたと聞いた」

「ああ、それは間違いない」

「依頼主を知っている?」

「いや、違うんだ。あいつが魔術師も行く仕事を見つけたっていうのは聞いた。確かにうちで探していたが、ここで受けた仕事じゃあねえんだ。声をかけて来た奴がいたとかで、引き受けたって報告は受けてるんだがよ」

「ここで受けた仕事ではない?」

「そうだ。そんな旨い話はなかなかないんだよ。あいつもそれはわかっていたと思う」

「彼女はなんと報告を?」


 オッチェは眉間に皺を寄せて、ヘイリーにこう尋ねた。

 マージはどこでどうして死んでいたのかと。


「『藍』の迷宮の、六層から落ちる大穴の底で見つかった」

「はあ?」

「本当に偶然なのだが、彼女の知人が見つけたんだ」

「偶然って……。そいつ、大穴にわざわざ落ちたってことか?」

「そうだ。彼は他の人間を探していた。トラブルに巻き込まれて、大穴に取り残された者がいたから」

「いやでも、あの大穴だよな? 探しに行くか、普通」


 ヘイリーは悩んだようだが、魔術師ニーロの助力があったと打ち明けた。

 するとオッチェは急に表情を変えて、なるほどと頷き、問いに答えた。


「悪いがそんなに詳しくは聞いちゃいないんだ。あいつは嬉しそうにやって来て、ちょうどいい仕事が見つかったって言ってきただけでよ」

「それだけ?」

「『藍』で鹿の角を集めるとは言ってた。一日の仕事だろ、妥当な内容だと思ったよ。あと、急ぎだと言ってたかな。早く決めたいと言っていたから、あいつにとっちゃちょうどいい話だったんだろう」

「同行する者については?」

「聞いていないが、あいつが行けると思ったんなら、まともな五人組だったはずだよ」

「五人組というのは、マージさんを入れて五人になるということですか」

 ガランが問いかけると、オッチェは当たり前のことを聞くなと鼻を鳴らした。

「ちゃんと戦える奴が揃っているなら、鹿狙い程度だし、神官抜きだったかも。前で戦える奴が二人か三人いて、魔術師がいて、そこにスカウトが加わるような五人組になったんじゃねえかな」

 ガランが思わず目を向けると、ヘイリーと視線がぶつかり、二人は揃ってオッチェへと向き直る。

「三人で行ったりはしない?」

「三人ってなんだ。中途半端すぎるだろ。よっぽど腕が良い奴らならあるかもしれねえけど」


 あいつは特に慎重な性格だったから、おかしな依頼は絶対に受けないはずだ。

 オッチェの声は力強く、焦ってはいても、マージなら確実に日帰りでこなせる仕事を選んだと思うと話した。


 重要な話が聞けたと考えたのだろう。ヘイリーはオッチェに礼を言い、立ち上がろうとしている。


「あの、ひとつお聞きしたいのですが」

 ガランはふと思い出したことがあり、オッチェへと問いかける。

「なんだい」

「『丸虫のあしあと』という店をご存知ですか」

 ポンパたちがスウェンと出会ったという店の名を出すと、オッチェはあからさまに顔をしかめてみせた。

「なんで知ってるんだ、あんな店。絶対行くなよ。ヤバい奴らしかいないんだから」

「魔術師ニーロにもそう言われたのです。近づかない方がいいと」

「その通りさ。癖の強い奴ばかり集まっているし、あんたらみたいなのは絶対に関わらない方がいい」


 魔術師に話を聞きに行った時、ポンパがダイン・カンテークに連れられて行った店についてこう忠告を受けていた。

 決して行ってはいけない、と。

 スカウトの集まる店を探していて行きついたのなら、嫌がらせで教えられた可能性があるとまで言われている。


「わかりました。ありがとうございます」

「なあ、丸虫には絶対にあんたらだけで行くなよ。どうしても行かなきゃならねえなら、誰か紹介するからよ」


 オッチェの大真面目な顔に見送られ、二人は一度調査団へ戻るべく西へ向かって歩いた。

 途中で食事を買って、調査団へと戻り、食べながら今日得られた情報について話していく。


「マージは何人で迷宮に向かったのだろう」

「確かに。五人で行ったのなら、あと二人居たことになりますね」

「スウェン・クルーグがいたとしても、あと一人足りないな」

 五人でいた姿を見た者がいないか、探す必要があるかもしれない。

 ヘイリーはこう呟き、ガランはふと気付く。

「もしもスウェン・クルーグがいたとしてですが」

「なんだ、ガラン」

「ポンパ・オーエンたちはスウェン・クルーグをスカウトとして仲間に入れていたんですよね」

 急ぎの仕事として頼まれ、マージを入れて五人組になったのなら。

 既にスカウトはいるのに、更に入れる必要はあるのだろうか?

「マージがそこまで慎重だったのなら、シンマが共にいたのも不思議ではありませんか」

「レテウス様たちが言っていたな。落ち着きがなく、妙な男だったと」


 迷宮で見つかった三人の死者は、何故共に行動していたのだろう。

 マージの人となりがわかったお陰で、謎はかえって深まってしまっている。


 二人が黙って食事を進めていくと、部屋のドアを叩く音がして、書類が戻ってきたと告げられる。

 それは安宿街に倒れていた二人の似せ書きで、主だった不動産業者たちの間で回覧されてようやく調査団へ戻ってきたようだ。


「どの業者も、心当たりはなかったそうです」

「わかった。ありがとう」


 安宿街で起きた陰惨な事件についても、なにも解決していない。

 あれから廃宿の類には調査が入っており、人の出入りがありそうな場所は確認されているが、特別に残されている物などは見つかっていなかった。


 ヘイリーはため息をつき、目を閉じている。

 ガランもかける言葉が見つからず、黙っている。


 するとふいにドアが開いて、ポンパ・オーエンが姿を現した。

 鼻歌まじりにきょろきょろしながら入って来て、二人と目が合い、固まっている。


「勝手に入ってこられては困ります」

 ガランが声をあげるとポンパは一瞬たじろいたものの、他の部屋も見てみたくなったから、と言い訳をし始めた。

「そんな理由でこちらが納得するとお思いですか」

「そうは言っても、みんな食事をしに出掛けてしまったのだ。ポンパだけ取り残されて、よく知りもしないところでだな。この建物のどこがどうだとか、把握しておいた方が良いに決まっていると思っての振る舞いなのだから、そんなに厳しい目で見るのはやめてほしいではないか」


 ヘイリーの眉間に皺が寄ったのは、ポンパの話し方が気になったからなのだろう。

 魔術師は慌てて後ずさりしたものの、結局調査団の中が気になるのか、きょろきょろと目を彷徨わせている。

 勝手に入って来られるのは困るが、この魔術師には確認しておきたいことがあり、ガランはちょうど良かったのではないかと声をかけようとした。ところが。


「ふむん?」


 落ち着きのないポンパの視線が、テーブルの隅で止まる。

 そこには戻されたばかりの似せ書きが置かれていて、魔術師はふらふらと髭の男に近付いていく。


「これはなんだ?」

「似せ書きです。以前安宿街の路上で争っていた男で、調べる必要があったのです」

 ガランの説明が聞こえているのかいないのか、ポンパは似せ書きの前まで進んで手に取り、じっと見つめている。

「その男を知っているのか」

 ヘイリーが問いかけると、ポンパは髭の男を見つめたまま、ぼそりと答えた。

「ポンパの家にやって来た男だ。いきなり来た上、怪しげで不躾で」

「あなたの家に?」

「ザックレンの家について問われたし、こやつが現れた後、ポンパは妙な連中に追われた。それで『藍』まで逃げる羽目になったし、ナイフを投げつけられた!」


 ヘイリーが立ち上がり、ポンパに落ち着くよう声をかけている。

 椅子を引いて座らせ、髭の男についてなにを知っているのか、ひとつずつ問いかけていった。


「名前はわかるかな」

「自ら名乗らぬ無礼な男だったが、ポンパが怒ったら名前はジュプだと」

 ガランはペンの用意をして、近くにあった紙を引き寄せ、ポンパの証言を記していく。

「ザックレンというのは」

「ザックレン・カロンのことだ。少し妙なところのある魔術師で、このジュプという男が来る少し前に死んでいる」

「死んでいる?」

「そうなのだ……。そうなのだ、ニーロちゃんが聞きに来たのだ。ザックレン・カロンを知っているかと。あ奴は双子のスカウトたちに妙な真似をして、その報いを受けた。怪しげな薬を作っていて、家の中には妙なものがあれこれ残っていた」


 自由にしゃべらせては収拾がつかなくなると思ったのだろう、ヘイリーはポンパをまた落ち着かせて、ひとつずつ質問を投げかけていった。


 髭の男は、ヘイリーには「スタン」と言ったのに、ポンパには「ジュプ」と名乗っている。

 ポンパの家を訪ねたのは、魔術師の家の後始末をしたかどうかの確認の為。

 ジュプの訪問のあと、ポンパは三人組の男に迷宮の中まで追われている。

 特別な調合ができる魔術師を知らないか尋ね、協力する気になったら来てくれと頼まれたらしい。


「どこへ来るように言われた?」

「それは……、小枝だ。『ラッサムの小枝』という宿の受付に言付けてほしいと」

 ヘイリーの視線を感じて、ガランは手を止め、顔をあげた。

 思いがけないところから得られた情報に、助手も頷いて答えていく。

「行ってはいない?」

「行く訳がないぞ! 初めて会ったというのに舐めた態度でヘラヘラと……、あんな輩がまともなはずがないからな」

「賢明な判断だ」

 調査団員の返事に気を良くしたのか、ポンパは満足げに笑っている。

「こやつの行方も探しているのか?」

「いや、路上で争った挙句死んでしまったので、知っている者がいないか調べていた」

 ヘイリーが答え終わる前に、ポンパは表情を凍らせ似せ書きを落としてしまった。

「この男も死んだのか」

 蚊の鳴くような声で呟きながら、魔術師はふらふらとよろめき、近くにあった椅子に腰かけている。

「みんなみんな死んでいるではないか」

「みんなとは?」

「だって、ザックレンはジャグリンに殺されたのだろう。ザックレンのせいで滅茶苦茶になったからだろうが、ファブリン・ソーも死んでしまって」

「誰のことか、落ち着いて教えてもらえないか」


 ヘイリーは一つずつ、ポンパの口から情報を引き出していく。

 変わり者で有名だった双子のスカウトについては、樹木の神官長に話を聞いた方が良さそうだ。

 とはいえ、ソー兄弟について詳しく知る必要はなさそうだと思える。

 

「ザックレン・カロンは魔術を用いた特殊な薬品を作っていたのでしょうか」

 ガランが問うと、ポンパは深く頷いて答えた。

「魔術師が薬を作るなら、魔術を混ぜたものにするはずだ。そうでなければ魔術師がやる理由がない」


 ただの薬なら、業者に頼んだ方がずっと速いのだから。

 ポンパはこう話したが、単純に調合が得意な魔術師もいるのでは、とガランは思う。


「ありがとう、魔術師ポンパ。あなたの話が聞けて良かった」

「ほう、ほう! ポンパが役に立ったのか! それはなにより!」

 明らかに調子に乗り始めた魔術師の背を、ヘイリーは優しく叩いている。

「もうひとつ教えてもらいたい」

「なにかな、調査官殿」

「あなたは『丸虫のあしあと』という店に行ったのだろうか?」

「あうふ……」

 

 店の名前を出した途端、ポンパは顔を青くして押し黙ってしまった。

「我々は確認をしたいだけだ。その店には出入りをしない方が良いと言われたから」

「そうであろうな。ダインは有力な情報を聞いたと言って張り切っておったが、なんだか妙なところだったから」


 ポンパはダインと共に訪れた店について、嫌な記憶として語ってくれた。

 店主も客も異様な雰囲気の者ばかりで、ポンパたちは隅で小さくなってやり過ごしたらしい。


「スウェン・クルーグとはどうやって出会った?」

「うむ。店には行ったが、相手にされなかったのだ。ダインはぎゃあぎゃあ騒いで紹介しろと言ったが、睨まれるばかりでな」

「店で出会ったのではない?」

「いや、店主は関わっていないが、店で出会ってはいる。あちらから声をかけてきた。スウェンはどこにいたのか急に現れて、自分はスカウトだ、協力してやると言ってきた」

「共に迷宮に入った時、スカウトとしての仕事をしていたかな」


 この質問に、ポンパはそうだと答えた。

 地図を見て、罠の位置を教えてくれたのだと。

 スカウトとして仲間に加わったのだから、その役目は当然、スウェンに任されたらしい。


「では、スウェン・クルーグはスカウトで間違いないのですね」

 ガランが独り言としてこう呟くと、ポンパはつるつるになった頭を斜めに傾げて、妙な唸り声をあげた。

「何故そんな確認をする?」

 ヘイリーはポンパに目を向けるだけでなにも言わない。

 ガランも説明するかどうか悩んでしまい、黙ったままだ。

 そんな二人からなにを感じ取ったのか、ポンパは調査団員たちに向けて、こう話した。

「あ奴らと歩いたのは地図の完成した道だけだし、上の六層だけだから罠の位置もすべてわかっている。そもそもたいした罠もないので気にしなかったが、そういえば解除が必要なところは、研究家としての腕を見せてほしいだのなんだと言って、ポンパにやらせていた」

「では、地図を読む程度の仕事しかしていない? そのくらいなら、誰でもできるものなのかな」

「見方がわかっていれば、できるに違いないぞ」


 厄介で面倒な魔術師と考えていたが、思いがけないほどに有用な情報が得られたようだ。

 ヘイリーは真摯な顔でポンパに礼を言い、背中に手を添えて魔術師を立たせた。


「あなたの素晴らしい力を、学者たちにも示して頂きたい」

「おお、いいぞ。あの者たちはどうせ資料頼みで、実際に迷宮に足を踏み入れてないだろうからな」

「調査団とは名ばかりで、我々には経験が足りません」

「むはは、仕方がないな。ポンパに任せておけ、なんでも教えてやろうではないか」


 扉を開けて、近くにいた団員に頼み、ポンパを研究室へ送るよう頼む。

 魔術師が去って行くと部屋はすっかり静かになり、ヘイリーはほっと息を吐いている。

 

「扱い方が少しわかったな」

 こんな台詞に、つい笑ってしまう。


「ザックレンとやらの話が聞けて良かった。安宿街の事件でもなんらかの薬が使われていそうだし、無関係ではなさそうじゃないか」

「そうですね。ラッサムの小枝でしたか、どこにあるのか探しておきましょう」

「調べたいことが山積みだな」


 ため息の音が聞こえてきて、ガランは言葉を探した。

 ヘイリー・ダングは力強い瞳で窓の外を眺めているが、そう簡単にいくとは思っていないのだろう。


「体がもう一つ欲しいくらいだ」

「まったくです。けれど、焦らずいきましょう、ダング調査官」


 前向きな言葉を返され、ヘイリーは小さく笑ってみせた。

 結局は地道に調べていくしかない。覚悟を決めてやっていくしか道はないのだから。


 二人は資料を確認しながら、次にどこに向かうべきか話し合いを始めた。

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