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12月第5週(6)~終末~

 週末のショッピングモール。地方都市のこの町では、人が最も集まる場所と言っていい。街全体が真っ黒に焦げた今でも、吹き抜けになっている中心部は人で溢れている。

 もちろん、買い物に来ているわけではないのだが。


 よく集まってくれた諸君。今日は君たちに決断してもらおうと思っている。簡単な二択問題だ。よく考えて選んでほしい。自らの行動の責任を負えるのは自分だけなのだ。誰かのせいにはできない。


「優希ちゃん、聞き入っちゃダメ。啓司の思うつぼよ。」

 はっとして我に帰る。

「啓司を見つけてぶっ飛ばすしかないわね。二手に別れましょう。」

 そう言って愛美さんは人ごみの中に消えていく。

 そういえば、私が初めて革命家の話に聞き入ったのもここだったな。今までそういう話題は意識から外していると思っていたのに、何故かその日は最後まで話を聞いていた。

 今ならわかる。

 浅井君を見つけたその時、それが始まりだったんだ。


 世界は終わる。何も学ばなかった愚かな指導者、何も考えない群衆、双方の責任で世界は無様に続いてきた。


 頭の中にやつの声が入って来る。不愉快だった。なのに、耳を塞ぐことができない。

 浅井君、どこにいるの? 誰かの声使うのなんてやめなよ。

 誰かのために、誰かを使って、それで自分は不幸になりますなんて。

 それで誰かが幸せになれるわけないじゃない。


 この世界は数多くの犠牲で成り立っている。自分の知らないどこかの誰かの犠牲で成り立っている。


 人ごみをかき分けて、浅井君を探す。

 不気味だった。これだけの人がいるのに、全員が一人の話を集中して聞いている。私が肩を押しのけても、ぶつかっても、誰も気に留めない。


 そして自分も、世界を成り立たせる犠牲の一つなのだ。だが今の世界は命を捧げる価値があるか。答えは否だ。


 そろそろ演説が終わる。あの時最後まで聞いたおかげで、演説の内容を覚えてしまったようだ。こんな形で役に立つとは、素直に喜べない。


 遥か昔から受け継いできたもの、それを後世へと伝えるのは我々の義務だ。我々は先に進まねばならない。今、この世界に終末を迎えよう。


「はぁ…はぁ…あぁ…」

 人ごみをかき分ける作業も、もう限界だった。

 近くの柱によりかかって、周りを見渡す。どこにも、浅井君の姿はない。

 浅井君、どこにいるの? 声を挙げてよ!!


 今ここで、君たちの意志を問う。私と共に終末を迎えるか。否か。その選択は君たちの未来を決めることになるだろう。


「浅井君! 聞こえてる?!」

 

 自分でも何をしているのかよくわからなかった。

 近くにあったベンチの上に立って、私は叫ぶ。声を張り上げる。


「聞こえてるよね?! ここにいるんでしょ?!」


 群衆の視線が泳ぐ。

 間違いない。どこかに浅井君はいる。


「浅井君、責任感じてるんだよね。田中君から、私を奪ってしまったこと。宏美から、田中君を奪ってしまったこと。自分から、田中君を奪ってしまったこと。それが許せないんだよね? 押しつぶされそうなんだよね? だから、世界を変えたいんだよね。神様を見返したいんだよね。でも、それじゃ責任なんか取れない。いや、取るべき責任が間違ってる。自分が不幸になったら誰かが幸せになると思った? なれるわけないじゃない。浅井君、いったい自分がどれだけの人に愛されてるか知ってる? 幸せになって欲しいって思われてるかわかってる? 田中君も、宏美も、あなたの両親も、愛美さんも、私だって。わかってるよね。じゃあ幸せになってみせてよ! それが責任取るってことでしょ?!」

 そう叫んでみても。声を挙げてみても。

 返事などない。

「浅井君、あなたの部屋、時計がないよね。今やっと意味がわかった。浅井君にはそんなもの必要ないんだね。責任を、自分のなかで背負いこんでるから。縛られる必要なんてないんだね。自分で自分を縛り付けてるから。だけどさ、もう自分を自由にしてあげてよ。時計がいる世界に帰ってきてよ。私ずっと待ってるよ。 私との約束覚えてる? 『お互いに、ありのままで接しよう。誤魔化したり、隠したりするのはなしで』って、浅井君から言ってくれたんだよ? 私嬉しかった。ちゃんと私と向き合ってくれる浅井君が大好きだった。もうこの約束何回破られたかわからないけれど、それでも、許してあげるからさ。だから、私のこと幸せにしてくれるって――」

 涙が頬を伝う。嗚咽が漏れ、息が苦しい。

「あの言葉は、あれだけは…嘘にしないでよ…」


 その時、空間の、緊張の糸が切れた。


 人ごみは喧騒へと戻り、週末のショッピングモールが帰って来た。

 これが、本当に先ほど話を聞いていた大衆なのだろうか? 不思議になるほど、あまりにも日常的だった。いつの間にか革命家もいないくなり、今ベンチに立っている私だけが、完璧に浮いている。

「あの…」

 はっとして私は声の主を見る。

 いつの間にか、眼の前にモップを持ったおばさんが立っていた。

「…はい?」

「そこ掃除するんでどいてもらっていいですか?」

「え…」

 そう言われて、慌てて辺りを見渡す。

 やばい、めっちゃ見られてる。

「す、すいません!!」

 急いでベンチを降りて、頭を下げる。

 涙ながらにベンチの上で声を張り上げる女子高生。

 完璧に不審者だ。


「優希ちゃん!」

 愛美さんが駆け寄ってきた。かなり群衆のなかで揉み合ったらしく、引っかき傷が痛々しい。

「あぁー良かった。無事だったみたいね。この人たち大人しく話聞いてると思ったら急に動き出して…啓司のせいかしら。」

 そういう愛美さんの肩越しに、こちらを見ている人影が見えた。行き交う人の姿が、まるでモザイクのようでもある。

「…浅井君?」

「え、どこに?」

 私の言葉に愛美さんが振り返る。その時には、もうその人影はなかった。


 一瞬の出来事だったけれど、私はそれで満足だった。

 彼がまた、会う約束をしてくれた、そんな気がしたから。


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