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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
41_Overwork 〈救いの一滴〉

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185 傍若無人な振る舞い

 慣れない街のど真ん中を歩き、ようやく目的地であろう屋敷を見つけたというのに。

 何度ノックをしても応答はなく、ギアノはため息をついていた。

 

 本当にここであっているのか。

 コルフに同行を頼むべきだったかもしれない。

 そんな思いを抱えつつ、帰ろうと振り返ると、道の先に見覚えのある二人組の姿があった。


「ギアノ・グリアド!」

 管理人の青年が声を掛ける前に、向こうから呼ぶ声が響いた。

 ヘイリー・ダングと助手のガランは少し足を速めて、ギアノの前にあっという間にたどり着いている。


「奇遇だな、こんなところで」

「そうですね」

 ギアノは捜査をしているのか尋ねようとしたが、ヘイリーの問いかけの方が早かった。

「魔術師ポンパ・オーエンを訪ねに来たのか?」

「ええ……。そうです。でも留守みたいで、応答はなくて」

「そうか」

「ヘイリーさんもポンパって人に会いに来たんですか?」

「ああ、そうだ」


 ヘイリーに目を向けられ、ガランは小さく首を傾げている。

 調査団の二人はそれで意思の疎通ができたのか、ギアノに更なる問いを投げかけてきた。


「ポンパ・オーエンにどんな用があって来た?」


 

 ギアノが街の真ん中の魔術師の屋敷にやって来た理由は、ダイン・カンテークの捜索の為だ。

 屋敷の利用者がいなくなってしまっても、探索に出たのなら仕方がないこととして処理される。

 だが、ダインは他の利用者とは違い、カッカーの支援者である商人に頼まれて身柄を預かったという経緯がある。

 せめてどこに行ったのか探るために、屋敷の初心者たちにあれこれと聞いて、彼の訪れたであろう店をいくつか回ってようやく、頭の半分に毛がない魔術師と共に行動していたことがわかっていた。


 そんな人間がいるのだろうかとギアノは戸惑ったが、雑談の中でぽろりと話した時に、フォールードが知っていると教えてくれた。

 その魔術師はニーロの知り合いであり、カミルと共に家まで送ってやったことがあるのだという。



「ダインという屋敷の利用者は、魔術師の家に住まわせてもらうと言っていたんです」

「なるほど。だが、どうだろうな。実は昨日も我々はこの屋敷に来て、ポンパ・オーエンに会っているんだ」

「そうなんですか」

「しかし、用件を伝えたら逃げていってしまって」

「逃げた?」

「ああ。話の途中でいきなり扉を閉め、鍵をかけて、その後裏口から走って逃げていった」


 ポンパの姿を見失った後、念のために再び家を訪れたが、人の気配はなかったという。

 

「同居人がいるのなら、なんらかの反応がありそうなものですが」

 ガランに言われて、ギアノも確かにそうだと考える。

 ダインがこの家にいたとしたら、黙っていられずに出てきそうなものだと思う。

 単純に、昨日も今日も偶然留守にしているだけなのかもしれないが。

 しかしそれよりも、ポンパがヘイリーたちから逃げ出した理由が気にかかる。


「ヘイリーさんたちはどうしてここへ?」

 ギアノが問いかけると、ヘイリーたちはまた視線を交わした。

「彼になら話しても良いのではありませんか」

「そうだな」

 ガランに囁かれて調査団員は頷き、改めてギアノに向き直っている。

「シュヴァル少年を刺した犯人を追ってのことだ」

 驚く管理人に、ヘイリーは声を潜めて事情を告げる。

「犯人だというシンマと共に行動していた男の情報があったんだ。その男はポンパ・オーエンらと歩いていたところを目撃されている」


 シュヴァルを刺した男とポンパ・オーエンは、直接関係しているわけではないようだ。

 そう納得するギアノに、ガランは首を振っている。


「昨日訪ねた際にいくつか質問したのですが、ポンパ・オーエンはなにか知っているようでした」

「そうなんですか」

「なので今日、再び来たのです」


 ダインの行方を知りたくて来ただけなのに、事態は思いのほか複雑なようだ。

 ギアノがどうしようか悩んでいると、二人は隣の屋敷を見つめてなにやら話し合い、管理人の青年にも声をかけてくれた。

「昨日来た時は隣に住むグラジラムという魔術師に協力してもらったんだ」

 三人で揃って隣の家を訪ねてみるが、こちらも応答はなかった。

 留守にしているのならば仕方ないだろうが、ヘイリーの眉間には深い皺が寄っている。


「魔術師たちは気難しいものと聞いているが……」

 隣ではガランが頷き、小さく唸っていた。


 ダインについても、シンマについても、どちらも早く解決したい問題だとギアノは思う。

 フォールードの話では、ポンパ・オーエンはかなりの変わり者のようだった。

 その時も怪しげな連中に追われて逃げていた上、探索の仲間に受け入れを拒否されたと聞いている。


「あの、ヘイリーさん」

「なんだ、ギアノ・グリアド」

「俺も人伝に聞いただけなんですけど、ポンパ・オーエンはニーロと親しくしているとかで」

「ニーロ?」

「無彩の魔術師ってわかりますか」

「ああ、有名な魔術師の」


 親しくしているという表現には、語弊があるかもしれない。

 しかし他に良い方法もなさそうなので、ニーロに相談してはどうか提案していく。


「チェニーと会ったという魔術師で間違いないか」

 ギアノは頷き、まだ会えていなかったのかと考えている。

「君はその無彩の魔術師と親しいのかな」

「特別仲が良いってほどではないですけど、それなりに。行けば話は聞いてもらえるはずです」

「今から訪ねてみても良いだろうか」


 ニーロが家にいるかどうかはわからない。

 けれど断る理由はなく、ギアノはヘイリーの頼みを受け入れ、三人で一緒に歩き始めた。



 魔術師街から東に向かって歩き、黒い壁の家に辿り着く。

「ここが無彩の魔術師の家なのか?」

 ヘイリーの問いに、そうだと答える。

「どうかしましたか、ダング調査官」

「いや、……黒い石でできた家は珍しいと思ってな」

「そうですね。俺も他では見たことがありません」


 ギアノが扉を叩くと、幸運なことに家主は在宅していて、三人の客を出迎えてくれた。


「いきなりごめん、ニーロ」

「構いません。今日はどうしたのですか、ギアノ」


 まずは一緒にやって来た二人を紹介すると、ニーロは頷き、家の中に通してくれた。

 相変わらず部屋には余計な物は置かれていない。


「初めまして、ダング調査官」

 ヘイリーも名乗り、ガランを紹介していく。

「妹のチェニーについて、有用な情報を提供してくれたと聞いている」

 感謝を伝えつつ、今日は別の用があってやって来たと調査団員は話した。

 いろいろと聞きたいことがあるだろうにと感心しながら、ギアノも魔術師街を訪ねた理由を伝えていく。


「二人ともポンパに事情を聞きたいのですね」

「ああ。昨日も訪ねたのだが」

 渋い顔をするヘイリーに、ニーロは頷いている。

「本人から聞きました。ポンパは昨日、あなた方の来訪の後ここへ逃げてきたのです」

「なんだと?」

「もう一人、ノーアンという名の探索者もいて、僕たちは調査団に行って話すように諭したのですが」


 行かなかったのですねと、魔術師は呟く。

 ヘイリーは眉を顰めて、ポンパはなんと言っていたのか、ニーロに尋ねた。


「あらぬ疑いをかけられていると言っていました」

「あらぬ疑いだと」

「ええ。ポンパは明らかに嘘をついています」


 間違いなく隠し事をしており、それについて後ろめたく思っているようだった。

 ニーロは冷静にそう話し、客の三人を順に見つめている。


「ポンパはこの街から出ることはないでしょう。とはいえ、頼れる相手もいないのではないかと思います」

「いない?」

「探索を共にしていた仲間とは仲違いをしましたから。関係は元から良くなかったようですし、今更受け入れてはもらえないでしょう」

「隣に住む魔術師とはどうだろう?」

「グラジラム・ポラーですね。交流はしているかもしれませんが、塾の生徒たちも来るでしょうし、彼もポンパを受け入れるとは思えません」

「では、ポンパ・オーエンはどこへ?」

 ヘイリーの問いに、ガランはどこかの宿にいるのでは、と答えている。

「魔術師ならばいくらか財産はあるでしょうし」

「ポンパにはありません」

 ガランは顔をしかめて、ギアノを見つめている。

 ポンパはニーロと親しいらしいと言ったのはギアノであり、疑問に思われてしまったのだろう。


「ニーロはどこにいると思うの?」

 三人の客に一斉に見つめられながら、無彩の魔術師と呼ばれる青年はこう答えた。

「家にいると思います」

「さっき行ってみたんだけど」

「息を潜めて隠れているのです。ポンパならばそうすると思います」


 ニーロは顎に手をあて、なにやら考えているようだ。

 ヘイリーは鋭い目で魔術師を見つめているが、なにも言わず、じっと答えを待っている。


「実は昨日、僕はポンパを追いつめてしまいました」

 すると思いがけない言葉がニーロの口から飛び出してきて、ギアノは声をあげてしまう。

「どういうこと?」

「余りにも自分に都合の良いことばかり言ってごまかそうとするので、つい」


 ギアノはポンパ・オーエンについてなにも知らない。

 奇抜な見た目で性格も変わっていると聞かされただけで、ニーロとの関係性もわからない。

 

「正直に話すように言ったとか?」

「直接そう言って聞くタイプではないのです。なので、いくつかたとえ話のような物をしました」

「どんな話をしたの」


 この問いにニーロは答えず、しばらくじっとギアノを見つめた。

 もう屋敷の扉を壊すしかないのだろうか。そんな権限を、調査団は持っているのだろうか。

 管理人が考えている間に、無彩の魔術師はもっと良い方法を思いついたようだ。


「ポンパが協力したくなる相手を用意しましょう」

「そのような人物がいるのですか」

 ガランは首を傾げているが、ニーロの視線はなぜか管理人に向いている。

「ええ。ギアノ、一緒に行って話をつけてください」

「俺が?」

「ダング調査官はポンパに会ったのでしょう。警戒されるでしょうし、僕も昨日のことがあるので避けられると思います」


 協力者だけでは話が逸れるから、ギアノが共に行ってうまく誘導すればいい、とニーロは話した。


「ギアノならば適任だと思います」

「そうかな……」


 こんな案に調査団員たちが乗るだろうか。

 甚だ疑問だが、無彩の魔術師の心はもう決まっているようだ。

 

「ダング調査官の探している相手は、シュヴァルを刺した男ですね」

「ああ、そうだ」

「ギアノも事情を知っているでしょう」

「うん。そうだね。大体のことは聞いているよ」

「ポンパはとても警戒心が強い。無理に扉を開けようとするのは危険です」


 彼は特に、罠に精通した魔術師だからとニーロは言う。

 魔術師というだけでも扱いが難しいのに、罠の専門家と言われては、どうしても身構えてしまう。


「じゃあ、その協力者って人にとっても危ないんじゃない?」

「いいえ、大丈夫です」

「本当に?」

「これはひとつの案に過ぎません。まずは試してみればいい」

 もしも駄目だったら、次はキーレイに協力を頼むとニーロは話した。

「キーレイさんは最後の手段です」


 なんといってもポンパ・オーエンについて知らないので、ギアノとしては納得するしかない。

 ヘイリーたちに目を向けると、二人の表情には戸惑いがあったものの、前向きに考えると決めたようだった。


「頼んでいいか、ギアノ・グリアド」

「ヘイリーさんたちがいいのなら」

「他にも調べたいことがあって、ポンパ・オーエンだけにかかりきりというわけにはいかないのだ」


 シンマという男とポンパは、直接関わり合っているわけではない。

 共にいたのはスウェン・クルーグなる人物であり、彼の居場所などがわかればそれでいいのだと言う。

 一方、ダインの居場所はポンパの屋敷の可能性がある。

 直接話を聞きたい相手なので、ギアノはむしろ行くべきだろう。


「わかりました。じゃあ、俺が行って話を聞いてきます」

「どうなったか伝えに来てもらっていいかな」

「もちろんです。会えなかったとしても、ちゃんと全部知らせます」

「ダイン・カンテークの行方がわかるよう祈っている」


 ヘイリーとガランは去って行き、家主と管理人の青年だけが残される。

 調査団員たちが去って扉が閉まると、無彩の名を持つ魔術師はギアノに向き直り、声を潜めて話し始めた。


「今から行ってもらえますか、ギアノ」

「えっ? その、協力してくれる人っていうのは?」

「二階にいます」


 驚きながら、では、協力者とはウィルフレドなのかとギアノは考える。


「彼と行けばポンパは間違いなく姿を現すと思います。万が一出て来なくても、彼ならば扉を開けられます」

「扉を開けられる?」

「多少手荒な真似をするかもしれませんが、心配いりません。彼の振る舞いはすべて許されますから」

「え? ……うん? どういう意味?」


 なにやらとんでもないことを言われていると気付いて、ギアノは焦る。

 だが、ニーロの様子は変わらない。


「なにをされたとしても、ポンパはすべて許さざるを得ないのです。もしもの場合は僕が責任を持ちますから、どうなっても気にせず、話を合わせて下さい」


 まるで説明になっていない言葉を言いたいだけ口に出し、ニーロは階段を上がって行く。

 この言い様からして、ウィルフレドが出てくることはないだろう。

 ギアノにはそれだけしかわからず、そわそわしながら魔術師の戻りを待つ。


 しばらくすると、足音が二人分聞こえてきて、ニーロが階段を下りてくるのが見えた。

 後ろに、もう一人。

 とん、とんと足音を立てて現れた美しい姿に、ギアノは驚いていた。


「待たせたな、ギアノ・グリアドとやら」


 艶めいた浅黒い肌に、青紫色の大きな瞳。微笑んだ形の唇も、瞬きのたびに揺れる長い睫毛も、すべてが完璧な美しさに彩られている。

 街で噂の異国から来た美女。名前は知らない。誰も語ってはいなかったから。

 しかしその美しい女は魔術師だと聞いているし、ウィルフレドの恋人だと囁かれている。


「ギアノ、ロウランです」

「ああ、初めまして。俺は樹木の神殿の隣にあるカッカー・パンラの屋敷で管理の仕事をしている、ギアノといいます」


 小さく頭をさげたギアノに対し、ロウランは微笑んで答えた。

 市場に集まる商人たちが囁く噂のうち、半分は当たりで、もう半分についてはわからないと青年は考える。

 途轍もない美しさについては、否定のしようがない。

 むしゃぶりつきたくなる程の色気の持ち主かどうかは、長いローブに邪魔されていて、断言するのはまだ無理なようだった。


「事情については説明してあります。ポンパとは面識がありますから、心配はいりません」

「ニーロは一緒には来ないってことだよね」

「僕が行くと逃げてしまうかもしれないので」

「そうなんだね。……その、今日はそんなに長くかからないって言って出て来たんだ」

「では、僕が伝えに行きましょう。誰に言付ければいいですか」


 思いがけず時間がかかってしまったらどうしようか、不安はある。

 けれどきっと、大丈夫だろう。頼れる相棒の姿を思い出し、ギアノは自分を納得させていく。


「じゃあ、アデルミラに」

「わかりました」


 勝手に決められた魔術師訪問計画は既に始まっているらしく、ロウランは扉の前に立ち、ギアノを手招きしていた。


「行くぞ、ギアノ・グリアド」

「ああ、はい。わかりました。ニーロ、よろしく」


 どこか半信半疑のまま、美しい女魔術師と共に迷宮都市の道を行く。

 黒い髪は肩の下辺りでさらさらと揺れており、横顔も整っていて、光を放っているかのようだった。

 ヴァージと会った時にも驚いたし、クリュの姿にもびっくりさせられた。

 そして、今日も新たな衝撃に見舞われている。


「どうした、ギアノ・グリアド。見惚れているのか」

「ええ、はい。そうですね」

「正直だな」


 ロウランは唇を綻ばせ、大きな瞳をぱたぱたと瞬かせた。

 魔術師は小柄で、ウィルフレドとはかなりの身長差になるだろう。

 それにしても。

 ニーロはロウランを「彼」と呼んだ。

 何度もそう口にしていたから、言い間違いとは思えない。


「お前は何故あの禿げた魔術師に話を聞きたい?」

 ふいに問われて、ニーロの伝えた事情がヘイリーたちのものだけなのだとわかる。

「探している人がいるんです。ポンパって魔術師と探索をしていたようなので、居場所を知らないか確認したくて」

「女か?」

「いえ、俺はカッカー・パンラの屋敷で働いているんです。探索初心者を支援する為の施設なんですが、そこの利用者がなにも言わずに出ていってしまって」

「探索をしているのなら、死んだのではないか?」

「その可能性はあるかもしれないけど、それならそうと把握しておきたいんです」


 そうか、とロウランは呟いている。

 大きな瞳は愛らしいが、まっすぐに前を見据える横顔は美しさに満ちており、魅力に溢れている。

 だが、年齢がどのくらいなのかはさっぱりわからない。

 それに、容姿の美しさに似合わず、物言いは中年親父じみている。

 さっきから交わされている会話は懐かしい感覚を呼び起こすもので、ギアノは故郷でよくしてくれた年配の漁師の顔を思い出していた。


 不思議な人だと考えるギアノの視線に、ロウランもすぐに気付いたらしい。


「なんだ、ギアノ」

「ロウランさんは魔術師なんですよね?」

「そう思うか」

「いや、実は屋敷にいる魔術師があなたを見かけて、そう言っていただけなんですけど」

「ふふ、そうか。確かに、俺は魔術師で間違いないよ」


 コルフから話を聞いた時、マティルデを弟子にしてもらえないか考えたことを思い出す。

 聞いてみてもいいが、余り意味があるとは思えない。

 マティルデについて考えると、腹の辺りがきりきりと痛むような感覚があった。


「なにか聞きたいことがありそうだな、ギアノよ」

 ホーカ・ヒーカムの弟子になってしまったようだから、今更聞いても仕方がないが。

「弟子ってとってます?」

 それでも、聞いて損をするわけでもない。一応確認しておこうと問いかけたギアノに、ロウランはにやりと笑った。

「弟子など育ててられんよ。面倒くさい」

「あはは。そうですか」


 軽快な受け答えを繰り返しているうちに、いつの間にやら緊張は解けていた。

 魔術師も美女も扱いは難しいとされているが、ロウランはそうではないようだ。


「よほど才能がある者ならば別だがな」

「ニーロみたいに?」

「よくわかっているではないか、ギアノ。そうだ。ニーロは素晴らしい。幼いうちから最適な形で仕込まれてきたからな。あれほどの才を持つ者ならば、弟子にしてやっても構わんよ」

 ご機嫌でそう語っておきながら、ロウランは首を振っている。

「しかし、あれはラーデンとやらの努力の賜物だからな。才能を持つ者を見出し、赤ん坊からあそこまで育てるなど、普通ならやらん。あの若さであそこまで仕上がった魔術師とは、もう二度と出会えんだろうな」


 こんな独り言を言い終えると、ロウランは楽しげに笑って、まっすぐにギアノを見つめた。


「誰か仕込んでほしい者でもいるのか?」

「あなたの噂を聞いて、ちょっと考えたことがあったんだけど。でも、もういいんです」

「何故そんな風に言う?」

「ニーロほどの才能があるとは……、さすがにちょっと。それに、もう他の魔術師に弟子入りしちゃったみたいなんで」

「ほう」

「その子は男が怖くって。女性の魔術師がいればと思ってたんですけどね」


 青紫色のローブがひらひらと揺れている。

 長いローブはロウランの全身を包んでいて、本当に女性なのかな、とギアノの中に疑問が浮かぶ。


「確かに、女の魔術師はほとんどおらんようだな」

「そうですね」

「お前の女なのか」

 いちいちこんな確認をしてくるのがおかしく感じられて、ギアノは笑いながら答えた。

「いや、違います」

「恋人でもないのに、世話を焼いておるのか?」


 ずばりと言われて、陽気な気分が散っていく。

 マティルデに出会ってから、あれこれと手を貸してきたけれど。

 雲の神殿に頼るよう説得したのが正しかったのか、今はすっかりわからなくなっていた。


 あの時は最善だと思ったのに。

 マティルデは逃げ出したし、この前も忽然と姿を消してしまった。

 しかも、クリュを探していて、連れていこうと考えている。

 駄目だと言ったが、どうやら伝わらなかったようでもあった。


「手を貸してやらなきゃならないと思ってたんです。本当に大変な目にあったし、困っていたから」

「恩を仇で返されたのか?」

「仇ってほどじゃあないですけど」

「仕方あるまい。親切が親切と受け取られんことなど、いくらでもある」


 その通りだとギアノは思った。しみじみとそう思い、いくつかの記憶を蘇らせていた。

 良かれと思ってやったのに、余計なお世話だと突っぱねられたことは、これまでに何度もあった。


 兄や姉、カルレナンで共に過ごした同じ年頃の友人たちの顔が浮かんでは、泡のように消えていく。


 多少の行き違いは仕方がないものだから。

 拗れないよう、怒られたら手を引いて、それ以上は何も言わずにいるようにしていた。

 そのうち誰もが、なにもなかったかのように声をかけてくるようになる。

 我慢できない程軽んじられたわけではないから、譲ってきたけれど。

 敵視されたままでいたことはなかったが、どんな相手でも、内心はわからない。


「お前はなかなかのお人よしなのだろうな」

「そう見えますか」

「顔を見ればわかる。今だって、生きているかわからんような奴を探すために動いているのだろう」

「ダインは特別なんです。他の利用者とは違って、紹介されて来たんで」

「はは、そうか。そんな相手に勝手な振る舞いをされるとは、迷惑極まりないな」


 正直な物言いに、ギアノも思わず笑ってしまう。

 ダインの扱いは確かに難しく、面倒だった。

 自分の主張は延々とするくせに、人の話はちっとも聞かないし、約束などなかったかのように無視をして。

 気に入らない相手と見るや、喧嘩をふっかけては関係を悪くしていた。

 そう長く滞在したわけではないのに毎日問題を起こして、早く探索を諦めて欲しいと思ってしまったくらいだ。


「ところでギアノよ」


 ロウランは手を伸ばして、青年の背中に添えている。


「なんでしょう」

「お前は美味いものを作れるとニーロが話していたが、本当か」

「ニーロが?」

「違うのか」

 美しい魔術師はすねたような顔をして、ギアノを見つめている。

「いえ、ニーロはあんまり食事に興味がないみたいだから」

「なるほど、そんな話をするのが意外という意味なのだな。それで?」

「料理はします。食べた人はみんな喜んでくれるんで、それなりにやれるとは思いますよ」

「今日の頼みを引き受けたのは、この話を聞いたからだ。終わったらなにか美味いものを食わせてくれ」

「あはは。いいですよ」


 ギアノが答えるとロウランは嬉しそうに笑い、明らかに足を速めた。


「行くぞ、ギアノ。あの禿げた魔術師を引きずり出して、すべて吐かせてやろう」


 二人は既に魔術師街に足を踏み入れている。

 案内をしろと命じられ、ギアノもロウランに歩みを合わせ、今日二度目の同じ道を進んでいった。


「ここです」


 再びポンパ・オーエンの家に辿り着き、ロウランに視線を向ける。

 麗しい魔術師はわかったと答えると扉の前に進んでいって、細腕を振り上げ、三回強く叩いた。


「ポンパ、扉を開けろ」


 朝、自分も同じことをした。

 その時は一切の応答はなく、家の中から聞こえる音もなかった。


 ギアノは少し離れたところに立って、成り行きを見守っている。

 ニーロの言う彼はロウランを指すのだろうから、扉は必ず開くということになる。


 ロウランになら、ポンパ・オーエンはなにをされても許さざるを得ないのだろうか。

 わからなくはない、とギアノは思った。

 あれほどまでに美しい女性がやって来て扉を開けろと迫ってきたら、大抵の男は従うだろうから。


「中にいるのはわかっておる。聞こえんのか、ポンパよ。勝手に開けてしまうぞ」

 再びガンガンと扉を叩きながら、ロウランが声を張り上げている。

 するとぱたぱたと微かに音が聞こえてきて、女魔術師はにやりと笑ってみせた。


「まさかまさか、まさかなのか」

 その声は途轍もなく小さかったが、こう聞こえた。

「ポンパよ、話がある。早く開けろ」

「いやその、ロロロロウラどん、殿、ポンパの家にどんな用なのだ」

「長い話になる。いいから開けろ」


 会話が交わされたものの、扉は開かない。

 そもそも開ける気がないのか、まだ開けたくないだけなのか。


 ポンパ・オーエンがどう考えていたのかはわからないが、ニーロが言った通り、扉は開いた。


「はあ! 何故だ!」


 開けたのは家主ではなく、客の方だったらしい。

 扉は突如勢いよく開いて全開になり、口をあんぐりと開いた住人の姿を露わにしている。


「もん? なんだ貴様は、そんな顔をして!」


 いきなり指を指され、叫ばれて、ギアノは焦る。


「いや、扉があんまりにも勢いよく開いたから、びっくりしてしまって……」


 本当に頭の半分に髪がないとは。

 ポンパの衝撃的な髪型に驚いたことを隠して、なんとか誤魔化そうと台詞を繰り出していく。 


「むう」


 フォールードが笑いをこらえながら話していたのも、無理はない。

 内心で焦るギアノの前に、ロウランがふわりと進み出る。


「俺の連れにケチをつけるつもりか」

「ええ、いやいや、そんな馬鹿な。ロウラン殿、そのう……」

「話は中でするぞ」


 勝手に開けた扉から勝手に中に入った魔術師のあとを、慌ててついていく。

 ポンパ・オーエンは文句を言えないらしく、屋敷の訪問はとりあえず上手くいったようだった。

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