6.謁見前室
周囲を見渡してマリアは思った。
(結構たくさんの人がいるのね。)
謁見する前に、令嬢は一つの部屋に集められる。
今年デビューを迎える令嬢は20人程度のようだった。
ちなみに令息の謁見は別日に行われる。
しかし、大抵の場合、謁見前から王宮で何らかの仕事をしている場合が多いため、それほど世間の注目はあびない。
だから、毎年話題となるのは、令嬢の方だ。
令嬢の場合は、親戚等は別として、公の場に姿を現すことは、謁見前はほとんどないことが常である。
ゆえに、謁見とそれに伴う舞踏会でのしぐさが“うわさ”としてイメージを決めてしまうことが多いのだ。
(姉様のときは、そうとう噂されてたみたいだから…。兄様と双子ということもあって話題は欠かなかっただろうし。)
テルスのデビュー前に、アーサーは王立騎士学校を卒業し、騎士見習いとして、王宮で働き始めていた。
アーサーも整った容姿をしているため、双子のテルスにも相当、周囲の期待はあっただろう。
(その噂を超えるほどの美女だもんなぁ~。姉様は。)
その兄弟の妹として、自分にもその手の噂が立っていることは想像に難くない。
(その期待が重いんだよね…。この容姿じゃ…。)
侍従に謁見前の前室に案内されながら、こっそりため息をつくマリアであった。
前室につくと、すでに何人かの令嬢が室内にいた。
ソファーと机があり、腰かけている令嬢が多い。
部屋の隅には飲み物とお菓子が用意されており、室内にいた王宮の侍女に言えば用意してもらえるようだが、それを頼んでいる人はいなく、室内は張りつめた様子だった。
先客に声をかけて、マリアも空いていた窓際のソファーセットに腰かけることにした。
「ここ、座ってもよろしい?」
「……」
相手は無言だ。
下を向いており、マリアが声をかけたのにも気づかない。
具合でも悪いのかと思い、マリアはその人の腕にそっと触れて、もう一度いった。
「ごめんなさい。御気分でも悪いの?人を呼んできましょうか?」
その人は驚いたようにして顔を上げた。
「申し訳ありません。大丈夫ですわ。ちょっと緊張してしまっていて…お恥ずかしいところをお見せしました。」
答えた令嬢は栗色の髪に、新緑を思わせる緑の目をしたかわいらしい印象の方だった。
「いえいえ。お気になさらずに。お隣、座らせていただいてもよろしい?」
「どうぞ、お座りになって。」
了承を得て隣に座る。
(緊張している人が多いや。当然だよね…。国王陛下にお会いするのはほとんどの人が初めてだろうし。この状態じゃ、緊張して、お互いのことは印象に残りにくそう。)
自分も馬車の中ではこんな状態だったらだろう。
今、そう客観的に考えられるのはエリックのおかげだ。
心に少し余裕がでてきたマリアはそう思った。
室内に置かれた時計を見ると、10時40分をさしている。
謁見室には、一人ひとり呼ばれて挨拶に行く形式だ。
名前を呼ばれるまで、ここにいる令嬢の身分はわからない。
マリアの謁見予定時刻は11時と言われていた。
(緊張が和らいできたら、のどがかわいちゃった。まだ時間があるし、お茶をお願いしてもいいかな。)
隣に目をむけると、先ほどの令嬢の状態はかわっていいない。
(この方、少し飲み物でも飲んで、人心地ついたほうが、落ち着けるんじゃないかしら。)
もともと、人が困っているところを見ると、マリアは見過ごせない。
どうしても気になって、声をかけた。
「お話してもよろしい?」
「……。」
また無言だ。
腕に手をおいて再度言った。
「お話してもよろしい?」
「……ごめんなさい。私ったらまた物思いにふけってしまって…」
「わたし、緊張してしまっていて、少し、人心地つきたくて、お茶をいただこうと思うんだけど、一緒にいかが?」
「えっ。」
「お隣に座ったご縁だし…一緒に付き合ってくださらない?」
きつい言い方にならないように気を付けて誘う。
その方は少し困ったような顔をしながらも了承してくれた。
苦手なものがないかを聞いたあと、席をたって、侍女に少々リクエストをして、お茶を頼んだ。
席に戻ると、マリアは再度、その方に声をかけた。
「頼んできました。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、いい天気ですね。」
空を見上げて、マリアは続けた。
「晴れてよかった。わたしの叔母のデビューのときは、今にも雨が降りそうで、ドレスが汚れてしまわないか心配だったんですって。」
本当の話だ。
デビューは令嬢たちの中で本当に強い意味がある。
叔母もよく、テルスやマリアにそのことを言って聞かせた。
「でも、その叔母は、謁見後の舞踏会で叔父と知り合ったというんだから、悪い日ではなかったと思うんですけどね。」
「…私もそういう方と巡り合えたらと思います。」
小さな声だったけれど、答えてくれた。
そんな話をしていると、侍女がお茶を持ってきてくれた。
ミルクが多めでお砂糖を少し入れたミルクティー。
マリアが落ち込んだとき、元気を出したいときによく飲むものだった。
一口、口に含むとその方は言った。
「…おいしい。」
マリアも一口の飲んで、答えた。
「おいしいですね。わたし、元気になりたいときには、よくミルクティーを飲むんです。そうすると、落ち込んでいた気分が上に向かって、何事もいい方に向かうきがするんです。」
言うと、その方も笑って同意してくれた。
(同性のわたしがいうのも、おかしいけれど…笑顔がかわいい方だな。笑えるということは緊張も取れてきたのかしら。)
そう思っていると時間になったらしい。
「ミーレッシュ公爵令嬢マリア様。謁見のお時間でございます。」
侍従の呼ぶ声が聞こえた。
「はい。」
マリアは答えた。
「楽しい時間をありがとうございました。では、あとで。」
なるべく優雅に席を立つ。
そばにいた、侍女にも声をかける。
「おいしいお茶をありがとう。」
侍女は驚いたようで、眼を見開いていたが、
「ありがとうございます。」
と言って、頭を下げた。
周りの視線が自分に向いている。
(わたしは、わたしらしく。)
背筋を伸ばして、その視線に負けないように、前室をあとにした。