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12月第3週(1)

 今日も寒い。マジで寒い。

 私はもぞもぞと布団から頭を出す。

 布団からできるだけ手を出さなくて済むように、枕元へと移動させてある目覚まし時計。先週の反省を活かして、布団の位置も修正済み。完璧。

「うぅん…」

 私は目線だけを時計へと向けて表示を確認する。

現在時刻は9時。内蔵されている温度計を見ると4℃。寒っ。

先週同様10時きっかりに浅井君と約束をしているので、1時間余裕を持って起きられたわけだ。計画通り。

「うぅん…?」

 ただ私の計算と少し違うのは、携帯のイルミネーションが点滅していること。

 10時になれば浅井君からのお叱りのメールがあると思うけれど、まだ9時だ。1時間前からメールを送って来るほど彼はせっかちではない。しかし青く光るイルミネーションは、間違いなく私が彼専用に設定したもので、私の携帯が私同様ドジっ子でもない限り彼以外の人間からのメールではないことは明らかだった。

 私は緩慢な動作で携帯の充電スタンドへと手を伸ばす。結局布団から思いっきり体を出すことになってしまった。

「ぬおぅ!!」

 思わず気合いの入った声を出してしまったけれど、4℃の部屋で布団から体を出さなければいけない状況なら仕方ないと思いませんか。思いますよね。思え。

 2つ折りの携帯をこじ開けるように指を入れて画面を開くと、新着メールが一件。


 送信時刻:08:12

 差出人:浅井啓司

 タイトル:無題

 本文:用事が入ったごめん。


 無題というタイトルに、淡白な本文。やはり彼からのメールだった。

 今まで彼が約束をドタキャンすることなんて滅多になかった。今まで偶然それがなかっただけで今回がその一回目、ということなのかもしれないけれど、午前8時にできる用事というものが想像できない。メールの本文はいつも淡白だけれど、ここまで短くて味気ないのは初めてだ。

 

 本文:わかった。また今度よろしく。


 私も短めにメールを送る。何か緊急な用事なのだろう。あまり長いメールを送っても迷惑かもしれない。彼のメールが味気なかったのは、きっと時間が差し迫って急いで打ったからだ。きっとそうだ。

 そう自分に言い聞かせて、携帯を枕元に置いた。


「あぁ…つまんない。」

 私は布団の中でもぞもぞと丸くなって呟く。急に予定を失って、本当にやることがない。高校の課題は昨日の夜に終わらせたし、予習も復習も終わったし、うちにゲームはないし、本は全部読んだし、あぁもう。

 私は遂に寝ていることにも飽きて、布団から抜け出す。体が寒さのせいで震える。腕を胸の前で組み、背を丸めて膝立ちになって暖房のリモコンを目指す。畳敷きの部屋の中央に敷いた布団。そこからリモコンを置いた机までが妙に遠い。まるで永遠に感じられる距離だ。

「あぁ…」

 私は力尽きてその場に倒れる。あぁ私もここまでか…短い人生だったけれど、楽しかったよ…。

 なんて展開になるわけがないので、というか、たかだか4畳半の部屋で力尽きてたまるか。私は怠惰な自分に鞭打って、リモコンへと這って行く。うん?自分に鞭打つって例えじゃなくて本当にやってる人いそうだな…。

「はぁ!」

 机まで辿り着いた私は、気合の入った声を上げてリモコンへと手を伸ばす。この長く苦しい旅もこれで終わりだ。これで遂に…。

 ピッ。

 短い電子音がして、頭上のエアコンから温風が吐きだされる。暖かいその風は、まるで私を褒め称えるかのようで。やった…私やったよ…。

 まぁ暖房つけただけなのだけれど。距離にしてせいぜい1mなのだけれど。


 少しずつ暖かくなる部屋に横たわって、私は再び携帯を手にとる。メールとか電話をするわけではなくて、みんながやっている登録制のコミニティサイトxmixを見るためだ。私はみんなが日記を書いたり掲示板に書き込んだりしたことをチェックするだけ。登録こそしているけれど、見る専門で自分から書き込むことは滅多にない。

「南さんと北山さんは買い物、川上さんは勉強、沢下さんは部活、細田君はランニング、太田さんは映画観賞、風間さんと谷君は食事、米沢さんと英さんと蘭さんと時原さんはカラオケ…」

 ぶつぶつと呟きながらみんなが書き込んでいる予定を見る。

 こうやって改めて見てみるとこれってある意味ストーカーにとっては嬉しい状況だよなぁ…リアルタイムでどこにいるか報告してくれるわけだし。まぁ書き込まなければいいだけだし、登録制でパスワードも必要だからそう簡単に見られるわけではないけれど。

「はぁ…」

 私はぼんやりと天井を見る。こういう時天井の染みを見るのが定番らしいけれど、私の部屋の天井はいたって綺麗。特に見るものがない。

「はぁー…げほっ」

 吐きだす溜息も尽きてしまった。

 どうしようもないので、再び携帯を手に取る。どうしようかと少し考えて、そのままxmixを開く。呟き(掲示板のようなもの)のスペースを選択して、携帯のボタンを押す。操作音を消している携帯、カチカチと気の抜けた音を立てる。


 本文:暇で死にそうです。誰か助けてください。


 なーんてね。

 誰かが見て連絡くれたら嬉しいなぁ、という淡い期待を込めて書き込んでみた。まぁそう都合良くxmixを見ているとも思えないし、私に連絡くれる人がそんなにいるとも思えない。学校では一応お嬢様キャラで通っているのだ。

 と、考えていた私が甘かった。マナーモードにしていない携帯は早くも着信メロディを熱唱し始める。そう言えば最近携帯が鳴っている場面に立ち会うことがほとんどなかったから、この歌を聴くのは久しぶりだ。というか連絡来るの早っ。

 つっこんでいても仕方ないので、私は着信メールを見る。


本文:優希ちゃん暇なら一緒にゴトーハツカドー行かない?

 差出人:平本春香


 最近席が近くなった同じクラスの平本さんからだった。なんというタイミングでxmixを見ているんだ。まぁそれはいいとして、ハツカドーということは多分買い物だろう。まぁそれはそれでいいかな。

と思ったところで、またもやメール着信。

 と思ったところで、またまたもやメール着信。

 と思ったところで、またまたまたもやメール着信。


 気づけば新着メールが32件。嘘でしょ…私こんなに友達いたっけ。

 クラスの垣根も学年の垣根も越えてメールが届いた。申請されるがままにフレンド登録していたから、かなり私の発言は広まってしまった模様。名前知らない人からも連絡来てるし。どういうことよ。


 ~♪


「ひっ!」

 今度はメールではなく、電話の着信メロディが鳴る。何に怯えているのか自分でもよくわらないけれど、何故か悲鳴が出てしまった。

 鳴り響く携帯を茫然と見つめる私。今度私と連絡を取ろうとしているのは誰?! 誰なの?!

 まるで腫れものに触れるかのように携帯へと手を伸ばす。誰からの連絡なのか、恐ろしくて携帯の画面が見られない。

「…うぅ!」

 意を決して通話ボタンを押す。知らない人だったら速攻で切ろう。そうしよう。

「もしもひ…」

噛んだ。

「あ、優希? 噛み具合が凄く可愛いけどまぁそれは置いといて、今暇なの?」

 あぁ、この声は…何回も聞いたことのある、慣れ親しんだ、この聞き飽きた声は…。

「…ひろみぃ…」

「…? なんだかちょっと失礼なこと言われた気がするけどそれはまぁいいとして。なんで蚊が叩かれて絶命するまでの最後の2秒間みたいな声出してるの?」

 別に連絡がくれた人と私の仲が悪いというわけではないし、連絡をくれるって本当はありがたいことだと思うのだけれど、あまりに唐突に大量の連絡が来すぎた。私は完璧に混乱していたのである。

「…えぇと、その…」

 一番の友達である宏美の声を聞いて多少落ち着きを取り戻した私だけれど、まだ冷静とまではいかない。うまく言葉が紡げず、宏美に説明できない。

「はぁ…まぁいいや。優希今暇なんでしょ? じゃあ法度駅まで出てきてよ。一緒にお茶でもしましょう。…今9時42分だから、10時30分くらいには来られる?」

「あ、うん…多分大丈夫。」

 宏美はテキパキと私に指示を出す。こういう頼りになるところはいつ見ても感心してしまう。宏美が男だったら私好きになってたかも。浅井君の次くらいに。

「微妙にノロケられた気がするけれど、まぁいいや。じゃあまた後で。寝癖は直してきてねん♪」

「寝癖のことは言わないで…」

 私が言い終わる前に、携帯からは通話が切れた虚しい音が響く。

 私は恐る恐る自分の頭へと手を伸ばす。掌にふわっと髪の毛が触れる。

寝癖がつきやすい自分の髪質を呪った、とある週末。

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