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12 Gates City  作者: 澤群キョウ
22_A little Reflection 〈夢やぶれて〉

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102 業者の助力

 寂しさ、悔しさ、情けなさ。

 それに加えて喉の渇き、空腹にも気が付き、ガデンの意識が遠くなっていく。

 

 今朝は気が引けて、いつものように食べれなかったから。

 あんなに慕ってくれていたはずの少年たちが、無言のままそっと離れていってしまって、とても辛かったし。


 迷宮入口の穴のそばでぐったりと項垂れていると、急に大きな声が聞こえてきて、ガデンは思わず顔をあげた。


「今日はしこたま草を採ってやるぞお! 任せろ任せろ、得意なんだから」


 甲高い声が近づいてくる。

 どうやら薬草の業者たちのようで、男ばかり四人の姿が見えた。

 そのうちの一人がやたらと背が高い。背は高いが、随分ひょろりとしていて頼りない。

 赤茶色の髪がぼさぼさと伸びて、歩いたり笑ったりするたびに揺れていた。

 軽口を叩いては連れから笑われ、ぽりぽりと頭を掻いている。


「馬鹿なことばかり言ってないで、支度ができているか確認するぞ」


 他の業者から出遅れている、とリーダーらしき男が言って、四人組の業者は装備の確認をし始めていた。

 確認自体はしているようだが、その間もおしゃべりは続いている。その度に注意されては黙るが、長い時間我慢はできないようだ。


「メハルの手袋、そういや穴は塞いだのか?」

「塞いだって言ったろ」

「本当かなあ。裁縫は苦手だからな、メハルは。いっつも俺に押し付ける」

「ちゃんと押し付けたから、穴は塞がっているよ」

「ああ、そうかあ!」

「オーリー、ちょっとは黙ってろ!」


 赤茶髪のひょろ長のせいか、この業者だけは雰囲気が違う。

 リーダーはぷんぷんと怒り、似た顔のもう一人は笑いをこらえている。

 メハルと呼ばれている男は小柄で、目がくりくりとして大きく、まだ少年といってよさそうな若々しさ。

 ひょろ長のオーリーは何度言われてもぺらぺらしゃべって、注意されても懲りないようだ。


 ガデンはよろよろと立ち上がると、一風変わった四人の業者に近づいていった。

 小柄なメハルが急に近寄ってきた不審な男に気が付き、声をかけてくる。


「なんだい、あんた。なにか用かい?」

「ああ、俺はガデン。『緑』で落とし物をしてしまったんだ」


 雰囲気がどうであろうと、彼らはこれから「緑」で採集をする業者に違いない。


「俺も連れていってくれないか。大切なものを落としてしまったんだ。俺の母の、大切な……」


 おなかがすいて力が出ないし、喉がからからで声も掠れている。

 ガデンの哀れさはここに極まり、まだ名前のわからない男がひどく気の毒そうな顔をして、こう問いかけて来た。


「形見なのか? どうしてそんな大事なモンを迷宮に持って入ったんだ」

「ミンゲ、こんなに落ち込んでるヤツをいきなり責めるんじゃねえ」

 リーダーらしき男が容赦なく蹴りを繰り出し、ミンゲは腹を抑えてよろめく。

「いちいちミンゲを蹴ったら駄目だよ、ルンゲさん」

 メハルの呟きに、リーダーらしきルンゲは肩をすくめている。


 四人の業者たちは見た目も性格もそれぞれにずいぶん違うようだが、みんな人は好いらしく、からからに乾いたひとりぼっちの探索者を随分気の毒に思ってくれたようだ。

 久しぶりに触れた優しさについ、ガデンは涙をこぼしてしまう。

 その涙にまた同情をしたらしく、オーリーとメハル、ミンゲはこそこそと話し合い、ルンゲへ連れていってやれないかと提案を始めていた。


「そうは言ってもなあ」

「ルンゲさん、人に親切にすると、神様が見てるって裏のモン爺がよく言っていたよ。必ず少し多めにして返してくれるんだと」


 おしゃべりなオーリーからこんな素朴な言葉を投げられて、ルンゲは腕組みをして唸っている。


「なあ、あんた。俺たちはミッシュ商会のモンで、これから薬草の採集のために八層まで降りるんだ。あんたが落とし物をしたのが八層までのどこかだっていうんなら、少し探し物をしても構わねえぞ」

「え?」

「探索者なら、『緑』(ここ)には入ったことくらいあるんだろ?」

「落とし物したんだから、入ったことがあるに決まってる」

「うるせえぞ、ミンゲ!」


 茶々を入れたミンゲをまた蹴って、短気なルンゲはメハルに諫められている。


「あの、いいのか、一緒に行っても」

「仕方ねえ、母親の形見なんだから。どこで落としたか見当はついてんのかい」


 母は死んでいないので形見ではないのだが、ガデンにとっては形見にも等しい、大切なものではある。

 なので黙って頷くしかない。

 神妙な態度のガデンに、ルンゲは重々しく頷いている。


「ただなあ、落とし物が見つかるとは限らねえから。いつなくしたんだ?」

「二日前だと思う。多分、三層目あたりで」

「二日かあ。もしかしたらもうないかもしれねえな」


 ルンゲはそう呟いたものの、探しもしないで諦めるのは嫌だろう、と言ってくれた。

 ミッシュ商会の従業員たちは優しい。

 次から薬の類を買う時にはミッシュ商会のものにしようと決めて、ガデンは四人に順番に礼を言っていった。


「あんた、喉が渇いてるんじゃないか。ほら」

 ひょろ長のオーリーが水袋を差しだし、ガデンが喉を潤す様をにこにこと微笑みながら見つめてくる。

「本当にありがとう。名乗るのが遅くなった。俺の名前はガデンだ。ガデン・アンスク」

「俺はルンゲ。こいつがミンゲ、ちっこいのがメハル、長いのがオーリーだ」


 短気なリーダーは全員を勢いよく紹介して、予備の短剣をガデンに貸してくれた。

 手袋や口元を覆う布にも余分があるらしく、それらを差し出して身に着けるように言う。


「普通の探索と薬草の採集は違うからな。俺たちは薬草がたくさん生えているところに留まる。ただの通路とは違って、具合が悪くなることがあるんだ。だからあまり肌は出さない。見えないモンが飛んでいるから、吸い込まないように口元も覆う」


 「緑」は地図の完成した迷宮なので、探索者は群生地帯に足を踏み入れることはない。

 もちろん地図を持っていなければ迷うし、見方が間違っていれば足を踏み入れてしまうこともあるだろう。

 けれどやはり、滅多に群生地帯に迷いこむことはない。薬草が大量に生えているところは大抵が行き止まりだからだ。先に通路がないとわかれば、探索者たちはすぐに引き返す。毒草かもしれない草が生えている場所で一休みをするような馬鹿も、おそらくはいない。


 いまだ知らない迷宮の秘密のひとつを知り、ガデンはこくこくと頷いている。

 借りた装備品を身に着けながら、浮かんできた疑問を口に出していく。


「業者ってのはどうして鎧を身に着けないんだ」

「俺たちは地下のバケモンたちとは戦わないんでね」


 短剣は念のために持っているだけとルンゲは言う。

 剣以外にも刃物の用意があるようだが、それらは皮剥ぎの時に使うものらしい。


「業者には業者のやり方ってのがあるんだ。ガデン、俺たちが潜るのは俺たちの仕事の為だからな。指示には必ず従ってくれよ」

「わかった」

「他に頼れる奴がいなかったんだよな?」

「そうなんだ。情けない話だけど」

「仕方ねえ、そんな時もあるだろう。今日は手を貸してやるさ。だがよ、頼めば一緒に来てくれるなんて絶対に言いふらすなよ。特別の特別ってやつなんだからな」

「ああ、約束する。本当にありがとう」


 ルンゲは一行のリーダーのようだが、ガデンよりも年下のように見えた。

 けれど視線は鋭く、口うるさく仲間たちにあれこれと注意をしている。

 やかましいと思えるほどにあれこれと細かく口を出しているようだが、服の隙間を埋めるのも、手袋に穴が開いていないか調べるのも、すべて従業員たちの身を守るためなのだろう。


 順番がやってきて、五人で「緑」の中へ足を踏み入れる。

 前を歩くのはルンゲとミンゲの二人。

 ガデンはひょろ長いオーリー、小柄なメハルと並んで後列に入っている。


「最初の採集は四層目の群生地帯だ。おいガデン、お前が落とし物をしたのは三層目だな? どのあたりか覚えているか」

「はっきりとはわからないが、とにかく下へ降りる最短のルートを歩いたから」

「それじゃあ、とにかく下に向かうか。ここだと思う場所についたら教えてくれ。ちょっとくらいは手伝ってやるよ」


 ぶっきらぼうだが、ルンゲは面倒見のいい男のようだ。

 迷宮の中で気をつけるべき事柄を発見するたびに振り返り、仲間に声をかけている。

「しばらく棘が続くぞ。足元に気をつけろ」

 部下の三人は揃って「あいよ」と返すと決まっているようだ。

「転ぶなよ」

「あいよー」


 ガデンが二日前に久々にした探索と、業者たちの歩き方は確かに違った。

 戦利品が欲しい探索者たちは、倒せる敵がいれば戦おうとする。

 業者たちは、避けられる戦いは絶対に避ける。鼠や兎の影に気付くと小さな棒状のものを取り出し、分かれ道の先に投げた。すると鼠も兎も、曲がり角に来ると方向を変えて、ガデンたちを襲うことはなかった。


「なあ、なにを投げてるんだ?」

 どうしても気になって問いかけると、ルンゲは鼻に皺を寄せて応えなかったが、ミンゲは笑顔で教えてくれた。

「鼠には鼠用の、兎には兎用の気になる匂いがあるんだ」

「あの棒みたいなものは、その匂いがするのか」

「そうさ。一匹か二匹くらいならそれで気を逸らせる」

「便利なものがあるんだな」

「あれが効くのは兎まで。初心者ならみんな一生懸命倒すだろ。探索者にはいらねえモンだよ」


 犬や、鹿、熊などに同様の効果がある道具はまだ完成していないらしい。

 

「じゃあ、犬が出て来たらどうするんだ」

「また別なモンがあるのさ。危ねえから、使う時にはちゃんと言われた通りにするんだぞ」


 業者は魔法生物とは戦わない。

 なるほどとガデンは思ったが、ルンゲとミンゲの動きには隙がなく、戦いもできそうだと感じていた。


「元は探索者だったりとか?」

「余計なおしゃべりはおしまいだ。足音が聞こえなくなっちまう」


 ルンゲの言葉に、ガデンもミンゲも黙る。

 後ろでオーリーが笑い、メハルが腰のあたりを叩く音が響いた。


「蔦が途切れる。敵が変わるぞ」

「あいよー!」


 通路に蔦が這いまわるところには、蛇が隠れていることが多い。

 床がむき出しになれば、獣型の魔法生物と遭遇しやすくなる。


 ミンゲは耳がいいらしく、誰よりも早く通路の先に敵が現れることに気が付いていた。

 ミンゲが気付くとルンゲがすぐに準備をして、敵に合わせた撃退用の道具を投げつけ、戦闘を避けている。


 集団で敵が現れると業者の便利道具だけでは対処が難しいようで、ルンゲは剣を抜き、振るって戦った。

 ガデンも短剣を用意したものの、ルンゲは腕が良いようで出番が回ってくることはなかった。

 鮮やかに二頭の犬が倒されて、後始末はミンゲが担当するようだ。

 どこの部分かはわからないが、体を裂いて内臓を取り出し、葉っぱにくるんでしまい込んでいく。


「たぶん、この辺りだと思う」


 業者と共に三層目を歩いていくうちに、何度も転んで迷惑をかけたであろう場所にたどり着いた。と、ガデンは思った。

 上り、下り、どちらの階段からも距離はあったはず。

 飲み水の湧く泉を過ぎて、しばらく進んだ先。曲がり角がいくつかあってきょろきょろしているうちに蔦に足を取られてしまった。そんな記憶に合致しているような気がして、声をあげた。


「メハル、あっちを見てろ。俺は向こう側を見張る。ミンゲ、オーリー、ちょっと見てやれ」


 リーダーの指示に従い、業者たちはそれぞれの役目通りに動く。

 目の良いミンゲは蔦の下からさまざまな細かな物を見つけ出しては、蔦のない場所に並べていった。

 けれど落ちていたのは布の切れ端だったり、食料らしきもののかけらばかりで、ガデンの母のペンダントは出てこない。


「本当にここか」

 ルンゲに問われ、ガデンは迷う。

「たぶん」

「また似たような場所があったら言え。ちょっとなら付き合ってやるから」


 迷宮の中には似たような景色の場所がいくつもあるから。

 ぶっきらぼうなルンゲの優しさに、ガデンは瞳を濡らしている。

「ありがとう、あんたらの親切に本当に感謝するよ」


 心から礼をしていた。

 ガデンは本当に感謝をしていたし、ペンダントをどうしても見つけたいと願っていた。

 なので三層目を歩いている間に、結局四か所、似たような景色のところで探し物をした。

 けれど「母の形見」は見つからなかった。

 見つからないまま、四層目の階段にたどり着いてしまった。


「残念だったな」


 ミンゲが肩に手をのせ、仕方がないさと囁いている。

 オーリーもひどく申し訳なさそうな声で、誰かが拾っているかもしれない、と呟いていた。

 メハルはいずれかの神に手早く祈り、リーダーであるルンゲは、ほんの少しだけ三層の終わりで待ってくれた。


「行くぞ」


 ミンゲの言う通り、仕方がない。

 迷宮で落とし物をして二日も経ったのだから、見つからない方が自然だと言えた。

 探索に必須でないのなら、大切なものは持ち込んではいけないのだ。


 協力者を見つけられず、ひとりでしょぼくれていたガデンに手を差し伸べてくれたのだから、四人に感謝して、約束通りにしなければならない。

 わかっているのだ、なにもかもが。

 けれどわかっていても、ガデンの心の底は煮え立っていた。

 

 不甲斐なさや寂しさもあるが、それを上回る悔しさが沸き上がってきて煮えている。


「くそっ、くそっ!」


 うららかな緑色の迷宮に呪いの言葉を吐きながら、業者のあとを着いていく。

 八層まで行って、戻る。草を摘んで、背負った籠をいっぱいにして、戻っていかなければならない。


「ガデン、落ち着け。気持ちを切り替えろ」


 ルンゲに諫められ、口を噤む。

 けれど心は簡単に鎮められず、嫌な思い出ばかりが蘇ってきて、ガデンの心を揺らした。


 母の思いのすべてがこめられた、世界でただ一つの宝物。

 息子を案じる母の祈りのすべてを、あんなどうしようもない探索で失ってしまうなんて。


「なんでだよ……」

 

 後悔が渦巻いて止まらない。もっと訓練をしておくべきだったし、探索に行くべきだった。

 それに、もっといい仲間を作っておけばよかった。

 ティーオがやって来た時のことを思いだす。

 目をキラキラさせて、カッカーに憧れてやって来たんだと話していた夕食の時間を。


 まだ十四歳で、田舎から出て来たばかりで、落ち着きがなくて。

 いろいろと教えてやろうと声をかけたが、黙って聞いていたのは初日だけ。

 二日目にしてもう、態度がそっけなかった。

 三日目からはあからさまに避けられるようになった。

 カッカーやヴァージに声をかけ、有名な探索者がなんらかの技術を教えに来た日には張り切って参加していた。

 あちこちに顔を出し、知り合ったばかりの誰かとの迷宮探索にいそしんでいた。

 小さな成功は収めていたが、同じくらいの失敗も重ねていた。

 心配して、声をかけてやっていたのに。

 大丈夫だから、と逃げていくばかりだった。


 いつの間にやらフェリクスと組み、ウィルフレドとも仲を深めているようだし、屋敷で最もいけすかない二人組であるカミルとコルフと行動するようになった。

 貴重な神官であるアデルミラとも、アダルツォともつるんでいる。

 最も偉大な探索者と将来呼ばれるようになるかもしれないキーレイとも、探索へ行ったと聞いた。

 この「緑」の、二十層近くまで。行って、人を探して、無事に戻って来たという。

 人を寄せ付けないことで有名な、無彩の魔術師とだって交流があるような話も聞いている。


 あんなひよっこたちにはできたのに。

 どうしてもう六年も暮らしている自分にはできないのか?


「くそっ!」

「おい、黙れ!」


 ルンゲが振り返り、ガデンの首元を掴む。

 

「見つからないモンは仕方ねえだろう! 集中しろ。後悔すんのは地上に戻ってからだ」


 通路の先から、見知らぬ五人組が現れ、すれ違う。

 まだまだ若くて希望にあふれた五人の少年が、ガデンへちらちらと視線を向けているのがわかって、恥ずかしくてたまらない。


「ちくしょう」

「おお? まだ言うのか」


 聞こえないように呟いたつもりが、ルンゲにはしっかりと聞こえていたようだ。

 業者のリーダーはよほど腹が立ったようで、哀れなガデンを鋭い目で睨みつけている。


「指示に従えない奴は連れていけねえ。貸したモンは店に届けろよ。ガデン、お前は一人で帰んな!」

「そんな。いや、……それはできない。すまなかった。もうやめる」

「命掛けで歩いてるんだぞ。指示には絶対に従え」


 

 リーダーを務めているルンゲは、見た目から、せいぜい十八か十九歳程度ではないかと思える。

 二人のやりとりの具合からして、ミンゲはルンゲの弟なのだろう。ならば十六か、十七か。

 メハルはまだ少年といっていいような様子だ。体つきは細く、探索者の足をしていない。十四、五といったところだろう。

 オーリーはわからない。ただ、そこまで年上のようには思えない。ガデンと同じ年頃なのかもしれない。


 ルンゲに怒られ、一人で帰るのは怖くてできなくて、業者の旅に同行している。

 いや、させてもらっている。

 そんな立場にいるくせに、ガデンはまだ腹の中で負の感情をこねくり回していた。


 ルンゲの鋭い瞳は、スカウトを目指すカミルとよく似ている。

 弟のミンゲの少しおっとりとした様子は、コルフに近い。

 メハルのくりくりとした瞳はティーオを思い出させるもので、ガデンは苛々していた。

 

 ガデンの話を役に立たないものだと流すほどの実力があるのだから、彼らこそが屋敷から出ていくべきだろう。

 初心者たちの為に、探索以外のことでは特に有用な話をしてやっている。

 迷宮都市での暮らし方を教え、屋敷で守るべきルールを説いている。

 いきなりやってきたギアノなんかよりも、長く暮らしているガデンの語るルールを守るべきなのに。

 

「なあ、あんたさあ、大丈夫かあ?」


 オーリーの細長い手が伸びてきたが、ガデンは払いのけ、けれどなんとか、罵る言葉だけはこらえた。

 背はウィルフレドくらい高いのに、オーリーの体はひょろひょろだ。

 こんな体つきでよく迷宮へ入る、とガデンは思う。

 話し方からして、頭が悪いのだろう。業者たちにいいように使われているだけなのかもしれない。


 勝手に同情をすることで、ようやくガデンの心は浮かび上がっていった。

 自分は決して同じようにはならないと心に誓い、ケチをつけられないよう、歩く速度を上げていく。

 

 ミッシュ商会の従業員たちに導かれて、落ちこぼれ探索者は初めて、薬草の群生地帯に足を踏み入れていた。

 通路を這いまわっていた蔦はなく、草原のようにひたすらに草が生い茂っている。

 つまらない田舎だと思っていた故郷の丘の上とよく似ているようにガデンは思った。

 家にいれば手伝いばかりを言いつけられるので、それが嫌で、よく丘の上に行っては同じ年頃の子供たちと遊びまわっていた。


 業者の装備は借りていたものの、薬草を入れる籠まではなかった。

 ガデンも薬草の採集を手伝い、メハルの籠に集めるように言われている。


 引っこ抜いては、籠にいれ。

 兄弟の誰かが熱を出した時、母は薬草を採りに行っていた。ガデンも付き合わされたことがあった。

 随分幼い頃の出来事で、すっかり忘れていたのに。


「ガデン、大地の女神さまに一緒にお願いするんだよ。ちゃんとお願いしたら、コーデンもすぐによくなるからねえ」


 薬を買ったり、医者にかかったりする余裕はなかった。

 父も朝から晩まで働いていたのに、どうしてあんなにも貧しかったのだろう。


「大丈夫さ、父さんはちゃんと働いているんだから。女神様はね、ちゃんと働いた分だけ、お恵みをくれるんだよ」


 そんなのは嘘だ、とガデンは思う。

 女神が寄越す恵みはたかが知れていて、そのせいで故郷を出ようと決めたのだから。


「ガデン、そんな風に言わないでおくれよ。お前の嫁だって今、父さんが探しているよ。気立ての良くて働き者のいい子が、お前のところにちゃーんと来るよ」


 いいや、来ない。

 村では一番の愛らしさだったミレットは、隣の村で一番大きな屋敷に住む男に嫁いでしまった。

 そのミレットも、迷宮都市にくればせいぜい中の下、程度だ。

 村の連中も、父も母も見にくればいい。あの伝説の探索者カッカー・パンラの仲間だった凄腕で、今は妻となったヴァージのことを。

 あの美貌、そしてあの体。誰よりも鋭く強いのに、子供に向ける眼差しは慈愛に満ちていて。

 

 あんなにも完璧な女性がいるとは思いもしなかった。

 屋敷に集う若者たちはみんな恋に落ちてしまう。カッカーの妻だと知っているから、おとなしく指をくわえて見ているだけで。


 ヴァージほどではなくても、美しい女性はたくさんいる。

 神殿には清らかな乙女が仕えている。アデルミラは愛らしいし、ララも魅力的だ。

 ティーオを恩人だと言ってやってきた長い髪の女の子も、とてつもなく美しかった。

 値段の高い店になるほど、働く娘の美しさも増していく。

 買い物をせずとも覗いてみれば、目の保養になる美女や美少女が優しく微笑んでいる。

 迷宮都市にはすべてが集う。男が欲しくてたまらない、いいものが。田舎では決して手に入らない素晴らしい物が、いくらでも並んで、野望を抱いた若者たちに微笑みかけている。


「ああ、ガデン。家族の待っている、あんたの生まれたところを忘れてしまったのかい?」


 母が悲しげな顔をして見つめてきて、ガデンの心はひどく痛んだ。

 

「みんな待っているよ。あたしも、父さんも。コーデンもウェルテも、自慢の兄さんの帰りはいつになるか毎日話しているんだよ」

「いつかは帰るよ」

 絶対に成功して、たくさんの土産を持って帰る。

 金をたくさん稼いで、名を挙げて。そうしたら、どこかの店で働く美しい娘が、あなたが最近噂のガデン・アンスクでしょうとやって来るはずだ。

 構わない、名声を聞きつけただけだとしても。単なる出会いのきっかけに過ぎないのだから。むしろたくさん寄ってくればいい。あのガデンを、噂の探索者ガデン・アンスクの隣に並びたいんだと訪ねてくればいい。

 その中から一番美しくて、一番好みの体をしていて、優しい声の娘を選ぶ。

 妻にしたら一度くらいは、あのシケた故郷の村にも寄ろうじゃないか。

 両親と弟妹たちに見せびらかして、田舎で燻っている幼馴染たちにも自慢してやる。

「ああ、立派になったんだねえ、ガデン。恐ろしいところだと思って反対したけれど、行ってやり遂げたんだねえ」

「そうさ。俺はやった。やってやったんだ」


 母が両手を広げている。

 ガデンは悠々と歩いて行って、迷宮都市で見つけたペンダントを首からかけてやった。

 大地の女神の姿が彫ってあって、母の好きな黄色い宝石で飾られたものだ。

 

「ごめんな、もらったやつは、危険な探索の途中になくしちまったんだ」

「そうなのかい、大変だったね、ガデン」

「いや、あの時、きっと母さんが守ってくれたんだって思うよ」

「ああ、ガデン」

「……ありがとう、母さん」


 やっと素直に言えた。そんな満足感でいっぱいになって、ガデンは目を閉じる。

 

 心は幸福で充たされていたが、体はその真逆。

 命の危機に陥り、青い霧が広がる迷宮の床を引きずられていた。


「馬鹿野郎、おい、しっかりしろ!」


 三人がかりでガデンの体を引きずり、長い長い通路の先へ逃げ帰る。

 ようやく辿りついたちょうどいいでっぱりで、ミッシュ商会で働く四人は話し合いを始めていた。


「こいつ、なにかあった時に伝える先を言っていたか?」

「言ってないと思う」

「確認したよな」

「してたよ、ルンゲさん」


 こんなやりとりが、遠くからかすかに聞こえていた。

 ガデンの目は開いているし、耳も聞こえている。

 けれど、それだけ。理解はできない、ただの景色でしかなかった。


「勝手なことしやがって」


 ルンゲは腹立たしげにこう言って、床をダン、と蹴りつけている。


「吸われちまったんじゃもう無理だ。戻るぞ」

「……あいよー」

「油断すんなよ。アレはまだ近くにいるかもしれねえ」


 最後にちらりとガデンを一瞥すると、四人の業者は持ち物を手早く確認して、出口に向かって歩いて行った。

 

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