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第六章 彼女の幻影





月曜日。

俺は教室に入ると自分の席に座った。

後から教室に入って来た水瀬がニコニコしながら俺の隣に座った。


「おはよ、恩田君……」


「おはよ……」


水瀬は俺の方を向いて、


「この間はありがとう。弟、凄く喜んでた」


俺は水瀬に微笑むと、


「そうか。それは良かった……」


と言った。


俺なんかでも役に立てるんだな……。


俺はふと窓際の席を見る。

しかしやはりそこに草森の姿は無かった。

ある筈はないのだ。

多分、彼女の体調は相当悪い筈なのだから。


「ほら、席に着け……」


教室の前の戸を開けながら担任の橋爪が入って来る。

そして教壇に立ち、教卓に両手を突くとじっと教室の中を見渡す。


何か、いつもと違うな……。


そう思ったのは俺だけじゃなかったと思う。


「出席を取る」


橋爪は淡々とクラスメイトの名前を読み上げて行く。

そして当たり前の様に草森の名前を飛ばして次の名前を読み上げる。


「今日は全員出席だな……」


そう言うとまたじっと教室の中を見渡す。


「えー、今日付けで草森さんが退学となった。以上だ……」


え……。

退学……。


俺は思わず立ち上がる。


「何だ、恩田……」


橋爪は俺をじっと見つめる。


「いえ……」


俺はゆっくりと椅子に座ったが、クラスメイトはじっと俺を見つめたままだった。

橋爪も視線を俺から外すとまたクラスの中を見渡す様に見た。


「じゃあホームルームを終わる」


そう言うと橋爪は教室を出て行った。


「おい、恩田……。どう言う事なんだよ……」


直ぐに坂下が俺の方を振り返る。


どう言う事かって訊かれても俺にもわからない。


俺は首を横に振る。


「草森さん、突然退学なんて……」


横の席から水瀬がポツリと言う。


どうせ、みんな、口で言う程には心配もしていないし、関心も無い。


俺はゆっくりと立ち上がって、教室を出た。

そして職員室へ向かう橋爪を追いかけた。


職員室の手前で橋爪に追い付き、


「先生」


と声を掛ける。

橋爪は俺の声に気付き、振り返った。


「恩田……。一限目始まるぞ……」


と言ったが、俺は橋爪の前に立ちじっと目を見た。


「わかった……。入れ……」


と職員室の戸を開けた。

そして進路指導室の戸を開けると、


「此処で待ってろ」


と言い、橋爪は自分の机に戻り、出席簿を置いた。


俺は進路指導室へ入り、パイプ椅子に座る。


指導室の戸が開いて、橋爪が入って来る。

そして手に持った缶コーヒーを俺の前に一本置いた。

俺は橋爪に頭を下げてじっとその缶コーヒーを見つめる。


「何だ、聞かされてなかったのか……。草森が退学する事……」


俺はコクリと頷く。

橋爪は小さく頷くと、


「そうか……」


と言う。


橋爪は缶コーヒーを開けるとグビっと一口飲んだ。


「草森は昨日で出席日数が足らなくなった。勿論、病気だという事で酌量の余地もあったんだが、草森の方が拒否してきた。もうしばらく退院出来ないらしくてな……。うちの学校は同じ学年は二度までしか出来ない規則になっていてな。草森は今年で二度目の二年生になるからな……。どの道、卒業は難しかったんだろうな。俺も電話では話したんだが、本人もこの先、進学出来る様になれば大検を受けるって言っているらしい」


俺は顔を上げて、


「らしい……」


と言う。


橋爪は缶コーヒーを飲んで、


「ああ、あの、あれだ……。本人は話しも出来ないらしい……。だから彼女のお母さんと話をした」


橋爪の言葉に俺は小さく頷いた。


橋爪の話は全て納得だった。

確かに彼女は今年二回目の二年生で、この学校は同じ学年を二度しか出来ない事も知っている。


「お前、病院に見舞い、行ってないらしいな……」


橋爪はそう言って缶コーヒーをテーブルの上に置いた。


「草森のお母さんが言ってた。クラスメイトは誰も来ていないって……」


俺はコクリと頷く。


「まあ、行っても会えないのかもしれないけどな……」


橋爪はゆっくりと立ち上がった。


「そう言う事だ……。ほら、話は終わりだ。教室に戻れ」


橋爪はそう言うと指導室の戸を開けた。


俺は立ち上がるとテーブルの上の缶コーヒーを取り橋爪に渡した。


「ありがとうございました……」


俺は頭を下げるとそのまま職員室を出た。


教室には戻らず、俺はそのまま屋上に上がった。


九月に入り、暑さはマシにはなったが、まだ充分に暑い。


俺はポケットからスマホを出すと、カークにメッセージを入れた。


《退学したんだってな》


そう入れて送信ボタンを押す指を止めた。

そしてそのメッセージを消してスマホをポケットに戻した。


そんな事を訊いても何の意味もない……。


俺は屋上から見える街の風景を見つめる。


会いたい……。

草森に会いたい……。


俺は屋上を飛び出して階段を駆け下りた。






俺は学校を出て、そのままバスに乗った。

草森の入院している病院へは駅の傍のバス停から少し行ったところだった。

新しく出来た大きな病院で、設備も新しいと聞いていた。


俺はバスを降りると、その病院へと入る。

午前中の病院は混んでいて、大勢の患者が待合室に溢れていた。


俺はリノリウムの床をペタペタと歩き、ポケットから橋爪がくれたメモを取り出す。

そしてエレベータに乗った。


扉が開くと、またリノリウムの廊下が広がる。

俺はゆっくりとそのフロアに下り、周囲を見渡す。

若草色のその床は、その色とは違い、何の温かみも無い。

俺には死ぬのを待つ場所に思えた。


草森……。


俺は草森の病室へと歩く。

来たことも無い病院だったが、不思議と草森の病室がわかった。

そして部屋を見付け、ドアノブに手を掛ける。

ネームプレートを見るとプリンターで打ち出された文字で「草森香奈江」と書いてあった。

その文字を見ると俺はドアノブから手を離す。

そして病室の前を離れ、足早にエレベータへと向かった。

俺はボタンを押すとエレベータに乗り込み、一階のボタンを押した。


俺はそのまま病院を出た。


草森を最後に見たあの時のまま、俺の記憶には留めておきたかった。

無性にそう思ってしまった。

それに病で弱った姿を見られたくない事もあるだろう。


俺は病院を出てバス停に立つ、バスは直ぐにやって来て、俺は乗り込んだ。

そして一番後ろの席に座った。


バスは走り出し、病院から遠ざかって行く。


「草森……」


俺はポケットからスマホを取り出した。


《退学したと聞いた……》


そうメッセージを送った。


車窓の風景は流れ、夏の名残りが勢いよく流れて行く。

俺はその風景をじっと見つめる。


もう彼女とは学校で会う事は無い。


そんな思いが俺の中で重く沈殿して行く様だった。


スマホが震え、俺はスマホの画面に視線を落とす。

カークからのメッセージが来ている表示があった。


《うん……。出席日数が足らないって言われたからね。仕方ないのよ》


橋爪に聞いた事と同じ事が書いてあった。


《そうか……。少し寂しいな》


俺はそう返してスマホをポケットに入れた。

 





俺は学校に戻り、昼休みの間に教室に戻った。


「何処行ってたんだよ……」


坂下は振り返り、そう詰め寄る。


「ああ、少し気分悪くてな……。保健室で寝てた」


「何だよ、そうだったのか……。草森の事で橋爪に噛み付いてどやされたのかと思ったよ」


俺は坂下に微笑むと、横に座る水瀬を見る。

水瀬は黙ったままじっと俺を見ていた。


坂下が前を向いたところで、水瀬が小声で言う。


「保健室って噓でしょ……。朝、学校を出て行くところ見たし……」


俺は無言で頷いた。


「ああ、ちょっと用があってね」


と言うと、水瀬は身を乗り出して来た。


「草森さんの所でしょ……」


俺は微笑んで目を伏せた。


「そっか……」


水瀬はそう言うと席を立った。


俺は窓際のぽっかりと空いた草森の席を見た。

どうも周囲のクラスメイトも俺の事を気にしているらしく、誰も俺に声を掛けようとはしてこなかった。


するとポケットの中でスマホが振動する。

俺はスマホを出して画面を見る。


《退学の事、みんな驚いていた……》


《ああ、びっくりしてたよ》


俺は嘘を付いた。

誰も草森の退学に関しては反応しておらず、俺の方を同情の眼差しで見ていた程度だった。


《嘘が下手だね……》


カークのメッセージはすべてを見透かしている様だった。






授業が終わり、俺は学校を出た。

すると校門の前に坂下と水瀬が立っていた。


「おう」


と坂下が手を挙げる。


「一緒に帰ろうぜ」


そう言う坂下の隣で水瀬が微笑んでいた。


「ちょっと寄り道しようよ。限定のパフェが今日からなんだ」


と水瀬が言う。

正直そんな気分でも無かったが、水瀬と坂下の気迫に押されて俺は承諾した。


「限定のパフェってのが女の子らしいな」


「あ、女の子だし」


と坂下と水瀬は俺の前ではしゃいでいる。


「ねぇねぇ、草森さんとはどんな店に行ってたの」


と水瀬が肘で突いて来たが、俺は首を横に振った。


「何処にも行った事無いよ。付き合ってる訳でも無いしな」


俺は少し早くなった日暮れの空を見ながら答えた。


「え……」


水瀬は立ち止まり俺を見る。


「何だよ……」


俺は立ち止まり、そんな水瀬を振り返ると、水瀬は表情を戻し、


「ううん。何でもない」


とまた俺たちに追い付いた。


「しかし、酷いよな。病気で入院してても退学だもんな」


坂下はガードレールの支柱を鞄で叩きながら言う。


「まあ、本人の意向らしいから、仕方ないよ」


俺は微笑んで言った。

それを横で見ていた水瀬が俺を見て笑った。


「何だよ……」


水瀬は首を横に振った。


「ううん……。良かったよ。思ったより元気そうで」


そう言うと俺の前を歩いた。


そんな二人の後ろ姿を見て俺は微笑む。

二人なりに俺の事を心配してくれていたらしい。


草森と直接話した事など、殆どない。

カークとしてメッセージのやり取りをしているだけで、彼女の肉声を思い出そうにも、あの屋上で話した以外は思い出せない程だった。


「おい、恩田。早く来いよ」


少し前を歩く坂下が大声で言う。

俺は二人を少し小走りに追いかけた。


喫茶店に入り、水瀬は限定のパフェを、坂下は甘そうな生クリームたっぷりの名前も覚えきれない様な飲み物、そして俺はアイスコーヒーを頼み、一時間くらいその店で話した。

もしかしたらこの学校に入って、こんな事をした覚えがなかった。

二人は草森の話題にも触れず、誰が誰と付き合いだしたとか、そんな色恋の話をしていたが、俺にはまったく興味の無い話だった。






家に帰ると、母さんが夕食の準備をしていた。


「おかえり。今日はとんかつよ」


と訊いてもいない晩飯のメニューを言って来る。


「はいはい……」


俺はそう答えて部屋へと階段を上がる。

そして部屋に入るとそのままベッドに横になった。

部屋の窓から見える風景は薄暗く、周囲の家の灯りだけが目に映る。


俺はポケットからスマホを出した。

メッセージが来ていて、それを開く。

カークからだった。


《病院のご飯は、自分が病気だと思い知らされるためにあるみたい》


そんなメッセージと病院食の写真が送られていた。

お世辞にも美味しそうとは言えない病院食の写真だった。


《確かに……。俺はそんな飯を食わされるなら、脱走するかも。ちなみにうちはとんかつらしい》


そう返すと、直ぐに返信が来た。


《いいなあ。とんかつの密輸を所望》


俺はその返信にクスリと笑った。

そして今日行った病院を思い出した。

病院には自分が病気だと思い知らされるモノが沢山ある。

俺はあのリノリウムの床を思い出し、眉を寄せる。


《密輸か……。食って良いのなら幾らでも持って行くけどな》


俺はそう返してスマホをベッドの上に放り出す。

そして起き上がり制服を抜いた。


《食べ物くらい好きに食べさせてくれたら良いのに……》


その一文が何処と無く切実なモノに感じた。


《まあ、退院したら食いに連れてってやるよ》


そんな宛ての無い約束をした。


《やったね。とんかつゲットだぜ(笑)》


俺はいつもより元気そうなカークのメッセージを見て微笑んだ。







「何かクラスメイトが一人辞めたんだって……」


母さんが夕食を食べながら言う。

父兄にも退学者が出た時などのメッセージが入る事になっている。


父さんは仕事で帰りが遅く、二人で食べる事が多い。

それ以前に一人で食べる事も多いのだが。


「ああ、病気で入院してる奴でさ。昨日の時点で出席日数が足らなくなったらしくて」


「そうなのね……。病気で学校来れないのも可哀そうよね……」


母さんはとんかつを口に入れた。


「留年してる子でさ。去年も二年生だったらしいんだ。ほら、うちの学校って同じ学年を二回までしか出来なくてさ。仕方ないらしい」


俺もとんかつを口に入れた。


「そっか。早く退院だけでも出来れば良いのにね」


俺は母さんの話に無言で頷いた。


「男の子、女の子」


「ああ、女の子……。草森さんって子」


俺はお茶碗を出してお代わりを母さんに頼んだ。

母さんはご飯をよそって俺の前に置いた。


「何処が悪いの……」


俺は味噌汁を口にして、


「心臓みたい……。もう何年も入退院を繰り返してるらしいけど」


そう言うと、母さんは小さく頷いていた。


「詳しいわね……。何、気になる子なの」


俺は箸を止めて母さんの顔を見る。


「あのな……。クラスメイトってだけだよ」


母さんはニヤニヤしながらじっと俺を見ていた。


「本当だって……」


「まあ、そう言う事にしておきましょう」


と言って立ち上がり、冷蔵庫から冷たい麦茶を出して来た。






夕食を食べて風呂に入ると俺は自分の部屋に戻った。

そしてベッドの上に放置していたスマホを手に取る。

またカークからのメッセージが来ていた。


《自分だけ、美味しいとんかつ食べてるんでしょ》


《こっちが不味い餌みたいなご飯食べてるのに》


《おーい。返事しろ》


と夕食と風呂の間に幾つもメッセージが来ていた様だった。


《飯食って、風呂入ってたんだよ》


俺はそう返して返信を待った。

直ぐに返信は来る。


《お風呂か。いいなぁ……。お風呂入りたいよ》


そうか、入院すると風呂も入れないんだな……。


俺はスマホの画面を見つめたままそう考えた。


《じゃあ、退院したら一緒に風呂も入るか》


勢いでそう送った。

するとまた直ぐに返信。


《エッチ》


そんなメッセージだった。

しかも立て続けに十件程、同じ《エッチ》という返信が来た。


《わかった、わかった。冗談だよ、冗談》


《わかってるし》


そんなつまらんやり取りを俺とカークは寝るまで続けた。






次の日、俺が学校に行くと、俺の席にサッカー部の秋吉先輩が座っていた。

俺も退部しているし、秋吉先輩も引退しているのでまったく関係の無い相手だった。


「おう、恩田……」


秋吉先輩は教室に入った俺に気付き、立ち上がった。


俺が無言で頭を下げると、秋吉先輩は俺の肩に腕を回して、


「ちょっと話があって……」


と俺を教室の外に連れ出した。

俺は慌てて机の上に鞄を置いて、秋吉先輩と一緒に渡り廊下まで歩く。


「お前、草森と同じクラスらしいな」


俺は先輩の口から草森の名前が出るとは思ってもみなかった。


「あ、はい……」


「草森、退学になったって聞いてよ」


俺は無言でコクリと頷く。


「何でだ……」


「草森……、草森さん。入院してるらしくて、出席日数が足らなくなったらしいですけど」


秋吉先輩は大きな息を吐いた。


「ああ……、そう言う事か。去年もあいつ、休んでたモンな……」


先輩は手摺に肘を突いて向こうに見える街を見た。


「お前のクラスの奴に訊いてもさ、恩田なら知ってるかもって言うからよ……」


「はあ……」


俺は秋吉先輩をじっと見る。


「いや、だから待ってたんだけどな」


先輩は俺の肩に手を乗せた。


「入院している病院とか知らないのか」


俺はポケットの中にある橋爪に貰ったメモを握りしめた。

そして首を横に振った。


「どうも、本人の希望で入院先も教えられないって事みたいです……」


先輩は再び街を見て、顔を顰める。


どうやら秋吉先輩は草森の事が好きみたいだ。


俺はそう思った。


「そうか……。悪かったな。ありがとう」


先輩はそう言うと踵を踏んだ靴でパカパカと音を鳴らしながら帰って行った。


教室に戻ると、クラスメイトがざわついていた。


「おい、大丈夫か」


と坂下が席に座ったまま振り返る。


「何が……」


「いや、草森の事だったんだろ……」


俺はじっと坂下を見た。


「違うのか」


「いや、違わないけど……」


俺は机の上に放り出していた鞄を机に掛けた。


「あの先輩は草森の事が好きみたいだな……」


俺がそう言うと坂下は俺に顔を近付けて、


「だったら、ライバルじゃんかよ」


と言って俺の肩を叩いた。


「馬鹿、そんなんじゃないよ」


「おいおい、勝者の余裕ってか」


俺は坂下を睨む様に見た。


「ほら、ホームルーム始めるぞ」


と橋爪が教室に入って来た。






俺は昼に購買に並んでパンを買った。

そして缶コーヒーを買うと、それを持って屋上に上がった。

最近はこんな昼飯が多い。

坂下は学食でいつも定食を食べていて、俺は混んでいる学食が嫌で、いつもパンを食べている。

隣に座る水瀬が「一緒に食べない」と誘ってくれるが、俺はどうも一人が楽でいいらしい。


少し霞んだ街を眺めながら、パンを口に入れて缶コーヒーで流し込む。


ポケットの中でスマホが震える。


《お昼は何食べてるの》


とカークからのメッセージで、また不味そうな病院食の写真と一緒に送られて来た。


俺は屋上から見える街の風景を写真に撮ると、それと一緒にメッセージを送った。


《お昼は購買のカレーパンと缶コーヒー》


《購買のカレーパンか……、食べた事無いな》


と返信が来る。

特にカレーパンが名物と言う訳でも無く、ごく普通のカレーパンだった。


《美味くもなく、不味くもないカレーパンだ》


《カレーパンってだけで美味しそうに聞こえるよ》


《じゃあ退院したらカレーパンも食わせてやるよ》


《やった。カレーパンもゲット(笑)》


俺はそのメッセージを見ながら笑った。


《そう言えば、秋吉先輩が今日の朝、クラスに来た》


そう送ると、しばらく返信は来なかった。


何だ……。

どうしたんだ。


俺は缶コーヒーを飲み干して、街を眺める。

それでも返信は来なかったので、俺は屋上を出る事にした。

するとスマホが振動した。


《秋吉君……、何か言ってた》


彼女の返信が遅かったのが気になったが、


《入院している病院知らないかって訊かれたから、本人の希望で誰にも教えていないって聞いていると伝えといた》


それには直ぐに返信が来た。


《ありがとう。それで良いよ》


俺はそのメッセージに微笑み、スマホをポケットに入れた。






俺はその日、真っ直ぐに家に帰り、ベッドに横になった。


《ベッドの上の囚われ人はそろそろキツイ》


カークからそんなメッセージが来ていた。


《だろうな……。見舞いに行って話し相手になってやろうか》


と返した。


《病院もしらないくせに……》


実は病院を知ってて、一度ドアの前まで行った事もある。

そう返そうとして止めた。


《話し相手はこのメッセージで充分だよ》


と立て続けに彼女からメッセージが来た。


《それもそうだな……》


俺はそう返す。


窓から夕焼け空が見える事に気付き、俺は写真を撮り、彼女に送った。


《綺麗だ。私はやっぱり夕焼け空が好き》


俺はそのメッセージに微笑んだ。


《太宰の走れメロスでさ、沈んで行く太陽の十倍も速く走ったってやつ、知ってるかな》


確か中学の時の教科書に載ってた。


《ああ、知ってるよ。沈む太陽の速度ってどのくらいなんだろうな》


《太陽の速度って時速千四百キロなんだって。って事はその十倍って言うと時速一万四千キロって事になるのよ。百メートル走だと百分の二秒。誰にも抜かせない記録だね》


彼女は博識だ。

俺はそう思ってスマホの画面を見ながら微笑む。


《メロス、恐るべしだな》


《でも、私はメロス好きだよ。友達のために命賭けて走るなんて。誰にでも出来る事じゃないし》


確かにそうかもしれない。

俺は少し考えさせられた。






その日の夜、いつもの様に夕食を食べて風呂に入りベッドに戻った。

カークからのメッセージはスマホになく、俺は、夕方かなりやり取りしたから疲れて寝てしまったのかと思い、机に座って宿題をやった。


他の学校に行っている友達に聞くと、うちの学校は宿題も少ない方だと言っていた。

それが故にたまに出る宿題が正直ウザい。

俺は日が変わる頃まで掛かり宿題を終わらせると、ベッドに放置していたスマホを手に取る。

やはりカークからのメッセージは来ていなかった。








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