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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
34_Conspiracy of silence 〈ヘッドハント〉

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152 厄介

 「藍」の迷宮に挑む時になによりも大切なのは、灯りを切らさないことだ。

 灯りが消えた瞬間視界は闇に閉ざされ、あたりの様子はなにもわからなくなってしまうから。


 一方、魔法生物は闇の影響を受けない。

 侵入者の位置を的確に把握し、容赦なく攻撃を加えてくる。

 灯りがないまま戦いが始まれば、ただ生き残ることですら難しくなる。

 だから「藍」に挑む時は、光を確保する方法を用意しておかねばならない。


 とはいえ火をつけるには時間がかかるし、炎を灯したランプを持ち歩くと戦いには参加できなくなる。単純に熱いという問題点もある。

 最もスマートに解決する方法は、やはり魔術だ。


 この日早々に六層へたどり着いた五人組には、それなりの腕を持った魔術師がいる。

 

 ポンパ・オーエンは自分の髪を抜くという癖の持ち主で、頭の左側にはもう髪は残っていない。

 だが反対側にはふさふさと髪が生えていて、長く伸ばされている。

 いつもはぼさぼさ、ちりちり、手入れがされている様子はないが、この日は残った毛はひとつにまとめられ、広がらないように何か所かで縛られていた。


 回復の泉を利用し、一回目の休憩に入ったところで、ようやく魔術師の髪型に言及する者が現れる。

「今日は結ってるんだね」

 船の神官であるファリンは、ポンパとは離れた位置で座り込んだまま声をあげた。

「前よりは良いと思うよ」

 魔術師は俯いたまま、じろりと視線だけを神官に向けている。

 せっかく褒めたのに嫌な反応をされたと思ったのだろう、ファリンは白けた顔で肩をすくめた。


 気を悪くしているのだろうな、とノーアンは思う。

 今回の探索の理由が、勝手に変えられてしまったのだから。

 より力をつける為ではなく、あの美しく麗しい魔術師を迎える為に。しかも、あんな欲望丸出しのやりとりを目の前で見せつけられて。


 そもそも、髪型を少し褒められた程度で喜ぶような性格でもないだろう。

 セデルら三人はポンパにまったく気を遣わない。

 下に見ていると思われても構わないのか、実際に見下しているか。

 確かに変人だし、見た目も悪い。会話が成立しないことも多いから。


 ポンパ・オーエンの扱いは難しい。

 どう思われようが少し強く出て、言う通りに動いてもらった方が良い。ノーアンもそう思う。

 とはいえ、仲間の態度の悪さも気にかかる。


 多少の空気の悪さは想定内ではあるのだが、少し憂鬱な気分でノーアンは片付けを済ませていった。

 ごみをまとめて通路の隅に追いやり、音がなる仕掛けを回収し、荷物袋の中にしまって、再び歩き出す。


 ポンパは魔術師だが、罠の研究をしているからという理由でノーアンのすぐ後ろを歩いていた。

 本来ならファリンと並ぶのだろうが、二人の相性は良くない。互いにあまり近くにいたくないのだろう。


「例の大穴ってこの近くだよね」

 「藍」といえば灯りの仕掛けだが、多くの者が六層の泉の近くにあるという深い落とし穴について知っている。

「やっぱり落ちたら駄目なの?」

 背後に向けてノーアンが問いかけると、ポンパからようやく声が上がった。

「行き止まりだと聞いた。なんらかの脱出の手段がなければ、生きて出るのは難しいだろう」

 あの無彩の魔術師ニーロから聞いたのだから、間違いない。罠の研究家である魔術師はそう呟き、あのニーロなら実際に行ったのだろうなとノーアンは考える。


 帰還の術符もなく、脱出の魔術も使えない場合。

 決して戻れぬ深い落とし穴に落ちた時、絶対に救いはないものなのだろうか?


「この間の『白』の探索で妙なことがあってね」


 まだ六層であり、五人は余裕をもって歩いている。

 もちろん、通路の先をよく見て警戒しているが、ノーアンは無彩の魔術師たちとの探索で「はぐれてしまった」ことについて説明していく。


「気が付いたら三人いなくなっていたんだ。なんの声もしなかったし、瞬きしている間に消えてしまったような感覚だった」

 「白」の三十層で、ノーアンと共に立っていたのはニーロとマリートだけ。

 慧眼の剣士は慌てふためいて、キーレイとウィルフレドの行方をひどく心配していた。

「怖いな、なんだその話は」

「わからない。とにかく探索はそこで打ち切られたんだ。すぐに地上に戻って、入口で待つことになってね」


 ニーロがあまりにも冷静だったので、ひょっとしたらロウランのいたずらではないのかと考えたほどだ。

 だが、マリートは青い顔をして黙り込んだままで、なんと声をかけたらいいのかわからず、黙っているしかなかった。


「無事に戻ってきたんだよな?」

 セデルの問いに、ノーアンは頷き、消えた三人が穴の上から現れたと説明していく。

 「青」の迷宮に移動していて、すぐに出てきたという話だった。

「『白』から『青』? どうやって移動するんだ。そんなことができるのか?」

「さあね、迷宮の仕掛けなのかもしれないし、魔法生物の仕業なのかもなんて話していたけど……」

 移動していたこと自体は本当なのだろうと思う。

 キーレイもウィルフレドも、くだらない嘘をつくような真似はしないだろうから。

「でも、あのロウランって魔術師は、『迷宮の中への移動は可能なんじゃないか』って話してたんだよね」

「どういう意味だ、ノーアン」

「迷宮の中から地上へは、脱出の魔術で戻れるだろう。その逆に、地上から迷宮の中への移動もできると思うんだってさ」


 仲間たちは短い沈黙の後に、そんな魔術があればどれだけ探索が楽になるだろうかと話し始めた。

 無理ではないかというポンパの呟きが聞こえてくる。確かに、そんな真似を迷宮が許してくれるとは思えない。

 けれど一方で、ロウランならやれるのではないかという気持ちもあった。


「いやあ、いいねえ。ますます一緒に行ってみたいな、あの方と」

 不穏な空気を破ったのは船の神官であるファリンで、うっとりとした顔でこう続けた。

「あんな色の肌を初めて見たよ。南の方の、特に海辺から来たって連中はよく日に焼けているけど、そういうのとはちょっと違うよな」

「瞳の色もだ。あんな色の目は初めて見たぞ」

「噂どおり、明るくて気さくで、……それに随分、距離も近かったじゃないか」


 ノーアンにべたべた触れていたことについて、セデルは言いたいのだろう。

 あの時は嫉妬に塗れていた三人だが、今は少し解釈が変わっているのかもしれない。


 短い邂逅の中で、ロウランは否定の言葉をひとつも使わなかったから。

 実力がありそうだと認めてくれた上で、条件付きとはいえ、「抱かれても良い」とまで言ってくれたのだから。

 「抜け駆けをした」ノーアンだけではなく、自分にも同じように接してくれるのではないか――。

 セデルもエーヴもファリンもだらしのない顔で笑っており、妙な妄想に耽っているように見える。


「色っぽい女だったなあ」

 誰かが呟き、三人で頷いて。


 あのやり取りで、中年親父のような物の言い方が気にならなかったのかなとノーアンは思う。

 そもそも、ウィルフレドの恋人だという噂だって聞いているはずなのに。

 本当に恋人同士なのかは疑問に思えるが、いろいろと「凄い」と話していたし、深い仲ではあるのだろう。


 ノーアンはそう考えるだけで口には出さずにいた。なので、仲間にはなにも伝わらない。

 その結果、船の神官はこう呟いてしまう。


「やっぱりポンパじゃなくて、ロウランが良かったよなあ」

 セデルは真顔で頷き、エーヴに至っては「そうだな」と答えている。


 ノーアンのすぐ後ろで、ポンパの手が空を切っていた。

 結っていようが癖は変わらない。もう毛の残っていない頭に拳がぶつかって、何度もコツコツと音を立てている。


「……ポンパだってあの美しい方と一緒が良い」

 魔術師がぼそりと呟いて、ノーアンは思わず背後を振り返っていた。

「意地悪なファリンやエーヴなんかより、ニーロちゃんと一緒が良い!」


 五人組の先頭を歩いているのは、罠に対処するためだ。敵が近づく音に一番に気付いて、仲間に知らせる役目も負っている。

 ノーアンは前へ向き直り、魔術師をどうなだめるべきか悩んだ。

 そんなスカウトと違い、仲間たちは馬鹿正直に心に浮かんだままを口にしていく。


「魔術師だけで探索に行ったら、どうなっちまうんだろうなあ」

 セデルはこう呟いて、ふふんと笑っている。

「なんで無彩の魔術師をニーロちゃんなんて呼ぶんだ。ポンパ、お前おかしいぞ」

 エーヴは気を悪くしたのか、鋭い目でポンパを睨みつけていた。


 ノーアンは立ち止まり、再び振り返る。

「協力し合えないなら終わりにするしかないぞ」

 中途半端な通路で止まるのは危険な行為だから、すぐに決めなければならない。


 行くのなら文句を言わない、耐えられないからこれ以上進まない。

 どちらがいいのか問いかけると、仲間たちは渋々魔術師に謝り、なんとか底を目指すことが決まった。


 そこからは争いは起きず、十二層目に辿り着いていた。

 「藍」の道は素早く進むのが基本であり、余計な寄り道はしないに限る。

 無駄口を叩かなければ進む速度は一気に上がったし、二日目も無事に過ぎていって、夜明かし前に二十層目に辿り着いていた。


 迷宮の中で二泊して、朝の準備を進めていく。

 食事をし、水を飲み、必要なら着替えをし、装備に不具合がないか確かめる。

 用を足して、片付けを済ませたら、三日目の道の始まりだ。

 少しずつ疲労が貯まってきて、足が重くなっている。

 半分を過ぎればますます敵は強くなり、罠も難しくなっていく。

 深い層へ向かう探索には、様々なものが必要だった。

 前を歩く戦士は強い方がいいし、スカウトの目と耳は良い方がいい。手先だって器用で、勘の鋭い者でなければ困る。

 傷を負った時には神官の出番だし、剣の効かない敵が現れた時には魔術師の力が物を言う。

 

 二十層目の途中から探索を再開させる為に、ノーアンはじっくりと地図を確認し、道のりを頭に叩き込んでいた。

 「藍」の迷宮の地図には、最短へのルートしか描かれていない。

 だから、ひとつでも間違えれば終わってしまう。


 一番近くの灯りの仕掛けを作動させ、闇を払う。

 上層では一定の間隔で備え付けられているスイッチが、下層では不規則に配置されるようになるから、気を付けなければいけない。

 

 進めば進むほどに重たくなる道のりの中で、ノーアンは感覚を研ぎ澄ませていった。

 地図があるとはいえ、迷宮の中で起きるすべての出来事が書き記されているわけではない。

 敵の足音を聞きつけ、仲間に知らせる。挟み撃ちにされないように誘導し、万が一に備える。

 それぞれが出来る限り力を尽くして、やっと進んでいける。半分よりも深い層はそういう風になっている。


「なにか来る」


 二十二層目の通路の途中で、スカウトは足音を聞きつけていた。

 半端な階層で、回復の泉から遠い。進むのも戻るのも難しい狭間の層では特に、大きな怪我を負いたくない。

 微かに聞こえた足音から、ノーアンはひどく不吉なものを感じていた。

 音は一体分だが、おそらく体が大きい魔法生物のものだと思ったから。


 「藍」の二十二層目で、単独で出現する、体の大きなもの。


 地図の地形を思い出し、ノーアンは諦めて仲間たちに告げる。

「熊かもしれない」

 残念ながら、戦いを避けるためにちょうど良い曲がり角は近くにない。別れ道自体はあるが、安全かどうかは不明で、一か八かで入るわけにはいかない。

「嫌な敵だな」

 エーヴはそう呟いたが、セデルは「大丈夫だ」と返した。これまでに何度か戦ってきたから、問題はないはずだと。

「熊が倒せない奴に、魔竜が倒せるわけがないだろう」

「それもそうだな」


 ノーアンは耳を澄ませながら通路の先を見据えた。

 戦士たちは剣を構え、スカウトの後ろに控える魔術師に援護をするよう頼んでいる。


 予想していた通り、現れた魔法生物は熊だった。「橙」や「緑」では小さいが、「藍」や「赤」で出会う熊はやたらと大きい。

 立ち上がれば頭は天井につきそうだし、動きも素早く、攻撃のパターンも多彩だ。


 戦いが得意ではないノーアンは少し後ろに下がり、ナイフを持ったものの、たいした傷を負わせることなどできないだろうと考えていた。

 セデルとエーヴは張り切っている。今回は特に、最下層へ辿り着きたい気持ちが強いのだろう。

 これまで長い道のりを共に歩いて来たから、実力はわかっている。熊はできれば出会いたくない強敵だが、力を合わせれば勝てるはずだ。


 戦士たちは声をかけあって、連携しながら攻撃を仕掛けていった。

 熊の気を引き、隙をつき、近づきすぎないように足もよく動かしていた。

「ポンパ!」

 そこに魔術の力が加われば、戦いはもっと有利に進む。

 魔術師は虚空に炎や氷を生み出し、自在に操る。

 ポンパは特に氷の力を操るのが得意らしかった。本人がそう話していたし、罠を封じることもできるのだと威張っていたのをノーアンはよく覚えている。


 魔術師の手が動き、空気が急激に冷えていく。

 力強く開かれた手のひらの中に、氷の粒が集まっているのが視界の端に見えた。

 礫にして鋭く飛ばすか、霧にして敵を包み込むのか。

 二人の剣は何度も熊を切り付け、血のしぶきが舞っている。

 勝利の気配がじわりじわりと近づく中、戦士の合図を受け、魔術師の手がゆらりと動き、集まった氷の力が放たれ――。


「ぐわあっ!」


 背中に思い切り礫をぶつけられて、エーヴの体が傾く。ファリンは驚いたのかぴょんと飛び上がり、ノーアンは倒れてきた仲間の体を受け止めようとしたが、戦士の体は重たくて一緒になって倒れてしまう。

「セデル、頑張れ!」

 神官の悲鳴のような声援に、残った戦士は気合の雄たけびをあげて魔法生物に剣を振り下ろした。

 だが、止めを刺すには至っていない。地響きのような咆哮が通路にあふれて、ノーアンはエーヴの体の下敷きになりながらも用意していたナイフを投げた。

 それは熊の左目に見事に命中し、生まれた隙を見逃さずセデルが更に前に出る。

 ファリンはようやく正気に戻ったようで、エーヴの腕を引っ張り、ノーアンを救い出してくれた。


 戦いが終わった時にはセデルは肩で息をしていて、すっかり疲れ果てていた。散々切り付けられた熊は無残な姿で通路にあおむけに倒れており、よく勝てたものだとノーアンは思う。

 エーヴの治療が行われ、地図を素早く確認して一番近い行き止まりに移動し、安全を確保する。

 まだしなければならないことはあったものの、セデルとエーヴは怒りを抑えきれなかったようで、魔術師の胸倉を掴んで揺さぶっていた。


「なんのつもりだ、ポンパ!」

 「藍」の迷宮の昏い色の壁にがつんと押し付けられて、ポンパ・オーエンは苦しげに唸り声をあげている。

 仕方なくノーアンが進み出て、落ち着くよう声をかけ、まずは魔術師から手を離すように頼んだ。


 戦士たちは怒り、魔術師も鋭い目をして仲間たちを睨んでいる。

「わざとやったな」

「わざとではない。ポンパに大した実力がないのは確かだが、そのような真似はしないぞ」

「合図を送っただろう。攻撃が当たりやすいように間も開けたのに!」

「熊が動いたのだから仕方ない。あの礫は敵を追うもの。だから熊が動いたらエーヴも動かねばならなかった」

「これまでもそうだったか?」

「これまでだってそうだった。ずっと同じだ。魔術はそう簡単なものではない。そんなに簡単に都合よく変えられるものではない!」


 不毛な言い合いを止めるべく、ノーアンは三人の間に入ってそれぞれをなだめていった。

 セデルにはまず休んで息を整えるよう言って、エーヴには疑ってかかりすぎだと注意し、ポンパにもあまりにも態度が良くないと話していく。

 

「ノーアンはやつらの肩を持つのか?」

「肩を持つとかじゃないよ。ポンパの魔術が当たったのは間違いないんだから、当たったお前が悪いみたいな態度は駄目だろう」

「奴らのそもそもが良くないのだぞ。セデルたちこそ謝るべきではないか」

「確かに態度は良くないよ。なあポンパ、本当にわざとじゃないんだよな?」

「当たり前だ。ポンパは木っ端魔術師ゆえ、多少コントロールが乱れることもある。そのせいなのだ」

「乱れて当たったって言うんなら、それについては謝った方がいいんじゃないか」


 それぞれに良くないところがあったはずだというノーアンの言葉に、セデルは頷き、エーヴも納得してくれたようだ。

 ポンパはぐずぐずとなにか呟いていたが、結局は自分のミスを認め、申し訳なかったと半分禿げた頭を下げている。


「ノーアンは大変だねえ」

 ファリンがケラケラと笑いながら肩を叩いてきて、その態度についてもスカウトは諫めていった。

「他人事みたいな言い方だ」

「はは、そういうのは向いてないんだ。うまく取り持つとか、仲直りさせたりとかなんてね」

 神官なのにな、とノーアンは思い、ファリンは自分のペースをまったく崩さない。

「やっぱりポンパのこと、好きじゃないや」

 この発言はしっかりと本人に届いてしまい、魔術師はがっくりと肩を落としている。

「言っておくけど、見た目についてじゃないよ。やたらと卑屈なところだ。いちいち自分を木っ端魔術師だなんて言ってさ」


 確かに、いちいち自分を卑下する態度は見ていて気持ちの良いものではない。

 自分たちよりもずっと年上なのにという思いは、ノーアンの中にもある。

 とはいえ、今は迷宮探索中だ。本音をぶちまけるなら別の機会でやるべきだろう。


 とにかく、今はこんな不毛な言い合いをしている場合ではない。

 そう声をかけようと決めた瞬間、灯りが消えてしまった。

 通路の行き止まりにいるから、敵が来る方向は決まっている。

 ノーアンは仲間に落ち着くよう声をかけつつ、灯りをつける準備を始めていた。

 ポンパが魔術を使ってくれればすぐに解決できるが、へそを曲げて応じてくれないのではないかという心配があったから。


 用意があったので、ランプの支度はすぐに済んだ。

 残念ながらポンパからの手助けはなくて、小さな灯りが自分たちの周囲だけを照らしている。

「なあ、ポンパ。嫌がらせもほどほどにしてくれよ」

 セデルがいらいらと声をあげたが、返事はなかった。

 周囲には恨めしい視線も、いじけた姿もない。つまり、ポンパ自体が見当たらない。


「……嘘だろ?」


 灯りを掲げてなるべく広く照らしてみても、魔術師の姿はなかった。

 ランプを背の高いセデルに任せて、ノーアンは地図の確認を急ぐ。

 一番近いスイッチへ注意深く移動して、灯りを取り戻し、四人は首を捻っていた。


「一人で先に帰ったのか?」

「脱出の魔術で? でも、光るよな」

 魔術も術符も、使えば必ず光に包まれるようになっている。暗闇の中にいたのだから、気付かないわけがない。

「罠にかかったとか?」

「地図には特に描かれていないけど」

 けれど、「絶対にない」とは限らない。姿を消したとなると、回転する壁や落とし穴が考えられる。

「そういう罠にかかった時、声をあげずにいられるか?」

 驚いて悲鳴をあげるのではないかとファリンは言う。ノーアンも尤もだと思うし、エーヴも頷いている。

 念のために行き止まり付近の壁や床を調べてみたが、罠は仕掛けられていなかった。

 ずっと呼びかけていたが、返事もない。そうなるともう、結論を出すしかなかった。「魔術師とはぐれてしまった」のだと。


 一人がはぐれて消えたのだから、どうするのか決めなければならなかった。

 この五人組の中でのポンパの最も重要な役割は、「脱出の魔術」と考えていいだろう。

 もちろん、戦いの手助けはしてもらっていたし、罠の研究家としての助言や協力も期待していた。

 けれど一番重要なのは、いつでも迷宮から出られるという切り札として備えていることだ。

 最後に控えるべき切り札が失われたのだから、もう切り上げた方がいい。

 そう考えるノーアンの隣で、エーヴが呟く。


「人を攫う魔法生物がいるのか?」

 この囁きに、セデルとファリンは体を震わせ、冗談はやめろと仲間を小突いた。

「ノーアンは見たんだろう、目の前で三人が消えたのを」

 しかも、「あのキーレイ・リシュラまで」とエーヴは続ける。


 キーレイたちは消えたきりではなく、無事に地上へ戻っていたし、すぐに合流できた。

 とはいえ、急に姿を消した理由はまだ不明だ。巻き込まれた三人にもわからないようだった。

 つまり、並ぶ者など滅多にいないであろう強者ですら為す術もなく巻き込まれてしまう謎の現象が、間違いなく存在しているわけで。


 「藍」とはいえ、もう二十二層目だ。

 体験した人間が少ないのは、深い層でしか起きないからなのかもしれない。


 灯りの仕掛けのあるこの迷宮で、うろうろとあてもなく歩き回るのは危険だった。

 詳細な地図もなく、強い敵が現れる可能性も高い。

 だから、探し回るという選択はない。


「術符があるんだ」

 

 少しの間考えて、ノーアンは仲間に自分のポーチに入っている術符の存在を明かした。

 「白」でニーロたちと共に行った時に渡されたものだ。譲ってもらったわけではなく、必要な時に使うよう預けられただけ、と認識している。

 単純に返すのを忘れていて、ポーチに残っていた。

 なので今、自分たちの為に使っていいのか、迷いはある。


 けれど、もしポンパが消えた理由があの時の「白」と同じだとしたら、今頃地上に戻ってきているだろうから。

 無事を確認するために戻った方がいいのではないか、というのがノーアンの考えだが、仲間たちの反応は芳しくない。


「術符があるなら、ポンパはいなくても問題ないってことじゃないか?」

 戦いでもまともに協力してもらえないのだから、あの魔術師はいてもいなくても変わらないというのがエーヴの主張で、セデルも頷いている。

 ファリンも納得しているようで、特に反論はないらしい。

「最短のルートをうまく進んでいけば、最下層までたどり着けるんじゃないかな」

「あいつがいなければ進む速度も上がるだろう」

 だから行こうというのが結論らしく、三人は揃ってノーアンへ目を向けてきた。


「いや、いくらなんでも楽観的すぎる」


 最下層へは、運が良ければたどり着けるかもしれない。敵との遭遇がほとんどなければ、もしかしたらとは思う。

 けれど魔竜が出てきた時に勝てるかどうかわからない。

 底へ向かう計画を立てた時に、この五人ならばできそうだと考えたから、挑戦を始められた。

 ポンパの魔術もこの計算に含まれていたはずだ。脱出だけではなく、攻撃や戦士の手助けになるものがあって、勝てると考えるに至ったわけで。

 一人欠けた状態でも行けるだろうと考えること自体、考えが浅いと思える。それに。


「このまま探索を続けるのなら、底に辿り着けなかった時、俺たちは協力してくれる魔術師を失うんだよ」


 ポンパの安否は不明だ。なんらかの魔法生物に襲われていて、命を落としていたのならもう仕方がない。

 けれど死んでいないのなら、彼には迷宮から抜け出す方法があるのだから、地上へ戻っているだろう。一人で探索を続ける理由などないのだから。


 魔術師が無事でいて、地上へ戻っていた場合。

 こんな別れ方をした四人とまた協力していこうなどとは考えないだろう。

 貴重な「脱出持ち」という切り札を失うことになってしまう。

 

 借り物の術符を悩みながらも取り出したのは、ポンパが地上に戻っている可能性を考え、確認すべきだと思うから。

 ノーアンがそう話すと、ファリンは理解を示してくれたが、戦士の二人は不満を感じているようだった。

 

「本当にいけると思うのか。あと十四層もあるってのに」

 スカウトもまた不満を感じている。今回の「藍」の道で起きた、さまざまな下らないぶつかりあいに。

「俺はこんな探索で死にたくない」

 こう呟いた途端、灯りが消えた。スイッチは近くにあるが、把握しているのはノーアンだけだ。


「……わかったよ。確かに、無謀だな」

「術符を使ってくれ、ノーアン」


 二人が意見を変えたのは、単に暗闇を恐れただけなのかもしれない。

 けれど、決断はできた。

 術符については正直に謝りに行こうと考え、貯めている金がいくらくらい残っていたか思い出しながら、ノーアンは闇に浮かび上がる金色の文字を読み上げていった。


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