起源師 紅
「出かける前に、星座占いでも観ておけばよかった。」
森の木漏れ日を浴びながら、17~18歳の少年が悔しそうに呟いた。
「“さそり座の方は、クマの出没に注意してね”とでも言われたら、もう少しマシな武器が用意できたのに。」
身長3メートル、両足で立っていて、完全に臨戦態勢になっているヒグマに見下ろされながら、少年は落着いてる。
「死んだふりという選択肢もあるそうだけど、あれは役に立たないと実証されたからなぁ。まあ、戦うしかないか。」
少年の反応を待つことなく、ヒグマは飛び出した。400キロ以上の巨躯を引きずり、鋭い鉤爪を振り下ろした。
すばやく左手で腰からサバイバルナイフを抜き、やや体を右に傾け、ナイフで鉤爪を受け止めるかと思いきや、ナイフと爪が交差した瞬間、少年は体を回し、ヒグマに背けるような体勢を取った。
敵に背中を見せたらおしまいとよく言われるが、少年は死ぬつもりがなかった。右手でヒグマの腕を掴み、前に引っ張った。反動の力で後ろにジャンプし、ヒグマの喉を目掛けて、肘で打った。苦しいあまり、ヒグマは暴れだした。ヒグマの後ろに回りこみ、すぐ近くにある木に登り、地面から3~4メートルのところで、ヒグマの背中に飛んだ。肉体の強靭性を考えると、ナイフでヒグマを仕留めること以外この場を凌ぐ方法はない。素手では到底ある程度の痛みしか与えることができないんだ。だが、少年はヒグマを殺したくない。相手が殺す気でやってきたら、少年は躊躇しなかっただろうが、ヒグマはあくまでも自分の安全のために先制攻撃をしたまでだ。だから、殺すではなく、意識を奪うのだ。正確にヒグマの後頭部に衝撃を与えることができれば、気絶させることができる。
伸ばした手がもうすぐ届いたところ、ヒグマが振り返った、大きな爪とともに。少年に選択肢が二つしかない。ナイフで防御し、一旦距離を置いてから再び対策を考える。もしくは、ほぼ目の前にある爪をギリギリかわし、予定通りに攻撃をする。
後者を選んだ少年の頬に、爪がかすかに擦った。小さな傷に気を取られず、少年は全身全霊の拳を打ち込んだ。電流が頭の中を走り、ヒグマの視界が一時的に乱れた血流に遮られた。パニック状態になったヒグマは、方向がわからないまま、木にぶつかったりしながら逃げた。
(さすがに拳でヒグマの意識を奪うのは無理があるな。)
「防御していたら、無傷で追い払えたのに。」
木陰から、30代の男が現れた。長い黒髪を後ろに結び、着物を羽織り、帯に十手が添えられていて、いかにも古風って感じだ。
男から敵意を感じず、少年はナイフをシースに戻した。頬に微量に流れた血を袖で拭き、冗談っぽく言った。
「昔の人がよく言うじゃないですか。血を流さずに得るものはないって。」
「無理して攻撃する必要がないと言っている。君はまるで自分の身を守るのを拒んでいるなように見える。回避なんかも最小限のしかやっていなかったな。」
「そんなのあなたには関係ないと思いますが。」
「それもそうか。まあ、逆にいちいち保身のために動くやつが、私は嫌いだ。君くらい変わっているやつがちょうどいい。これを受け取れ。」
男が急に何かを投げた。本能的にそれを受け取り、よくみたら、銀色の腕輪だった。
「これ何?そもそも誰ですか。」
「起源師の 紅だ。」
「聞いたことのない職業ですが。」
「当たり前だ。私が作った職業だから。世界に一人しかいない!」
「えっ…と?」
変人相手にどうするべきか少年が迷っている。
「ちなみに、物の起源を探す仕事だ。たとえば、戦争は一体誰が発明したものか。史上最初に作られた武器は何なのか。すべての根源を追求する。もちろん、星の起源まで遡ることができないから、あくまでも、人間が作ったものしか対象にならない。ちなみに、今君にあげたのは、剣の原型だ。」
「どうみても腕輪だろう!」
「漢字くらい知っているだろう。」
「一応。」
「六書という文字の作り方がありまして、雑に言うと、方法が二つある。象形と形声だ。象形とは、物の形状を模して、字を作ることだ。武器の“弓”と“刀”はまさしく象形だ。武器の形そのままが字になっている。
では、疑問に思ったことないか?同じ武器で、なぜ“剣”という字は剣の形をしていないのか?可能性はいろいろあるが、私が考えたのはこうだ。
最初にこの世に存在した剣は、文字で模するができないような形をしていたからだ。要するに、現代私達の認識している、あのまっすぐな両面刃、“剣”と呼ばれるものは、本来の剣ではないってことだ。
起源師として、“剣”の起源を追い求めた。そして、結果はそれだ。」
紅は腕輪に指を指し、満足そうに言った。
正直、理論としてはどうかと思うが、紅の言うことは面白い。しかし、目の前にある腕輪が“剣”だって言われても、にわかに信じられない。
少年の疑問だらけの表情を伺い、紅は言った。
「信じてほしいとは思わない。私は、君にこれを送りたいだけだ。普通の腕輪と思ったってかまわないさ。ただ、大事にしてほしい。」
「なんで俺に?」
「言ったろ。身を守ることを拒む、君くらい変わった子がちょうといい。持ち主にふさわしいと思ったからだ。」
突然、まるで何かが近づいているように、紅は耳に手を当て、周囲の音を確認しはじめた。
「もう来たか。今日は出血サービスだ。最後のプレゼントを受け取るがいい。」
木の陰から何かを引張り出し、少年の方向に“押した”。
「うぅ」
可愛らしい声が懐で響き、13歳くらいの少女に抱きつかれた。
少年に戸惑う余裕を与えず、多数の足音が近づき、気づいたら、すでに3人の仮面をかぶった、ダガーを持っている男に囲まれた。
「下手したら、今日一日だけで今年分のハプニングに全部遭遇しちゃったかもしれないな。」




