一日目、挨拶は当然…!
話は義姉との出会いまで遡る。
幼い頃に親が離婚し、たった1人で俺を育ててくれた父さんが俺に再婚話を持ちかけてきた。
「ゾッコンラブだ」
離婚した母さんとは、大恋愛の末結婚という話を聞いていたのでそんなことを言われてもいまいち信憑性に欠ける。
聴いていくと、どうやらその相手方とは交際を始めてから2年になるそうだ。
思えば、その頃からスーツの着こなしが変わったような変わってないような…。
俺は試しに、そんな歳に不似合いな事を仰った父に反対してみた。
だが青春時代に戻ったように目を輝かせ激論する父さんを見ているとその想いが俺にも伝わってきた。
……。
やはり親子というのは何かしらどこかで似てしまうんだなぁ~なんて思った。
それにいつもと違うとても真面目な姿が見られたのもあって、俺は承諾することにした。
父さんは喜びの舞さえ踊らなかったものの、気持ち悪いくらいに顔がにやけていた。
相手方と会うときはその顔しないでほしいと心から願った。
それから数日して、その相手方が我が家にやってきた。
昼食には遅いが、ティータイムには少し早い時間帯。
ドアをノックする音。
今までに類を見ないほどの速度で駆ける我が父親。
はっ…速い!?
「あ、えー、まっ…待ちくたびれたよ…!」
とても嬉しそうに、だけど緊張してうまく舌が回っていないようだった。
それを見てふふっ、と小さく微笑む女性。
お義母さん。
そう呼ぶにはちょっと抵抗が出てきたほど若く見える。
というか若い。
「とりあえず立ち話もなんなんで、上がってください」
フィーバアァ!している父さんの代わりに俺は"二人"をリビングへと招く。
父さんにくっついて歩く女性。
謎のオーラ。
今思えば"らぶらぶ☆オーラ"なのだろうが…そんなものを感じて壁に寄った。
彼らの周りに見えない壁が見えた。
「なかなか面白いお義父さんだね」
もう一人の女性。
彼女は不甲斐ない我が父の背を見ながらそう言った。
彼女は俺の目の前で立ち止まる。
「ん~…。まぁ接しやすいじゃないですかね?良い意味で、お人好しですから」
でもシャイだね、と彼女は父さんを見て微笑む。
俺は苦笑い。
義姉。
家族をとても大切にしていそうな心の優しいお姉さん
そんなイメージの確立。
しかもお義母さんが美人なのを受け継いで当然この義姉も美人だった。
頼むからこのまま父の背を見ていていただきたい。
そんな希望はやむなく砕け、彼女はこちらを覗き込んだ。
「私の顔に何かついてる?」
っ…!
そりゃ…。
そりゃもうそんな顔されたら少しドギマギ(ちょっと古い気がする)してしまうワケで…。
自分で言うのもアレだが…。
多分、見惚れてる。
……。
いやいや…、よき姉(多分良い人だろう)となる相手にときめいてどうするんだ俺は…!
このままじゃヤバいと、義姉を視界から外そうと首を――
………。
……。
「ねぇ…」
嫌らしい笑み。
先ほどとは違う、何かに狙いをつけたかのような瞳。
油断したら吸い込まれてしまうんじゃないか?
しかも近い。
リアル・目と鼻の先状態。
体が硬直したように動けない。
ゴクッ――
俺はツバを飲んだ。
義姉は手をゆっくりと俺の頬へともっていく。
さりげない恐怖。
ある意味での期待。
「あ……あの…な…なにを――」
頬に添えられた手。
少しひんやりとしている。
「目、瞑って…」
「っ…!?」
何かを欲しているかのような表情。
の…飲み込まれる。
いっそのこと飲み込まれてしまおうか。
逆に何をされるか期待してたりもする…。
もう拒む理性も無さそうです。
俺はぎゅっと目を瞑った。
ええいっ!煮るなり焼くなり"キス"するなり好きにしてくれっ!
…………。
………。
……。
…。
むにん。
「いででで……」
頬が…頬が…。
「まったく…、スケベぃな義弟を持った私は悲しいよ」
彼女は呆れたように首を横に振った。
はっ!まさか…罠!?
な…なんて恐ろしいっ!
「えもしはへへひはおあ………。俺じゃ…ないじゃないですか」
「ふははっ、甘いな~。義理とはいえ…姉の誘惑に負けたのが悪い!」
「……」
反論のしようがない…。
というかよく何て言ったか分かったなぁ。
確かに…。
悪いのは、俺…なのだろう…多分。
「はー…」
よく分からない脱力感と謎の安心感。
何か一歩手前で踏みとどまった感じ。
壁にもたれ、目だけでリビングの方を見る。
「 」
「 」
お互いの話で盛り上がっている様だった。
アゲアゲだった父さんもどうやら落ち着きを取り戻したらしい。
「ほんとに…、お似合いだと思わない?」
「そう…見えます。でも何であんな中年のおっさんを選んだのか…」
彼女は笑む。
「恋に年齢なんて関係ないのサ!」
「………」
「何で黙るのさ」
「いえ、そういうの悪くないなーって」
ふ~ん――
彼女はいきなり俺の手を握った。
「ここじゃ寒いし、キミの部屋まで連れてってよ」
「え、だったら荷物届いてるし自分の――」
腕が強引に引っ張られる。
「い い か ら !」
これじゃどっちが連れて行かれてるのか分かったもんじゃない。
ひとつため息。
そして俺は大人しく自室へ招く事にした。
彼女は部屋に入ったかと思うと、周りを見て唖然とした。
「何か気になります?」
きょとん。
「凄くある」
「例えば?」
彼女は手を大きく広げる。
「何もないとことか、ダンボールが山積みになってるとことか」
俺は笑ってみせた。
「あぁ、そりゃ当然ですよ。ここ義姉さんの部屋ですから」
ギロッ―
白い目が俺に突き刺さる。
さっきの仕返しのつもりだ。
別に俺の部屋に連れて行ってもよかったんだけど、それは色々な意味で危ない。
結果的に義姉自身の部屋に連れてくることにしたのだ。
「寒くないし、手伝いもいるんだから一石二鳥じゃないですか」
明らかに不満そうに俺を凝視する、義姉。
俺とは異なった屈辱を味わうがいいっ!
今だけは悪役を気取ってみようと思う。
「ふふふっ…」
俺よりよっぽど悪役っぽくなっている、義姉。
そういえば先ほどからドアの近くに突っ立ったまま動こうとしない。
カチャッ―
鍵。
「あ~さ~は~か~……」
彼女は膝を曲げ、跳躍体勢に入った。
何か必殺技の構えなのだろうか…。
身構える。
「……なりぃぃぃっ!!!」
蛙のように俺に向かって跳んでくる人間のようなもの。
反射的に俺は回避を試みる。
だが、彼女は決して飛んで攻撃することだけが目的ではなかったようだった。
片足を俺の首へ引っ掛ける。
そのまま勢いで俺ごと床に激突。
俺、クッションにより後頭部へのダメージなし。
義姉、背中から強打。
「つっ…捕まえた~」
彼女は俺に足を引っ掛け、俺の首を軸にして回転。
人間業ではない。
そのおかげで俺は彼女のお腹をクッションにし、怪我をしなくて済んだのだ。
「大丈夫ですか…?」
そんな心配もつかの間。
彼女はつい先ほどのように俺の頬に手を添える。
手の向きが上下逆になっているので妙に不気味だった。
今度はどんなイタズラなんだろうか…。
「ねぇ、キスしていい?」
誘惑。
だがそれが罠である事は既に見抜いている。
自信を持って言って見せよう。
「出来るものならご自由に」
これで少しはぎゃふんと言わせる事ができただろう。
「じゃ、するよ?」
二度も同じ手が通用するものか。
「ほんとにしちゃうよ?」
俺だって成長しているのだ。
「聞いてる?」
なあに、目を開けてさえいれば下手な手に引っかかる事もあるまい。
「ねぇ?いいの?」
一度理性が切れた分、今は十分余裕がある。
「しちゃうよ?」
冷静に考えれば、どうってことないのだ。
「おーい」
これから姉弟となるのだ、こんなことで負けていてはいけない。
「ねぇ!」
……!
いつの間にか彼女の顔が俺の目の前にある。
俺に覆いかぶさるように。
垂れた髪から良い香りがしていた。
「していいの?」
「でも俺は目、開けてますからね」
「うんっ…いいよ」
目を閉じた彼女に再びドギマギしそうになる。
だが大丈夫。
彼女の顔が近づいてくる。
だが奪われる事はあるまい。
「もうっ!何で目つぶってくんないのさ~!」
きっとそんな事を言うのだろう。
………。
接する距離が短くなっていく。
……。
どこまで焦らす気だ…そんなムキになっていたら本当に…。
だが、それで突き放せば、それこそチェリーボーイ…。
忍耐だ…
…。
…。
…。
彼女の唇は既に俺の鼻よりも唇に近い位置にあった。
だがやはり俺の読み通り…。
ピタリと、義姉の動きが止まった。
た…耐えた…。
ようやく…。
そう思った瞬間――
「………!?」
―――――――!!!
……!?
…。
…!?
シコウテイシ。
既に、彼女の唇は俺の唇と接していた。
しかも、離れようとしない。
くっついてしまったように。
きっと、何秒の出来事なのだろうけど。
今の俺には、何十秒と感じられた。
…………。
………。
……。
…。
「ーーーーー!!」
俺は姉を突き飛ばす。
単純に、息ができなくて苦しかった。
どうやら本当に何十秒の出来事だったようだ。
「さっきは、お母さんが見てたからできなかったんだけど、どうやらちゃんとキミは分かってたみたいだね~」
「…………」
まだ整理ができずに混乱している俺に彼女は言う。
「気持ちよかったよ。キミとの…"キス"。 ねぇ、もっかいしようよ…?」
……っ。
……これは。
これは……危機だ。
俺にとって、最悪最大にして最強の…危機だ…。
キス魔の義姉が……やって来てしまったのかもしれない―――