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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
38_Defender 〈刮目相待〉

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174 萌芽

「レテウス様、ジマシュという名の男をご存じなのですか」


 それは、金色の波打った髪の美しい青年なのか。

 ヘイリーの問いかけはとても具体的で、レテウスは黙って頷くしかない。


「一人で歩いていた時に声をかけられたんだ。一緒に仕事をしないかと持ち掛けられて、良い話を紹介できると」

「それで、共に仕事を?」

「いや、していない。私が彼と話しているところをシュヴァルが見かけて、絶対に会いに行くなと命令してきたから」


 ヘイリーは鋭い目をしていたが、少し驚いたようだった。

 目を据わらせたまま眉間に皺を寄せて、どういうことかと更に問いかけてくる。


「シュヴァルはジマシュ・カレートを『蛇の目をした男』と呼んだ。うまい話を持ち掛け、私を騙す気なのだと。会いに行くな、絶対に話すなと言われた。そこにいるティーオも一緒にいた時のことだ」

 一斉に視線を向けられて、ティーオは慌てて頷いている。

「確かに言ってたよ。あの男に目をつけられた、家族にまで危険が及ぶって、レテウスさんを王都に帰らせたくらいだから」

「王都へ?」

「ああ。一度は戻されたんだ。あの子は馬車を用意させて、私を無理矢理押し込んだ」


 実家に戻って話をつけて、結局はすぐに戻ってきたけれど。

 そしてジマシュには会いに行かなかったので、実害は出ていない。シュヴァルの見立てが正しいかどうかは、まだわからない。


 レテウスの話に、ヘイリーは微動だにせず、なにか考えているようだ。


「ジマシュ・カレートを知っているのか」

「……探していたのです」

「何故?」


 調査団員は答えず、苦しそうに目を閉じている。

 根掘り葉掘り聞いていい空気ではなく、レテウスもじっと黙ったまま待つ。


「シュヴァルという少年を襲った男は、言われた店に向かったのですよね」

 ヘイリーの背後から、ガランが声を上げている。

「そう、だな。あの話しぶりからすると、行ったのだと思う」

「それで、『旦那に無視された』と」

 

 「旦那」の名は話していたか。

 ガランの問いに、レテウスは首を振る。


「言わなかった。……言いかけたが、やめたんだ。慌てた様子で口をこう、抑えていた」

 両手で口を覆って、焦っていたように思う。

 記憶を掘り起こしたレテウスの前で、調査団員たちは顔を見合わせている。

「その後、シュヴァルは自分は誰の手下でもない、勘違いをしていると男に言って、去ろうとしたら急に襲い掛かられたんだ」

「なにか秘密にしなければならないことがあったのでしょうか?」

 ガランの問いに、ヘイリーは目をきらりと光らせている。

「前日は仲間だと勘違いして、シュヴァルから店の名を聞いた。その結果、言われた店で『旦那』とやらには会えたということだな」

「その店を知られていては、都合が悪かった?」

「なるほど。何故知っているのかと考えて、それで口封じをしようとしたのかもしれない」


 ティーオとクリュは緊張した面持ちで事態を見守っており、レテウスもそわそわとした気分で調査団の会話に耳を傾けている。

 ジマシュと関係があるかはわからないが、「駿馬の蹄」は男にとって重要な店で、なにかが起きたのは間違いない。


 最後に男の見た目について聞かれて、レテウスは記憶の限りを話した。

 クリュにいくつか補足を入れてもらったが、うまく伝えられたかは自信がなかった。


「シュヴァルなら全部正確に答えられるんだろうな」

 美青年の呟きに、ヘイリーの目はますます細くなっている。

「その少年は、そんなに記憶力が良いのかな」

「うん。細かいところにもよく気が付くし」

「今はギアノ・グリアドのもとで養生しているのですよね」

 レテウスがそうだと答えると、ヘイリーはようやく帰り支度を始めた。

「遅くまで申し訳ありませんでした。その男の特徴は調査団で共有して、捜索します」

「ジマシュ・カレートについては?」

「すみません、私が個人的に探しているだけなのです」


 時間をとらせてすまなかったと頭を下げて、調査団員が帰っていく。

 ようやく緊張が解けたらしく、クリュもティーオもほっとした顔だ。


「捕まるといいね、シュヴァルを刺した奴」

 商売人の台詞に、クリュは頷いている。

「あいつ、色々言ってたのにな。全然覚えてなくて嫌になっちゃうよ」

 ねえ、レテウス。視線を向けられ、三男坊も再び記憶を探っていく。


 残念ながら具体的な単語はなにひとつ思い出せないまま、床に就き、翌朝。


「もう行くのか、クリュ」

「うん」

 ティーオにかけられた声に頷きながら、クリュは頭に布を巻こうとしているようだ。

 けれどうまくいかなかったらしく、起きたばかりのレテウスの袖を引いた。

「レテウス、早く行こうよ」

 髪の色を隠せないままでは、一人で行動したくないのだろう。

 レテウスとしてもシュヴァルの容態は気懸りであり、断る理由は特にない。

「わかった。ティーオ、我々はシュヴァルの様子を見に行く」

「俺も後で寄るよ」


 では後でと商人と別れ、二人でカッカーの屋敷へ向かって急ぐ。

 貸家街で暮らす中級探索者たちの集団があちこちにいて、初心者よりも良い装備を身に着けて迷宮へ挑む為に歩いていた。


 カッカーの屋敷で暮らしているのも探索者なので、朝はがやがやとしていて騒がしい。

 食堂は若者でいっぱいで、スープの香りが漂っていて腹が鳴ってしまう。


 混雑した廊下をクリュはすいすいと進んでいったが、大柄なレテウスは若者たちの塊に邪魔をされて立ち止まっていた。

 みんな皿の上に好きなだけ食べ物を盛って、互いを指さしながら楽しげに行き来して、少しずつ道が開いていく。


 ようやく突き当りにある管理人の部屋の扉を叩いて中に入ると、肩を震わせているクリュの後ろ姿がまず目に入った。


「サークリュード」

 胸騒ぎを抱えて奥へ進むと、クリュが泣いている理由がはっきりとわかった。

 小さなベッドの上、シュヴァルは横たわったままだし顔色も悪かったが、意地の悪そうな顔をして笑っている。

「眉毛まで来たのかよ、こんな朝早くに」

「だってさあ」


 クリュは文句を言いながらも、シュヴァルの腕を掴んで離さない。

 レテウスも安堵しながら美しい同居人の隣に座る。


「気分はどうだ、シュヴァル」

「良くはねえ」

「なにが起きたかはわかっているか」

「ああ」

 あの野郎はなんのつもりで、とシュヴァルは呟いている。

「少し前に目が覚めて、大体の話はギアノから聞いた」

 少年の顔は青白く、生気がない。けれど瞳には強い光を宿していて、口調にも怒りが満ちている。

「かなりの出血だったから、まずはしっかり休むことだ」

「ここでか?」

「ここの方が良いだろう。ギアノもいるし、神官たちも手を貸してくれる」

 シュヴァルはため息をついたが、気分が悪いのかゆっくりと目を閉じていった。

「ねえ、大丈夫?」

「ああ」

「サークリュード、シュヴァルには休息が必要だ。今はまず体を回復させなければ」

「……そうだね。目が覚めて本当に良かった」


 クリュはようやく手を離し、二人は揃って口を閉ざした。

 シュヴァルは目を閉じ、そのまま眠ってしまったようだ。

 まだ十一歳の若い体だから、きっとすぐに回復するだろう。

 そんな話を二人で囁き合って、管理人の姿を探す。


 屋敷の利用者たちの朝の支度を手伝っているのか、ギアノは厨房にいるようだ。

 アデルミラも忙しそうに食堂と厨房を行ったり来たりしている。


「ちょっと待とう、レテウス」

 さすがに自分たちにも食事をよこせとは言う気はないようで、クリュはシュヴァルのもとへ戻っていった。

 レテウスも一緒になって戻るとティーオが現れ、扉の向こうから顔を覗かせている。

「どう、シュヴァルは」

「目は覚ましたよ。さっきは起きてたんだけど」

「そうか、なら良かった」


 人の好さそうな笑顔を見送り、沈黙の時間に身を置く。

 二人はしばらくの間シュヴァルの眠る様子を見つめていたが、クリュがふいに、ぼそりとこう呟いた。


「昨日の迷宮調査官だっけ、来るかな」

「……ああ、きっと」


 シュヴァルの安否で頭がいっぱいになっていたが、思い出してみれば、ヘイリーの話にも不穏が漂っていた。

 ジマシュ・カレートを「個人的に」探していた理由とは、一体なんだろう。

 レテウスは考えを巡らせて、はたと気付き、首を傾げている。


「迷宮都市に来たばかりなのに」

「なんの話?」

「ヘイリー・ダングだ。王都の騎士団の所属だった彼が、何故ジマシュ・カレートを探しているのだろう」

「そういう命令を受けて来たとかじゃないの?」

「どういう意味だ、サークリュード」

「そのジマシュって男がなにかやらかして、王都の騎士団が探しているとか」

 一瞬あっさりと納得しかけたが、三男坊にしては珍しく、また気付いていた。

「いや、それならば調査団に入る必要がない」

「そうなの」

「調査団は兵士や騎士の中で問題がある者の左遷先と言われるような組織だからな」

「じゃあ、問題のある人ってこと?」

 ヘイリーの評判は良かった。悪い噂など、聞いたことがない。

 良い言葉で語られるのは将来が明るいと思われているからで、よほどのやらかしがなければ調査団へ送られることはないだろうとレテウスは思う。

「いや、違う。……そうだ、彼の妹が死んで、その理由を調べに来たはずだ」

「そういやそんな話をしていたね」

 クリュは眉を顰めて、一気に表情を曇らせている。

「その妹の死んだ理由と関係してるとか?」

「なんだと?」

「昨日来た時、ものすごい顔をしていただろ」


 確かに、ジマシュの名を聞いた瞬間、ヘイリーの表情は変わった。

 明るくて誰からも好かれる快活な男だよ。

 騎士団で働く同じ年頃の男について、そう聞いていたのに。

 迷宮都市で出会ったヘイリー・ダングは、暗い炎を瞳に宿して、鋭い視線でなにかを探しているように見える。


「正直、俺にはわからないよ。見ただけでどんな人間かわかるなんてあんまり思えないけど」

 けれど、シュヴァルはその男を「蛇」と呼ぶ。

 簡単に尻尾を掴ませない、悪賢く抜け目のない、決して交わってはならない相手だと。

「レテウス、ジマシュって男には本当に関わらない方がいいんじゃない?」

 あの無彩の魔術師にまで警戒されているなら、猶更だとクリュは呟く。

「レテウスにはそうは思えないんだっけ」

「そうだが」


 昨日の狼藉者は「駿馬の蹄」に行った。

 ジマシュ・カレートがよく行く、待ち合わせ場所に指定してきた店だ。

 そこで「旦那」に会った。無視されて、他の仲間の居場所を教えてもらおうと再びシュヴァルに声をかけてきた。


「単なる偶然だろうか、サークリュード」

「なにが?」

「店についてだ。シュヴァルが何故あの店の名を言ったのかはわからないが、あの男に関係した人物がいたことは間違いない」

「そうだね」

「それならば、あの男とジマシュ・カレートになんらかの関係がある可能性が考えられるのではないか」

「うーん。確かにそうだけど」

 大きな店なら利用する人間も多いし、とクリュは言う。

「その店を知っていればなにかわかったのかもね」

「だが、行くわけにはいかない」

「シュヴァルが怒るから?」

「シュヴァルを信じているからだ」


 レテウスの言葉に、クリュは世にも美しい微笑みを浮かべた。

 醜い顔をしていても、同じように扱うか?

 当たり前だと答えたが、自信が揺らぐ。クリュの美貌は特別なもので、心に与える影響は大きいのだとレテウスは理解していた。


「おかしな話だよね。レテウスは王宮にいた戦士を探しに来たのに」

「まったくだ」


 同意しながら、心の揺らぎを見つめていく。

 昨日起きたとんでもない出来事。大量にあふれ出した血に塗れ、青白く染まりゆく少年の姿と、弱々しい声。

 絶対に助けなければと思ったのは、ウィルフレドに頼まれたからだけではない。


「私は必ず、シュヴァルを立派な男に育てあげると決めた」

「どうしたのいきなり」

「とても悔しかったんだ」


 絞り出すように唸る三男坊へ、クリュは首を小さく傾げている。

 薄青の瞳がまっすぐに向けられて、心に生まれた思いは自然と口から零れ落ちていった。


「シュヴァルが襲われて、慌てて神殿へ運んだ。傷がとても深くて、上着で縛っても血が止まらなくてな」

「そんなに……」

「私は必死で呼びかけた。死んではいけないと。だが、シュヴァルは諦めたんだ」

「諦めたって?」

「世話になった。これでオンダとドームに会えるから、もういいと」


 私の呼びかけは無力だった。

 がっくりと肩を落とすレテウスの背中に、温かい手が触れている。


「勝手に子分にしておいて、なんという言い草だろうな、サークリュード」

「ふふ、そうだね。その二人の方が付き合いが長いだろうから、仕方がないんだろうけど」

「しかし、人生を十一年で終えるなど、余りにも早すぎる。シュヴァルは賢い子だ。今のうちに悪いところは直して、立派な大人になるよう導いてやらなければ」

「立派な大人?」

「正しく振る舞えるようになれば、充実した人生を送れるようになる。これまで不幸に耐えた分、シュヴァルは幸せに暮らすべきだ」

 三男坊が熱く語ると、クリュはまたくすくすと笑った。

「何故笑う、サークリュード」

「シュヴァルを気に入ってるんだなあって思って」

「気に入るとか入らないの話ではない。簡単に命を諦めるような考え方は間違っているし」

「わかったわかった。レテウスの言う通りだよ」

 適当にあしらわれている気がして、レテウスは眉毛をぴくぴくと揺らした。

 クリュはそれを見て声をあげて笑い、それが収まるとにこにこと微笑みながら、こんな思いを聞かせてくれた。

「俺、家族以外の誰かと一緒に暮らしたの、初めてなんだ」

 自分もそうだと思いつつ、レテウスは小さく頷いている。

「最初はどうなるかと思ってたし、うまくいかないかもって考えたこともたくさんあるけど、今はレテウスもシュヴァルも、ティーオもいい奴だと思ってる。誰も俺をいじめないし、嫌なこともしてこなくて、安心できるからさ」

「そうか」

「だから、今回のことはすごくショックだった。シュヴァルが死んだら……、どんなに悲しいかって」

 

 レテウスもそうなんだろう?

 頬をほんのりと赤く染めて、クリュが問いかけてくる。


「レテウスはずーっとシュヴァルと一緒だもんな」

 だから、立派な大人にしてやろうとか、幸せに暮らすべきだと考えているのだろう。

 そう指摘されて戸惑う三男坊に、クリュはにやりと笑う。

「もう家族みたいなもんだからね。シュヴァルは年下のくせに、弟って感じはしないけどさ」


 話しているうちに時間が過ぎたようで、ギアノが顔を出して二人を招いた。


「早くに来てくれたのにごめん。この時間はばたばたしていてね」

「いいんだ、そんなことは」

「シュヴァルは早朝に目を覚ましたよ。意識ははっきりしていて、昨日の男の名前も覚えているって」

「やっぱり。シュヴァルって本当にすごいよね」


 管理人は朝食を用意してくれたらしく、レテウスは安堵の中、食欲を満たしていった。

 不安はまだ残っているが、今はとにかくシュヴァルの回復に力を注いでいくべきだろう。


「レテウスさん、申し訳ないんだけど昨日の上着は駄目になってしまって」

「大丈夫だ、そうだろうと思っていたから」


 いくつか確認をしあったら、今後についても話し合う。

 今日いきなり貸家へ戻すよりは、せめて歩けるようになってから帰った方がいいのではないか。

 ギアノの話に、レテウスは頷いていた。

 確かにまだ、酷く弱っているように見えたから。

 力なく瞼を閉じてぐったりと横たわる姿は親分らしからぬもので、胸が酷く痛んでいる。


「わかった。ではしばらくの間頼む。我々も様子を見に来るから」

「昼間は剣や読み書きを教えてくれるとこっちも助かるんだけど、そんな気にはまだなれないかな?」

「いや、意識は戻ったのだから、昨日のような不安はもうない。大丈夫だ」

「じゃあ、みんなに伝えておきますね」


 食事を終えてシュヴァルのもとに戻り、体を拭いてやったり、着替えをさせたりしていくうちに時が過ぎて行った。

 新たに屋敷に滞在し始めるという若者が一人やって来たが、ギアノは話をする場所を食堂にしてくれて、管理人の部屋は静けさに包まれていた。

 アデルミラがやってきて共に祈り、キーレイが様子を見に来て、調査団の訪問について報告し。

 夕日の色が窓の外に見え始めた頃、管理人に連れられてヘイリー・ダングが姿を現していた。


「レテウス様、シュヴァルという子供の容態はいかがですか」


 昼過ぎに再び目を覚まして、食事を済ませ、今はなんとか身を起こしている。

 意識がはっきりしていると告げると、ヘイリーは直接話を聞きたいと願い出て、レテウスはシュヴァルのもとへ向かった。


「シュヴァル、調査団員が話を聞かせてほしいそうだが」

「通せ」

 ギアノが用意した敷布を丸めたものに身を預けてようやく起きていられる状態だが、シュヴァルの表情はとても鋭い。

「気分が悪いのなら出直してもらうが」

「そいつはあのふざけた男を捕まえてくれるんだろう?」

 すぐに連れて来るよう命じられて、レテウスは部屋の外で待つヘイリーのもとへ戻った。

 調査団員の後ろには、昨夜と同じく助手のガランの姿もある。


 二人を中へ招き入れようとすると、廊下の奥に大きな影が浮かび上がり、近づいてくるのが見えた。

 現れたのは隣の神殿の神官長で、レテウスと目が合うなり声を掛けて来る。


「レテウス様」

 キーレイはヘイリーにも声を掛け、調査団の熱心な仕事ぶりを褒めている。

 けれど用があるのはレテウスの方らしく、調査団の二人へ断りを入れ、三男坊を呼ぶ。


「少しだけよろしいですか。お伝えしたいことがあるのです」

「今ですか?」


 神官長はゆっくりと頷き、ヘイリーたちはレテウスを見つめている。

 どうしようかと迷っていると部屋の中からクリュが現れ、自分が付き添うから大丈夫だと言ってくれた。


「シュヴァルには事件の時のことを確認するだけでしょ」

「そうです」

「まだ少し具合が悪そうだから、傍で控えておくよ。それくらいなら俺一人でも大丈夫だから」


 調査団たちはそれで良いらしく、レテウスへ用事を済ませてはどうかと道を開けている。

 確かに、記憶が曖昧な自分がいてもそう役には立てはしないだろう。

 クリュがいるのなら緊急時にもすぐに対応できるに違いなく、行くしかない。


 ヘイリーたちに頼むと告げて、キーレイの後を追う。

 廊下を歩きながらどんな用件か尋ねると、神官長は意外な言葉をレテウスに告げた。


「実は、話があるのは私ではないんです」

「では誰が?」

「ウィルフレドです」


 神官長のための部屋。シュヴァルを救ってもらった後、アデルミラと共に通された小部屋へ案内されて、中へと入る。

 樹木の神官が身に着けるしるしを刺繍した布をかけられた大きな椅子が並んでいて、髭の戦士が待ち受けていた。


「お呼び立てして申し訳ありません」

「いえ、そんな。あなたからの話であれば、いつどこにいても馳せ参じます」


 もう、自分の馬はないけれど。

 そんな気分で急いで進み、向かいの椅子へ腰かける。


「キーレイ殿に頼んでこの部屋を貸して頂きました」

「なにか、重要な話なのでしょうか」

「ええ、あなたに頼みがあるのです」


 ウィルフレドから、レテウスへ「頼み」。

 既に大きなお願いを引き受け、なんとかこなしているけれど。

 緊張して唾を飲み込むレテウスへ、ウィルフレドは語り始めた。


「シュヴァルが酷い怪我をしたと聞きました」

「ええ。あの子を守ると約束したのに、私が鈍いせいであのような」

「救って下さったのでしょう」

「救ったのは雲の神官アデルミラです。彼女があの場にいなければ、シュヴァルの命はなかった」


 ずんと落ち込む三男坊に対し、戦士の眼差しは穏やかだった。

 怒りや不満をぶつけられる気配は皆無で、では一体どんな話なのか、レテウスは悩む。


「自分とはなんの関係もない、世話を押し付けられた子供のために、出来る限りをして下さった」


 そんなあなたに、頼みがある。

 ウィルフレドは再びそう呟き、手紙を書いて送ってもらえないかと続けた。


「バロット家の子息であるあなたからならば、きっと読んでもらえると思うのです」

「どういう話なのでしょう」

「王都の北西にキアルモという小さな街があります。そこの領主であるカルベリク・オーレールへ、シュヴァルについて知らせて頂きたい」


 領主カルベリクの娘、シュミレアには息子がいて、迷宮都市で暮らしている。

 そう伝える内容の手紙を送ってほしいと、ウィルフレドは話した。


「その領主は、シュヴァルの血縁なのですか」


 ウィルフレドはこの質問に答えなかった。

 ただまっすぐにレテウスを見つめて、瞳に寂寥の光を宿すだけで、口を閉ざしている。


「もしや、そのシュミレアという女性と、あなたの?」

「いいえ」

 ようやく口を開いた髭の戦士は、シュミレアについてこう説明した。

 領主カルベリクに大切に育てられていたが、十数年前、賊に攫われてしまったのだと。

「私はシュミレア・オーレールの捜索を命じられた兵士のうちの一人でした」

「そうだったのですか」

「キアルモ周辺を荒らしていた山賊はとても手強く、かなりの時間を費やしましたが、結局シュミレア様を取り戻すことはできなかった」

「シュヴァルの母親なのですね」

「……恐らくは」


 山賊退治は散々な結果に終わり、無念のうちに引き返すことになった。

 それがとても心残りで、忘れられなかったとウィルフレドは言う。


「では、シュヴァルについて伝えれば、とても喜ばれるでしょうね」


 レテウスの言葉に、戦士の表情は冴えない。

 どうしてだろうと三男坊は戸惑いを隠せない。


「カルベリク様がご健在かどうかわかりません。誰が受け取ることになるか、手紙の内容を信じるかどうか、どう判断されるかもわかりません。父親が誰なのかという問題もあります」


 大切な娘が生んだ子供とはいえ、山賊に攫われた末の命となれば、単純に喜ぶわけにはいかない。

 理解ができて、レテウスは唸る。

 散々手を焼いてきた、シュヴァルの子供らしからぬ荒々しい態度にも納得がいく。

 よからぬ輩の集団で育ってきたのだろう。子分がいるのも、当たり前の話だったのだ。


「知ってしまった以上、伝えないわけにはいきません。カルベリク様は必死になって探しておられましたから。ですが私は捜索に参加しただけの一介の兵士に過ぎず、名前を知られてはいないのです。手紙を送ったところで、目を通してもらえるかどうかわかりませんから」


 ウィルフレドは目を伏せたまま、引き受けてもらえないかとレテウスへ問う。


「……私で良ければ」

「感謝します、レテウス様」


 引き受ける代わりに、正体を教えてくれないだろうか。

 探し求めているブルノー・ルディスその人だと打ち明けてもらうわけにはいかないのか。

 そんな思いが湧き出してきたが、レテウスは慌ててそれを払った。


「もうひとつ、お願いしてもよろしいでしょうか」

「まだなにかあるのですか」

「またいつの日か、剣を合わせて頂きたいのです」


 なにごとかと構えていたレテウスだったが、思いがけない言葉に、胸のうちに熱いものが満ちていく。


「そんな、むしろ私の方からお願いしたいくらいです」

「レテウス様。私はあなたの探しているブルノー・ルディスという名の戦士ではありません」

「えっ」


 信じて頂けるかとの問いに、レテウスは答えられない。

 けれどウィルフレドは、小さく首を振ってこう続けた。


「私はブルノー・ルディスではありませんが、それでも剣を合わせて頂けますか」

「それは、もう」

「良かった」

 ぼうっとしたまま答えてしまったが、ウィルフレドは笑みを浮かべている。


「あなたの剣はとても清々しい。まっすぐで偽りがなく、強者に相応しい清冽な剣だ」


 真正面から否定された衝撃が、一瞬で蒸発して消えていく。

 ブルノー・ルディスではなかったとしても、ウィルフレドの剣は本物だから。

 剣を打ち合わせた時の高揚は、いまだに燃え盛りレテウスの心のど真ん中に残り続けている。


「屋敷の若者たちへの指導も引き受けて下さったそうですね」

「いえ、教え方がわからず、まだ役に立ててはおりません」

「すぐにわかります。あなたならば大丈夫」

 感動のあまり答えられない三男坊を、戦士はまっすぐに見つめている。

「この屋敷に、フォールードという名の若者がいます」

「知っています。あなたと立ち会っていたのを見ました」

「どうか、彼を導いてください。光る物を持っていますから」

「そうですね」

「強い者と向かい合えるのは、これ以上ない喜びです。レテウス様、あなたも、フォールードもどれほどの高みへ上り詰めるか、楽しみにしています」


 手紙について、改めて頼むと頭を下げるとウィルフレド・メティスは去っていってしまった。

 椅子に座ったまま、レテウスはしばらくの間ぼんやりと時を費やしている。

 神官長の部屋で起きた出来事。

 手紙を書かねばならない。シュヴァルの母であろう、シュミレア・オーレールとその父親の為に。

 山賊に攫われた娘と、その子供。

 自信に満ち溢れた若者フォールード。

 ブルノー・ルディスではなかった、戦士ウィルフレド・メティス。

 認められた、己の剣――。


 今日耳にした様々な事柄を心の中で反芻しながら、レテウスはようやく立ち上がった。

 シュヴァルについて思い出すと足が自然に速まり、神殿を後にして。


 管理人の部屋に戻ると、シュヴァルとクリュだけが残っていた。


「ヘイリー・ダングはもう帰ったのか」

「ああ。話せることは全部話した」

 クリュはこくこくと頷き、問題はなかったことをレテウスに伝えている。

「神官長さん、なんの用だったの?」

「ああ。それは……」


 あやうく全部ぶちまける寸前、三男坊は口を閉ざしていた。

 シュヴァルの家族についてはすべて真実かどうかはわからないのだから、簡単に話すわけにはいかない。

「いろいろだ」

「言えないことなの?」

「そうではない。そういうわけではないが」

 しどろもどろになるレテウスに、クリュはくすくす笑っている。

 シュヴァルは寝床でぐったりと横たわっており、話ができる雰囲気ではなかった。

「無理をしたのではないか、シュヴァル」

「ちょっと疲れただけだ」

「君の協力で捜査も進むだろう。ゆっくり休むといい」

 

 少年は瞳をちらりと向けたものの、なにも言わずに目を閉じてしまった。

 静かに眠らせる為に、レテウスはクリュと共に部屋を出て、食堂へ向かう。

 すると二人に気付いた雲の神官が、温かいお茶を用意して持って来てくれた。

「ありがとう、雲の神官アデルミラ」

 赤毛の神官はにっこりと微笑み、静かに去って行く。


 ちびちびとお茶を飲むクリュを眺めながら、手紙についてレテウスは考えていた。

 王都の実家から送った方が良いだろうかとか、シュヴァルが家に戻る前に出した方が良いだろうとか。


 そして、はたと気付く。あまり頭の働かない三男坊にしては珍しくまたも気付いたことがあって、カップをテーブルの上にそっとおろした。


 手紙を書いて、送った後。

 オーレール家が孫の存在に喜び、迎えに来たら。

 血の繋がった家族がいたと知って、シュヴァルが去って行ってしまったら?


 喜ばしい出来事ではないか、とレテウスは思う。

 一方で酷く空虚な思いが胸のうちに生まれたと感じている。

 

 思わず隣に座るクリュへ視線を向けると、美しい青年は驚いたように小さく飛び上がった。


「なに、レテウス、そのおっかない顔は」

「え? いや」

 吊り上がった眉を手で押さえて、いつもの位置に戻そうとしてみたものの、いつも通りがどんな風だかわからなくて、唸ってしまう。

「どうかしたの?」

「なんでもない。大丈夫だ」

 クリュは首を傾げて、柔らかな髪をさらりと揺らしている。

「レテウスも疲れたんじゃない? 俺が早く行こうって急かしたせいかな」

 ごめんなと謝られ、黙ったまま頷いて。


 ティーオが仕事を終えて顔を出し、シュヴァルの世話を頼んで三人で貸家へ帰り、食事をとって、それぞれの部屋に戻り。

 粗末な机の上に紙を用意したものの、レテウスは胸のうちに芽生えた複雑な感情に惑わされていた。


 見ず知らずの子供を預かり、共に暮らすという難題について。

 それは一体いつまで続くのか。引き受ける前から不安だった。シュヴァルと会った時には到底無理だと思っていた。

 この問題はいまだ解決していない。この日々がいつまで続くのかはわかっていない。

 立派な大人にしてやろうとは思っていても、何歳になるまでが妥当なのか、そして、その後はどうなるのか、具体的な考えなどレテウスの中にはひとかけらもない。


 案外、早いうちに終わるのかもしれない。親族が身柄を引き受けてくれた方が、無関係な若者が面倒を見るよりもずっと良いのだから。

 それなのに、どうしてこんな気持ちでいるのか。

 そもそも、今の自分がどんな気分でいるのかすら、レテウスにはよくわからない。


 態度も言葉遣いも荒々しいシュヴァルに、手を焼いていたはずなのに。

 知らぬ間に子分として扱われるようになって、不満に思っていたけれど。


 クリュはこの貸家の住人を「家族のようなもの」と評した。

 家族のようなものは、本当の家族よりも弱いものなのか。

 それは血の繋がりよりも、強く心を繋げるものなのだろうか。


 この数日で起きた様々な出来事に思いを馳せながら、レテウスはなんとかペンを取り、手紙を認め始めた。

 どうなるかはわからない。オーレール家がどう出るかばかり気にしていたが、考えてみればシュヴァルがどんな反応をするかも想像がつかなかった。


 馬鹿を言うな、レテウス。俺がお前らを置いて行くと本気で思っているのか?


 夢の中に現れた小さな親分は相変わらず鋭い目をしていて、にやりと笑った顔で三男坊の胸を叩く。

 自分の望んでいた答えがはっきりと示されて、勝手に笑みが浮かんでしまう。


「なにをにやにや笑っているの、レテウス」

「にやにやなどしていない」


 反射的に怒った言葉を返したが、もう迷いは残っていなかった。

 ウィルフレドに頼まれた手紙を送っても、「不幸な未来」に繋がることはない。


 そんな確信を胸に置き、レテウスはこの日の午後、カルベリク・オーレール宛ての手紙をキアルモへ送った。


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