4.兄様と姉様の考え
「マーサに聞いたぞ。マリア。また脱走騒ぎをおこしたんだって。」
夕食前に家族の居間で、姉様に「今年の流行の髪型」なるものを教えてもらっていたら、いつの間にか帰宅していた兄様がニヤニヤ笑いながらわたしに言った。
ちなみにわたしは、「流行の髪型」なるものに
どうしてそんなに装飾品をつけるのか?
そんなに高く髪を上げることに異議はあるのか?
首が痛くならないのか?
背の高くない紳士諸君にはいただけない展開なのではないか?
などあげれば限がないほどの疑問をいだいていたが、姉様が私のデビューのためを思って伝えてくれているものなのだからと思って黙って聞いていた。
「兄様、帰ってきていたの?帰ってきていたら、わたしたちに何か言うことがあるんじゃなくて?」
(マーサのおしゃべり!すぐに言っちゃうんだから。帰ってきてそうそう兄様もそんな風にからかわなくてもいいじゃない。)
少々気まずくてそういうと、兄様は、
「それもそうだな。ただいま。テルス、マリア。」
(そうやってこっちの気持ちを読んだように、素直に答えられるのがまた、イライラするのよ。)
そんな妹の気持ちを知ってか知らずか、
「おかえりなさい。アーサー。」
と、言った姉に続いて、少々ふてくされながら
「……おかえりなさい。兄様。」
と言ったマリアであった。
「でもマリアも甘いよな。マーサにばれるなんて。」
「そんなこと言ったって、マーサが姉様についていることが分かった時に決行したのにすぐに見つかったのよ。」
「マーサが家にいるときにやるっているのが甘いんだよ。計画は綿密にチャンスは1回と思ってやらないとうまくいかないぞ。」
頭をなでられながら言われるとひどく幼くなった気がするけど嫌いではない。
「そうよ。実行するときにはわたしも仲間にいれてくれなくっちゃ。こんなに近くに協力者がいるのに頼ってもらえないとさみしいわ。」
微笑む姉様に抱きしめられて、なんだか涙がでそうになった。
思わず下を向き、
「うん。」
と答えた。
―トン、トン。
ドアをたたく音がし、兄様が入室を許可すると、メイドが食事の準備ができた旨を伝えてきた。
そのすぐあとにマーサがやってきて父様が帰宅されていることを告げた。
「じゃあ、わたし、呼んでくるわ。」
いそいで、部屋を飛び出し、駆け出したわたしを見て、後ろからマーサの呼ぶ声が聞こえた。
「マリア様!淑女はそんな風に走りませんよ!マリア様!」
「マーサもマリアには苦労しているな。」
走り出したマリアを追いかけて行ったマーサを見て、アーサーは苦笑した。
「でも、わからない気持ちではないわよね。」
答えたテルスの真剣な顔を見て、アーサーは表情を改めた。
「大人になりなさいといわれることに、反感を覚えているのよ。わたしやあなたを見ているから、求められていることはわかっても、まだ心がついていかないのよ。それに最低限必要なことは、あの子、しっかりやっているわ。」
「わからない気持ちではないね。」
「あなたとわたしは、幼いころからフレッドの遊び相手として王宮に行っていたから、何を求められているかには敏感だったし…わたしたち以上に早く大人にならなくちゃいけない人がそばにいたからね。」
「そうだな。俺たちは同い年だけど、マリアと殿下は4つ年が違う。一緒に王宮に行っても、そこまで目につかなかっただろうからな。」
答えるアーサーを見て、テルスは苦笑して言った。
「わたしたちしかいないところで、フレッドのこと殿下なんて呼ぶと、またあの人すねるわよ。」
「騎士病だ。見逃せ。」
「わたしが見逃したら、だれがあなたに注意をするの。それこそフレッドに対する裏切りだわ。」
さらっと答えたテルスに痛いところを突かれたアーサーだった。
「さあ、そろそろいかないと、わたしたちが今度はマリアに迎えに来られてしまうわ。」
「そうだな。」
「マリアの中の変化はデビューしたら少しづつおこると思うわよ。それがいい方向の変化になるようにするためには、わたしたちの手助けが必要だと思わない?」
「よし、経験者として、力になれるように準備しておかなくちゃな。」
「からまわりしないように気を付けてね。」
しっかり釘をさされ、何ともいえない気分で食堂に向かうアーサーだった。