12月第5週(2)
ここまでハーレーが絵になる女性がいるとは、なんというか、日本人も捨てたもんじゃないな。まぁ愛美さんが抜群にスタイルがいいというのもあるだろうけれど。
「はい、着いたわよ…」
「なんで残念そうなんですか?」
「だって優希ちゃん思ったより抱きついてくれないんだもの…」
「聞いたのが間違いでした。」
それにしても家族全員でバイク乗りだなんて、ドラマの世界の話だと思っていた。いつの間にか私はテレビに汚染されていたらしい。その家族の中のバイクは18から、というルールを浅井君が破って大変だったんだとか。全く彼は何にこだわっているんだか。
そんなことを考えながらバイクを降りた私の眼に映ったのは、大きな民家。道路には残らない程度の雪であったが、家を凍えさせるのには充分だったようだ。うっすらと積もった雪が寂しげである。
「ここは…?」
「田中君の家よ。もうしばらく誰も帰ってきてないけど。」
その言葉にはっとしてもう一度家を見直す。これが田中君の家…。彼が姿を消してもう3カ月になる。浅井君の話によれば、今彼は世界のどこかで自分の存在と戦っている。
「できればここでは何も出てきてほしくないんだけど…一番何かありそうなのよね…」
愛美さんは渋い顔をして玄関へと向かう。インターホンもない古い扉。主の帰りを待っているのか、それとももう諦めてしまったのか、扉は無表情にこちらを見ているだけだ。
「えい。」
あっさり開けちゃった。愛美さん、せめて鍵を調べるとか…。
「やっぱり鍵なんてかけないわよね。田中君だもの。」
ずんずんと家の中へと進んでいく愛美さん。私は少し後ろめたさを感じながらも続いて家の中へと入る。
「お邪魔します…」
答える人はいない。
しばらく使われていないはずの家だが、特に汚れている感じはない。家の中を捜索していくが、不思議とどこも汚れていない。使われているわけでもない。誰かが掃除したかのような感じだ。モデルルームの感覚に近いか。
「何かあるわね…ちょっと奥までいってみるわ。」
そう言って、愛美さんは私と別れて奥へと進んで行った。
ただ待っているわけにはいかない。残された私も、違う部屋を調べていく。どの部屋も、極端にものが少ない。必要最小限というか、最小限が揃っているかも不安な感じだった。
そんな部屋の中で、一つだけ。
他の部屋と違って、扉が少しだけ開いていた。
「田中君の部屋…」
私は今までの後ろめたさをどこかへ押しやって、部屋の中へと入って行く。
田中君の部屋。浅井君の部屋とは対照的に、酷く散らかっている。この部屋だけは掃除の手が及んでいないようだった。必要なものを選別して、持ち出していったのか。どの箪笥の引き出しの中身も、いくつか中身が抜き取られている。
「泥棒が入ったわけじゃなさそう…田中君が旅立つ前に準備していったんだろうな。」
ひとしきり部屋を眺め、今度は机に視線を移す。同じように教科書やプリントが散らかっている。私は手近なノートを拾ってパラパラとめくる。人のノートを借りない性質の私にとって、自分以外のノートを見るのは妙に新鮮だった。
「田中君意外と真面目にノートと取ってたんだ…ん?」
私の目はノートの欄外で止まる。そこには、4つの島と3つの海。
「世界地図…」
良く見ると、何箇所かに点が打ってある。世界の都市だろうか。細かいところまではちょっとわからない。
「ここに行くつもりだったのかな…?」
思いを巡らせながら、ページをめくる。ページの隅、同じ場所にまた世界地図が書いてあった。良く見ると、点の数が一つ増えている。
毎ページ、一つの世界地図と、いくつかの点。ページが進むにつれて、点は増えていき、世界地図が黒くなっていく。
なるほど。
田中君、授業中ずっと旅のこと考えてたのか。
彼が世界地図を書いている様子を想像してちょっと微笑ましくなった。懐かしさで、胸がいっぱいになる。彼の快活な笑い声が、どこからか聞こえてくる。
田中君との出会いはなんだったかな。
確か、宏美の相談がきっかけだった気がするけれど。
キャンプの時はお世話になりっぱなし。
あ、私結局皿洗いしてない。
告白されたときはびっくりしたなぁ。
ページをめくり、彼の思い出をめくっていく。
ただ、私はわかっていた。
このページをめくって、辿り着くところ。
「――」
言葉が出なかった。
9月21日。
そこで、ノートは終わる。
彼は、私たちの高校生活から退場した。
その事実が、私の目の前に立ちはだかる。
その時、何がきっかけかはわからないが、ノートの間から何かがすべり落ちた。
私はほぼ反射的に、しゃがんでその紙を拾う。綺麗に折りたたまれた紙。どうやらノートを切り取ったものに書かれているようだ。
私は書かれている文字を目で追っていく。
それと同時に、私の中を恐怖か、それに近いものが支配していくのがわかった。
そしてそれは、9月21日に抱いた感情と同じもの。
その事実がまた、私の恐怖を増幅させていく。
神がいるかなんてよく分からないが、もしいるのだとしたら、僕は神のことが嫌いだ。
浅井啓司の意外なほど達筆な字で、そう書かれていた。




