なんとかする
気づいたら、紅はすでに居なかった。だが、仮面男は彼を追わなかった。
(狙いはこの子か。)
少年は、敵を観察してみた。ダガーを胸の前の構え、足を小幅に動かしつつ、こちらに近づいている。誰かが陣形を統制しているわけでなく、三人がうまく仲間の思考を読み込み、合わせている。
(厄介だな。随分手練のようだ。この子を連れて逃げるのはまず無理。何か突破する方法が…)
考えている間に、少女は少年の裾を引張った。
「安心して。すぐ脱出方法を考えるから。」
少女は首を振った。
「狙われているのは私です。私が行けば、お兄さんは…」
少女の言葉を遮る形で、少年は言った。
「彼らに捕まったら、君はどうなる?」
「わかりません。でもきっとどうにかなります。」
「“どうにかなる”“何とかなる”というのは無責任な言葉だ。それは、人に対してではなく、自分に対してだ。何とかなるからと言って、考えることをやめてしまう。どうにかなると言って、努力することを諦めてしまう。君はまだ子供だ。何でもすぐ諦める大人に今はならなくていい。」
「子供では…ないです。もう13歳です。」
少年は不意に笑った。
「そんなことで怒る子は、なおこの状況を受け入れべきではない。もっと怒れ。もっと足掻け。」
「お兄さんは変です。」
「どこがだ?」
「霧雪が怒っているのに、笑っています。」
「霧雪というのは君の名前か?」
霧雪は頷く。
「俺は遠井説だ。」
「遠井さん…」
「近所のおっさんみたいな呼び方はやめろ。俺のことはセツでいい。いいか。選択を与えてやる。
二択だ。
俺と一緒にこいつらをぶん殴るか。それとも、俺なんかを助けるために、こいつらについていくのか。」
話しているうちに、包囲の円が狭くなっていく。
霧雪は困った顔して、悩んでいる。
(セツ兄さんを巻き込んではだめだ。)
「ちなみに」霧雪の迷いを消し去るために、セツは言った。「こいつらについていく場合、霧雪を奪い返すために、俺は挑むよ。」
「二択ではない…です。」
「いや。二択だ。霧雪には霧雪の選択権利があるように、俺にも俺の選択権利があることを忘れないで。」
「セツ兄さん。」
セツは黙って、霧雪の返事を待つ。
「助けてください。」
「わかった。」
セツは霧雪をおんぶし、真正面の男に走った。
急な動きで、陣形が一旦崩され、残りの二人がすぐ移動し、陣形を保つ。仮面の男がセツの心臓に、ダガーを刺そうとする。
(最初の一撃から命を狙うか。霧雪を渡さなくて正解だ。)
左手のサバイバルナイフでダガーを受け流し、相手の顔面に腕輪を持った右手で殴った。もちろんセツはこれで相手が倒せると思っていない。受け止められることを前提に、第二、第三の攻撃を考えている。
そして、仮面の男に手で拳を受け止められることまでは想定通りだったが、拳が防御を押しのけ、顔面に直撃し、5メートル飛ばしたことまでは想定できなかった。
(どうなってんだ?!)
腕輪から暖流のような感覚が腕を伝い、右腕全体に蔓延る。
(一種の絶望か。これは使える!)
腕輪を手首にはめ、セツはすぐ振りかえった。仲間をやられたことを気にしたふりをみせず、敵2人は陣形を変え、三角包囲から前後包囲に変わった。セツの怪力を見たからか、単独で攻撃をせず、2人で襲いかかってくる。ダガーの刃が太陽の光を反射し、銀色の光がセツの周りを舞う。
敵に背けると、霧雪が攻撃に晒されてしまうから、ダガーをかわしながら、包囲を抜けるために突破を試みる。森の地形にも助けられ、木が密集しているところに移動し、木を背にして、一旦前後からの包囲陣形を潰した。だが、問題はこれからだ。向こうは腕輪の力を警戒している。うかつには攻めてこないでしょう。
長引いたらこちらの不利だ。集中力が少しでも散ったら、敵はすぐ襲ってくる。また、1人ずつ攻撃され、体力が消耗させられること可能性も十分ある。
「霧雪。少し怖い思いをさせるかもしれないけど、ごめんね。」
言葉が途切れると、セツは右の敵に向かって走った。同時に、左の敵が霧雪のところに走った。
振りかざしたダガーが途中で方向を変え、セツのわき腹に刺す。腰を捻り、ギリギリかわそうとしたが、ダガーのほうが早く、わき腹に刺さった。大量に血が流れ、後ろに霧雪の叫び声が聞こえた。
「セツ兄さん!」
痛みを気にせず、セツはにやりと笑った。うまくセツを倒したと思った敵は気が一瞬緩み、隙を作った。そんな無防備な敵に、セツは右手で顔面を掴み、霧雪を襲う男に投げた。70Kgもする男が、重力を無視するかのように、宙を飛ぶ。霧雪しか見えていなかった仮面男が後ろの異変に気づかず、凄まじい衝撃に襲われ、気絶した。
脅威が去ってすぐ、霧雪はセツの元に走り、「大丈夫?」と心配そうで呟いた。
「心配してくれてありがとう。要所ははずしているから、問題ない。」
よくみると、血こそいっぱい出ているが、傷口はさほど大きくない。
「ごめんね。怖い思いさせて。こうでもしないと、2人相手じゃきついから。」
「わざと…なんですか。」
「ああ、わざと隙を見せて、相手を油断させたんだ。」
ふと霧雪は紅の言葉を思い出した。
『君はまるで自分の身を守るのを拒んでいるなように見える。回避なんかも最小限のしかやっていなかったな。』
その時、セツの通信機から声がした。
「セツ!大丈夫か!」
「久代か。大丈夫だ。いろいろあって、連絡取れなかったんだ。」
「ふぅ、よかった。響がすごく心配しているぞ。」
「わるいけど、今すぐ来てくれないか。ちょっと歩けないんだ…」
「やっぱり大丈夫じゃないかよ!まあ、セツのことだ。こっちはもう慣れている。後で、響にこっぴどく怒られろ。」




