生み出された異世界
計都王立学院の一角、響と霧雪は服屋に向かっている。石畳みの下り坂の両側に、古き建物が並び、寂びた空気の中で、子供のはしゃぐ声が町にわずかながら、彩らせる。
「ちょっと寂しいけど、綺麗な町です。」霧雪は周りを見ながら呟く。
「もうすこし歩けば、目を疑いたくなるよ。」響は淡々と言った。
石畳の道が消え、目の前に現れたのは、童話にあるような世界。賑わう店が延々と並び、人がパレードのように往来し、笑い声のみが耳を充満する。建物の間に、ロープが繋がり、小さな旗が風に揺れている。
「同じ町…ですか?」霧雪は戸惑いを隠せない。1分前までは想像できない風景だ。
「同じ町と言えるけど、そうとも言えない。計都王立学院はね、本当は学院と7つの町によって融合された巨大都市だ。学院周辺にある、別々の町が発展していき、融合し合い、この形になった。先の石畳の道とここは、元々別の町だから、違和感があるのは普通だよ。でも、面白いでしょう。
まるで昔の地球と、見知らぬ次元が織り交ぜてできた今の“世界”の投影みたいだね。」
1000年前、無限と思い、浪費してきた資源がやっと底を突き、“地球”は滅亡しかけた。火星開発、地球再生など、どうにか世界の崩壊を食い止めようとする計画が全部失敗に終わり、手はすべて尽くされ、やれることは全部やった。ほぼ全人類が滅亡を覚悟した時代だった。
ところが、悔しいと思う人も居た。20数名の次元研究学者は、“どうせ終わるから、最後の賭けをしよう”と、未完成の次元変動装置を起動させた。
およそ地球から8000万Km離れている火星に往くよりも、空間がほぼ隣り合わせている別次元に往くのが手っ取り早いというのが、次元変動装置開発のきっかけになっていた。
しかし、装置を完成させるための、最後の変数が見つからず、装置は未完成のまま滅びを迎えようとした。最後の悪あがきをすべく、学者は装置を起動させ、次元移動を試みた。奇跡は起きた、が、予定していたものと大きく乖離していた。次元の壁は確かに破られたが、人間は別次元には移動できなかった。代りに、別次元の星が空間の狭間を潜りぬけ、地球と融合してしまった。
現在どこを眺めても、昔地球の名残はもう欠片もない。旧地球の跡は、この世界の1/4しか占めていない。融合によってもたらされた資源によって、人間は助かったが、地球と気候も生態もまったく違う世界に囲われ、人は必死だった。見知らぬ環境を目の前に、彼らは危機感を覚え、二度と同じ轍を踏まぬよう、まず過度に発展し、結局滅亡に繋がった科学を、厳しく制限し、21世紀末のレベルまで廃退させた。次に、資源を奪い合うために、武器を開発し、さらにに資源を浪費してしまった“国”という存在を、無数の血と命を費やし、50年をもかけ、解体させた。
人間を絶滅まで追い込むすべての要素を潰した人間は、新しくなった世界の姿を模索すべく、多数の機構を作り、星の四分の三も占める未知領域を開拓し始めた。“開拓”という言葉が、現在において、人類最大の目標になっているかもしれない。
こんな異世界で“起源”を求め、起源師となった紅の気持ちが理解しがいものではないはず。
未開発領域は、 “薄明”と呼ばれ、開発が終わり、全盛期を迎えた地域は “黄昏”と呼ばれる。計都王立学院は、異世界でありながら、異世界ではないこの星を開拓する、多くの機構の中の一つで、薄明に密接する地域にある、黄昏都市だ。王立と名づけられているが、国王などが設立したわけではなく、最前線に立つ開拓組織のみ冠することができる、肩書きみたいなものだ。中世に実在した学校の名らしい。そもそも国が解体されたので、王がいる訳もない。そのまま名前を使用したのは、過去に対する名残だろう。
学院の中には、学院長、教諭、生徒が居て、普通の学院とは一見何も変わらないが、実質上主幹となる存在意義は開拓にあり、知識の伝授は二の次となっている。一般授業はしているが、学生は大体教諭と一緒に、いろいろな任務をこなす。
響の足が止まった。霧雪は彼女の視線を追い、服屋を見つけた瞬間、悪寒に襲われた。
「道に迷ったの…ですね?」
「迷っていない。合っている。」無表情な響の目が輝いている。
霧雪は逸らした視線を再び店のショーケースに戻し、陳列されている服が視界に入ってしまう。
「やっぱりか!!!」セツと久代の声がハモった。
霧雪は頬を赤らめ、涙が目から溢れんばかりに、響の後ろに隠れている。
「響さんは…ぶれないですね。」久代は棒読みで言った。
「前々から思ったけど、なんでゴスロリの服が好きなの?」セツは少し引き気味だ。
「私じゃ着れないから。」確かに、長身の響にあまり似合わない。
「だから着せたのか…本物のロリに。」
「ロリじゃないです!もう13才…です!」霧雪は空しい抗議をする。
「かわいいのに…」響がわずかながら、唇を尖らせる。
「響も着たら可愛いのにね。」
心の声になっている“はず”な、セツの声に、3人が強張る。
「漏れている!漏れている!」久代が慌てふためく。
「何がだ?」
「本音!心の声!セツの欲望!」
「……」
「……」
「マジで?」
「まじででじま…」
しばらく、部屋が静寂に包まれ、霧雪の安全にまつわる話は夕方になってようやく再開する。




