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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
40_R.I.D 〈迷宮におけるいくつかの死について〉

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184 かけらを山と為し

 何度か敵が出たものの、ニーロと協力して退け、先に進んで行く。

 途中に水の湧き出る泉があって、ポンパに頼まれて休憩の時間を持つことになった。


 なにも持たずにいた飛び入り参加の魔術師はのどが渇いていたようで、柄杓で三杯目を掬っている真っ最中だ。

 ノーアンが周囲に注意を向けていると、ニーロがふと口を開いた。


「そういえば、ポンパ」

 ポンパは慌てて水を飲み干し、柄杓を放り投げている。

「なんだ、ニーロちゃん!」

「あなたの家にやって来た調査官はなんという名でしたか」


 嬉しい質問ではなかったようで、ポンパはいじけたような顔をして口を噤んでいる。


「ヘイリー・ダングという名の男性ではありませんでしたか」

「……知っているのか、ニーロちゃん」

「何度か名を聞く機会がありました。最近ラディケンヴィルスへやって来たばかりだそうですが、街の治安について考え、熱心に見回りなどをしているそうですよ」

「へえ、そんな人がいるんだ」

 ノーアンの声に小さく頷き、ニーロはこう続けた。

「ヘイリー・ダング調査官にはまだ会ったことはありませんが、彼の妹とは面識があります。妹も迷宮調査団の一員で、とある問題が起きた時に協力を依頼されました」

「女の迷宮調査団員なんているんだね」

「ええ。今はもういないのですが」


 ダング調査官。

 今はもういない、妹。


 「橙」の迷宮の中で聞いた話が、脳裏に蘇る。

 鍛冶の神官とニーロの会話はすべて理解できているわけではないが、二人は不吉極まりない話をしていた。

 あの時の話のなにが恐ろしいかといえば、死人の多さだろう。

 そのうちの一人。チェニー・ダング。

 新しく来た調査官の妹とは、王都で散々な噂を流された挙句に死んだという、哀れな女のことではないのか。


「一年ほど前でしょうか。『紫』の迷宮でおかしなことが起きていると報告がありました」


 とある薬草業者が調査団に伝えたのは、いつまでも残り続ける死体について。

 通路の途中で死んでいた男は、浅い階層だというのになぜだか消えずに残ったままで、そのうち蔦に絡みつかれて道を塞いでしまったという。


「死体がずっと残っているなんて話、初めて聞いたな」

「『紫』は挑む者が少ないですし、調査団が始末をしたというのも珍しいケースですから。噂にはならなかったのでしょうね」


 ポンパはどこかぼんやりとした顔で、ニーロの言葉に声を傾けている。

 

「喉は潤いましたか、ポンパ」

「ああ、ああ……、大丈夫だニーロちゃん」

「話が逸れてしまいましたが、ヘイリー・ダング調査官は誠実な人物だと聞いています。訪ねて来たのが彼だというのなら、心配する必要はないと思いますよ」


 では行きましょうの言葉で、三人は再び歩き出した。

 誰も歩かない四層目の道を、ゆっくりと。


「その消えない死体、ニーロは見たってことだよね。どういう感じだったの?」


 誰も通りかからない迷宮行はいつもと違った空気が流れていて、ノーアンは消えない死体の話が気になっていた。


「僕たちが行った時点で発見から七日ほど経過していたようです。業者たちは死体が腐敗し始めていたと話していましたが、現場は通路が塞がるほど蔦に覆われていて、死体は乾いた状態になっていました」

 本物の蔦ならば、伸びるために必要なものはいろいろとあるはずだ。

 土壌だとか、水分だとか。

「死体のせいで蔦が伸びたってことかな」

 気持ち悪いなと思いつつ呟くノーアンに、ニーロは頷いている。

「そう思います」

「もしかして、蔦が絡んじゃったせいでうまく消えなかったとか」

「そんな考え方もあるのですね」


 ニーロは興味深そうに微笑みを浮かべているが、その可能性はないと考えているようだ。

 中に生える蔦も迷宮の一部なのだから、それで清掃の仕組みが邪魔されるとは思えないらしい。


「じゃあ、どうしてその死体は残っていたんだろう」

「実際にやるわけにはいかないので確かめられていないのですが」


 外から持ち込まれた死体だから、その場に残り続けていたのだと思う。

 ニーロの考えに、ノーアンは思わず唸ってしまう。


「いつか誰かがやるだろうと思っていました」

「……死体の持ち込みを?」

「ええ」


 迷宮はすべてを消し去るところだから。

 ついさっきも同じ話をした。

 哀れな最期を迎えた双子のスカウトたちについて語った時に。


「これは仮説に過ぎませんが、可能性は高いと思っています。外から持ち込まれた死について、迷宮は責任を負わない」

「責任……か」

「もしこの考えがあっているとしたら、気になることがあります」


 隣から視線を感じて、ノーアンは魔術師へ目を向ける。

 ニーロはほんの一瞬だが強くスカウトの顔を見つめて、再び前を向いた。


「なにが気になるの」

 そうするべきだと考えて問いかけると、ニーロは頷き、言葉を続けた。

「迷宮が原因でなかったら、どうなるのかということです」


 「藍」の迷宮はとても静かだった。

 二人の声と、ポンパの立てる音以外はしない。

 少しだけやかましい足音と荒い息遣い以外に、なんの音もしていない。


「迷宮が原因でない場合?」


 薄暗い道の先に、小さな光が見えた気がした。

 ノーアンが気付いて目を凝らす様子に、ニーロも勘付いて足を速めていく。


「運がいい。ノーアンか、ポンパか、あなた方のどちらかにとって特別な日なのかもしれませんね」


 あっさりと二枚目の術符を見つけ、拾い上げる。

 ニーロは口に微笑みを浮かべると、術符をしまいながら自分の考えを明かしていった。


「迷宮の中で人が殺されたら、どうなるのでしょう」


 ポーチの蓋を閉めて、ニーロは同行する二人の顔を順番に見つめた。

 恐ろしい考えだと思うノーアンと、なにを思っているのか、震えるポンパを平等に。


「迷宮のせいではなく命を落とした者を、迷宮は始末してくれるのでしょうか?」


 これも、試す訳にはいかないから。

 だから、わからない。

 頷くノーアンに、ニーロは「行きましょう」と呟いている。


 遠くから足音が聞こえてきて、戦いに備えるように声をかける。

 ニーロが隣にいれば、大抵の敵は一瞬で片付くのだとノーアンは思い知っていた。

 戦士のいない探索だから、ある程度は引き受けるつもりでいたのだが。

 自由自在の魔術の前では、鼠や蜥蜴程度の敵は存在しないも同じだった。


 やがて行き止まりに辿り着き、藍色の道を戻る。

 ポンパが三杯水を飲んだ泉に戻り着いたところで、休憩が必要か問われた。

 一応飲んでおくかとノーアンが立ち止まると、ポンパが投げ捨てたはずの柄杓がちゃんと元の位置に戻っていることに気付く。

「これも仕組みってやつだよね」

 禿げた魔術師へ視線を向けたが、目を逸らされ、返事はなし。


「初心者たちは、迷宮の仕組みに気付きません」

 ふいにニーロが呟き、ノーアンは黙って耳を傾ける。

「迷宮の美しさについて、そういうものだと思ってしまうのでしょうね。大勢が出入りするところではそれなりに物は落ちているでしょうし、少し散らかっているのが普通だと考えてしまうのも無理はありません」

「確かにそうだね」


 迷宮の掃除がいつどんなタイミングで行われるか知らないが、どんなものも瞬時に消すような力ではないのはわかっている。

 人の多い迷宮ならば多少のごみは見かけるし、自分の出した汚物はその場に残ると誰もが知っているはずだ。

 「橙」の混み様について真剣に考えれば、あの片付き方は異常だとわかるだろう。


 けれど、こんな考えに行きつく初心者などほとんどいない。


「あなたもそうでしたか」

「いや、最初のうちはそれどころじゃなかったから。敵とか罠とかにビクビクしてて、なんとか無事に帰ろうって必死で、気にする余裕なんてなかったよ」


 ニーロは静かに頷いている。

 迷宮に入るべく育てられた魔術師ならば、清掃の仕組みについても最初から知っていたのかもしれない。


「あの仕組みがなければ、足を踏み入れる者はほとんどいなくなるでしょうね」


 初心者の戦いや剥ぎ取りでは、魔法生物も散々な姿にされて転がるものだから。

 あんなものが通路に残ったままになれば、皆その光景を見るだけで嫌になって、探索などまともな人間がするものではないと逃げ帰り、二度と迷宮都市に足を運ぶことはなくなるに違いない。


「恐ろしい景色になるもんね」


 二層目の終わり辺りから魔法生物の死骸、血や食事の残り、不用品まで、通路の隅には汚い山ができていくことだろう。

 臭いについて考えると、喉の奥が苦しくなってくる。

 思わず舌を出したノーアンに、ニーロは笑ったようだった。


「清掃の仕組みがあるから探索に挑めるし、仕組みがあるからこそ無謀な挑戦で命を落とす者はいなくなりません」

「じゃあ、迷宮は人を招き入れたくてそうしてるってことなのかな」

「そうだと思います」


 ニーロはそう答えると、珍しく声を出して笑った。

  

「どうかした、ニーロ」

「いえ、……以前同じような会話をしたことを思い出したのです」

「こんな話を?」

「ええ。一度、『黄』に清掃の仕組みが働く瞬間を見に行ったことがありました」


 驚きしかない発言に、ノーアンは思わず背後を振り返っていた。

 普段通りなら、きっとニーロと話を弾ませる自分を許せずに睨みつけているだろうに、ポンパの顔色は悪く、ずっと小刻みに震えて身を縮めている。


「そんなのできるの」

「『黄』の迷宮の最初の罠を知っていますか。床と天井の落下が合わさったかなり大がかりなものです」

「聞いたことはあるよ」

「あれに三人かかったと知った日がありました。次の日に行けば見られると思って、二人で確認に行ったのです」


 すごいことを考える。

 ノーアンの心に訪れたものは、驚きであり、畏怖でもあった。

 「黄」の最初の罠について、実際に見たことはない。構造自体は有名で、あれにかかった者はきっと、想像すらしたくないほど悲惨な姿になってしまうだろう。


「彼らは街にやって来たばかりの若者たちだったそうです。『橙』と勘違いするよう誘導され、まんまと『黄』に足を踏み入れて命を散らしました」

「騙されたってこと?」

「まだ街に来たばかりの何も知らない者ならば、『黄』と『橙』を取り違えさせることは容易だと思いませんか」


 二つの迷宮の位置は、大きな通りを挟んだ対称の位置にある。

 地図があったとしても、最初のうちの地形は同じ。

 色の具合も近しく、知らなければそんなものかと思ってしまっても仕方がない。

 いくらか噂話を耳にしていれば、混み具合で間違えたと気付けるかもしれないが。


「誰がそんな酷いことを?」

「さあ、誰なのでしょうね」

 わからないが、そのように唆す人物がいるのは間違いないとニーロは語る。

「とにかく、気の毒にあの罠にかかっている者がいたと知りました。こんな機会は二度とないと思って、見に行ったのです」

「あれってかなりさ、『黄』の最初の罠って、その、……酷いことになるんじゃないの?」

 無彩の魔術師は静かに頷き、同行した者が嘔吐していたと懐かしそうに話した。

「三人というのは、そう聞いたので知っていただけです。あの現場を見ただけでは、性別も人数もわからなかったでしょうね」

「うえ……」

「『黄』の迷宮は恐ろしいところです。最初の仕掛けを超えられたとしても、その先にも命にかかわる罠がいくつも用意されている」

 

 だから、「青」と「黄」の迷宮はいつまで経っても挑戦者が現れない。

 どれほどの手練れを揃えれば向かえるところなのか、ノーアンには想像もつかなかった。

 

「清掃の仕掛け、結局見られたの?」

「見られたと言えば、見られたのかもしれません」

「どういうこと」

「僕はずっと目を凝らしていたのですが、彼らは一瞬で掻き消え、どんな力が働いたのかはわかりませんでした」


 気が付いた時にはなにもかもがなくなっていた。

 床にこびりついていた肉片も、乾ききっていた血の跡も、周囲に漂う不吉極まりない悪臭も。


「それは見たことになるんじゃない?」

「そうかもしれませんね。あの時わかったことはいくつかあります。迷宮は明らかに通路を汚したままにせず、清掃の仕組みは一定の時間が経ってから稼働する」

 

 同行者の吐瀉物はその場に残されていたから。

 こんなに最低な内容なのに、ニーロは口元に微笑みを湛えたままだ。


「長話になってしまいましたね。そろそろ行きましょうか」

「ああ、うん」


 ノーアンは振り返り、再びポンパの様子を窺っている。

 あんなにやかましかったのに、今は萎れきっていて、口を開く気配はなさそうだ。

 声をかけようか迷うスカウトだったが、ふいに視線を感じて、気を変えている。


「……あの日」

 今日は語りたいことが多いのか、またニーロが囁く。

「『黄』に一緒に確認に行った探索者と、こんな風に『藍』を何度か歩きました」

「術符探しをしてたの?」

「そうです。術符を欲しがらない探索者など滅多にいないと思っていたのですが……。彼もそうでしたし、あなたもそうですね」

「はは。確かにおかしいよね。俺にも寄こせって言うべきなんだろうな」


 返事をしつつ、迷宮の立てる音や気配に神経をとがらせながらも、ノーアンは考える。

 なによりも貴重な帰還の術符を欲しがらずに済む理由について。

 腕を磨き、探索を続けてきた結果ではあるが、迷宮に挑む時には必ず脱出を使える魔術師と共に歩いてきた。

 彼らがいれば、なにがなんでも術符を手に入れようと考えずに済む。

 共に歩く魔術師を信頼できずにいるのならば、この考え方も変わるのだろうが。


「ニーロがいたからなんじゃない?」

 その同行者とやらが欲張らなかったのは、無彩の魔術師の実力を知っていたからだと思う。

 前を向いたまま呟くノーアンの視界の端で、ニーロの灰色の髪がふわりと揺れた。


「彼は不思議な男でした。この『藍』の迷宮で出会って、勝手に家に住み着かれました」

「それってもしかして、あの鍛冶の神官が話していた?」

「そうです」


 「紫」の迷宮に捨てられていた死者の調査を担当した、チェニー・ダング。

 「橙」の迷宮で彼女に罠にかけられたという、ベリオという男。

 二人ともニーロと縁があった人物で、どちらも既に命を落としている。


「明らかな殺意に基づいた行動だとしても、迷宮に仕掛けられた罠で命を落としたのなら、死体は残らないと考えていいのかもしれませんね」


 なにをどう考えたらいいのか、一気にわからなくなっていく。

 どちらとも知り合いであったであろうニーロがどんな気持ちでいるのか、なにを思ってこんなことを言いだしているのか、ノーアンは答えを見いだせずにいる。


「迷宮は本当に不思議なところです。誰がどう命を落としたのか、どうやって確認しているのでしょうね」


 あなたはどう思いますか、ポンパ。

 大好きなニーロちゃんからの問いなのに、半分禿げた魔術師は顔すら上げない。


「監視するような仕組みでもあるのかな」


 代わりにノーアンが呟くと、ニーロはまた笑った。


「そうだとしたら、一体どんな魔術なのでしょう。古代の魔術師は、僕たちとはくらべものにならないほどの強大な力を持っていたのでしょうか」

「こんな迷宮を作っちゃうくらいだもんね」

「そうですね。いつ作られ、どうしてまだ動き続けているのか。ラーデン様にすべて解き明かすよう言われてきましたが、そんなことが可能なのかどうか……」


 簡単に断言できるはずのない、壮大な問いだとノーアンは思う。

 しかし。ニーロの言葉は途切れたが、諦めるとは到底思えないとも考えていた。


「そのベリオって人、相棒だったんでしょ。残念だったね」

 せめてもの慰めにそう呟くと、ニーロは小さく頷いたようだった。

「特別に腕が良かったわけではありませんが、どんな探索にも付き合ってくれました」

「すごいよね、『黄』なんかほいほい行くところじゃないのに」

「まったくです。毎回文句は言われましたが、彼は過剰に怖れを抱かず、程よい図々しさを持ち合わせていたのでしょう」

「はは、程よいか」

「そうです。ひょっとしたらそんなつもりはなかったのかもしれませんが、僕の家を出る時にいくつか持ち出したものがあって」


 また、視線を感じる。前を向いたままでも感じる灰色の瞳の気配に、ノーアンは相応しい言葉を探す。


「なにを持ち出したの」


 安易な言葉だと思うが、心に浮かんだ素直な疑問を口に出すと、返事があった。


「『緑』の迷宮の深いところで見つかった特別な剣と、『白』の地図です」

「え、……地図を?」

「理由はわかりませんが、『白』に向かうことになったのでしょうね」

「いや、地図ってそんな。勝手に持っていったの?」

「そうです。ですがそれは、出鱈目に描いたものでした」

「出鱈目に?」


 意味がわからず鸚鵡返しをするノーアンに、ニーロは深く頷いて答えた。


「記憶と直感を頼りに描いたものがあったのです。出来ると思ったのですが、そううまくはいかなくて」

「はあ……。だけどまあ、そういうものがあってもいいのかもね。泥棒対策になるかもしれないし」


 難しい迷宮は歩くだけでも大変なのに、地図の作成をしながらになると更に大仕事になる。

 進みが遅くなれば、魔法生物と遭遇する回数も増えていく。

 そこまで苦労して作ったものを盗まれてはたまったものではなく、「白」の地図が偽物で良かったとノーアンは思った。


「それと、念のために渡していた術符を二枚持っていたはずです」

「ああ、ベリオって人が?」

「そうです。『白』の迷宮には慣れない相手と向かったようですが、術符を余分に持っていたから、行くと決断できたのかもしれません」


 ニーロ本人も術符を欲しがっている割に、そう惜しむ様子もないようだ。

 やはり魔術師の考えはよくわからないと考えるノーアンに、ニーロはまだ語り続ける。


「本人は決して上級者と言えるほどの実力の主ではありませんでしたが、熟練の人間のやり方を間近で見ていたでしょうから」


 だから、探索に対する備えはしっかりしていたのではないかと思う。

 この呟きの意味するものについて、ノーアンは歩きながら考える。

 たいした腕のない探索者が術符を二枚も持っていることは滅多にない。

 よほど信頼の置ける相手でなければ、持っていると決して知られたくないだろう。

 

 最後の探索の時には、鍛冶の神官以外にも初心者を連れていたようなことを言っていた。

 傷を負って倒れてしまった時、荷物を探られてすぐに見つかってしまっては困る。

 安易に使われても計画が狂うだろうし、盗まれてしまっては最低だ。


 自分ならきっと、簡単に見つからないところに隠しもっておくだろう。

 

 そんな結論が出たものの、だからなんなのか。

 ノーアンが小さく首を傾げていると、隣を歩くニーロが背後へ振り返るのがわかった。


「すみません、ポンパ。あなたの知らない話をしてしまって。僕には以前、ベリオという名の仲間がいました」

「そうなのか」

「話の流れで理解できたかもしれませんが、彼は死にました」

「ああ。なんとなく、わかったけれども……」

「恐ろしい計画に巻き込まれ、罠にかけられたのです。とても大胆な計画で、ベリオは死の瞬間まで異変に気付かなかったのではないかと僕は考えています」


 無彩の魔術師はゆっくりと速度を落とし、ポンパの隣に並ぼうとしている。

 青い顔をして震えるポンパに、ニーロは穏やかな表情のまま語り続けていった。


「迷宮の中での死は恐ろしいものです。何故死んだのか、いついなくなってしまったのか、なにもかもがわからなくなる」

「ああ」

「けれど時々、思いがけないことも起きます。これは迷宮の中に限らず、人が生きる場所ならばどこでもそうなのでしょうけれど」


 本人ですら説明しようのない心の動きが、意外な行動に繋がる。

 それを気まぐれと呼ぶべきか、神の慈悲と考えるか、運命の悪戯と名付けるか。

 迷宮で恐ろしい事件が起きたものの、その死を報せる物が残されていたのだとニーロは囁いている。


「僕の家から持ち出された剣を、ベリオは愛用していたようです。あの剣の持つ特別な力について彼が承知していたかはわかりませんが、珍しい色合いの美しいものでしたし、なにより軽くて扱いやすかった。だからなのか、持ち去られたのです。恐らくは彼が命を落とした後に奪われ、剣は地上へと戻った」


 特徴的な目立つ物だったから、目にした者が気付いた。

 あの剣と持ち主を知っていて、あれが何故他人の手に渡ったのか、疑問に思われたのだと。


「人が関わる以上、物事はそう単純にはならない」


 そう思いませんか、ポンパ。

 ニーロはいつになく熱心に話し続け、隣で震える魔術師を見つめている。


「そして、迷宮もまた単純ではありません」

「え?」

「人が関わらずとも残される物があると、あなたは知っていますか、ポンパ」

「なんだ……、ニーロちゃん。なんの話なのだ」

「僕は持っています。何故か消えずに残っていた不思議な物を」


 ふいに背後が光って、ノーアンは驚いて振り返った。

 藍色の通路にはニーロの姿しかなく、つまり、ポンパは一人で脱出を使ったのだろう。

 いろいろと思うことはあったが、好奇心が勝ってノーアンはニーロに問いかけた。


「なにを持っているの、ニーロ」

「ピエルナさんの剣です」

「ピエルナって、行方がわからなくなったっていう?」

「そうです。もう三年も前にいなくなってしまった彼女の剣が、最近になって見つかりました」

「最近?」

「少し前ですが、少なくとも三年近く経っていたのは間違いありません」

「迷宮で見つかったってことだよね」

「そうです。この『藍』の迷宮の、六層の大穴から落ちた先で」


 ピエルナは「赤」で命を落とした。ニーロはそう言っていたはずだ。

 おそらくはと言っていたが、確証があるような話ぶりだった。


「誰かに取られて、その取った奴が落としたとか?」

「その可能性もあるかもしれませんが、違うと思っています」

「どうして?」

「剣だけが落ちていたと聞いているので」


 「藍」の六層の落とし穴については、かなり昔から知られている。

 地図にもはっきりと、深くて恐らくは戻れない旨が書かれている。


 そこに剣だけが落ちているなんて、確かにおかしい。

 装備品は死者と共に消える。物だけが残されていることなどないと、ノーアンも知っている。


「たまたま同じ物があったとかじゃないんだよね」

「ピエルナさんの剣は工房に頼んで作ってもらった物なのです。『赤』で倒した魔竜のうろこを飾りに使った特注品で、短剣と長剣のセットでした」

「魔竜のうろこを」

「『赤』の探索で失敗した時に手に入れたものです。二十七層で魔竜に出会い、僕たちは危うく全滅するところでした」


 また興味深い話が飛び出してきたが、迷宮の中でのんびりおしゃべりし続けるわけにはいかないだろう。

 とにかくピエルナの剣は時を超え、何故か「藍」に落ちていて、今はニーロの手元にあるようだ。


 そしてニーロが言いたかったのは、迷宮内で起きた摩訶不思議な現象についてではなかったらしい。


「ポンパはなにか隠しているようですね」

「ああ、そうだね。あんなに動揺しちゃって」

「ありがとうございました、ノーアン」

「探索はもう終わり?」

「いえ、話を合わせてくれたので」


 時々送られてきた合図は、正しく解釈できていたらしい。

 ニーロは小さく頷き、術符も見つかったしこれで終わりにしようと話した。

 無彩の魔術師との迷宮歩きは楽しいもので、ノーアンの中には少しだけ名残惜しい気持ちがある。


「ポンパ、大穴に二人落としたって言ってたけど」

「あの時は止むを得ない事態だったようでしたが……」

「変な奴らに追われたっていうやつ?」

「ポンパはザックレン・カロンの家の後始末に関わっていますから、不審な人物が来たのは間違いない話だろうと思います」

 

 けれど、今回はどうだろう。

 ポンパはずっと落ち着きがなく、調査団員から逃げ、「藍」に入るのを嫌がっていた。


「言動は少し変わっていますが、ポンパは悪い人間ではありません。考え直して、正しい判断をしてくれるといいのですが」


 確かにねと答えている間に、ニーロの家に戻されていた。

 鮮やかな帰還の後には、手伝いへのお礼としてどうやら十万シュレールもらえるらしい。


「山分けってこと?」

「ポンパはなにもしていませんから」

「あはは。そうだね、勝手について来て、文句を言っていただけだ」


 ポンパが今のノーアンを見たら、また更に激しく文句を言うだろう。

 魔術師の家には麗しい美女が待っていて、帰って来たスカウトを撫でまわしている真っ最中だから。


「何故声をかけんのだ、ニーロ。俺も連れて行ってくれればいいものを」

「あなたにとって楽しい探索ではなかったと思います」

「面白くない迷宮歩きなどあるのか?」

「今日は間違いなく話がこじれたはずなので」

 

 生意気を言いおってと、ロウランは不満そうだ。

 ノーアンをよほど手なずけたいのか、背後にぴったりとくっついて、頬を撫でまわしながら文句を言っている。


「ノーアンよ、どうして俺がいると話がこじれる?」

「もう一人いたんです。ポンパも一緒だったので」

「ああ、あの妙な禿げ方の」


 ロウランの吐息が耳にかかって、くすぐったい。

 実際に共に歩いたら優しいどころか、厳しい言葉を投げられそうだが、ポンパはそれでもロウランとの探索を楽しめるだろうか。


「あやつは先に帰ったのか」

「そうですね。先にというかなんというか」

「なにが起きた?」


 どこまで話していいのやらわからず、ノーアンはニーロに目を向けようとしたが、無彩の魔術師の姿はどこにもない。

 上から微かに音が聞こえるので、二階に上がってしまったのだろう。


「いや、わからないんです。詳しいことは話さなくって。様子は随分おかしかったですけどね」

「そうか。ところでノーアン」

「なんでしょう」


 今日はしっかり稼げたのか、とロウランが囁く。

 背後からぴったりとくっつき、耳元に唇を寄せて、甘い声で。


「お陰様で」

「ほう、では行った甲斐があったのだな」

「もちろんです」


 こんなに楽でいいのかと思うほどの道のりに対し、支払われる額はあり得ないほど高い。

 かつての仲間だったというベリオという男は、労働に見合わない報酬を単純に喜んでいたか悩んでいたか、どちらだったのだろう。


「そんなに儲かったのなら、ノーアン、俺に食事を奢ってくれないか」

「いいですよ」

「ははは。言ってみるものだな」

「あれ、もしかして冗談でした?」

「いいや、即答してくれて嬉しかっただけだ。飯は誰かと食べるに限るからな」


 魔術師の顔が頬の隣にやって来て、鼻の先はもう触れている。

 唇も動くたびにふわふわと当たる感触があり、ノーアンは小さく首を傾げた。


「今日はウィルフレドさんはどうしたんです?」

「あやつは気になる小娘がいるとかで、俺を置いていったのさ」

「小娘、ですか」

「ああ。関わってもロクなことにならんと教えてやったのだがな。仕方がない。なにかしらの縁でもあったんだろうよ」


 ウィルフレドの普段の様子からして、あまり若い女性となにかあるとは思えないが。

 そんなことを考えているとニーロが戻って来て、今日の報酬の入った袋をノーアンに渡した。


「何故そんなに支払われる?」

「術符探しをしたんですよ。あんなに見つかるなんて意外でしたけど」

「ニーロ、次は絶対に俺を連れていけ。ノーアンよ、今日は高い店に行ってもいいか」

「はは、いいですよ」


 さすがにすべて持ち歩くわけには行かず、一度家に戻ってから身なりを整え、ノーアンはロウランと贅沢な夕食の時間を過ごした。

 美味い物をたらふく食べると魔術師は帰っていき、ノーアンはひとり、迷宮都市の夜道を歩いている。


 

 満たされた時間を過ごしたスカウトはすっかり気を良くして、湧き出してきた親切心に誘われてポンパ・オーエンの屋敷に寄って帰った。

 けれどノーアンが何度扉を叩いても応答はなく、半分禿げた魔術師が姿を現すことはなかった。

 

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