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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
39_Antipathy 〈失敗の副作用〉

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177 正しい選択

 翌日の朝。

 屋敷の中の空気は、落ち着いているとは言い難い。

 

 ダインはど真ん中に陣取って食事中らしく、その周囲に大勢が集まっていた。

 一緒に連れていってほしいと頼んだ者はいたがあっさりと断られ、こっそりついて行こうと話しあっている者もいるようだ。


 もちろん、「いつも通り」を心掛けている者もいる。

 けれど結局、皆どうしても視線を向けてしまう。

 余りにも型破りで自信に満ち溢れた新入りが発する言葉は刺激的だし、次になにをするつもりなのか気になって仕方がないから。


 そんな中、クレイは随分と落ち着いているようだった。

 隣で食事をとりながら、パントはそう感じている。


 ダインたちが屋敷を出て行っても、何人かがそれについていっても構わずに、誰かの残していった皿を集めて、水場へと運んで。

 パントも付き合い、一緒になって食器を洗っていく。

 そうしているうちに足音が聞こえてきて、馴染みの二人が姿を現していた。


「あの」

 洗い途中の皿を置いて、慌てて追いかけ、廊下に出て声をあげる。

 レテウスとクリュはくるりと振り返り、パントたちの姿を認めると「おはよう」と声をかけてくれた。


「おはようございます。あの、お願いがあって」

「なんだろうか」

 レテウスが答えて、パントとクレイは顔を見合わせてしまう。

 けれどすぐに気を取り直して、クリュに頼みがあるのだと素直に話した。

「探索の仕方を教えて欲しい?」

「はい」

「俺に?」


 二人がそうだと答えると、美しい青年は戸惑いの表情を浮かべた。

 首を傾げて、レテウスを見つめて、薄青の瞳をぱたぱたと瞬かせている。


「いいじゃねえか。引き受けてやれよ」

 廊下の先から声がして、四人揃って目を向ける。

 管理人の部屋の前に最も謎の深い存在である少年シュヴァルが立っていて、レテウスたちは慌てて駆け寄っていった。

「シュヴァル、起きて大丈夫なの」

「そろそろ体を動かさなきゃ、なまっちまうからな」

 心配する二人を手で制し、少年は小さく笑ってみせる。

「無理なんかしねえよ。飯を食いに行くだけだ」

「そっか。そのくらいならまあ、いいね」

「それよりリュード、引き受けてやれよ。随分世話になってんだからな」

「世話になってるのは俺じゃないけど」

「これまでに何度飯を食わせてもらった?」


 まだ幼いシュヴァルに呆れたように呟かれ、クリュは口を尖らせている。

 けれど、別に怒っているわけではないようだ。


「わかった。いいよ」

「本当ですか」

「一緒に迷宮に行って、どんな風にしたらいいのか教えたらいいんだろ」


 剥ぎ取りが少しできるくらいだけど、それでもいいか。

 こんな確認をされて、二人は驚き、喜び、慌てて礼を言った。


「ご飯を食べてからでいい?」

「もちろんです」

「じゃあ、支度をするから少し待っててよ」


 シュヴァルはゆっくりと歩いて食堂に移動し、レテウスと一緒に座っている。

 食事の支度はギアノとアデルミラがしてくれるようで、いそいそと歩き回っていた。

 どうやら回復部屋にいる五人にも用意をしているらしく、クレイが手伝いを申し出ている。

「いいのか。助かるよ」

 ギアノはありがたいと笑い、パントも一緒になって食事を運ぶと、アダルツォがベッドの上で身を起こしていた。


「アダルツォ、もういいの」

 思わずパントが問いかけると、小柄な神官は照れくさそうに笑った。

「大丈夫だよ。昨日は無我夢中で、うまく加減ができなかったみたいでさ」

 みんなに迷惑をかけたと漏らす神官に、そんなことはねえ、とフォールードが声を上げている。


 奥のベッドにはカミルが寝かされていて、こちらは目を閉じたままだ。

 容態が気になって目を向けていると、コルフが気付いてこう教えてくれた。


「大丈夫だよ、傷は塞いでもらったからね。じっくり休んだ方がいいから起こさないでいるんだ」

「そっか。良かった」

「お礼がまだだったね。今回の探索の精算もしてないし、神殿への支払いも済んでなくって。悪いけど少し待ってもらっていいかな」

「そんな。別にいいよ、お礼なんて」

 慌てて手を振る二人に、先輩探索者たちは笑っている。

「探索の練習に付き合うよ。なあ、フェリクス。フォールードもいいよな」

 コルフがこう言い出して、胸に熱いものが満ちていく。

 パントはクレイへ目を向け、既にこちらを向いていたクレイは力強く頷いていた。

「いや、カミルがいた方がいいのか。元気になったら一緒に行こう」

「え、本当に? いいの?」

「もちろんさ、昨日は本当にありがとう。何度も往復しなきゃいけないだろうと思ってたんだ。二人のお陰で助かったよ」


 「赤」の十八層まで行ったのだから、あの荷物の中には貴重な物が入っていたのかもしれない。

 そんな想像をしながら、パントたちは探索のための準備を済ませ、クリュを待つ。


 食堂の隅で座っていた二人の元へ、今日の「先生」は思いのほか早くやって来てくれた。

 何故かわからないが頭に青い布を巻いており、レテウスも一緒になって腰から剣をぶら下げている。


「装備品を貸してもらったよ。『橙』とか『緑』でいいんだよね?」

「はい。基本的なことを教えてほしいだけだから」

 答えながらちらちらと向けてしまった視線に気付いて、クリュがにっこりと笑う。

「レテウスも連れて行くから。いざとなったらなんでも倒してくれるだろうし、安心しなよ」

「用心棒として行く訳ではないと言っただろう、サークリュード」

「わかってるよ、そんなの。じゃあ行こうか。今の時間なら『緑』の方が空いているかなあ」


 「橙」の混雑はまだ解消していないだろうからと、西に向かって進んで行く。

 歩いている間に、レテウスが同行する理由も明かされている。

 これからも屋敷の初心者たちに戦い方を教える為に、実際に迷宮内の通路で小型の動物とやり合い、どんな助言が必要か理解しようと考えてのことらしい。


 昨日歩き回った魔術師街をこの日はまっすぐに抜けて、迷宮の穴を下りていく。

 初心者たちの渋滞はもう済んだのか、入口付近には誰もいない。

 薬草の業者が入るのはもう少し後のようで、籠を運んでいる者もいなかった。


「ここには植物が生えているのだな、サークリュード」

「絶対に触るなよ。見た目は似てるけど、地上のとは違うから」

 パントたちにも「いいね」と呼びかけ、クリュは瞳をきらりと輝かせている。

「クリュさんはアダルツォと一緒に探索をしていたんですか?」

 扉の前に辿り着いたところで、気になっていたのだろう、クレイは今日の講師に問いかけている。

 クリュは表情を曇らせたが、まあねと呟き、だいぶ前のことだと続けた。

「北東には仲間探しの店がいっぱいあるだろう? そこで出会ったんだ。偶然だけどね」


 安宿街の南側には、初心者たちが大勢集まる区画がある。

 パントもクレイも足を踏み入れたことがあり、何度か利用したものの、五人組を作るのは難しかった。


「神官がいるなんて滅多にないから、アダルツォは大勢に囲まれて押しつぶされそうになってたよ」

 容易に想像ができて、二人は揃って小さく笑う。

「ちょっと強引な奴がいて、五人組を作ったんだ。俺も仲間に入れてくれてさ……。最初は良かったんだけどね」

 美しい探索者はそこでおしゃべりを止めると、行こうかと扉に手をかけた。

「そういえば並び方を考えてなかった。レテウスは……、後ろでいいかな?」

「私が後ろか」

「レテウスがなんでもかんでも倒しちゃったら意味がないだろ」

「それもそうだな。では必要な時だけ手を貸そう」


 「緑」の迷宮の扉が開かれ、訓練の為の迷宮歩きが始まった。

 クリュは地図を借りてきたと言って広げ、見方はわかるか二人に尋ねた。

 基本は教えてもらっているし、入り口に入ってすぐなので、まだ問題はない。

 次の層へ続く階段への経路を確認し、ゆっくりと進んで行く。


 クリュは慣れた様子で歩いているし、背後にはレテウスがいて頼もしい。

 四人しかいない訓練は初めてだが、安心感がある。

 太い蔦が現れれば触れないように声をかけてくれたし、曲がり角が来る前に予告をしてくれる。

 クリュは良い指導者だとパントは思った。

 荒々しい話し方をしないし、なにより見た目が良い。

 ダインは男だとわかった瞬間悪し様に罵っていたが、息苦しい迷宮の中でクリュの美しさは救いになるのではという気がしていた。


「そろそろ三層に着くぞ。なにか出てくるかもしれないから、備えておいて」

 剣を用意し、しっかりと握り、魔物の歩く音が聞こえないか、耳を澄ませて。

「蔦のあるところで戦ったら危ない。二人とも少し下がれ。レテウス、早く避けて」

 以前「緑」に来た時は苦労した戦いも、こんな助言があればすんなりとこなし。

「足を使うんだ。低く構えて、隙を見つけろ!」

 慌てた時には背後から剣の達人の指導が入り、何匹も鼠が出た時には一瞬で数を減らして戦いやすくしてくれて。


「ここの奥にちょうどいい休憩場所があるから、一休みしようか」

 ギアノが持たせてくれた弁当のお陰で迷宮の中でも美味い食事をとることができた。

 「良い倒し方」についても助言があり、兎の肉と皮の採取に挑戦し、背負い袋に入れていく。


 この日の二人のための訓練の時間は充実したものになり、四層まで進んで、地上へ無事に戻っている。

 迷宮の道を戦いながら歩き通すのは大変な仕事で、体はすっかり疲れ果てていた。

 けれど、これまでに受けた訓練の中で今日は一番だったのではないかとパントは感じている。


 夕暮れ前に屋敷に帰り着いて、改めて二人は今日の講師たちに礼を告げた。

「あんな風で良かったのかな」

「はい。剥ぎ取りの仕方もよくわかりました」


 クレイに「ねえ」と声をかけられ、パントは頷いて答えた。

 教えられる初心者が二人だけだったのが良かったのではないかと考えながら。

 いつもなら、講師が一人に対して、生徒は四、五人いる。

 声の大きい者が指導の時間を多めにとってしまうので、今日のようにじっくりと教えてもらえたのは初めての経験だった。


「初心者の指導は君に向いているのではないか、サークリュード」

 レテウスに声をかけられ、クリュは首を傾げている。

「そう?」

「ああ。私はそう思う」

「うーん。お礼も言ってもらえるし、悪くはないか」


 クリュはにこにこと笑っていたが、小さく唸ると「でも、儲からないよな」と呟いた。

 仕事にするのは難しい、と。

 青い目をぱたぱたと瞬かせ、少し遠くを見つめながら。


「クリュさん、後で獲った物を売って、四人で分けましょう」

 クレイが慌てたように申し出て、パントも頷いている。

「え? いいよ。シュヴァルが世話になってるお礼だし」


 様子を見に行かなきゃと言い残して、クリュとレテウスは去って行ってしまった。

 背負い袋に詰めた肉だの皮だのは、早く精算した方が良い。

 肉はギアノに買い取ってもらえばいいが、皮はどこかの道具屋に持ち込まなければならないだろう。

 すべて売ってもたいした金額にはならず、平等にわけたところで礼として渡せる額はたかが知れている。

 どうしても支払いたいと訴えるほどではない。パントは気付き、クレイに正直にそう話した。


 確かにそうだと結論が出て、探索の後始末を進めていく。

 体を洗った方がいいし、腹も減っているが、まずは近くの道具屋へ向かって、ささやかな量の戦利品を現金に換えた。


 戻って来て、裏庭の水場が空いているうちにと体を洗い、着替えを済ませる。

 食事の支度をしようと一階へ降りると、食堂付近には大勢の初心者たちが集まっていて騒がしかった。


 ダインは食堂のど真ん中に陣取って若者たちに囲まれている。

 今日もああだこうだとこの日の出来事を話して聞かせているらしく、パントたちは空いている厨房で夕食の準備を進めていった。


 食事を終えた後、パントはクレイの部屋に寄って、袋の中の整理をしながら話をしている。

 迷宮歩きの指導をクリュに頼めたのはいいが、何度もお願いするのは難しいのではないかと。


「初心者の指導って、慣れた人たちが善意でしてくれることなんだもんな」


 もとは屋敷の利用者で、探索で成功し続けた者が過去に受けた恩を思い出して、初心者たちを導いてくれる。

 クリュはアダルツォとの縁があり、ギアノとも仲が良く、今はシュヴァルのこともあって屋敷に顔を出しているだけに過ぎない。

 レテウスの剣の指導は善意で行われているようだが、それと同列に考えてはならないのだろう。


「でも、また頼んでみてもいいんじゃないかな。今度は最初に報酬をどうするか話しあってさ」

 少し多めに受け取ってもらえばいいのでは、とクレイは言う。指導してもらうのだから、と。

「もっと慣れたら、一緒に探索に行かないかって誘ってもいいはずだろう」

「そうか……。そうだよね、慣れたらそれでいいんだよね」


 お隣へ行って、ロカにも声をかけたらいい。

 クレイは誰ともなしにそう呟き、なあ、とパントに向けて笑った。


「今日はいろいろわかったよね。レテウスさんも来てくれて本当に良かった」


 実戦の中で与えられたアドバイスについて、すべて耳に入ってきたわけではない。

 鼠が複数出てきた時は焦ってしまい、なにか言っていたのはわかったのだが、頭に入って来なかった。

 レテウスはそんな二人の様子に気付いたらしく、戦いが終わった後にも助言をくれた。

 すんなりと理解できない表現もいくつかあったが、剣の師匠はなんとか二人に伝えようと言葉を尽くしてくれた。

 会話を重ねるうちに意図がわかって、後の戦いでは動き方を意識できるようになっていた。


「あのシュヴァルって子の言う通りだったね」

「本当に。怖いのは顔だけだよな、レテウスさんって」

 笑い合っていると、扉が開いてフレスが姿を現し、二人に向けて小さく手を挙げた。

「おかえり、フレス」

「おかえり、お邪魔してるよ」

 フレスは頷いて、自分のベッドに腰かけている。

「あのスカウトの女の人、誘いに行ったの?」

 クレイの問いに、フレスは唇を尖らせ、しばらく答えなかった。

 気まずい沈黙にパントが耐えていると、フレスは小さくため息をついてから口を開いた。

「もういなかったんだ。ちょうどいい探索の仲間が見つかったとかで」

「……そうなんだ」

「オッチェの店とは別のところを見つけてね。明日はそこで協力してくれるスカウトがいないか探すよ」


 感心する二人に対し、フレスはぎこちなく笑みを浮かべている。

 女性の探索者は数が少ない。稀少職のスカウトとなれば、ますますいないだろう。

 ダインは「女の」スカウトの存在を喜んでいたから、仲間に入れそびれて機嫌を悪くしたのかもしれない。

 クリュへの態度からしても、いかにもありそうなことだとパントは思う。


「二人は? 今日はどうしてたの」

「『緑』に行ったよ。四層まで行って、剥ぎ取りの練習なんかをしたんだ」

「二人で行ったのか?」

「ううん。あのクリュって人に指導してもらって」

「あのきれいな人?」

「そう。ギアノの世話になってるからって、付き合ってくれたんだ」


 フレスはふうんと呟いたきりで、会話は終わった。

 明日のことは明日にならなければわからない。

 はっきりとした五人組を作っておらず、自分たちだけで迷宮へ向かう実力のないパントとクレイは、大体の方針を決めておくくらいしかできることはないから。


 ルプルも帰ってきたので、パントは自分の部屋に戻り、一日を終えた。

 随分と疲れていたらしく、横になった途端に睡魔が襲ってきて、若者はすぐに眠りに落ちていく。


 

 ぐっすり眠れば目覚めも良いものになるらしく、同じ部屋の誰よりも早く起きて、パントは朝の支度を始めた。

 時間に余裕があるのだから、洗濯をしておいてもいい。

 迷宮都市は滅多に雨が降らないところで、空気も程よく乾いており、朝干しておけば夕方にはからりと仕上がる。

 昨日の探索で少し血の汚れもついたことだし、やっておこう。

 パントはそう考えて裏庭に向かい、洗濯を済ませていった。


 朝食の支度をするかと厨房に向かうと、フェリクスが鍋をかき回していた。

「おはよう、フェリクス」

「やあ、パント。昨日は食事の支度を手伝ってくれてありがとう」

 探索初心者が照れ笑いを浮かべると、カミルの目も覚めたことが伝えられた。

「そうなんだ。良かったね」

「これでみんな一安心だよ」


 大きな鍋にはスープがなみなみと入っていて、良ければどうかとフェリクスは笑っている。

 ありがたく二人分もらって支度を進めていると、クレイがやって来て朝の挨拶を交わした。

「カミル、目が覚めたんだって」

「それは良かった」


 けれどまだ食堂には出てこないらしく、フェリクスはトレイにいくつかの皿を載せて廊下の奥へと去って行った。

 五人揃って回復部屋にいるのだろうか。

 フェリクスたちには強い絆があるのだと感じて、食事をしながらクレイにそう打ち明けていく。


「探索の時だけ組む間柄っていうのも、悪くはないんだろうけどね」


 迷宮に挑むために必要なのはそれぞれの実力なのだろうが、それでも、仲が良いに越したことはない。

 クレイは静かに、食堂に集まったダインたちに聞こえないように囁くように語っている。


 屋敷の新入りは今日も無駄に声を張り上げており、今日は絶対に腕の良いスカウトを見つけるんだと宣言していた。


「神官の仲間はいらないのかな」

「そうだね……。ああ、そうだ、ロカに声をかけてみようよ」


 神官が仲間にいるとなれば、共に行きたいと言い出す者が現れるだろう。

 少し慣れた連中と行ければ、指導役を探す必要はなくなる。

 儲けてやろうとか、深くを目指そうと欲張らなければ、探索の練習にはなるはずだ。

 食事を終えてから神殿へ向かうと、ロカは夜の当番を終えたばかりで不在だとわかった。

 夕方になればまた来るからとララに教えられ、後でまた来ようと決める。


 屋敷に戻ると、フェリクスとコルフが荷物を抱えて玄関へと向かっていた。

 ようやく、探索で手に入れた物を売りに行くらしい。

 フォールードも二人を追って出ていき、アダルツォはカミルと共に留守番をしているようだ。


 食堂にはもう誰も残っていなくて、ギアノとアデルミラが片づけをしている真っ最中だった。


「やあ、二人とも」

 ギアノに声をかけられ、パントたちは揃って立ち止まる。

「片付けを手伝ってくれてありがとう。最近ちょっとルールが守られていないよな。今日の夕方、みんなに声をかけるから」

 

 テーブルの上には皿がいくつも残っている。テーブルや床には食べこぼしたものが落ちていて、確かに、最近屋敷の風紀は乱れていた。


「思い切った行動をするのは構わないんだけどね」


 具体的な名前は出さなかったが、ダインの影響を受けた利用者が多いことを憂いているのだろう。

 苦手でも、面倒でも、自分のことはなるべく自分で。

 カッカーの屋敷で暮らす為に、必ず約束することなのに。


「手伝うよ」

「いや、いいんだ。今日は俺たちでやるから」

 二人は自分のことをしてほしいと言われて、パントは隣のクレイを見つめた。

「レテウスさんならさっき来たよ。シュヴァルも回復してきたし、声をかけてみたらどうかな」


 昨日の訓練の中で、もう少し腕の力をつけた方が良いと言われた。

 腕だけではなく、とにかくまず体全体を鍛えた方が良いのだと。

 背の高さは仕方がないとしても、二人の初心者とレテウスを見比べてみれば、体格の差は一目瞭然だった。


 迷宮に行かずとも、やるべきことはある。

 パントはぼんやり考えていたが、クレイの心中はもう少し複雑だったらしい。


「ギアノ、ごめん。フレスにもルプルにも、ちゃんと片付けをするように言ったんだけど」

 思い詰めたように俯くクレイに、ギアノは「いいんだよ」と答えている。

「注意してくれたんだな。ありがとう」

「もっとしっかり言うよ」

「それは俺の仕事だから、大丈夫だよ。みんなもともとはちゃんとしてたんだ。今は少し、落ち着かないだけだろうから」

 今日のところは任せてくれと言われて、ようやくクレイは納得したようだ。


 レテウスに声をかけ、裏庭で準備を進めていく。

 木剣を用意して倉庫から出していると、クレイはぼそりとこう呟いた。

「パント、本当はダインについて行きたかった?」

「え? ……いや」

 唐突な問いに口ごもる友人に、クレイは暗い瞳を向けている。

「パントは控えめなところがあるから、出遅れちゃったんだろ」


 寂しげな呟きを受けて、パントは考えを巡らせていく。

 確かに、あの騒ぎには圧倒された。

 手を挙げたフレスについて、勇気があるとは思った。けれど。


「出遅れたというか、ダインと行くのはどうかなって気持ちがあったから」 


 確かに、スカウトや魔術師の仲間がいれば最高だ。

 フェリクスたちのパーティーはとても理想的で、憧れている。 

 けれど憧れているのは、希少職が揃っているからだけではない。


「あの女のスカウトが言ってたよね、報酬を多くもらうって。あの人に頼って難しいところに行けたとしても、今の俺たちじゃただついていくだけになっちゃうだろうし。魔術師もそんな風なら一シュレールももらえなくなるよ」

 そんな探索に意味があるのか、疑問に思う。

 パントが素直な胸の内を話すと、クレイはようやく笑みを見せてくれた。

「ダインは人を使えば探索なんて簡単だと思ってるんだよ」

「そうだね」

「パントの言う通りさ。そんな迷宮歩きに意味はない。なんの経験にもならないし」

 「仲間たち」とどれだけ共に歩いても、対等な関係を築けるはずもない。

「……ダインは難しい迷宮を歩いたって自慢したいだけなんだよ、きっと。探索者になる気なんてないんだ」


 レテウスが現れ、二人に声をかけてきて会話は終わった。

 まずは基礎を固めるべしと木剣の素振りをこなしていく。

 遅れてクリュとシュヴァルが姿を現し、庭の隅でゆっくりと散歩をし始めていた。


「腕だけで振ってはいけない。体の真ん中に力を入れるんだ」

 生徒は二人しかいないので、講師の指導は丁寧に行われている。

 レテウスはパントとクレイに順番に目を向け、良くなっているところ、改めた方が良いところをそれぞれに教えてくれた。

 厳しい顔に迫力のある声のお陰か、体がいつもよりよく動く。

 疲れ果ててとうとうパントが木剣を取り落とすと、レテウスは驚いたようで、休憩の時間になった。


 ふうふう息を吐きながら隅の丸太へと向かう。

 裏庭にはいくつか大きな丸太が置かれていて、みんなそれに椅子代わりに座るようになっている。

 端にはシュヴァルが腰かけており、隣にはクリュの姿があった。

 少年の顔は青白く、気分が悪そうで表情は暗い。


「ねえシュヴァル、戻って横になった方がいいんじゃない?」

「ああ」

 二人の会話を聞きつけてレテウスもやってきて、青い顔の少年を諫めている。

「無理はしない約束だろう、シュヴァル」

「お前がまともに教えられるようになったか、見てたんだよ」


 だいぶマシになったみたいだなとニヤリと笑い、シュヴァルは立ち上がっている。

 よろけた体はクリュが受け止め、二人は部屋に戻っていったようだ。


「少しは君たちの役に立てているだろうか」

 レテウスがまっすぐに視線を向けてきて、パントは息切れしながらも頷いていた。

「もちろんです、レテウスさん」

「体作りは地道に続けなければならないものだ。つまらない、面白くないと嫌がる者は少なくない」


 真正面から取り組む君たちはとても立派だ。

 思いがけず褒められて、パントは思わず笑っていた。

 隣に座っていたクレイは目をうるませながらレテウスを見上げ、問いかける。


「そういう人は達人にはなれませんよね?」

「ああ、そうだ。もちろん、特別に才能があって最初から上手くやれる者もいなくはないが」

 基礎がしっかりした人間は、必ず強くなれる。

 レテウスは眉毛をぴくぴくと動かしながら、「私はそう信じている」と二人に語った。


 頑張ろう、パント。

 その声は小さかったが力強くて、探索初心者の心を奮い立たせていく。

 休憩を終えてからも訓練に励んで、パントはクレイと共に夕方まで汗を流し続けた。

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