8.謁見のときの事件
謁見は表面上は何事もなく終了した。
何事もなく、終了した…
といいたいところだったが、ひとつ事件があった。
謁見室にいるのは、国王と王妃、王太子、侍従を含めた護衛の騎士だけである。
マリアにとっては叔父・叔母・従兄弟と幼いころ一緒に遊んでもらった彼らの護衛の者だ。
完全にホームである。
ことがおこったのは、口上が終わり、形通りのやり取りが終わったあとだった。
「マリア、髪型はシンプルでよくにあっているし、ドレスもマリアの愛らしさを引き立てていると思うし…レモンの香りも新鮮だね。」
檀上にいるのが普通なのに、マリアのそばにフレッドがやってきた。
もう、王太子と公爵令嬢のお話は終わりらしい。
「でも…これはどうしたの?」
頬をなでられる。
(やばい。気づかれた…)
「マリアの年頃にふさわしい薄化粧だけど…涙のあとがあるね……」
フレッドの口調がゆっくりになってくる。
「しかも、口紅も取れている…」
完全に雲行きがあやしい。
「フレッド兄様!!これはね…」
いいわけしようとすると、
「お茶を飲んだからとか、目にゴミが入ってちょっと泣いたからとかそういう言い訳は聞かないよ。」
(!!完全にいいわけ内容もばれてる!!)
速攻で先手を打たれる。
「涙のあとだけなら、前室にいる命知らずな誰かが、僕のマリアにねちねち何かを言ったのかなって思うけど…」
(命知らずな誰かって…しかも、俺のマリアって…)
独り言のようにつぶやいていく淡々とした雰囲気が怖い。
フレッドは他に兄弟がいないからか、マリアのことを実の妹のようにかわいがってくれている。
「口紅が取れていることを含めると…誰かがマリアの唇を奪った??」
顔がポンと赤くなるのがわかった。
(く、くちびるを奪うって!!そんなんじゃないのに!!)
おもわず、エリックの顔を思い浮かべてしまう。
「あらあら、本当にいい殿方との出会いがあったの?」
「舞踏会もまだなのに、もう出会いがあったのか、マリア。」
王妃と国王も会話に参加してくる。
「謁見前までの間となると…騎士団のだれかか…」
完全に誰か特定しようとする雰囲気だ。
エリックは侍従に化けていたからそう簡単に見つからないだろうが、気づかれたら大変だろう。
「兄様、やめて。恥ずかしいわ。そんなのじゃないのよ。」
「でも、変な男だったらどうするんだ。僕は、マリアにはふさわしいお婿さんを見つけてあげるって決めているんだよ。」
「勝手に決めないでよ。しかもお婿さんって…。」
「当たり前だろう。マリアはかわいい妹なんだから、変な家やほかの国なんてもってのほかだよ。僕らの目の届く範囲で、いつも幸せに暮らしているってことを確認できなきゃだめだね。」
「わたしが思いあう人が別だったらどうするのよ。」
「僕とアーサーとテルスの権力をフルに使って阻止だね。マリアはかわいいからすぐに次のいい人がみつかるさ。」
国内の最高権力者に近いメンツ全員で阻止するき満々である。
売り言葉に買い言葉。
思わず謁見室だということも忘れて、マリアは叫んだ。
「それが運命の王子様だったらどうするのよ!!」
言葉の威力にみんなが、ポカンとなるのがわかった。
一瞬会話の間があく。
真剣な顔を作りつつ、フレッドがいう。
「一応、僕も王子様だけど…運命って…。」
こらえきれずに笑い始める。
「そんなもの信じるなんて…お転婆マリアも女の子なんだね。」
完全にバカにされている。
(運命なんて信じてるなんて、ガラじゃないのはわかっているわよ。)
「いいじゃないの。信じていたって!!しかも、謁見が終わったから、女の子じゃなくて、レディーとして扱ってちょうだい。」
頬を膨らましていうと、
「謁見室でこんなに叫んでいるのはマリアぐらいだよ。」
笑いこけているフレッドに指摘され、その的確な指摘にぐうの音もでない。
国王夫妻も笑っている。
せめて最後は、それらしくきれいに退室をと思い、意地で叩き込まれた礼をする。
(優雅に、きれいに、目をひくように)
フレッドの大爆笑を背にマリアの謁見は終了したのであった。