2.ミーレッシュ公爵家のマリア
(あっ、鳥が飛んでる。何の鳥だろう?今日も空がきれいだなぁ。)
ここは、ミーレッシュ公爵家のわたし、マリアの部屋。
クッションや壁紙はピンクとオフホワイトを基調としたかわいい感じの内装。
それを、椅子や机、ソファーの茶色が引き締めている。
窓際に置いてある椅子とちょっとした机は、私がお茶をしたり本を読んだりするときのお気に入りの場所だ。わたしは今、そこに座っている。
「…ですから、公爵家の令嬢としてふさわしい行いを……。聞いておられますか!!マリア様!」
ぼーっとしていたら、目の前にいきなり乳母で私たち兄弟の生活のすべてを任されているマーサのアップ。
いけない、いけない。
今は絶賛、お説教中だった。
「いいですか、マリア様。私も外にいきたいというマリア様のお気持ちがわからないわけではありません。ですが…マリア様はもうすぐ16歳。あと1か月で社交デビューなのです。」
「社交デビューをしなくちゃいけないのはわかっているわ。だから、おとなしく、ダンスの練習をして、休憩がてら、刺繍をしていたんじゃない。」
「…リネン室に忍び込み、使用できなくなったシーツを集め、つなぎ合わせることを刺繍というとは私、マリア様よりも長いこと生きておりますが、初めて知りました。」
「……。」
(もう現場をおさえられてしまっているんだから、ごまかしようがないわよね。)
そう、わたしはマーサが主導のもと行われている「マリア様華麗なる社交デビューのための準備」の毎日から抜け出すために、逃走経路を確保しようとしていたのだ。
わたしの部屋は2階にあるのだけれど、窓の近くにつたって1階まで降りられそうな木はない。
窓の下は植え込みだから多少滑ってけがをしても大丈夫だろうと思って窓からシーツをつないだものを垂らして、それを命綱にして逃走を試みてようとしていた。
(今回は父様や兄様が一緒じゃないから男装しようと思って…兄様の幼いころに来ていた服も準備していたし、髪もまとめて帽子に入れてしまえば大丈夫だと思ったんだけどな。まだ使えるシーツだともったいないと思って使えなくなったシーツをリネン室に取りに行ったのがいけなかったかしら。マーサはこの時間、姉様の御用事があるから目を離すはずだったのに…)
「…マリア様!また、聞いておられませんね。ここまで言われても、私にいわなければならない言葉がわかりませんか!!それにべラとクリスも懐柔して。二人にも罰を与えなければなりませんね!」
視界の隅に今まで下を向いて神妙にしていたべラとクリスがビクつくのが見えた。
(いけない!べラとクリスまで巻き込んではいけない!)
べラとクリスは私の侍女だ。
流行に詳しくにぎやかなブロンドで赤い瞳をもつべラに、物静かで優しいブルネットで紫の瞳をもつクリス。
正反対な二人だけど、頼りになるわたしの大切な大切な友達でもあるのだ。
「ごめんなさい。」
わたしは立ち上がって、マーサに頭を下げた。
(「もうしません。」はうそになるから言えないわ。)
それを見たマーサはため息をついたあと言った。
「お座りになってください。マリア様が街に行き、外の様子をご覧になりたい気持ちはとてもよくわかります。これまで、お父様やお兄様と一緒にお忍びで出かけられていたのですから。特に、この時期は貴族の子息・令嬢の社交デビュー・謁見に合わせて街も盛り上がってにぎやかですからね。ですが…今年からはいけません。マリア様は今年、ミーレッシュ公爵家の令嬢として国王陛下に謁見され、社交デビューされるのです。大人の仲間入りをされるのです。子供だったら許される行いも大人になったら許さないものもあります。わかりましたね。」
「……。……。」
「わ・か・り・ま・し・た・ね・!」
「……はい。」
この失敗によって、わたしに対する包囲網はかなり厳しくなってしまったのだった。