3.旦那様と奥様の考え
「…ということがあったらしいの。アラン。」
ミーレッシュ公爵―マリアの父は、王宮から帰宅したあと、妻と語らうのを常としていた。
もっぱら最近の話題は末娘、マリアのことである。
「今月に入って脱走騒ぎは3回目です。もともと、刺繍や詩歌の朗読よりも、ダンスや乗馬を好むような子ですし。社交デビューに向けて、苦手な部分ばかりの練習となれば、いろいろと難しいんですわ。マーサの意気込みもからまわってしまっているのよ。」
小首を傾げて、困ったように微笑む妻の様子をみて、苦笑しながらアランは答えた。
「まだまだ、子供だからね。この間まで、子供だからダメといわれていたことがよくなり、子供だから許されていたことが許されなくなるのに折り合いをつけられないんだよ。テルスの拝謁やデビュタントでの作法を見ているから、何をやらなくてはいけないかはわかっているはずだ。その上での緊張もあるだろうしね。最低限のことはやっているんだろう?」
「ええ。作法や衣装も大丈夫ですし、他のことも問題のない範囲でできるという報告はありました。私もできるときは一緒に練習をして確認しております。今は仕上げの段階ですから、これといって問題があることはあるわけではないんですけれど…。やはり末っ子だからかしらね。こんなにいろいろなことが目についてしまうのは。」
脱走騒ぎはきっかけにすぎない。他の兄弟のときにもあったことだが、子供から大人への羽化期の危うさはどうしても親は心配になってしまうものである。
特にマリアは危うくみえてしまうのだった。
マリアの兄、アーサーのときにはすでに拝謁・デビューの段階になったときには他の貴族の子弟と一緒に騎士団の学校に行っていたため、厳しい学校生活にもまれるうちにあっという間に大人になっていたという状態だった。
マリアの姉、テルスのときにはおとなしい性格もあってか、それほど目につかなかった部分であった。
「まだまだ難しい年頃なのだよ。わたしたちの役目はいざとなった時に、手を差し伸べられるように準備しておくことじゃないか。」
「そうですわね。私たちにマーサが報告していることは、マリアも知っているでしょうし。夕食のときに少し話をしてみましょうか?」
「そうだね。そうすることとしようか。」
―コン、コン。
ちょうどそのとき、ドアをたたく音が聞こえた。
アランが入室を許可すると、顔を出したのは、噂をしていた娘。
息はあがっているし、髪も乱れている。
「父様、母様。お夕飯ができたって。父様がお夕飯の時に帰ってこられているのは珍しいもの。一緒にご飯を食べるのを楽しみにしていたのよ。」
あきらかに廊下を走ってきたことがわかる状況に公爵夫妻は苦笑し、一緒に食堂に向かったのだった。