12月第4週(2)
「おい、起きろ。」
野太い男の声で私の睡眠は終焉を迎える。
ぼんやりと男の顔を見る。と言ってもその顔はガスマスクと思しきものに覆われ、眼がぼんやりと見える程度だ。状況が掴めない私は部屋の壁かけ時計に目を遣る。
「…4時? 私16時間寝てる?」
「午前4時だ。お前は真昼間に寝たのか?」
男は呆れた声で訂正する。
枕元の時計と違って壁掛け時計は12時間表記なので、午前か午後かわからない。午前4時に来客があるとは思わなかったので、とっさに午後4時かと考えてしまった。
「寝起きで悪いがさっさと着替えてくれ。この家から少しの間離れていてもらう。5分後にもう一度来るからそれまでに頼む。あぁ多分、防寒着は必要ないぞ。」
男の表情は窺えないが、おそらく面倒そうな顔をして部屋から出て行った。
私は状況が飲み込めず茫然と布団に座りこんでいる。
ガスマスク? 顔しか覚えていないが、あれはいったい何だっただろう? どこかで聞いた声のような気もするけれど。
「変態か?」
だとしたら寝巻のこの服では危ない。とりあえず動きやすい服に着替えるのが良いだろう…と考えたが特に良い服装が思い付かなかったので、なんとなく制服を着た。まぁ動く分に大した支障なないし、とりあえずはこれで良いだろう。お金と携帯も確保して、すぐに外に逃げ出せる格好をして待ち構える。改めて時計を見ると、男の言うとおり午前4時。なかなか頭が働かない。
「おい、入るぞ。」
再び男の声がして、部屋のドアが開く。
「準備はできているようだな。寝癖は…まぁいいだろう。」
男の指摘にズーンと落ち込むのはここではスルーしておいて、改めて男の服装を見てみる。ヘルメットに、薄汚れた耐火服、背中には謎のタンクを2つ背負い、そこからホースのようなものが伸びている。消火器を二つ背負っているかのようだ。一見すると消防士のような服装である。
「…火事ですか?」
間抜けなことに私は男に聞く。どうやったって火事なわけがない。消防車の音も消防署のサイレンもないし、肝心の消防士がこんなに呑気にしている。
「うん?…まぁ火事だな…今から。」
男は微妙に言葉を濁す。そしてすぐに出るように促してきた。
「あ、ちょっと待って…」
私は部屋を出る前に、机の上に置いてある箱を手に取った。
「行くぞ。あまり時間がない。」
男に誘導されるまま、私は家を出る。外に出てみるとやはり外は真っ暗だった。火事など起こっていない。しかし、隣家にも、向いの家にも、消防士のような姿の人間が見える。
「もう中に人はいない。」
「時間がかかったな。こっちは避難が終わってるぞ。」
向いの家の男が私の家の男に声をかける。男はふん、軽く笑う。
「女の子を急かすのは良くないだろ。」
向いの男はそうだな、と軽く言葉を返す。
なんだかノリが軽い。今から何が起こるのか全くわからない。火事でこんなノリはおかしいし、かと言っておふざけでこの格好はやりすぎだ。
「無線連絡だ。準備完了。」
いつの間にか後ろにもう一人男がいた。同じように消防士のような格好だが、すでに消火器のようなものを構えている。しかし、それは私が今まで見て来たどんな消火器にも似ていない。むしろ銃のような形だ。映画で見たことがあるような…戦争映画とかで…
「そうか。では始めるとしよう。」
男が手を挙げる。もう一人の男が、消火器のようなものの口を私の家へと向けた。
「終末に良い夢を。」
銃が、文字通り火を噴いた。




