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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
  X14-A_Believe in You

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179 魔術師の瞳(上)

 白い石で出来た美しいテーブルには、紫色の布が掛けられている。

 つるりとした手触りの広い食卓には朝食が用意されているが、隅の席に、たったの一人分だけしか置かれていない。

 どこからか漂う花のような香りのおかげで優雅な気分になれるが、ひとりきりでは食事は味気ないものになってしまうらしい。


 何度目かのホーカ・ヒーカム邸での朝食を食べながら、マティルデはちらちらと部屋の奥に目を向けている。

 広い食堂の隣には厨房であろう小部屋があり、ヴィ・ジョンが物言わぬままじっと佇んでいるから。


 黒づくめの細長い男はなにも言わないし微動だにしないが、視線は自分に向いているようである。

 そう感じてしまうのは、弟子入りのために達成しなければならない依頼をいまだ果たせていないからなのだろう。


 マティルデは何度か街を歩き、目的の人物自体は見つけている。二人とも居場所に目星はつけているのに、連れてくることはできていない。

 特に期限があるとは聞いていないが、任せておけと言ってしまったし、いつまでも待ってもらえるとも思えない。

 今日こそはと何度目かの決意をして、朝食を終え、マティルデ・イーデンは立ち上がった。

 出かける前に部屋に戻って、身だしなみを整え、弟子の証たるローブを着込んで屋敷を出た。


「あっ」


 屋敷を出て、門まで進んだところで人影が現れ、マティルデは思わず声を上げていた。


「本当に魔術師に弟子入りしたんだね」


 ゆっくりと門を開けて、迷宮都市で出来た友人と向かい合う。

 ユレーはひどく疲れた顔で、マティルデの姿を上から下までじっくりと眺めている。


「よく似合ってるじゃないか」

「ありがと」

「……今日はしらせなきゃいけないことがあって来たんだ。今、話せるかい」


 断る理由はなく、少女はこくんと頷いて答えた。

 ユレーはしばらく目を伏せたまま黙っていたが、ため息をひとつつくと、マージがいなくなってしまった、と囁くように言った。


「え? いなくなったって、どういうこと?」

「そのまんまだよ。帰って来ないんだ」

「ヌーと暮らしてたんでしょ」

「そうだよ。あの子は生活費を稼ぐ為に、探索に行ったみたいだ」

「探索に……」


 ユレーがわざわざ伝えに来たのは、特別な挑戦をして長引いているだとか、そんな前向きな話ではないからなのだろう。

 それでは、何故?

 そんなの決まっている。

 迷宮は恐ろしいところなのだから。些細な失敗であろうと命を脅かす、危険なところなのだから。


「案外ひょっこり帰ってくるかもしれないけどね。だけどまあ、……わかるだろ、マティルデ。あたしたちは覚悟しておかなきゃいけない」


 体が震えて、声が出せない。

 悲しみや寂しさに加えて、怒りのようなものがこみ上げてきて、なにも言えない。


「あの子の家をどうにかしなきゃならなくてね。代わりに住みたいところだけど、一人で借りるにはちょっと高くて維持できそうにないんだ。あそこにあんたの物、なにか残していないかな」


 自分の物などなにもない。

 着替えの一枚すら持っていなかったマティルデは、生活に必要ななにもかもをマージに用意してもらっていたから。


「こんなことになっちまうなんてね。本当に、なんて言ったらいいんだか。……だけど、良かったよ、マティルデ。あんたはどうやら住むところを見つけたみたいだし。どうやったんだい、本当に。雲の神殿を抜け出したらしいけど、弟子にしてくれる魔術師を探していたのかい」

 自分でそう言っておきながら、ユレーはなにか気付いたらしく首を傾げている。

「あんた、お金はどうしたんだよ。魔術師の塾ってのは随分かかるんだろう?」

 

 マティルデに金がないことは、マージとユレーが一番よく知っているだろう。

 急にまっすぐに見つめられて、魔術師の弟子はそわそわしながらも答えていった。


「お師匠様から人探しを頼まれているの。このお屋敷に連れてくれば、授業料は払わなくていいって約束なのよ」

「人探し?」

「うん」

「できるのかい、マティルデ」

「できるわ」

「それって男? それとも、女?」


 あれほど怯えていたのだから、男を連れていくのは無理だと思っているのだろう。

 心配そうに見つめてくるユレーを安心させようと、マティルデは笑みを浮かべて答えた。


「両方よ。男の人が一人と、女の人が一人」

「それじゃあ」

「大丈夫なの、その男の人は全然怖くないから」


 そもそも、そこらを歩いている男性に対して恐怖心はもうなくなっている。

 おそらくはサークリュード・ルシオであろう青年は、ヴィ・ジョンの言う通り女にしか見えなかったから、余計に恐ろしさはない。


「本当かい、マティルデ。必要なら手を貸すよ」

「大丈夫よ」

「この街にどれだけ大勢住んでるかわかっているのかい。探すだけでも大変だろう」

「居場所ならわかってるわ」

「もうわかってる? もしかして有名なのかい、その探し人ってのは。まさか、危ない奴ってことはないだろうね」


 強い瞳で見つめられて、少女は結局探し人二人の名をユレーに話した。

 女と見紛うばかりの美青年、サークリュード・ルシオと、異国から来た夜の神官、ラフィ・ルーザ・サロの名を。


「異国からって、……その神官ってのは、あのおヒゲの君の恋人って噂の女じゃないか」

「え、そうなの?」


 ラフィらしき黒い肌の美女は、無彩の魔術師の屋敷によく出入りをしているようだった。

 ウィルフレドはニーロの仲間だというから、二人に繋がりがあってもなんら不思議ではない。

 けれど恋人同士とは初耳で、マティルデの心はぞわぞわとして、落ち着きを失っていく。


「ねえマティルデ。さっきの話はわかった?」

「え? さっきの話って?」

「……荷物のことだよ。なにかあるなら、早めに訪ねておいで。もちろん、あたしもちゃんと確認するし、あの貸家を引き払った時にはまた伝えに来るからね」

「ああ、うん。荷物ね。わかったわ」

「これから人探しをするんなら、マージのことも気にかけておいてくれないか」

 口を噤んだマティルデに、ユレーはふっと笑いながらこう続けた。

「あの子がどうなったか、確実なことはまだわからないからさ。怪我でもして、どこかで寝かされているかもしれないからね。誰か知っているかもしれないから。人探しのついでに聞いておくれよ」


 最後にまたひとつため息をつくと、ユレーは寂しげな顔をして去っていってしまった。

 今日こそはと屋敷を出たのに、悲しい報告を聞かされたせいで、足取りはすっかり重い。


 路地裏の道を歩いていると、マージとの思い出が次々に脳裏に蘇っていった。

 派手な化粧や、よく首に巻いていたスカーフの鮮やかな色。

 明るく笑った顔、ウィルフレドを見つめる瞳、ふられてわんわん泣いていた夜のことも。


 悲しくてたまらないし、寂しさに心が押し潰されてしまいそうだった。

 けれど、行かなければならない。そんな事情は、ホーカ・ヒーカムには関係ないのだから。

 ヴィ・ジョンはなにも言わないけれど、まだ見つからないのですか、と瞳が物語っている。

 圧は日々強まっており、弟子の少女の背中を無言のままに追いたてる。


 

 貸家街と大通りを繋ぐ路地にやってくると、マティルデは物陰に身を潜めた。

 コルフは違う名を言ったが、「赤」の入り口近くで会った男こそがサークリュード・ルシオだろうとマティルデは考えている。

 同じような条件の若者は何人か見かけたが、一人だけ美しさが段違いだから。


 しばらくすると目的の人物の一方であろう美青年がやって来たが、今日も恐ろしい顔の大男と並んで歩いており、マティルデはがっくりと肩を落としている。


 その辺りを歩く青年ならばもう怖くないのだが、クリュと共に歩く大男だけは駄目だ。

 吊り上がった眉毛に、瞳が余りにも鋭くて、彼だけはどうしようもなく恐ろしい。

 ここのところいつも二人で行動しているようで、声をかけられない。


「どうして一人で歩いてくれないの」


 二人はカッカーの屋敷に入ってしまい、おそらく夕方まで出てこないだろう。

 諦めて、もう一人を探しに歩き出す。

 貸家街と売家街の狭間にある、小さな黒い家へ。

 異国から来たという黒い肌の美女が出入りしているのは、しけた色の魔術師であるニーロの家らしい。


 サークリュード・ルシオと同様、一目でわかるほど肌の色が違う者など他にはいないようだった。

 あの家から出てきた若者は別人だと言ったが、あの黒い肌の女性がラフィ・ルーザ・サロに違いない。


 ニーロの家にはすぐについたが、では、扉を叩くべきなのかどうか。

 あの灰色の魔術師が出てきたとして、マティルデの問いに答えてくれるのかがわからない。


 勇気が急にひっこんでしまって、家の前に着いたものの、マティルデは動けなくなっていた。

 樹木の神殿を訪ねてキーレイの力を借りた方が早いのかもしれないが、ギアノやアデルミラがいるかもしれず、気が進まない。


 悩んでまごまごしていると、小さな音が聞こえて、魔術師の家の扉が開いた。

 中から出てきたのは探し求めていた黒い肌の美しい女で、驚いたマティルデとばっちり目が合っている。


「無彩の魔術師になにか用か」

「えっ?」

「扉の前で立ち止まっているから声をかけた。この家に用があるのではないのか?」


 うまく答えられなかったのは、中から現れた女性があまりにも美しかったからだった。

 クリュも美しいが、この女性も信じられないほど美しい。

 零れ落ちそうなほどの大きな瞳から目が離せない。

 愛らしくもあり、途轍もなく綺麗で、艶めかしかった。

 しかしそれは神秘的な青紫の輝きを放っていて、聞いていた話と違う。


 美貌にしばらく見とれていたが、マティルデははっと我に返ると、勇気を振り絞って声をあげた。


「あなたが、ラフィ・ルーザ・サロ?」

「いいや、違う」

「えっ。あの、遠いよその国から来たんでしょう?」

「確かに遥か西からやって来たが、そんな名ではない」

「夜の神に仕える神官よね」

「お前も魔術師の端くれなら、見てわかるのではないか」

「あなたの名前は?」


 美女は眉をひそめると、マティルデを見つめ、ぼそりと答えた。


「ロウランだ」

「ロウラン……。その、ラフィ・ルーザ・サロ・ロウランとかではなくて?」

「違うと言っておろう。何故そんなことを聞く」

「私、人を探しているの。お師匠様のところに連れて行かなきゃならないんだけど、それが遠い国から来たっていう、黒い肌をした神官で」


 ロウランの唇に、ふっと笑みが浮かぶ。

 なにかいい情報に結び付くのかという期待は、次の瞬間すぐに破られてしまった。


「確かにこの色の肌の者は俺以外にはいないだろう。だが神官ではないし、名前もさっき名乗った通りだよ」

「そうなの?」

「たったそれだけの手がかりで人を探しているのか」

「髪は黒で、瞳は黄緑色なの」

「お前は目が見えておらんのか?」


 細長い指が、瞳を指している。

 色の違いにはとっくに気付いており、嫌みな言い方にマティルデは頬を膨らませていた。


「お前の師匠とやらは、何故その神官に会いたがっている?」

「それは……、わかんないわ。そこまでは聞いていないから」

 不貞腐れた態度で答える少女に、ロウランは小さく笑い、マティルデはまた不満を募らせていく。

「なにがおかしいの」

「呆れているだけさ」

「呆れるって、なにに?」

「お前に決まっているだろう。魔術師になる為に必要なものはいくつかある。師匠選びもそのひとつだ」


 ロウランはマティルデをまっすぐに見据えて、はやまったな、と囁いてきた。

 急に不安が湧き上がって来て、少女は震えながらも言葉を返していく。


「あなたになにがわかるっていうの」

「一から魔術を学ぶ為には師の導きがかかせんぞ。師匠選びは慎重にすべきだ」


 顔も知らぬ人間を何故信用する?


 内心の心配事をずばり見抜かれ、マティルデはよろめいて後ずさってしまう。

 ロウランは視線を一切逸らすことなく、少女を見据えたままこう続けた。


「悪いことは言わん。今すぐにあの屋敷から離れろ」

「どうしてそんなことを言うの」

「聞きたいのか、お前を待ち受ける運命を」

「なによそれ。まさか、脅そうっていうの? さてはなにか隠してるのね」

「ははは」


 ロウランは愉快そうに笑うと、大きな瞳を閉じた。

 青紫の眩い輝きは隠れてしまったが、長い睫毛が美しい曲線を描き、極上の美しさに満ちていく。


「気が強いのは悪くない。道を切り拓く力になるからな」


 ただしそれは、正しい道を歩んでいる間に限られる。

 美女はそう囁くとまたぱっちりと目を開き、マティルデを見つめた。


「お前の師匠とやらに会ったら伝えろ。お前の計画は既に潰えていると。最良の案も、二番目の妙案も実現できん。お前ごときの力では敵うことはないと知れ、とな」


 偉そうな言い様に魔術師見習いの少女は心底腹を立てて、こう言い返した。


「なにを訳のわからないことを言っているの。馬鹿にしないで。あなたの言う通りだったとしても、お師匠様はちゃんと三番目の案を考えるわよ! できる中で一番いいアイディアを、きっとやってみせるに違いないわ!」


 勢いだけで言い返しながら、マティルデの中には既に後悔が芽生え始めている。

 一方、ロウランは急に優しげに微笑んで、小さく頷くとこう答えた。


「なるほど。マティルデ・イーデンよ、お前にとっても(・・・・・・・)その方が良いのかもしれんな」

「えっ、なあに……?」

「魔術師として名を轟かせたいのだろう。美しい夢ならば、溺れるのも楽しかろうよ」


 教えていないはずの名を呼ばれたことに気付き、マティルデは恐ろしくなって駆け出していた。

 一瞬で部屋に戻れる力のこともすっかり忘れて、ひと気のない路地裏を逃げていく。


 今の住処である魔術師のお屋敷についた時には汗だくで、息もすっかり切れていた。

 広いホールにあるベンチに倒れ込んで、マティルデはロウランとの邂逅を思いだし、体を震わせている。


 これまでに出会ったことのない種類の人間だったのは間違いない。

 話ぶりからして魔術師なのだろうけれど。

 あんなにも強烈な視線、言葉を浴びせられたことなどなかった。

 無彩の魔術師も、カッカーの屋敷で出会ったコルフも、あんな風ではないのに。

 美しさにも圧倒され、すべてを見透かされ、丸裸にされたような気分だったし、小さな子供に戻ってしまったような無力さを感じている。


「マティルデ・イーデン、どうしたんだい」

 

 ふいに声をかけられて、驚きのあまり飛び上がってしまう。

 そんな妹弟子に、ベルジャン・エルソーもびっくりしているようだ。


「なんだ、ベルジャンだったのね。驚かさないで欲しいわ」

「僕が驚かせてしまったのなら済まない。倒れ込んでいたから、なにかあったのかと思っただけなんだ」


 ホーカ・ヒーカムの弟子であるベルジャンには、昨日引き合わせられていた。

 人探しが進んでいないようなのでとヴィ・ジョンは言い、協力してみてはどうか二人に提案している。

 それで互いに名乗り合ったが、それ以上の話はまだしていなかった。

 引き合わされた時はもう夕方だったので、詳しくはまた明日にでも、と言って別れていたからだ。


 ベルジャンは隣のベンチにそっと腰かけて、マティルデの様子を見つめている。

 昨日顔合わせをした兄弟子は、街ではよく見かけるこげ茶の髪に明るい茶色の瞳の痩せた青年だった。

 顔色はやけに青白く、眉間には小さく皺が寄っているのが通常の状態らしく、困っているか、気を悪くしているのだろうかとマティルデに思わせている。

 魔術師としての実力はまだわからないが、まだまだ勉強が必要だと話していたのだから、そこまでの腕はないのだろう。


 マティルデはなんとか息を整えると腰を下ろし、思い出したことについて兄弟子へ尋ねた。


「あの、ベルジャンはお師匠様に会ったことがあるの?」

「ん? お師匠様って、術師ホーカのことだよね」

「ええ、そうよ」

「どうしてそんな質問を? まさか、会ったことがないのか?」


 マティルデが黙って頷くと、ベルジャンは随分驚いたようだった。

 信じられないと呟き、どうやって弟子入りを果たしたのか、問われてしまう。

 

 こんなに驚くのは、師匠に会わずに弟子入りするなど、普通ならないことだからに違いない。

 マティルデはどう答えたらいいのかわからなくなって、しどろもどろになっていく。

 ベルジャンは答えない妹弟子の様子を訝しみ、なにか特別な伝手でもあるのか、師匠に会わずに部屋まで与えられる為になにをすればいいのか、次々に問いをぶつけた。


「あの、そうじゃないの。別に、そんないい話じゃないの。ちょっと、トラブルに巻き込まれちゃって。逃げてきて、偶然ここに辿り着いて」

「辿り着いて?」

「そのう、ヴィ・ジョンさんが助けてくれたのよ。弟子入りしたいかって聞かれて、そうだって答えたら、認めてもらえて」

「そんな馬鹿な」

「ごめんなさい、ちょっと省略しちゃった。弟子入りしたいってお願いして、その代わりに人探しを引き受けたのよ。絶対に見つけて連れてくるって誓って」

「サークリュード・ルシオを探すと誓った?」


 探し人は二人ではないのか。

 マティルデが問いかけると、ベルジャンはラフィについては知らなかったらしく、詳しく話すよう妹弟子に迫った。

 

「なるほど、黒い肌の美しい女性については噂に聞いている。その人を連れてくれば謝礼が出るのかな」

「謝礼が出るの?」

「出ないのか?」

「だって、謝礼が出るのは、灰色の魔術師を連れて来たらって言われたのよ」


 互いに話がかみ合わず、結局弟子二人は自分に出された条件についてすべて明かし合っていった。

 すべての授業料を免除するという話にベルジャンは鼻息を荒くして、破格の条件じゃないかとマティルデにまた詰め寄っている。


「僕も二人連れて行けば免除してもらえるようになるのかな」

 それとも、交渉すればいいのだろうか。

 ベルジャンは独り言をぶつぶつと言い、マティルデをじろりと睨んだ。

「どうなんだ。その二人について、なにか情報はあるのかな」


 言うべきかどうか、マティルデは悩む。

 今日、二人とも姿を見かけた。

 けれど結果はさっぱりだ。

 一方には恐ろしくて声すらかけられず、もう一方には怖れを抱いて逃げ出してしまった。


 既に魔術師の道を歩き始めた先輩が一緒にいてくれれば、対処できるようになるだろうか。

 サークリュード・ルシオと共に歩く強面にビビらず、屋敷に来るよう交渉してもらえるか。


 早く解決しなければという焦燥もあって、結局マティルデはベルジャンにすべて打ち明け、ずっと仏頂面だった兄弟子を微笑ませることに成功した。


「もう居場所がわかっているなんて素晴らしいじゃないか。では協力してやっていこう。ヴィ・ジョンもそうすべきだと言っていたのだから」

「そうね」

「そういえば、君も注意を聞いたかい」

「注意って?」

「ヴィ・ジョンから気を付けるように言われたことだよ」


 心当たりがないと話すと、ベルジャンは自分が聞いた注意事項について教えてくれた。


「我らが師匠、ホーカ・ヒーカムについてだ。術師ホーカは長くこの街で暮らしている。魔術師の中でもかなりの成功をした富豪でもある。君も知っているよね」


 頷くマティルデに、ベルジャンはこう続けた。

 富と成功を妬み、ホーカ・ヒーカムを悪く言う者は多くいるのだ、と。


「そのせいで悪い噂もかなりあるんだ。けれどほとんどがでまかせだから、信じないようにと」

「そうなのね。わかったわ」


 素直に聞き入れた妹弟子の態度に満足したのか、ベルジャンはまた笑みを浮かべている。

 もう少し情報を共有し、どう動いていくかを話し合いながら昼食をとると、二人はさっそく午後の捜索に向かった。


 

 二人の探し人は、貸家街と売家街で暮らしている。

 どちらにしても向かう方角は同じで、マティルデとベルジャンは揃って東に向かって歩き出した。

 最初に向かうのはカッカーの屋敷と、話し合いの末に決めている。

 ホーカ・ヒーカムの屋敷から一番近いし、樹木の神殿の力も借りられるとマティルデが言ったからでもあった。


「サークリュード・ルシオは何故カッカー・パンラの屋敷に行っているのかな」

「……それは、知り合いがいるからだと思うわ」

「その知り合いの名はわかる?」


 マティルデは迷ったものの、管理人であるギアノの名をベルジャンに話した。


「あと、そこで暮らしているコルフって魔術師も、サークリュード・ルシオと知り合いだと思うわ」

「コルフ? コルフ・ヒックマン?」


 コルフについて、マティルデは名前しか知らない。

 気の良い魔術師見習いで、ティーオやカミル、アデルミラの兄と仲間だとしかわからない。


「コルフ・ヒックマンにもサークリュード・ルシオの話はしたんだが」

「そうなの? コルフは私に嘘の名前を言って、逃げたのに」

「嘘の名前とは」

「少し前に、この近くにそれっぽい人がいたの。コルフと一緒にいたから、名前を確認したのよ。でも本人が答える前に、コルフの方がサークリュード・ルシオではないよって、別の名前を言ってきたの」


 ベルジャンはふむと呟いたきりしばらく黙っていたが、それはまた別な人物だったのかもしれないと結論を出したようだ。


「そんなことあるかしら」

「見間違えているということはないのかな。コルフ・ヒックマンと共にいた人物と、これから確認しに行く人物は確実に同じだと言い切れるかい」

「同じだと思う。だってあんなにきれいな人なんて他にいないもの」


 金色の髪に、青い瞳の美青年。

 その条件だけならば満たす者は他にもいて、何人かの様子を見に行った。

 けれど、あの怒り顔と共に歩いている、コルフと共に逃げて行った青年とは、まったく違っていたとマティルデは思う。


「確かに、ヴィ・ジョンも最も美しいと言っていたか」


 話しているうちに、樹木の神殿の前に辿り着いていた。

 気が向かないと言い出せる空気ではなくて、ここまで歩いてきてしまったが。

 これ以上進めば誰かに遭遇する可能性がある。

 キーレイだとかウィルフレドならばなんとかできるとは思うけれど。

 ギアノやアデルミラが出てきたら、探し人の前にあれこれ弁明しなければならないだろう。


「どうした、マティルデ・イーデン」


 歩みを鈍らせた少女にすぐに勘付いて、ベルジャンが振り返っている。


「別に、なんでもないわ」

「では行こう。術師ホーカは早い解決を望んでいるはずだ」


 兄弟子は歩き出したが、マティルデの足は動かない。

 まごまごしている間にベルジャンが進んでいって、カッカーの屋敷の扉を叩いていた。

 目的に対し一直線の先輩魔術師は後ろなど気にしないらしく、マティルデは離れた位置から様子を窺っている。

 このままうまく話が進めばいい。

 マティルデはそう考えて、そばにある神殿の大きな柱の陰に身を潜めた。


 身を隠せたのはいいが、角度が悪く、扉が開いたのに誰が出てきたのかは見えない。

 ベルジャンの声も聞こえない。

 昼下がりの中途半端な時間帯で通行人はそう多くはない。騒がしくはないが、単純に遠いしベルジャンの声が低くてこもっているせいで、誰と何を話しているのかはさっぱりわからなかった。


「マティルデ!」


 兄弟子の様子を窺うのに夢中になっていて、背後は完全にがら空き。

 そもそも、屋敷からは見えないだけで、神殿や通りからはマティルデの姿は丸見えなのだから。

 だから知り合いが後ろから来た場合、こんな風に声をかけられるのは当たり前の出来事なのだが。


「……ギアノ」


 その可能性に気付いていなかったわけではない。単純に、考えていなかっただけ。

 マティルデがゆっくりと振り返った先には、なんらかのおつかい帰りであろうギアノ・グリアドが立っていて、久しぶりに会った少女をまっすぐに見つめていた。


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