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花冠の花嫁  作者: 瑠璃
第2章 謁見までの道
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4.街での出来事

(黒髪の青年がボリス、茶髪の方がエリックか)

先ほどの会話をマリアは思い出していた。



「金髪なのは俺と双子の上の妹の方だよ。マリアは他国から嫁いでこられた曾祖母の髪の色を継いでいるようでね。俺たち兄弟の中では一人髪色が違うんだ。」

エリックの「そんな赤毛」発言で表情を硬くしたことは、マリアの後ろにいてもアーサーにはすぐにわかったらしい。


「失礼な発言だった。すまない。」

エリックが謝ってくる。


(姉様がくると思っていたら、しょうがないわよね。こんな赤毛の娘がきたら…)

気分が沈んできたが、謝罪してきた相手に罪はない。


「いえ。お気になさらず。わたしは社交デビュー前で、家にいることが多いので、あまり公の場にでないですし…。兄様の話に名前は出ても、容姿のことまでは話題に上らなかったでしょう?」

「いやいや。花のようにかわいらしいとはいっておいたよ。乗馬が上手でお転婆だけれどね。」


(……なんてこと言っているのだろうか……)

丹精な容姿の兄に言われると、家族であっても顔があつくなってくるのがわかる。


「兄様。そんなお世辞はいりません。兄様がわたしのことを大事に思ってくれていることはわかっているけれど、そういうことをお友達にお話しすることはやめてください。」

「どうして?本当のことを言って何が悪い。」


(どうしてって……。決まっているじゃない!)


「わたしが恥ずかしいからです。」

顔を真っ赤にしてアーサーにくってかかると、正面で笑いをこらえるような声が聞こえた。

そちらを向くと、エリックが笑っていた。


「さすが女たらしだな。その手が妹にも健在とは…おそれいる。」


(兄様、女たらしって……)

剣呑な視線をアーサーにむけると、肩をすくめて答えをくれた。


(妹としては否定してほしかったわ。)

少々、力が抜けてしまったけれど、仕切りなおして、自己紹介をして、街を見て歩くこととなったのだ。



「マリア嬢。正確にいうと、兄君は騎士団のなかでは“人たらし”と呼ばれているんですよ。」

街を歩きながら、ボリスが話してくれた。


黒髪のボリスは兄様よりも年上で23歳。

兄様の学生時代の知り合いで、元は騎士団所属だったが、今は要人の護衛任務に特化した別部門で働いているらしい。

要人の護衛任務に特化しているなんて危険が多いのではないかと聞くと、

「自由気ままな次男坊なのでできることですね。いざというときに戦う面では騎士団と一緒ですよ。」

と笑っていた。

もともと、やわらかい印象だが、笑うとさらに人懐っこい感じだ。

陽に照らされると、黒だと思っていた瞳の色が実は紺色なのがわかった。


「ボリス様。人たらしというと…?」

「学生時代からですが、アーサーは何かと注目されていたんですよ。公爵家の嫡男ですからね。彼のやることなすことに色々と手を出してくる輩がいたんです。力でねじ伏せることもできましたが、彼はそうせずに、少々話をしただけで、仲間にしてしまって。それは騎士団に入ってからもかわらないので“人たらし”です。騎士団に入団してからは男女問わずになったようですがね。」


(さすがは、父様の息子!)


「その話を聞くと、兄は父の息子なんだなとしみじみ思ってしまいます。」

答えると、ボリスは笑いながら、

「妹君にもそういわれるとなると、アーサーも認めざるを得ないと思いますよ。学生時代には宰相殿下に似ているといわれるたびに、自分は自分だ、といって反発していましたらね。」

「そうなんですね…。」


(兄様もわたしみたいに、自分は自分と言っていることがあったのかぁ。)


エリックと並んで前を歩くアーサーを見て、意外な気持ちになった。


「アーサー!」

歩いていたら声をかけれた。

騎士団の制服をきた青年が声をかけてきた。

何か兄様に用事があるようだ。

「ちょっと話してくるから、まっていてもらってもいいか?」

頷いて、了承の意を伝えると、アーサーはその青年の方に歩いていった。



道のすみによけてアーサーを待っていると、エリックがはなしかけてきた。

「ところで、とりあえず街の中央まで歩いてきたが、どこに行きたいんだ?」


茶髪のエリックは兄様と同じ20歳らしい。

王宮で働いているらしいが詳しい部署などは話さないので、あえて聞かない。

言っていいことといけないことがあるのだろう。

兄様と並んでも支障のないくらいきれいな顔立ちだし、しぐさは優雅であるもの隙のない。

笑っているものの、裏がありそうな感じ。

最初の発言から…残念ながらわたしの印象はよくない。



「東通りの香草のお店と、南通りのお菓子屋さんにはいきたいです!そのほかには…デビュタントに向けて街も盛り上がっているようですから、出ている屋台などを少し見れたらうれしいです。」


すらすらと答えると、二人はびっくりしたようだった。

「お詳しいですね。失礼ですが…街にはよくいらっしゃるですか?」


貴族の令嬢はふつう、街には直接でないものだ。

欲しいものや見たいものがあったら、商人を直接呼び寄せばすむからだ。


「兄がわたしのことをお転婆といっていたでしょう。なんでも自分でやってみたくて、街に興味があって。父や兄にくっついて、よく来ていたのです。貴族の娘が何をと思われるかもしれませんが…。」

呆れられるかなと思いながら苦笑しながら答えると、


「別に、自分の興味があったんなら自分の足で確かめるのは当然のことだろう。女性だと難しいかもしれないが。」

意外なことに肯定をしてくれたのはエリックだった。


「父が寛容だったんです。母はいい顔をしませんでしたけれど。いろいろ見て歩くことで、知ることも多かったんです。」

「知ることというと?」

エリックがしっかりマリアの目を見て聞いてくる。


(エリックの瞳は茶色ではなくて、琥珀色なんだ…)


貴族社会では、直接顔を見るのではなく、伏し目がちに受け答えをするというのが男女が話すマナーとされる。

しかし、お互いのことを話すときに、伏し目も何もないとマリアは思っている。

相手のことを知りたいときには直接目を合わせて話さないと相手の気持ちはわからないのだ。

最初の印象はあまりよくなかったが、その姿勢に少し好感を持った。


「たとえば…」

マリアは周囲を見渡した。

デビュタントとそれに伴う街の祭りにあわせて周囲の店舗は活気づいている。


「デビュタントに合わせた街の祭りによって、街は活気づきます。それは祭りの準備のためだけではなくて、貴族がデビューのために必要なものを購入することによって、お金が使われることもかかわっている。物を注文すると、販売する商人だけではなく、それを作成する人、材料となるものを作る人も豊かになっていくこととか」


また周囲を見渡して目についたものをいう。


「街の看板は文字だけではなく、絵も一緒に書かれていて、字がよめない人にも支障がないようにえがかれていることとか…。わたしは街に出なければ、お金のまわり方も知らなかっただろうし、字を読めない人がいることも知らなかったと思うんです。そういうことを知ったうえで…わたしに何ができるだろうと考えることもあるんですよ。」


二人はびっくりしていた。

当然だろう。こんなころに興味を持っている令嬢はほとんどいないと思う。

姉様もわたしの話は聞いてくれるけれど、そんなに興味はないようだし…。


(こんな話、めったにしないのに、初対面の人になんでこんな話をしているんだろう)


「こんなことをたくさん話してしまってすいません。」

「いや、聞いたのは俺だから。君は…なかなか面白いね。」


(面白い??それって女の子にいう言葉??)


思ったことが顔にでていたらしく、大きな声で笑われた。


失礼だと、ボリスがとりなしてくれたが、エリックの笑いは止まらない。

裏のないきれいな笑顔だった。


(ちゃんと笑えるんじゃない。)


アーサーが話を終えたのか戻ってきた。


「なんでエリックはこんなに笑っているんだ?」

「いや、ちょっとな。じゃあ、行くか、マリア。」


いきなり名前を呼び捨てにされたのにびっくりしたが、嫌な感じはしなかった。


(面白いかぁ…)


お世辞ではなくて、わたしらしいことを認めてくれた気がした。

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