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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
36_Judge Rightly 〈噂の真相〉

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165 行方知れずの

「あ、コルフ、カミル」


 階段の途中で名前を呼ばれて、コルフは声のした方へ振り返った。

 正式な神官衣を身に着けたアダルツォが駆け寄って来て、二人で揃って階段を下りる。


「ごめん、明日も探索に行けなくなっちゃったんだ」

「え、また? 今度はどうしたの」


 「藍」に行くぞと意気込んでいたのに、神官は早朝にキーレイに呼び出されてどこかへ行ってしまった。

 それが、昨日のこと。今日も神殿の仕事があるとかで、朝からばたばたと出かけていって、明日こそという話だったのに。


「また神殿に仕事を頼まれて、行かなきゃいけないんだ」

 思わずカミルへ目を向けると、相棒も同じタイミングでコルフを見つめていた。

 北の安宿街でなにやら大変な事件があったことは聞いている。詳細はわからないが、すべての神殿から人が駆り出されたというのだから、一介の神官が断れるような事態ではなかったのだろう。

「例の事件関係で?」

「いや、違うんだ。……ちょっと、こっちに来てくれる?」


 アダルツォは裏庭に続く扉に向かっていって、二人を外へ招いた。


「聞かれたらまずいの」

 神官はぷるぷると首を振って、そうじゃないんだけどと小声で囁く。

「実は、マティルデが行方不明なんだ」

「え、そうなの?」

 コルフは驚いたが、カミルは隣でなるほどと頷いている。

「アデルミラもギアノもそわそわしてて、どうしたのかと思ってたんだ」

「……そうなんだよ。アデルも心配してる。一昨日の夜中に抜け出したらしくて」


 夜中に女の子が一人、街を彷徨い歩いて、以来行方がわからないなんて。

 アダルツォは大きくため息を吐きだし、無事でいるといいんだけど、と漏らした。

 

「昨日、俺は北で起きた事件で死んだ人らの似せ書きを描いたんだ。それを神官長様が見て、マティルデの分も作ってくれないかって」

「なるほどね。確かに、人探しには役に立ちそうだ」

 そんな事情なら、仕方ない。

 カミルもコルフも納得してアダルツォを労い、フェリクスに伝えに部屋へと向かう。

 穏やかなリーダーはすぐにわかったと答えてくれたが、フォールードは不満だったらしく部屋から出てきて、廊下で顔を合わせることになった。


「またお預けなんてな」

 新入りは顔をしかめてこう呟いたが、それ以上の文句は言わなかった。

「ロカに声をかけてみようか?」

「ロカって隣の、あの頼りねえ奴だよな」

「そんな風に言うもんじゃないよ、フォールード。最近手を貸してもらってる連中も多いんだから」


 勢いのまま隣の神殿へ向かうと、ロカはいたが、明日は休みをもらっているのだという。

 アダルツォ同様、北で起きた事件に協力するために駆り出されていたらしく、疲れた顔で探索者たちに断りを入れている。


 それでは仕方がないと、次の日の予定は変更されることになった。

 フェリクスとフォールードはウィルフレドが来るということで、剣の稽古に。

 カミルは新しい靴を新調するために店に向かうというので、コルフも自分の装備を見直し、ティーオの店を覗いてみようと決める。


 

 朝になって屋敷を出て、ぶらりと歩けば友人の店にすぐにたどり着く。

「やあコルフ、いらっしゃい」

「ははは、もうすっかり商売人の顔だね」

 ティーオはにこにこと人の好い笑顔を浮かべて、どれにする? と問いかけてきた。

 カウンター前に並んでいるのはお馴染みの菓子のはずが、いつの間にやら知らない味が存在しているとわかる。

「新しい味か、いつの間に?」

「ふふ、すごいだろ。ギアノは熱心にやってくれているからね」

「まったくだよ。じゃあ、西の国の果実とやらを試してみようかな」


 菓子をひとつ選んで、マリートが作った革の道具が並ぶ棚ものぞいていく。

 探索に役立ちそうな品物を見つめながら、ティーオはマティルデのことを知っているだろうかとコルフは考えていた。

 マティルデは大変に美しい少女で、ティーオが入れ込んでいた気持ちはわかる。

 ましてや、命を懸けて救った相手なのだし。

 

「おはようございます、ティーオさん。あ、いらっしゃいませ」

 店員の少女ティッティが現れ、コルフにも笑みを投げかけてくれる。

 こうなると、マティルデの話を伝えにくい。

 行方不明になったと伝えられた時にティーオがひっくり返ったことを思い出し、今は黙っておこうと決める。


 店を出て、路地を歩き、考えを整えていく。

 案外また親切な誰かに助けられ、世話になっている可能性だってあるではないかと。

 弱々しい姿も見たが、マティルデはちゃっかりしていて他人に頼ることを厭わないようだから。

 無事でいてくれればいいと思いつつ進んで、大通りに辿り着く。


「やあ、コルフ・ヒックマン」


 すると急に声がして、魔術師の青年は左へ顔を向けた。

「確か、ベルジャンだったっけ」

「名前を覚えていてくれたんだね」


 何度か魔術の授業で一緒になったことのある男がいて、生気のない顔で笑っている。

 同じ師に学び、同じ授業を受けたが、どの程度の実力の主かはわからない。

 名前と顔を覚えている程度で、どんな人物かも知らない相手だった。


「やっと授業が再開しただろう。もう術師ホーカのところには行ったかい」

 ベルジャンの言葉に、コルフは戸惑っている。

「再開って?」

「しばらく休んでいたじゃないか」

「いや、ごめん。最近俺は学びに行っていなくて」

「どうして?」

「一緒に探索をしている仲間にその……、事情があってさ」


 グラジラムの塾に変えたとは言い辛くて、コルフは返事に相応しい言葉を探した。

 ベルジャンは青白い顔でじっとりと弟子仲間を見つめていたが、どうやら納得してくれたようだ。


「それじゃあ、探し人の話は聞いていないんだね」

「聞いてないね。誰か探してるの」

「裸の連中がいただろう」

「あの薄布だけの?」

「そう。あの中で一番美しい男を探してほしいと伝えられたんだ」


 白く輝く金髪に、薄い青い瞳の美青年。

 屋敷に並べられていた青年たちの中では別格の美しさを持っていた者を、屋敷に連れ戻してほしい。

 ヴィ・ジョンからそう頼まれたとベルジャンは語り、コルフはなんとか平静を装って頷いてみせた。


「心当たりはないかな、コルフ・ヒックマン」

「うーん、一番美しいなんて言われても、みんな似たような見た目をしてたとしか思えないな」

「……そうだよな。あいつらの姿をじっくり見たりなんかしていないよな」


 男の裸を見る趣味なんかないんだから。

 ベルジャンはため息を吐きだし、もし見かけたら教えてくれないかとコルフに頼んだ。


「連れて行ったらどうなるの?」

「謝礼が出るらしいんだ、多少ね」

「へえ、そうなのか。わかったよ」


 軽い返事で別れを告げて、コルフは歩き出した。

 間違いなく、あの問題児のことだろう。うまく誤魔化せたようで、ほっとしながらベルジャンから離れていく。


 ホーカ・ヒーカムの屋敷にはしばらく行っていない。

 クリュと出会ってからどうにも気が向かず、迷い道を言い訳にして寄り付かなくなっていた。


 魔術師街の問題はすっきりと片付き、このまま歩いていけば元師匠の屋敷にすぐにたどり着く。

 授業が休みになっていた理由はわからない。

 迷い道のことでキーレイに殴りこまれたらしいが、そのせいだろうか。

 気になってしまってぶらぶらと歩いていくと、紫色に輝く石の飾りが見えてくる。

 行ってどうすると自問しながら、それでもなんとなく進んでいくと、意外なものが見えてきてコルフは思わず駆け出していた。


「マティルデ?」


 魔術師の屋敷の庭にはローブを着たマティルデがおり、箒を手にしたまま座り込んでいた。

 声をかけられて驚いたように立ち上がり、少女は柵を挟んで魔術師と向かいあっている。


「コルフ」

「こんなところでなにをしてるの」

「なにって、魔術師になるために頑張っているのよ」

「弟子入りしたの? ホーカ・ヒーカムに」


 マティルデは少しだけ目を泳がせ、「うん」と小さな声で答えた。


「雲の神殿にいたんだよね。君がいなくなったって、みんな心配していたよ」


 困った顔をしても美少女は美少女のままでいられるらしい。

 コルフはマティルデの大きな瞳をじっと見つめたまま、答えを待つ。


「……いろいろあって」


 神殿で世話になっていたのなら稼ぎもなかっただろうし、マティルデに授業料が払えるとはあまり思えない。

 誰かが払ってくれたのだろうか。わからないが、実際に屋敷にいて弟子のローブを身に着けているのだから、「ホーカの弟子」になったのは間違いないのだろう。

 たった二日でここまで大きな変化が起きるには、運命的な出来事が必要だと思える。


「魔術師になりたかったんだから、弟子入りできたのはいいと思うよ。だけど」

「コルフ!」

「なに」


 マティルデは箒をぎゅっと握りしめたまま黙り込んでいたが、やがて意を決したように顔をあげると、こう答えた。


「ギアノには言わないで」

「え、なんで。なにかあった?」

「別に、なんにもないわ。……だけど」


 また会話は途切れて、沈黙が庭に満ちていく。

 ぱたぱたと瞬きを繰り返す瞳は美しく、やっぱり可愛いなあとコルフは内心で思う。


「わたし、自分の力でやれるようになりたいの」

 誰にも頼らず、自力で暮らせるようになりたくて、とマティルデは独り言のように続けていく。

「絶対に立派な魔術師になるから。お願い、コルフ。誰にも言わないで。今はまだ、黙っていて」


 コルフが困った顔をしている間に、妹弟子は走り去ってしまった。

 屋敷の中に入ってしまって、姿はもう見えない。

 中に入ってもいいのだが、グラジラムに弟子入りしてしまったせいで気が進まない。


 マティルデの気持ちも理解はできる。周囲の人たちの手を借りなければろくに外も歩けなかったのだから、自力でなんでもやれるようになると決意できただけでもかなりの変化だろう。

 神殿での日々の成果が出て、外へ出られるようになったのかもしれないし。

 本気で魔術師になりたいのかと疑っていたこともあり、コルフは申し訳ない気分になっている。


 カッカーの屋敷へ戻ったのはちょうど昼になった頃。

 厨房にはギアノがいて、額を抑えてため息をついており、コルフの帰還に気付いていないようだ。

 食堂を覗くとアデルミラが隅に座っていて、青い顔をして祈りを捧げているところだった。


「あ、コルフさん」


 慌てて立ち上がった雲の神官は微笑んでいるが、無理をしているようで痛々しい。

「ただいま、アデルミラ」

「おかえりなさい。今日は探索に行く予定だったのに、すみません。兄さまが雲の神殿に頼まれごとをしてしまって」

「いいんだよ、そんな。謝らないで」


 昼食を一緒にどうかと言われて、ギアノと三人で食事をしたが、どう見ても二人とも元気がない。

 

 言うべきか、黙っておくべきか。

 悩みすぎてコルフまで落ち込み、暗い昼食の時間が過ぎていく。

 剣の稽古が終わったらしく、ギアノとアデルミラは大勢のランチに備えて厨房へ向かってしまい、結局打ち明けられないまま。

 フェリクスとフォールードは良い訓練の時間を過ごしたらしく、他の参加者たちとあれこれ話していて割り込めない。


 カミルが戻って来て、相棒に相談してみようかと更に悩む。

 だが、すぐに気付いた。

 カミルなら言った方が良いと答えるに決まっているし、コルフが躊躇しようものなら自分で伝えに行ってしまうだろう。

 話した時点でもう、内緒にはしておけなくなる。

 マティルデの自立を挫きたいわけではなく、うまく解決できる方法がないか考えを巡らせていく。


 


 けれど答えは出ないまま。

 次の日がやってきて、カミルに揺り起こされてコルフは目覚めた。

「朝だぞ、コルフ。今日は予定通り、『藍』に行こう」

 準備はしてある。装備は万端である。けれど、心構えはどうだろう。

 

 「藍」の道には随分慣れた。フェリクスは街を離れる前よりも成長し、フォールードも探索にすっかり慣れて頼もしさを増している。

 カミルと並んで歩く二人のお陰ですいすいと迷宮の道を進んでいるが、コルフは集中力を欠いており、隣を歩くアダルツォは元気がない。

 元気がないくせに神官の役割を忘れておらず、アダルツォは歩きながら抑えた声で問いかけてきた。

「コルフ、なんだか調子がよくなさそうだけど」

 大丈夫かという言葉を、アダルツォにそのまま返してやりたいくらいだった。

 いつもはもっとまっすぐに前を向いて歩いているし、戦いを引き受ける三人の様子をよく見ているのに。

 今日はしょっちゅうため息をつき、視線は床に向いている。


「ちょっと早いけど休憩しよう」


 まだ四層の途中だというのにカミルが言い出して、フォールードがしぶしぶ受け入れ、探索は一休みになった。

 ちょうど良いでっぱりに灯りのスイッチがある個所は貴重らしく、他にも一組のパーティが座り込んでいる。


「アダルツォ、マティルデのことが心配なのはわかるけど」

「ああ、ごめん。わかってはいるんだけどさ」

 カミルにズバリと言われて、神官はしょんぼりと項垂れながら四人の仲間に謝っていく。

 誰もなにも言わなかったが、フェリクスが寄り添い、神官の肩を抱いた。

「ありがとう、フェリクス。俺が迷宮の中で心配したところで、なにも解決しないよな」

「気持ちはわかるよ、アダルツォ」

「そう言ってくれて嬉しいよ。……いやね、アデルがすごく責任を感じていてさ」

 ギアノにも迷惑がかかっているし、雲の神官として申し訳ない気分だとアダルツォは言う。

「あの子は無鉄砲なところがあるみたいだし、本当に心配だよ」

「その女が勝手に出て行ったんだろう? 神官さんたちは悪いことなんかなにもしてねえんだ。放っておきゃいいじゃねえか」

 そろそろ我慢できなくなったらしく、フォールードが呆れ顔でまくしたてていく。

「人の親切を無駄にして、勝手に出て行くなんてよ」

「言い過ぎだよ」

「言い過ぎなもんか。助けてもらえるだけでもどれだけ幸運か、思い知ればいいんだよ」

「フォールード」

「兄さんにはわかんねえんだ。正しい道しか歩いてねえから」

 珍しく食ってかかる新入りに、アダルツォは目を閉じると、静かに答えた。

「そんなことはないよ。俺はたくさん間違えて、娼館で長い間働かされていたんだから」


 自分が愚かだったせいだけど、あそこはとても嫌なところだった。

 アダルツォはため息を吐きだし、強い声で続けていく。


「だけど俺は男だから、下働きで済んだ。マティルデは違う、あの子はとてもきれいだから、……高い値がつけられるよ。あの細腕で男に勝てるはずがない。もしも悪い奴らに捕まっていたら、どんなに辛い目に遭わされるか」


 迷宮の片隅、小さな行き止まりで、見知らぬパーティの五人組までぐったりと項垂れている。

 フェリクスも肩を落としているし、フォールードもばつの悪い顔で黙りこくっていた。

 カミルの視線を感じる。どうする、と問いかけるような目をしているのは、もう探索どころじゃなさそうだと言いたいのだろう。

 普段なら、まったくだねえと白けた顔をして同調する場面だが。


「アダルツォ、マティルデは無事だ」

 居たたまれなさが極まり、これ以上黙ってはいられない。

 コルフは大きく息を吸い込んで、驚いた顔の神官に事情を話した。

「昨日、会ったんだ。あの子は魔術師の屋敷にいる」

「え?」

「前に俺が習いに行っていた、ホーカ・ヒーカムの屋敷にいるんだ。弟子入りしたらしくて」

「会ったの?」

 魔術師が頷くと、アダルツォの体がへなへなと崩れていった。

 カミルは呆れた顔をしており、フォールードも眉間に深く皺を寄せている。

 フェリクスは驚いたようだが、「無事で良かった」と呟いた。

「ちっとも良くないよ。なんでもっと早くに言わなかったんだ、コルフ」

 カミルに責められ、コルフは深く反省しながら神官に手を貸していく。

「ごめんアダルツォ。心配してるって知ってたのに。口止めされててさ」

「いや、いや、いいんだ。コルフ、本当にありがとう。あのさ、みんな、今日はこれで終わりにしてもらってもいいかな」

 神官はよろよろと立ち上がり、もう一組のパーティもほっとした顔で修羅場の終了に微笑んでいる。

「はあ? なんでだよ。もう心配なくなっただろ」

「アデルとギアノに伝えないと」

「探索が終わってからでいいじゃねえか」

「もしもこの後とんでもない失敗をしちゃったら……。失敗すること自体は仕方ないけど、そうなったら二人に伝えられなくなる」

「馬鹿言うなよ。『藍』ごときで俺たちが死ぬ訳ねえだろ」

 憮然とした態度の戦士を諌めたのは、相棒のカミルだった。

「いや、今日はもう仕方ない、フォールード。アダルツォがこんな状態じゃ、続けてもたいして長くは進めないよ」

 

 確かに、こんなにも浮足立った状態のアダルツォは見たことがなかった。

 迷宮都市に戻ってきてすぐの頃ですら、自信がなさそうだったものの、落ち着いてはいたというのに。


 全体の様子を見守り、仲間を癒すのが神官の役割であり、それが果たせないのなら危険な迷宮に挑むべきではない。

 カミルの言葉に逆らう気はないようで、フォールードは「へいへい」と答えて帰り支度を進めている。


 幸いなことに、「藍」の迷宮はカッカーの屋敷に近い。

 帰還者の門に降り立つなりアダルツォは走り出し、四人も急いで後を追う。

 廊下には掃除中のギアノがいて、すぐに戻って来た五人に驚いたのだろう。どうかしたのかと尋ねてきた。


「マティルデが無事だったんだ」

「えっ?」

 まさか、迷宮の中にいたのか?

 こんなギアノの勘違いを正すべく、コルフが説明をしていく。

 管理人の男は事情を理解すると大きく息を吐き出し、額を抑えながらこうぼやいた。

「まったくもう……。あの子は、本当に」

「アデルは?」

「裏庭にいるよ」


 アダルツォは走り、すぐにアデルミラと一緒になって戻って来た。

 可愛らしい雲の神官は目にいっぱい涙を浮かべて、良かったと呟き、コルフの手を取って礼を言う。


「ありがとうございます、コルフさん」

「いやいや、いや、ごめん、アデルミラ。昨日言えば良かったのに」

「いいんです。無事だと伝えて下さって、本当に安心しました。すぐに雲の神殿に伝えに行きます」

「マティルデから、誰にも言わないでくれって頼まれていてさ」


 マティルデの頼みについて説明をすると、アデルミラは困った顔をしたが、さすがに止めることはできなかったようだ。


「マティルデさんの気持ちはわかりました。でも、伝えないわけにはいきません。皆とても責任を感じていますし、捜索に当たっている神官もいるんです」

「そうか。それは、言わないといけないね」

「ギアノさん、今から行ってきます」

「いや、アデル。俺が行くよ」

「兄さま」

「俺なら準備しなくても今すぐ行ける。ろくに寝てないだろ。少し休め、いいな、アデル」


 アダルツォはあっという間に屋敷を飛び出していってしまった。

 取り残された妹は力が抜けたのか、ふらりと倒れてギアノに受け止められている。

「大丈夫か、アデルミラ」

「すみません、ギアノさん」

「いいんだよ。アダルツォの言う通り、休んだ方がいい」

「でも」

「大丈夫。俺も心配ごとがなくなったし、これで仕事もはかどるようになるから」


 涙がぽろぽろ落ちてはいても、アデルミラの口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。

 ギアノと共に廊下の奥に進んでいって、自分の部屋に戻ったようだ。


 そんな二人の後ろ姿に、フォールードはにやりと笑っている。

 コルフが思わずカミルを見ると、相棒とばっちり目が遭ってしまった。


「いいね、あの二人」

 やはり、同じことを思っていたようだ。

「そうだね。正直、お似合いだと思う」

「兄さんも公認だぜ」

 フォールードがぼそりと呟き、二人で揃って振り返る。

「アダルツォがそう言ってたのか?」

「いいや、なにも言わねえけど。見てりゃわかるだろ」


 屋敷に戻って来て以来、アデルミラと一番長く時間を共にしているのはギアノで間違いないだろう。

 ギアノは頼れる男だし、探索にもいかないから。大切な妹を任せるにふさわしいとアダルツォが考えてもなんの不思議もない。


 フェリクスと恋仲なのかと探りを入れたのが懐かしい。

 コルフは思い出に耽りながら、五人組のリーダーに目を向けた。

 フェリクスも仲間たちの言葉に納得したのか、穏やかな目をして佇んでいる。

 アデルミラについて、妹のように思っているとフェリクスは言った。

 あの時は事情を知らなかったが、自身の妹と重ね合わせていたのかもしれない。

 きっとアデルミラについても、幸せになってほしいと思っているのだろう。


 コルフにこう思わせるほど、フェリクスの眼差しは静かで、落ち着いたものに見える。


「やれやれ、こんなに早く帰ることになるとはなあ」

 フォールードにぶつぶつ文句を言われ、コルフは再び頭を下げた。

「仕方がない。誰かが怪我をするよりはマシだよ」

 カミルにフォローされ、ほっと息を吐いているが、確かに半端な時間帯だった。

 昼は過ぎてしまって、他のことを始めるには少し遅い。

「あの髭のおっさん、来ないよな、さすがに」

「ウィルフレドの指導は役に立ってるの?」

「ああ。悔しいけど、アークのおっさんよりもずっと腕が良いみたいだからな」


 新入りは口をひん曲げながらこう答えたが、目をきらりと輝かせている。

 前向きな心を持つ者は頼もしい。学ぼうと思うのは、自分が未熟だとわかっているからだ。

 自信満々で現れたフォールードは、やって来た時点で十分頼もしかったけれど。

 まだ、もっと、より高いところを見て、これからも励んでいくのだろう。

 フェリクスが「大丈夫だ」と言った理由がよくわかる、まばゆいばかりの煌めきだった。

 

 フォールードは満足げに微笑んでいたが、ふいにカミルとコルフに向き直るとこう問いかけてきた。

「二人はこの間来た怒り顔のことは知ってるか」

「怒り顔?」

「レテウスとかいう、王都から来た怒った顔をした男だ」

 カミルは首を振っており、ゴルフも心当たりはなく、正直に答えていく。

「いや、知らないな。そんな人が来てたの?」

「先輩と同じ貸家で暮らしてるらしいぜ」

「先輩って、ああ、ティーオか」

「そういや不思議な面子で暮らしてるんだっけ。クリュも一緒なんだろ」


 恩人そっくりだというクリュの名前が出た途端、さきほどまでの鋭さはどこへやら、フォールードはもじもじし始めてろくに話さなくなってしまった。

 クリュの名前でベルジャンの話を思い出し、コルフは悩む。


 ホーカ・ヒーカムに探されているようだと、教えてやった方が良いのではないか。


 クリュにはどうしようもないところもあるが、さすがにあんな格好でまともな記憶も持てないまま閉じ込められるのは、あんまりだと思える。

 自分が同じことをされたらと考えると、うすら寒い気分になっていく。

 キーレイが聞いた通り、若者の人生を無駄に費やそうとしているのだろうか。

 ホーカ・ヒーカムの目的がわからず、かつての師匠が酷く恐ろしく思えて落ち着かない。


「その貸家って、どこにあるんだい」

 カミルが言い出し、一度行っていたよなとフォールードに問いかけている。

「ある。けど、外までだ」

「フェリクスは?」

「俺は行ったことはないよ。レテウスという人は見たけれど」

 フォールードの言う通り、かなり気合の入った顔の人物であり、剣の達人でもあるらしい。

「貸家の中って見たことがないだろ。ティーオに頼んで、一度訪問させてもらうってのはどうかな」

 どうせこの後来るだろうし、頼んでみないか。

 カミルの提案に、フォールードは再び縮んでいったが、フェリクスは前向きに考えたようだ。

「いつかはここを出なきゃならないだろうし、見学させてもらえると参考になるかもな」


 ギアノの手伝いなどをしているうちに時が過ぎていき、夕暮れが迫る頃、ティーオがやってきて厨房を覗いた。

「やあ、みんな揃って。今日は探索に行ってないの」

 売上金の管理の為に二人が去っていき、管理人部屋から出てきたティーオを捕まえる。

「なるほど。貸家の中をね。いいと思うよ、ちょっとくらいなら」

 お礼代わりになにか差し入れをすれば、間違いなく了承してくれると思う。

 コルフとカミル、フェリクスは行くと決めているが、フォールードはどうか。

 もじもじする新入りに確認すると、結局は行くと返事があり、ティーオと共に屋敷を出た。


 途中にあった屋台に寄って、貸家街へ。

「おお、なんだか立派だね。新しいみたいだし」

 カミルが感心すると、ティーオは自分の家でもないのにふふんと笑って、友人たちを中へ招き入れてくれた。



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