表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12 Gates City  作者: 澤群キョウ
34_Conspiracy of silence 〈ヘッドハント〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

159/244

153 着火

 術符の力で帰還者の門へ送られ、四人は眩しい外の光に目を細めていた。

 どうやらまだ昼間のようで、扉の前に並んでいる探索者の姿が見える。


 ポンパの姿は見当たらない。並んでいた五人組に尋ねたが、誰も見ていないと言う。


「もっと前に出てきたんなら、目撃した連中はもう探索に行ってしまったんじゃないか?」

 エーヴがこう言い出し、再びそばにいた五人組に、どのくらい並んでいるかを問いかける。

 答えは「少し並んだだけ」という半端極まりないもので、単純に見逃しただけなのかどうかわからない。

「例の移動する現象に巻き込まれたんなら、別の迷宮から出てくる可能性があるな」

「ここに向かっているかな?」

「そもそも、無事かどうかもわからないよねえ」


 その通り、ファリンの言う通り。ポンパ・オーエンがどんな運命を辿ったのか、あの闇に閉ざされた後のことはなにもわからない。

 結局四人はしばらく「藍」の出口で待ち、最後に魔術師街に向かった。

 驚いたり怯えたりして、家に逃げ帰ったかもしれないと考えてのことだ。


「ポンパ、いるかい」

 扉を叩きながら、そういえば入口の罠をどうしただろうとノーアンは考えていた。

 あれで誰か死んだらどうするつもりなのか。魔術師は非常識なものというが、さすがに度が過ぎていると改めて思う。


 もう一度戸を叩くと、中からどたどたと足音が聞こえてきた。

 どうやら途中で止まったらしく、音は途絶える。

「ポンパ、中にいるのか?」

 声をかけてまたしばらく待つと、ゆっくりと扉は開いた。

「良かった、無事で」


 魔術師は顔を半分だけ見せて、黙り込んでいる。

 仲間たち三人は後ろで並んでおり、ノーアンは戸惑いながらもまた問いかける。


「急に姿が見えなくなったけど、なにがあったんだ?」


 「白」でキーレイたちが巻き込まれたような謎の現象が起きたのか。

 ポンパは恨めしい顔をしてしばらく黙っていたが、急におどおどしだして、こんな答えをくれた。


「なにも起きてはいない」

「どういう意味?」

「先に帰ったのはそっちの方だ。取り残されたから仕方なく、ポンパも迷宮から出た」

「こっちが先に?」

「そうだぞ、ノーアン」

「灯りが消えたところまでは、間違いなく一緒にいたよね」

「ああ、いたとも」

「灯りをつけてほしいって頼んだけど、あれは聞いてた?」

「……聞いてはいた」

 背後からセデルの「無視したのか」と怒る声が聞こえてくる。

「俺は急いでランプをつけたけど、ポンパの姿は見当たらなかったよ」


 火をつける作業はできる限り手早く進めたが、闇の中で、手探りで、さすがに一瞬で完了させられるような仕事ではなかった。

 あの間、仲間たちに迂闊に動かないよう声をかけた。敵が現れるとしたらエーヴのいる方だと警告をして、ランプに火を灯して、それで?


「ポンパは一人で脱出してきたんだよな?」

「そうだな。この木っ端魔術師の取柄など、それくらいしかないのだから」

「……もしかして、隠れてたとか? あの灯りが消えている間」


 魔術師は顔をしかめて、口をぎゅっと閉じている。

 ノーアンたち四人の方が先に迷宮を出て、ポンパ一人が取り残されたと主張するなら、こんな状況しか考えつかない。


「無彩の魔術師は、迷宮の入り口以外にも自在に帰る場所を選べるって言ってたけど、もしかしてポンパにも出来るとか?」

「そんなことができるのか」

「すごいねえ、まだ若いのに」


 エーヴとファリンが後ろでひそひそと話し合う声が聞こえてくる。

 ポンパはじっとりとした目をしたまま黙っていたが、ノーアンのまっすぐな視線に負けたのか、急に声を大きくして荒ぶり始めた。


「ああ、そうだ! ポンパがいなくなったら困るだろうと思って、近くの通路に身を潜めていた!」

「なんでそんな真似をしたんだ」

「いたずら! 心! だ! よ!」


 唾と一緒に怒声を浴びせられ、ノーアンは怯む。

 ポンパは扉からようやく出てきたが、禿げた方の頭を真っ赤に染めながら、怒りを爆発させていた。


「ちょっと困らせようと思っただけだ! それなのに、お前らときたら! ポンパなどいらないから、無視して最下層へ行こうとしていただろう!」

「馬鹿野郎、このうすら禿げ魔術師! 本当にお前は性根の腐った奴だ!」

 ノーアンを押しのけ、セデルはポンパの胸倉を掴んで、思い切り揺らしている。

 足が地面につかなくなって、ひいひいと怯えた声を漏らしながらも、魔術師はまだ喚き続けていた。

「セデルは酷い奴だ! エーヴもファリンも、同じぃ!」

「黙れ!」

「聞いていたのだぞ、ポンパは! 夜明かしの間もひそひそ話していたのを! ポンパなんぞどうなってもいい、とにかく底につければあの麗しい魔術師であるロウラン殿が来てくれると! どいつもこいつも、でれでれと、浮かれおって!」

「黙れって言ってるだろう」

「では離せ、戦いしか能のない、ええーっと……」


 ちょうど良い悪口が思いつかないのか、声が途切れる。

 じたばたする魔術師に蹴られ続けるのが嫌になったのか、セデルはようやく手を離し、ポンパはしりもちをついて悲鳴をあげた。


「くそっ、野蛮だ! そうだ、野蛮だ! 戦士は野蛮で、知性などかけらもないのだあ!」

「うるさいぞ、ポンパ!」

「もうやめなよ、二人とも見苦しいよ」

「ええい、神官のくせに! ファリンも腐っている! 親切心などかけらもない!」


 セデルは魔術師を突き飛ばし、腐れ神官呼ばわりされたファリンが助け起こそうとしたが、手は振り払われ、今度はエーヴが恩知らずだと怒鳴る。


 ポンパの無事を確認し、必要なら関係の修復もするべきだと考えてやってきたのに。

 残っていた最後の気力を削り落とされながら、こんな風ではなかったのに、とノーアンは思っていた。


 迷宮都市にやって来て、いくらかの経験を重ね、どうやら自分に向いた仕事がありそうだと気が付いてから、何人もの探索者と組んできた。

 エーヴと出会い、セデルと意気投合し、ファリンの力を借りて、あとは魔術師がいればという状態になった。

 力はあっても要求が多すぎるだとか、やたらと偉そうで共に歩くのが難しいとか。

 魔術師探しは難航した。見つけるのも大変だし、うまくやっていくのはもっと大変だった。


 そして、ポンパに出会った。風変わりで、魔術師のくせに罠の研究をしていて、扱いも難しかったが、それでもこれまでで一番マシではあったから。必要な時には力を貸し合って、探索を続けてきた。


 駄目だったのかな、とノーアンはため息をついている。

 探索に必要な仲間を入れ替えながら、より良い出会いを待つようなやり方では、いけなかったのだろうか。


「もうお前なんかとは二度と組まないからな!」

 いつの間にやら喧嘩は終わろうとしていた。セデルとエーヴは二人でポンパを脅し、ファリンは少し後ろで肩をすくめている。

「そんなのはこちらの台詞だ! いくら木っ端魔術師とはいえ、ポンパにだって」

「黙れ!」

 頭を叩くというシンプルな暴力に、ノーアンは呆れ果てている。

「やめなよ、セデル」

 戦士はバツの悪そうな顔で一歩下がったが、叩かれた魔術師の反応は予想とは違っていた。

「おのれ、ノーアン! そもそもはお前が悪いのだぞ!」

「俺?」

「そうだとも! ニーロちゃんはポンパの知り合いだったのに! ポンパの方が先に知り合ったのに! どうして、あの、キーレイ・リシュラまで誘って長い探索なんぞしていたというのか! あんなに立派な人たちと一緒に! お前が先に行くなんておかしかろう!」

「はあ?」

「あんな美しい魔術師殿とも親しくなって! 卑怯だぞ!」


 ついさっきまではセデルに叩かれた頭を抑えて蹲っていたのに、ポンパは叫びながら拳を振り上げ、ノーアンに襲い掛かって来た。

 ところが辿り着く前に勝手に転んで、地面に思い切り顔を打ち付け、のたうち回っている。


「大丈夫か?」

 さすがに心配になって手を差し伸べたが、木っ端魔術師はまたも仲間の手をはたいて、地面に這った姿勢のまま大声で叫んだ。

「見下すなあーっ!」


 絶叫を残し、ポンパは駆けた。

 自分の家に戻ろうと扉を開けて、ノーアンははっとして魔術師のローブの端を掴む。


「ぎゃあ!」


 扉に仕掛けた罠が作動し槍が飛び出してきて、ポンパの足を掠めたようだ。

 血がぱらぱらと飛んだが、深い傷は負わずに済んだらしく、魔術師の姿は家の中に消えていった。


「おい! なんだ、今のは」

「入口に罠を仕掛けてるんだよ。俺も危うくひっかかるところだった」

「どうしてそんな危険な真似を?」

「前に匿ってほしいって頼みに来たんだろう?」


 セデルとエーヴが断ったから、ポンパは自分の家に罠を仕掛けて備えることになった。

 そんな経緯を話しながら、もう既に関係は壊れていたんだなとノーアンはしみじみと思った。

 あの時自分が留守にしていなければ、今日の結果も違っていたかもしれない。

 いや、ノーアンかファリンが迎え入れていたとしても、結局はセデルかエーヴの反対にあっただろう。

 ならば結果は変わらず、なんにせよ関係は破綻していたに違いない。


「嫌な探索だったな」

 ぼそりとセデルが呟いたが、他人事のような言葉に腹が立つ。

 数ある感情の中で、怒りが一番嫌いだった。

 ノーアン・パルトはこれ以上怒りに満たされるのが嫌で、家には戻らず行きつけの酒場に寄って一人で酒を飲んでいた。


 長い探索をしたのだから、本当は帰って休みたい。

 家を買ったのは支払いに追われる心配がなく、自分だけの部屋を用意して自由に過ごせるからだ。

 けれど同居人がいて、彼はおそらくとても苛々している。もとからポンパを好いてはいなかったし、今回の散々な出来事についてしばらく文句を言い続けるだろう。

 「藍」の探索で得たものをどうわけるかも決まっていないし、本当なら集まるべきなのだろうが、結局魔術師の扱いでまた揉めるに決まっている。


 そんな負の感情の垂れ流しには付き合えない。

 余計な支払いが生じたとしても、一人で過ごして心を落ち着けたかった。


 酒をちびちびと飲みながら、今夜の寝床をどうするかノーアンは悩む。

 安宿で初心者たち(だれか)と同じ空間に押し込まれるのは嫌だが、南の高級宿はいくらなんでも高すぎる。

 この二種類のちょうど間くらいの、個室が用意された宿はないのだろうか。


 悩んでいる間に酒はなくなり、つまみに頼んだ皿の上にも何も残っていない。


 この後どうするか考えないまま、ノーアンは支払いを済ませた。

 そして腰のポーチに触れて、ニーロから渡された術符について思い出していた。


 清算は早く済ませた方がいい。

 「藍」の探索で手に入れた戦利品はまだ袋に詰まったままだが、今回のことは後回しにすると決めて、ニーロの家を目指して歩き出す。

 立ち寄ったいつもの店は売家街の近くにあるので、黒い石でできた魔術師の住処にもすぐにたどり着いた。

 もう夜だし、探索に行っているかもしれないが、とにかく訪ねてみようと決めて扉を叩く。


 窓の中には灯りが見えているので、誰かしらはいるのだろう。

 ノーアンが考えていた通り、扉は開いた。中から姿を現したのはウィルフレドで、ノーアンの姿を認めるとすぐに中に通してくれた。

「おお、ノーアン。よく来たな」

 家の中にはニーロもいたのだが、歓迎してくれたのはロウランで、探索には行ったのかと声をかけてきた。

「行きましたよ」

「だが、底には辿り着けなんだか」

 笑った形の唇には、確信が満ちている。どうしてわかるのだろうと思ったが、今の冴えない自分の顔だとか、あれからまだ五日しか経っていないことだとか、うまくいったとは考えられない理由があるのだと気づいて、ノーアンも思わず笑ってしまう。


「先日も訪ねてきたと聞きましたが、僕になにか用があったのですか?」

 奥のテーブルと椅子の置かれたスペースへ通され、ニーロにこう問われる。

 訪問についてはロウランに聞いたのかもしれないが、五人で押し掛けた理由は聞かなかったのだろうか?

 

 ウィルフレドは剣の手入れをしているらしく、部屋の奥で作業をしており、ロウランはそのすぐ傍に座り込んでいる。

 こんな時間にこんな過ごし方をしているのなら、この三人はニーロの家で共に暮らしているのだろう。


「確かに少し前にここに来たけど、あの時の用事はもういいんだ。今日は別のことで来た」

「なんでしょうか」

「この間一緒に探索に行った時、帰還の術符を渡されたよね」


 なにかあったら使うように手渡されたのに、返すのを忘れていた。

 だが今日使ってしまったので、返せなくなった。


 ノーアンが正直にそう打ち明けると、ニーロはなるほどと呟き、小さく首を傾げた。

「本当は返さなくても構わないと言いたいのですが、どうすべきでしょうね」

「え、どういう意味?」


 無彩の魔術師は涼しい顔をしたまま、どこか遠いところを見つめている。

 返さなくて良いのなら、こんなに嬉しいことはない。

 今日、悩みながらも術符を使ったのは、パーティの未来を考えてのことだ。

 ポンパの無事を早く確認すべきだと思ったし、これからも協力し合った方が良いと判断しての行動だった。

 だからもし代金を支払うことになったら、全員で出し合うのが筋だろう。個人のわがままで使ったわけではないのだから。

 けれど、もうポンパとはやっていけない。理由があの魔術師にあるとなれば、残りの仲間は支払いを渋るかもしれない。

 

 全員が納得するように説得、交渉するのが嫌でたまらなかった。

 それぞれに合わせた言葉を考えるのも面倒だし、だらだらと文句を言うであろう三人と正面から話すなんて、想像するだけで気が重い。


 だから、返さなくて構わないと言われたい。

 とはいえ、「どうすべきでしょう」の理由は想像もつかなくて、なんだか恐ろしい。


「報酬を分けた時に返すよう言わなかったのは僕です。あなたの落ち度とは言い切れないでしょう」

「ああ……。そう思ってもいいのかな?」

「あなたは随分誠実な人なのですね」

「いやだって、術符だからね。滅多に見つからないものだし、買うとなったらすごく高いし」


 そもそも、店で常に売られているわけでもない。

 忘れているみたいだしもらってやろうなどと、簡単に考えられるものではなかった。


「どうした、なにを話している」

 ロウランがふらふらとやって来て、わざわざ椅子を動かして客の真後ろに置き、なぜか後ろから抱き着いてくる。

「あの……」

「俺のことは気にせんで良い」


 そう言われても、肩の上に人の顔が乗った状態では落ち着かない。

 ニーロはそんな状況でも表情ひとつ変えずに、なにやら考えているようだ。


「残念だったな、ノーアン」

 黒い指が伸びてきて、スカウトの頬に触れていく。

「なにが残念なのですか?」

「こやつは仲間と共に最下層を目指す探索に行ったが、うまくいかなかったのだ」

「どうしてわかるんです?」

「お前もわかっていただろう。行く前から、あの面子ではうまくいかぬことくらい」


 耳元で、ふふ、と笑う声が聞こえてきてくすぐったい。

 わかっていたのだろうか?

 不安はあった。四人組と助っ人の魔術師の仲は、もとから良いものとは言えなかったから。


「だが良かった、生きて戻ったのだから。言っただろう、必ず生きて戻れと。偉いぞ、ノーアン」

 ロウランの手が顔中を撫でてきて、さすがに体が熱くなってくる。

「あの……、あの五人組では底に辿り着けないだろうってのはなんとなくわかります。そう思われても仕方がなかっただろうから」

「ああ、そうだな」

「もしかしてどういうことが起きて失敗したかまで、わかってます?」

「馬鹿を言うな、そんなことまでわかるわけなかろう」

 ロウランは背後からそう囁いてきたが、こう続けた。

「あの札を使ったのなら、魔術師の力が使えなくなってしまったのだろう」

 頷くノーアンに、今度はニーロが口を開く。

「ポンパと共に『藍』へ行ったのですね」

「そうだよ」

「彼は死んだのですか?」

「いいや、元気だよ。……あ、いや、ちょっと怪我はしてるだろうけど」

 罠にはかかったが、迷宮の中ではない。珍しい現象だとノーアンは考え、おかしくなってきて思わず吹き出してしまう。

「結局、相性が悪かったってことなのかな。あんまり仲良くやれなくて」

「お前以外、あの珍妙な頭の男を嫌っていたな」

「あそこまでとは思ってなかったんだけど」

 それぞれを諫めれば、ちゃんと譲って協力し合える程度の間柄だと思っていたのに。

「思い違いをしてたみたいだ」

 最後に矛先を向けられたのは自分だった。

 みんなの仲を取り持っていたつもりだったが、関係は希薄なままで埋まらず、つまり、うまくやれてなどいなかったのだろう。

 

 小さくため息を漏らしたノーアンの頭を、柔らかな手が撫でてくれた。

 顔を後ろに向けると、すぐそこに世にも美しい顔が微笑んでいて、気恥ずかしい。

 大きな瞳が瞬きするたびにまつ毛の先が当たって、くすぐったかった。


 セデルたちが聞いたら怒り出しそうだと考え、途端に気分が沈んでいく。

 こんな風にノーアンが心をぐだぐだにしている間に、ニーロは結論を出したようだ。


「術符についてですが」

「あ、うん」

「少しだけ返してもらってもいいでしょうか」

「少しだけ? って、どうしたらいいんだろう」

「また探索に付き合って下さい。一度ではなく、何度かです。いいですか、ノーアン」


 いいですかと言いながら、ニーロには有無を言わさぬ迫力があって、ノーアンは反射的に頷いてしまっていた。


「良かった。僕たちには腕の良いスカウトが足りません。あなたにはまた協力してほしいと思っていました」

「え。そう言ってくれたら、いつでも喜んで協力したけど」

「あなたには固定の仲間がいるのでしょう?」

「そうだけど……、さ。俺たちはもう、がむしゃらに探索しているわけじゃなかったからね」


 迷宮行を成功させるたびに、探索者は腕をあげていく。

 経験を積み重ねて、コツを掴んでいく。

 金が貯まれば家を買い、日々の家賃の支払いがなくなれば、生活は安定する。

 腕があるから、生活費を稼ぐ程度の探索なら簡単にこなせる。


 家を買えたら探索者としては上々だ。まずは成功したと言っていい。

 だが、その先はどう進むのか? 「成功した探索者」には、大きな別れ道が待っている。


 金をたっぷり稼いで満足するか、険しい道を選んで、今以上の強者を目指すか。


 金を稼ぎに迷宮都市にやって来たのなら、もう探索などやめればいい。

 田舎に戻って大きな屋敷を建てたり、気に入った娘に愛の告白をして、豊かな暮らしを約束してやればいい。

 命懸けの賭けに勝ったのだから、ここらで切り上げてあとは幸せに暮らすだけ。

 そう考えて街から去れる探索者の数は多くない。彼らは間違いなく、成功者だ。


 そんなルートに、ノーアンも入りかけていた。

 仲間たちが将来をどうしようと思っていたのかは知らないが、もうここらで切り上げても良いのではないかと、以前は思っていた。

 もう少し金を貯めたら迷宮都市暮らしはもう終わりにして、どこか気候の良いところでのんびり暮らしていけばいいのかもしれないと。

 

「そっか。確かに、あなたの言う通りだ。わかってたんだな、うまくいきっこないんだって」


 終わりの気配を感じていたのは、これ以上の高みにはいけないと悟っていたからだ。

 今の仲間たちとでは無理で、魔術師に協力してもらったとしても、「最初の踏破者」になることは絶対にないのだと。

 そうはっきり考えたことはない。けれど、気が付いていた。そして知ってしまった。


 絶対に辿り着けない高みなのに、挑める者がいるということを。


「……本当に俺が行ってもいいのかな。もし未踏迷宮の底に辿り着けたら、俺が『最初の踏破者』になるってことだよね?」

「なにか問題がありますか?」

 ニーロからすぐに返された言葉に、ノーアンはにんまりと笑う。

「キーレイさんもあなたを褒めていました。また力を貸してほしいと言っていましたよ」

「あのキーレイ・リシュラが?」

「あのキーレイ・リシュラがです」


 喜びがこみ上げてきて、笑い声が漏れてしまう。

 ロウランは相変わらず背中にぴったりとくっついたままで、「良かったな」と囁いてきた。

 

 「藍」の探索で失敗した理由はいくつかあるが、その大元はロウランだったように思える。

 ファリンが余計なうわさ話について話したせいで、会いに行って、すっかり魅了されて、目的がすり変わってしまった。

 もちろん、ロウランは悪くない。勝手に舞い上がったセデルたちが悪い。

 あのやる気が良い方向にだけ作用して、ポンパとのいざこざが起きなければうまくいったのかもしれないが。

 ノーアンはそう考えたが、更にその先に思いが至って、振り返って魔術師に問いかける。


「もし最下層に辿り着けていたら、本当に一緒に来てくれてました?」

 ロウランはようやく客の背中から離れて、ゆったりと頷いてみせた。

「ああ、もちろんだとも」

「でも、うまくいくと思います?」

「いいや。あ奴らはきっと、つまらん争いをし出すに違いない」

 思わず笑うノーアンに、麗しの魔術師はこう続けた。

「愚か者は置き去りにして、お前と二人で戻ることになるだろうな」

「怖いことを言うんですね」

「大の男が三人もいて、襲われるかもしれんのだぞ、ノーアン。お前は俺を助けてくれんのか?」

 急にか弱い女のようなことを言い出したぞ、と頭の中で警報が鳴り響く。

 ロウランはきっと、「か弱い普通の女」などではない。だが、ノーアンは急いで正解を探し、見つけだすことに成功した。

「え? いや、そんなわけないです。ちゃんと助けます」

 また、頬をくるくると撫でまわされていく。

 大きな青紫色の瞳にまっすぐに見つめられながら、すべすべとした指に触れられていると、これまでに感じたことのない幸せが満ちていくようだった。


「だろうな。お前は善良な男だから、そう答えると思っていたぞ。ノーアンよ、誰にも遠慮する必要はないのだ。自分に見合った仲間を自由に選べ。その方がより長く、遠くへ行ける。お前はそう出来る。いいか、忘れてはならんぞ」

 

 

 術符についての相談は終わっているし、夜も更けてきたので、これ以上ニーロの家に居座る理由はない。

 不思議な気分で迷宮都市の道の上に立ち、ノーアン・パルトは来た時よりも気分が晴れやかになっていることに気付いていた。


 あんなに帰るのが嫌だった自分の家に戻ると、すぐにセデルに見つかって、愚痴に付き合わされることになってしまう。


「なんでああなっちまったのかなあ、本当に。俺らも確かに悪かったが、だからって隠れるなんておかしいだろう。迷宮の中なんだぞ。しかも『藍』の。最悪だよなあ、ノーアン」

 やはり魔術師の入れ替えが必要だとセデルは言う。ニーロでもいいが、できればロウランの方がいいらしい。

「だって俺たちは、お前を貸したんだ。代わりに来てもらえばいい。そう言えばいいさ」

「そう言われてもね」

「どうして渋る?」

「大体、俺を貸し出したって考えがおかしいよ。俺はみんなの持ち物じゃないのに」


 なにより、パーティのレベルが対等ではない。

 戦士が二人と、神官が一人。

 セデルとエーヴの腕はいいし、ファリンも頼りにはなる。

 けれど、ウィルフレドとマリート、キーレイと同等に考えることはできない。

 あれほどまでに無駄なく、探索の為に振舞えるようになれはしないだろうから。

 

 迷宮の道を随分長く歩いてきたと思っていたが、「白」の探索で過ごした時間は質が違った。

 これまでのすべての道が無意味に思えるほどに高度で、そんな探索ができるのだと思い知らされてしまったから。


「ああ、そうか」

 だから、今回の「藍」にこんなにも落胆しているのか。

 ようやくすっきりと理解ができて、ノーアンはふっと笑う。

「どうした、ノーアン」


 セデルは明らかに同居人の様子を窺っている。

 今は正直に思いを明かすタイミングではない。自分の望む道に進むためにどうすべきか考え、ノーアンはこう答えた。


「いや、精算をどうしようかなと思ってさ」

「そういや、まだだったな。なあ、ノーアン。俺は、今回は四人で分ければいいと思ってるんだが」

「……そうだね。ポンパもなにか持って帰っているだろうし」

「お、いいのか」

「いいよ。なにを言っても今はこじれるだけだろうから。明日一緒にエーヴたちのところに行こう」


 もっと面倒な主張をされると考えていたのだろう。

 セデルの表情はぱっと明るくなって、今夜はもう休もうと決まる。


 ノーアン・パルトも清々しい気分だった。

 明日になったら今の資産を確認して、小さな家を探して引っ越そうと心に決めたからだ。

 この際、貸家でも構わない。大抵は五人用だが、たまには少人数用のものだってあるだろう。

 

 これまでに築いてきた友情のようなものは確かにあるが、縛られる必要はない。

 潮時ではあるが、変えるのは人生そのものではなく、見つめる方向だと考え直すことができた。

 探索を始めて、少しずつ生活が軌道に乗って来た頃の気分が蘇り、体に満ちている。


 「あの頃」抱えていた野望が、胸の中に心地よい重さを与えてくれている。

 そう感じられること自体が嬉しくてたまらず、ノーアンはなかなか眠れず、次の日の精算にひどく時間がかかってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ