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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
26_A Downright Lie 〈旅のはじまり〉

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119/244

114 紹介状を携えて

 いつもより少しだけ豪華な夕食で仲間の帰りを祝った次の日、若者たちは朝から準備をして探索へ向かった。

 フェリクスが去ってからよく通うようになった「藍」へ向かって、新たな「五人組」としての活動を始めようという考えだ。


 できれば鹿を倒したいが、久しぶりの探索だから、ギアノに渡す肉が採れればそれでいい。

 そんな目標を設定して迷宮へ入ったが、どうやらフェリクスの探索者としてのレベルはまったく落ちていなかったようだ。

 もともと静かな青年は、無駄なおしゃべりをせず、ひたむきに剣を振るって仲間たちを導いている。


「やるね、フェリクス」

 六層の泉も楽に通り過ぎて、早いうちに八層目にたどり着いている。

 前で戦うのがティーオとカミルだけではなくなったからか、戦闘はスムーズに進んだし、剥ぎ取りのスピードも速かった。

「カッカー様のもとで暮らしている間に、いろんな人の手伝いをしたんだ」

 コルフの誉め言葉に、フェリクスはこう返した。

 八層へ降りてきたところで立ち止まり、休憩を取りながら若者たちは言葉を交わしている。


「赤ん坊の世話は難しくて、俺にはできなかったんだ。だけど世話になりっぱなしというのも気が咎めたし、働いていると気が紛れたから」

 悲しみに沈み、涙に暮れていても許してもらえたとは思う。

 だが、いつかは立ち上がらなければいけないのだからと、リーチェとビアーナの世話をし、ヴァージを手伝い、声をかけてくれた村の人たちと交流を重ねていった。

「世の中には本当にいろんな仕事があるんだよな。迷宮都市で暮らしているうちに忘れてしまっていたけれど、昔は俺もあんな暮らしの中にいたことを思い出したんだ」


 村の外に広がる一面の畑や、丘の上に家畜が集まる光景が懐かしかった。

 子供たちは教会へ集まり、文字の読み書きを教わっている。

 男の子はどこかで見つけた長い木の棒を振りまわし、女の子は花で作った冠を頭にのせて微笑んでいる。

 小さな森の中では木の実を拾ったり、隣の町から商人がやってきて買い物をしたり。

 猪が出れば猟師の出番で、罠を用意したり、大勢で追い込んだりする手伝いもした。

「手伝ったお陰かな、剥ぎ取りが少し上達したよ」

「そいつはいいねえ」

「たぶん、料理もうまくなったと思う」

 メーレスの世話は難しかったから、頼んだ分、その他のことに励んだ。

 ギアノがなんでもできるようになった理由がよくわかるような日々だったとフェリクスは思う。


 まだ戻って来たばかりだからという理由で、この日は早めに迷宮から戻った。

 鹿には出会えなかったが、仕方がない。

 フェリクスの調子が悪くないとわかり、良い状態の肉や皮が獲れて、四人はすっかり安心したようだった。

 カミルとコルフは上機嫌でギアノのもとへ肉を届けており、その姿は大勢の屋敷の若者たちに目撃されている。

 なので次の日の朝、まだやって来たばかりの初心者たちが、朝食をとる五人組のもとへやってきていた。


 フェリクスたちの部屋に滞在し始めたという、クレイとフレス。

 昨日の夜初めて会って、ティーオが紹介をしてくれた。

 彼らは別々にやって来たが、一日違いで屋敷で暮らし始めたのだという。

 クレイもフレスもまだ十四歳で、のんびりとした田舎の村から出てきたらしい。


「カミルさんたちが一番ちゃんとしてるって聞いて」

 何回か「橙」に通って慣れて来たので、いわゆる「五人組」のような体験をさせてもらえないだろうか。

 新入りたちは先輩パーティへそうお願いをしてきたが、カミルの表情は冴えない。コルフも同じだ。

「そう言われてもね」

「お願いできませんか」

 下手に正体のわからない初心者を入れて、すがられ続けることになっても困ってしまう。

 クレイもフレスも大人しそうな外見をしているが、どんな性格なのかはまだわかっていない。

 見た目と本性が一致しているとは限らないので、手を差し伸べたいのはやまやまだが、というのがカミルたちの嘘偽らざる気持ちだった。

「フェリクスが帰って来たばかりだから、五人で行動したいんだ」

 カミルはこう言って、初心者たちをまっすぐに見つめた。

 言葉を濁さないのはカミルのいいところでもあり、冷たいと思われてしまう原因にもなっている。

「慣れない者には手を差し伸べるって聞いているんですけど」

「そうできる者はって話だよ。随分買ってくれてるみたいだけど、僕たちもまだ所詮は初心者でしかないから。余裕なんかないよ」

「スカウトも魔術師も神官もいるなんて、他にそんな人たちはいないじゃないですか」

 クレイはじめっとした口調で文句を言い、フレスは一歩後ずさっている。

 確かに、スカウト、魔術師、神官の揃っている初心者のグループなど、なかなか存在しない。

 神官についてはどこかの神殿で修行をしていた者がいるかどうかだが、最初からスカウトか魔術師の技術を持っている者など、滅多にいない。


「へえ、あんたらが一番ちゃんとしてるって?」

 そう言って二人の初心者たちの向こうから現れたのは、一番の新入りであるフォールードだった。

 名前がわかるのはフェリクスだけで、他の四人とは初対面のようだ。

「君って、昨日来た?」

「一昨日だな、来たのは。フォールード。フォールード・ナズだ」

 クレイを押しのけ、更にフレスの肩を掴んで追いやって、フォールードは五人の前へ進み出て来た。

「腕っぷしには自信がある。そこの二人よりは絶対に役に立つ。剣の練習をしてきたから、すぐに活躍できる」


 フォールードは背後に追いやった二人へ勢いよく振り返ると、目だけでなにか伝えたようだ。

 クレイとフレスはすごすごと下がっていって、今日ともに探索へ行ける誰かを求めて去って行く。


「随分自信があるみたいだね」

「喧嘩なら誰にも負けなかったからな。そんな俺が、剣を習ったんだ。無敵になるに決まってる」

「喧嘩するような奴は入れたくないなあ」

「待ってくれ、はは、悪い癖が出ちまったな。喧嘩なんて、昔の話なんだよ」

 あっさりと諦めて去って行った十四歳たちとは違って、確かにフォールードは体格が良かった。

 背が高く、腕も足も太いし、目つきも鋭い。油断とは縁遠い姿といっていいだろう。

「昔の話ねえ」

 呆れた表情を浮かべるカミルの隣にはティーオが座っていたのだが、フォールードは先輩戦士の肩を掴むと、すいませんねえと言って立たせ、かわりに勢いよく腰かけてしまった。

「悪ガキだったんだ、俺は。喧嘩ばっかりしていたし、あちこちからしょっちゅう食べ物を盗んで食ってた。いたずらも随分して、大人たちを困らせてたんだけど」


 席を奪われたティーオは立ったまま、強引な新入りの様子を見つめている。

 カミルは目の前まで迫られて、珍しく勢いに押されているようだ。


「だけどすっかり改心したんだ!」


 元悪ガキのフォールードは、胸の辺りから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げてみせた。

 美しく流れるような筆致が見えて、コルフが代表して手に取り、目を通していく。


「これ、カッカー様宛の手紙じゃないか」

「そうさ」

「読んでもいいものなの?」

「もちろん。どうぞ」

「親愛なるカッカー、久しぶりの便りになってしまったことを許してください……」


 長い間会っていないこと、迷宮都市での日々を懐かしく思うこと、元気で暮らしていること、今いる街で、子供たちにいろいろと教えていること。

 そんな近況のあとに、フォールードについて書かれていた。やんちゃで元気が過ぎるところがあるが、神の教えに触れて心を入れ替え、剣を習い始めて強くなりたいと願うようになったと。

 迷宮探索に興味を抱くようになってしまい、止めたが諦めきれないようなので、カッカーの屋敷で少しの間世話をしてもらえないか、と書かれているらしい。

 

「紹介状? カッカー様に頼めるなんて、誰からの手紙なんだ、コルフ」

「おおおお……」

 カミルの問いにコルフが妙な声をあげてしまったのは、手紙の最後に意外な名前が並んでいたからだった。

「エルチュール・トゥレスって、あの流水の神官チュールのことだよね?」

「ははは。さすがだな、チュール様は。こんな遠い町の若造にも名前を知られてる!」

「それに、アーク・ギルディンって。騎士のアーク? カッカー様の仲間だった」

「アークのおっさんも有名なのか。ホラ吹きやがってと思ってたけど、本当だったんだな」


 驚くコルフに対して、フォールードの反応は軽い。

 本当なのかとカミルから問われて、新入りは当たり前だとふんぞり返っている。


「あの管理人がちゃんとカッカーっておっさんに確認したからな」

「おい、おっさんなんて言うなよ。世話になってるくせに」

「だっていないじゃないか。もう出ていったんだろう?」

「出ていったけど、この屋敷はカッカー様のものだよ。初心者たちの手助けをしたいって、無償で貸してくれているんだから」


 カミルに注意されると、フォールードははっとしたように「すいませんでした」と謝ってみせた。

 誠意に欠ける言い方だが、神妙な表情をしており、五人の様子を窺おうと視線を彷徨わせている。


「カッカー様の仲間だった、流水の神官チュールと、騎士アークの知り合いってこと?」

「はい。俺、あんまり言うことを聞かないからって隣町の神殿に預けられたんです。そこにチュール様がいて、すっかり世話になりました」

「騎士のアークは?」

「アークのおっさんは、チュール様と一緒に暮らしてて」

「へえ、そうなんだ……?」

 コルフはこう呟いて、首を傾げている。そんな先輩へ、フォールードは馴れ馴れしくこう答えた。

「俺はアークのおっさんの気持ち、わかりますよ。チュール様は本当に清らかで美しい人なんで」

 誰もそんな話は聞いていないとカミルが一度止めたが、聞こえなかったようでフォールードはチュールの美しさをしばらく褒めたたえ続けた。


 クレイとフレスの姿はもう見えない。誰かいい指導者が見つかるといいとフェリクスは思っている。

 中途半端だった朝食を食べながら、みんなどうしたものかと考えているのだろう。

 やって来たばかりのフォールードについて、誰もなにも知らない。

 だが神官からの紹介状を持たされたのなら、そこまで悪い男ではないのだろう。

 カッカーと組んでいた剣の使い手アークに手ほどきを受けたのなら、見込みはあると考えても良いのかもしれなかった。


「ねえ、みんな」

 妙な空気の中、切り出したのはティーオだった。

「どうしたの、ティーオ」

 アダルツォが反応し、全員の視線がフォールードから離れる。

「あのさ……。あの、俺、今日はちょっとやりたいことがあって」

 ティーオはまず、ごめんと謝り、こう続けた。

「だから、フォールードを入れて五人で行ってみたらどうだろう」

「え?」

「いや、俺たちも世話になったじゃないか。いろんな人にさ。なんだか結構やれそうだし、たまには先輩らしいことをするのも良いんじゃないかって思って」

 突然の言葉に、フォールードだけがぱっと笑顔を浮かべている。

 ご機嫌な顔でティーオのもとへ向かって、背後に立つと肩をバンバンと叩いて感謝の言葉をぶつけた。

「ありがてえ、ああ、ありがてえ! 話のわかるやつっていうのは本当にいいよなあ。頼むぜ、見込みのある探索者さんたちよ!」

「まだいいなんて言ってないけど」

「いいじゃないか。五人で行くんだろう、探索っていうのは。準備しなきゃいけないな! まずは飯だ!」


 四人の了承などお構いなしのようで、フォールードは厨房へ向かって走り去っていってしまった。

 あっけにとられている間にティーオは食事を急いで終えたようで、それじゃああとで、とこちらも去って行ってしまった。


「なんだいティーオは……。いきなり、なんの用があるのかな」

「また好きな子でもできたのかも」

 カミルとコルフのぼやきに、フェリクスは妙に納得させられている。

「またそんな相手が現れたのか?」

「いや、聞いてないけどね」

「マティルデの時みたいに、うきうきした感じじゃあないけど」

 ティーオなら、ありえる。

 アダルツォはそんな過去があったのかと驚いたが、納得はいったらしく、それならば仕方ないと呟いていた。

「ちゃんと理由があるなら、そのうち話してくれるだろう」

「そうだね。今日のうちにフラれてしょんぼり帰ってくるかもしれないもんな」

 四人が揃って小さく笑っていると、フォールードが皿を片手に戻ってきて、アダルツォの隣に座った。

 皿にはさまざまな料理がぎゅうぎゅうに詰められており、新入りは勢いよくそれをかきこんでいる。

「ちょっと待っててくれ、すぐに食うから」

「あんまり急いで食べない方がいい。体に良くないから」

 穏やかなアダルツォの胸には、神官のしるしが下がっている。

 流水のものではないが、神に仕える人間のものだと思ったのだろう。

 フォールードは神官を拝むように頭を下げ、手を動かすスピードを少し落とした。


「ティーオがああ言ったし、今日は一緒に行ってみるか」

 カミルがこう呟き、コルフも頷いている。

 フォールードはニヤリと笑いながら食事を続けていたが、隣に座る神官を見て、なにか思いついたようだ。

「あの小さい女の子と、神官さん、なんか関係があるんすか」

「俺に聞いてる?」

 新入りが素直に頷き、アダルツォはしばらく首を傾げていたが、なんの話か理解できたようだ。

「アデルのことか。小さい女の子って……。まあ、小さいけれど」

「あの子も神官だって、フェリクスが」

「ああ、そうだよ。俺たちは兄妹なんだ。フォールード、そういえば君は何歳?」

「十六」

「アデルは年上だよ。つまり俺はもっと上。小さいけどね」

「はは、すいません」


 フォールードの受け答えはとにかく軽い。そして明るい。勢いがあるのはいいが、慢心は危険のもとだ。

 新入りの準備を待ちながら、四人はどこへ向かうのがいいか考えていた。

 「橙」に行くには、時間が遅い。混みあっていて、実力を見る為には六層よりも下へ行かなければならない。

 「緑」も同様に混んでいる。「橙」ではやりにくいと気が付いた連中が多くいて、最近は似たような混み具合だった。


「『藍』にするか。四層からはちょっと難しいけど、しょっちゅう行ってるし、そう困りはしないだろう」

「そうだな、地形も随分覚えたから」

 フェリクスも昨日行ったし、いいだろうと確認をされる。

「俺は構わないけど、フォールードは本当に初めてなんだろう? いきなり『藍』で平気かな」

 三人が答える前に、噂の主が現れていた。ほとんど初対面の先輩たちに臆する様子は一切なくて、フォールードは馴れ馴れしくカミルとコルフの肩に手をかけて笑っている。

「難しいのか、そこ。みんな初めてはどこに行ったんだ」


 三人は「橙」だと答えた。

 口を噤んだフェリクスに、新入りはすぐに気が付いて問いかける。

「フェリクスは?」

「俺は、ちょっとアクシデントがあって」


 「橙」と間違えて、「黄」に入った。

 騙されたという事情は隠して、淡々と説明していく。


「へえ、みんないろいろなんだな。俺はなんだって平気だ。アークのおっさんに随分しごかれたからな」

「おっさんなんて言うなよ」

「おっさんはおっさんだろう。四十を過ぎた口うるさい剣使いだよ、俺にとっては」


 こうして「藍」へ向かうことが決まり、五人はカッカーの屋敷からそう遠くない迷宮へと向かった。

 長い探索はしないからと、保存食の買い足しなどはしない。

 新入りにはアダルツォが少し分けてやると言い、フォールードは親切を受け入れている。


 身に着ける鎧は借り物だが、剣は自分のものを持ってきているようだ。

 フェリクスの使っているものよりも、長く重たそうな剣。

 

 ずっと持ち歩くのだから、あまり重たいものは選ばない方が良い。

 ウィルフレドに言われて、フェリクスはこれまで軽めの剣を選んで使ってきた。


 初めての迷宮、暗い戦いの道をどう感じるだろう。

 フェリクスだけではなく、他の三人もフォールードがどうなるのか、不安半分、期待が半分の状態だと思う。

 恐れ戦いて途中で音を上げた皿の神官のように、もう嫌だ、帰りたいと言い出しても仕方がない。

 けれどあれだけ大口を叩いているのだから、多少はできてほしいと願ってしまう。


「ただの穴じゃないか」

「下りたところに入り口があるんだよ」

「へえ。……考えてみれば、そりゃあそうだな。街中にあるわけないか」


 今日の「藍」の入り口には人が見当たらず、五人は穴の底へ降りると、すぐに扉を開いた。

 黒ほどの禍々しさはないが、藍色の迷宮の中は暗い。


「暗いのに、姿は見えるんだな」

 初めて入った者が必ず口にするセリフを、フォールードも呟いている。

「どうして見えるんだ」

「そういう風になっているからだと思う」

「そういう風に……。どうやって?」

「作った魔術師がいれば、聞くこともできるんだろうけどね」


 魔術師ならば理屈がわかるわけではないので、コルフはこれ以上の説明ができない。

 フォールードはなるほどと呟き、自分は剣を扱うからと前列へ進み出ていた。


「敵が出て来た時、主に戦いを請け負うのは君とフェリクスだよ」

「わかってるよ。あんたはスカウトって奴なんだろう。地図とか罠の担当だよな」

「そう。必要なら戦いもする。狭いところでやりあうから、剣を振る時には気をつけて」

「任せておけ」


 カミルに先導されて迷宮を進んでいくと、二層目の終わりで初めて魔法生物と遭遇することになった。

 戦いはまだかとぶつくさ言い続けていたフォールードは、迷宮兎の登場に口笛を吹いて歓迎している。

 調子にのって、と四人は思った。だが、大口を叩くだけのことはあったようだ。

 昨日来たばかりの新入りは初めて出会った魔法生物に怯むどころか、まったく無駄のない剣の一撃で勝利を飾っていた。

 勝負は一瞬でついたし、いわゆる「最も良い倒し方」ができている。

 すぐにやってきた新手も、流れるような動きで次々に仕留めていった。

 フェリクスもカミルも驚いて言葉が出てこなかったが、アダルツォは新入りを的確な言葉で褒めた。


「初めてとは思えない。すごいな」

「はは、そうだろうそうだろう」


 剣の師匠である、アークのおっさんのお陰だ、とフォールードは言う。

 周囲を見渡し、耳を澄ませて更なる襲撃がないと考えたのか、通路の端に死骸を追いやり、しゃがみこんで解体まで始めている。

 四人はしばらく新入りの仕事ぶりを見ていたが、皮を剥ぐのも、肉を捌くのも驚くほどうまかった。

 大抵の初心者たちが、そんな真似はしたくないといって目を逸らすことなのに。フォールードは大きなナイフを器用に扱って、すいすいと仕事を進めていっている。


「これ、包むものはあんのか?」

「ああ、ある。用意してある」


 フェリクスとアダルツォが持ち帰る為の用意をすすめて、初勝利、初採集が終わった。

 カミルとコルフは言葉ではなく目で会話をしているが、なにを考えているのかフェリクスにはわかった。

 ティーオよりもずいぶん使えるじゃないか、だろう。


 フォールードの快進撃は、その後も順調に続いていった。

 敵に気付くのも早い、足腰が強く、体がぶれない。これが正式に剣を学んだ者の動きなのかと、フェリクスは感心している。

 四十すぎの中年だというが、かつては探索者として名を馳せた元は騎士であった人から学んだのだから。

 我流でやってきた自分との差は大きく、フェリクスの中には焦りが募っていく。


 探索の中で最も不要なものは、焦りと諦めのふたつ。カッカーは初心者たちに、最初にこう伝えている。

 まったくその通りだとフェリクスは思った。焦ってもいいことはない。剣は当たらないし、攻撃を外した間抜けには反撃が加えられる。兎や鼠の鋭い歯で噛みつかれると、とてつもなく痛いし、服も破れる。

 アダルツォに手当をしてもらいながら反省をして、フェリクスは心を落ち着け、探索を続けていった。


 フォールードは体が柔軟なようで、戦いの中で時々ありえない動きをしてみせた。

 空中でくるりと回って攻撃を避けたり、壁を蹴って遠くへ着地したり。

 罠があるかもとカミルが慌てて声をかけると、フォールードは次の瞬間から無茶な移動をするのを止めた。

 人の言葉によく耳を傾けるし、察しも良いらしい。お調子者だと思っていたのに、迷宮の中の振る舞いを少しずつ的確に改めていっているようで、最後にはもう注意することはなくなっていた。


 進めても六層までと思っていた探索は長くなり、八層目。

 よほどめぐり合わせの良い日のようで、通路の先に迷宮牡鹿が現れていた。

 大きな体に長い角を持った鹿には、勝手がわからなかったのかフォールードの剣は少し鈍っている。

 コルフが氷のつぶてを飛ばし、カミルは小型のナイフを投げる。隙をついてフェリクスが前へ出て動きを牽制すると、鹿はどちらへ走るか一瞬迷いを見せた。それを見逃さず、フォールードが剣を繰り出す。長い首を狙って突き出し、傷を負わせる。フェリクスは細い脚を狙い、四人で一斉に攻撃を仕掛けて見事に大物を仕留めていた。


「鹿まで倒せるとはね」

 カミルは満足げに笑って、フォールードの背中を叩いている。

「あんな風に協力し合うんだな。あんたら、さすがじゃないか。屋敷で一番見込みがあるっていうのは本当らしい」

 

 新人の言葉はとてつもなく偉そうだったが、誰も文句を言わなかった。

 見込みがあるのは、フォールードも同じだから。

 クレイとフレスを追いやってくれて良かったし、ティーオに用事があって幸運だった。

 高額で売れる角を回収し、肉も余すところなく採取して。あとは無事に帰るだけ。


 誰かの見事な活躍は、周囲に良い影響を与える。だから、腕の良い仲間を見出し、共に歩いていくと良い。

 そんなことができるのかと思っていたカッカーの言葉に、しみじみと感じ入る帰り道だった。

 五人は無事に地上へ戻り、この日の成果を現金に換えた。

 角は薬の業者へ、皮は加工業者へ、肉は頼りになる管理人へ。

 報酬は五等分だが、この日は二シュレール余った。


「これは良い働きをした、フォールードのものだ」

 フェリクスの決定に、誰も反対しない。

「いいのか?」

 フォールードは嬉しそうに笑みを浮かべて、初めての報酬を受け取っている。 


 屋敷の食堂の隅で、五人は上機嫌で過ごしていた。

 ティーオはどこへ行っているのか姿はなく、濃密な探索をした新米たちはすっかり腹ペコだったので、そのまま食事をしようと決めて用意を進めている。

 せめてここで役に立とうと、フェリクスは厨房へ向かって調理をしていった。

 長い農村暮らしの中で学んだ新しい料理を作り、自分たちのための残しておいた鹿肉も焼いていく。

 アダルツォが積極的に手伝ってくれて、いつもより少し豪華な食事が完成していた。

「おお、旨そうだな」

「鹿肉のステーキなんて、結構な贅沢だよねえ」

 料理の評判は上々で、五人は満腹ですっかり気分を良くしていた。

 

「フォールード、初めての探索はどうだった?」

「びっくりしたよ。迷宮ってのは随分妙なところなんだな。アークのおっさんは大袈裟に言っていると思ってたんだが、そうじゃなかった」

「余裕で歩いていたじゃないか」

「いや、そうでもないんだ」


 ここでフォールードは、四人それぞれに「ありがとう」と言い始めた。

 アダルツォには傷を癒してくれたことを。カミルには道案内と罠の解除をしてくれたことを。コルフには、魔術の頼もしさについて感謝し、フェリクスには連携して動いてくれたと頭を下げている。


「ナメられるわけにはいかねえと思っていたんだよ。だけど、一人で進めるような場所じゃないってわかった。ちゃんとした仲間がいた方がいいってな。生意気な態度を取ったのに、一緒に行ってくれて感謝してる」

「うわ、すごくマトモだ」

「マトモな方がいいんだろ? チュール様に言われたからな。相手に敬意を持つようにって」

「敬意があったら舐められるなんて考えないと思うけどね」

「うるせえな、仕方がないだろう。俺も頑張って改めてる最中なんだよ」

 正直な告白に、カミルとコルフが笑っている。アダルツォと目があって、フェリクスも一緒に吹き出している。


 まだ生意気な軽口を叩くかもしれないとフォールードは言う。

 そう認めた上で、「よろしく頼む」と四人に向けてニヤリと笑った。

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