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『謝れない人』

作者: ミオ
掲載日:2026/09/13

約束の日の夜、彼から連絡は来なかった。


「今日、連絡するって言ったよね」


翌朝、私がそう言うと、彼は少し眉を寄せた。


「いや、昨日は本当に忙しかったんだよ」


謝罪より先に、それが出た。


私は黙って彼を見た。


「……そうなんだ」


「それに、昨日の昼にも一回連絡しようと思ったんだけど、仕事の電話が入ってさ。終わったらもう遅い時間だったし」


「うん」


「別に約束を破ろうと思ってたわけじゃないよ」


「うん」


彼は少し安心したような顔をした。


自分の説明が、私に届いたと思ったのだろう。


「だから、そんな責められるようなことじゃないと思うけど」


その言葉を聞いて、私はようやく分かった。


この人は、私に謝っているんじゃない。


自分を弁護しているのだ。


「私、責めてるんじゃないよ」


「じゃあ、何?」


「約束を守れなかったことについて、ごめんって言ってほしかっただけ」


彼は黙った。


そして、少し困った顔をした。


「でも、本当に仕方なかったんだよ」


また、それだった。


仕方なかった。


忙しかった。


そんなつもりじゃなかった。


悪気はなかった。


彼の口から出てくる言葉は、いつも自分を守るためのものだった。


私はふと思った。


この人にとって「ごめん」は、関係を修復する言葉ではないのかもしれない。


「自分が悪かった」と認める、危険な言葉なのだ。


だから先に理由を並べる。


理由があれば、自分は悪くない。


自分が悪くなければ、謝る必要もない。


そうやって、いつも自分を守ってきたのだろう。


「分かった」


私はそれだけ言った。


「分かってくれた?」


彼は嬉しそうに笑った。


私は首を横に振った。


「事情は分かったよ」


「じゃあ――」


「でも、謝ってないよね」


彼の顔から笑顔が消えた。


しばらく沈黙が続いた。


やがて彼は、小さな声で言った。


「……ごめん」


私は頷いた。


それだけでよかった。


本当は、最初からそれだけでよかったのだ。


忙しかったことも。


電話が入ったことも。


悪気がなかったことも。


全部、そのあとでよかった。


けれど彼は知らなかった。


誰かに許してもらうために、正しさを証明する必要なんてない。


人との関係で大切なのは、


「自分が正しかったか」


ではなく、


「相手がどう感じたか」


だということを。


その日から私は、彼の言い訳を聞くたびに思うようになった。


この人は、自分が悪い人だと思われることを、恐れているんだ。


だから、何か起きるたびに真っ先に自分を守る。


そしてそのたび、


守られた「自分の正しさ」の陰で、


誰かの気持ちが置き去りにされる。


彼はきっと、


これからも謝ることよりも言い訳を選び続けるのだろう。


だから自分は悪くないと。


それを繰り返せば繰り返すほど、


気持ちを置き去りにされた人たちは、


その気持ちだけを彼に残して、


彼のそばから消えていく。


置き去りになっている誰かの気持ちが自分のまわりを取り囲み、


山積みになっていっても、


それでも彼は気づかない。


彼には永遠に見えないものだから。

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