第三章 夕焼けとブックカバー
宿題……。
夏休みには付き物で、流石に高校生ともなると、絵日記なんて宿題は無いが、問題集が山ほど出る。
俺は朝から机に向かい宿題を捌いていた。
捌くという表現が最適解で、この問題集には解答が付いて来る。
それを書き写すのが俺の、いや、俺たちの宿題だったりする。
高二の俺に与えられた四十日の夏休みと言う時間はそろそろ終わるらしいが、実感はない。
この時間を受験勉強に費やした奴も居るらしいが、俺にはその選択肢は無かった。
今日は坂下も宿題に取り掛かっているらしく、朝から何度も愚痴の様なメッセージが来ていた。
昨日の夜、カークからのメッセージには、
《苦しみは早めに乗り越え、残された時間は好きに使う方がいい》
とあった。
わかっているのだが、なかなかそれが出来ないのも現実だった。
《頭では理解しているが、それがなかなか出来ないのも現実……》
《悲しい現実だね》
俺はカークのメッセージに苦笑した。
机の隅に置いたスマホが振動する。
画面には坂下の名前が表示されていた。
「はい……」
俺は電話に出てそう返事をする。
「恩田……。やばいよ……、こんなモン、終わる気がしねぇ……」
坂下は相当苦しんでいる様だった。
「後、英語と現国、それに数2もある。あー読書感想文もだよ……。死にてぇよ」
去年も同じ様な事を言っていた気がする。
「そんな事で死んでいたら、もう何年も前に死んでるだろう」
「まあ、それはそうか……」
坂下はそう言ってケラケラと笑っていた。
「まあ、後数日だ。もう遊べないな……」
坂下はまだ遊ぶ気でいたらしい。
「そう言えば、水瀬から連絡来る……」
坂下は突然話題をすり替えた。
水瀬は八月の頭頃に坂下たちと一緒にカラオケに行ったクラスメイトの女子だった。
「ああ、連絡先は交換したけど、何もないな……」
「はぁ……。もしかしてお前、連絡先交換しただけで、お前からメッセージ送ったりしてないんじゃないだろうな……」
坂下の言う通り、俺からはメッセージを入れてない。
「何やってんだよ、お前……。そう言うのは男から入れてやらないと送り辛いだろう……」
俺は無言で坂下の話を聞いていた。
「案外、最初のメッセージって勇気いるんだぜ……」
坂下はそう言うと電話を切った。
しかし、俺の頭の中には坂下の言葉が残っていた。
最初のメッセージって勇気がいるのか……。
俺はカークから来た最初のメッセージを思い出した。
《明日の君、明日の私。今日と何が違う……》
確かそんなメッセージだった。
「明日の君、明日の私。今日と何が違う……か……」
何が違うんだろうな……。
俺は我に返り、問題集に解答を書き込んで行った。
右手が腱鞘炎になる程、勉強した。
と言いたいところだが、解答を写しただけで、何も頭には入っていない。
ふと窓の外を見ると、夏の空が一面に広がっていた。
「何だよ……。また雨か……」
俺は空を見上げて呟く。
薄く開けていた窓を閉めて、エアコンをつける。
かなり扇風機だけで頑張っていたが、年々暑くなるこの地球にはエアコンはもう外せないモノになってしまった。
雷鳴が轟く。
窓から空を見上げると大きな積乱雲が見えた。
「これは本格的だな……」
俺は椅子に座ってクルリと一周回る。
夏はあまり得意な方ではない。
どちらかと言うと秋や冬の方が好きかもしれない。
それでも今は一年の半分を「暑い」と言いながら過ごして居る気がする。
それ程に地球の温暖化は進んでいるのだろう。
ポツポツと降り始める雨。
そんなイメージはあるのだが、今日の雨は一気に降り始め、熱を持った大地を一気に冷やす様に降り注いだ。
窓ガラスにもまた強く打ち付ける大粒の雨。
それと同時に雷鳴が再び轟き、辺りを明るく照らした。
どうやら近くに落ちた様だ。
俺はじっと窓の外を見つめる。
再び外が明るくなり、大きな音がした。
だけど、夏の雷鳴は嫌いではない。
何となく非現実的な世界の様な気がして、自然には絶対に一緒に照らされる事の無い断面を照らす光。
胸が震える程の轟音。
机の上に置いたスマホが震える。
俺はまた椅子を回して身体を机の方に向け、スマホを手にした。
画面にはカークのアイコンが光っていた。
《雷鳴が苦手。窓の外が不自然に照らされるのが不気味……》
やはりカークの文学的センスには付いていけないのかもしれない。
《俺は苦手では無い。直撃さえ回避出来れば……》
と返す。
カークは怯えているのか、直ぐに返信が来た。
《幼い頃は本気で臍を取られると信じていた。出来れば臍は維持しておきたい》
さっきの文学的なメッセージとは少し違った文章で、俺はクスリと笑った。
《多分、この世で雷に臍を取られた奴は存在しない筈だ》
そう返す。
《臍の問題は別として、この自然界最大の派手な演出は不要なモノだと思う》
カークらしいメッセージだ……。
俺はそう思い、自然と笑顔になった。
《心臓には確かに悪いのかもしれないな……》
そう返信した。
そのやり取りはその俺の一言で終わった。
雷がどんどん遠ざかって行くのと同じ様にカークとの距離も広がった様な気がした。
夜になると、空には星が輝いていた。
雨が降った後の空は綺麗で、よく星が見える。
俺はシャワーを浴びた後の髪を拭きながら空を眺める。
そして机の上のスマホを手に取る。
メッセージは無かった。
ホッとした様な、残念な様な……。
俺は机の上にスマホを戻す。
まだ、カークからの連絡の時間には早い。
俺はもう少しで終わる問題集の続きを開く。
俺は坂下と比べるとラッキーで、選択科目のチョイスの結果、面倒な宿題が少ない。
主要な科目の宿題さえ済ませれば夏休みの厄介ごとをクリアできる。
と、言っても解答を写しているだけなのだが。
スマホで音楽を流しながら、俺はまだ違和感の残る手に赤ペンを握った。
解答を書いてそれに丸を付ける。
そこまでが宿題で、適度に間違えた結果にして、直した演出をする。
自分で解いた問題であれば、そんな事をする事も無い。
しかし、俺が今できる精一杯の演出なのかもしれない。
どのくらいその偽装工作を続けていたのだろうか。
気が付くと壁のデジタル時計は日付を進めていた。
俺は、問題集を閉じて、参考書の山に埋もれてしまったスマホを探し出した。
カークからのメッセージが届いていた。
《雨上がりの空、星が綺麗……》
メッセージはいつもの様に冷静さを取り戻したのか、何処か文学的に聞こえる。
《俺も多分、同じ空を見ている……》
俺はそう返信して窓から空を見る。
カークも見ているのか……。
この星空を……。
そう考えると何処と無く嬉しかった。
《空は何処までも同じ空。並んで見上げる空だけが本当に同じ空……》
カークの言う通りだ。
同じ空でも何処から見るかでその表情は違う。
《同じ時間に同じ様に空を見上げる。それだけでも俺は同じ空だと思う……》
カークはまた俺の返信に黙ってしまった。
もう返信は返って来ないだろう……。
俺は今までの経験でそんな気がした。
俺はスマホをベッドの上に放り出して部屋の灯りを消した。
そしてベッドに横になった。
しかし、これがカークを怒らせてしまった訳では無い事が理解出来る様になっただけで、俺は少し進歩している様だ。
暗い部屋の見慣れた天井を見上げて、俺は時折思い出す。
屋上で見た草森の表情。
プールで見た彼女の水着姿。
教室で窓の外を見つめる彼女。
どれも俺の脳裏に焼き付いている。
「草森香奈江か……」
俺はそう呟く。
しかし、俺の中では既に草森とカークは同じ人物で、教室の片隅でいつも草森が読んでいる本が、夜に送られてくるカークの語彙力を作り上げている。
そんな公式が成立している。
そして俺もそれに追い付く様に本を読んでいる。
一向に俺の語彙力は向上しないが。
スマホが不意に振動する。
俺は慌ててスマホを手に取り、暗闇の中で画面を開いた。
《明日の夕暮れ時、屋上に来て……》
え……。
俺はそんなメッセージに驚いた。
屋上に……。
カークと、いや、草森に会えるのか……。
俺の胸は躍った。
そして起き上がって目を瞑ると、大きく深呼吸した。
《わかった》
俺はそれだけ返信した。
翌日の俺は、朝から動揺していた。
朝からと言う表現が正しいかどうかわからない。
昨晩のカークのメッセージから実は一睡も出来ていない。
俺は残りの宿題を進めながら、何度も時計を見ていた。
そして、今日はいつもに増して書き写した解答も頭に入らない。
勿論寝不足のせいもあるのかもしれないが、それ以上にカークとの約束が気になって仕方がない。
何度時計を見ても夕方までの時間は縮まらない気がする。
母さんが準備していった昼飯の味もわからない。
初デートの待ち合わせの様にも感じる。
いや、俺の中では初デートに限りなく近いモノで、会ったら何を話すかをずっと考えている。
考えてみれば、草森と会話を交わした事は一度もない。
カークとの会話もSNSのメッセージだけ。
そんな事で俺は屋上で会話を交わす事なんて出来るのだろうか。
俺は溜息を吐く。
そして窓の外を見る。
今日は昨日の雷鳴の空とは違い、夏の快晴で、気温もかなり高い。
夕方とは言え、まだ気温は下がる時間では無いだろう。
約束の時間にはまだ早いが、俺は居ても立っても居られず、早めに出掛けようと思い、顔を洗い、服を着替えた。
そして鏡の前に立つと何か違う気がして、別の服を出し着替える。
そして、ふと我に返る。
これじゃ完全にデート前の男だ……。
俺は脱力して服を広げたベッドに座り込んだ。
草森はどんな格好で来るのだろうか。
あまり気合を入れて行くと彼女に引かれるかもしれない……。
俺は最初に着た服に着替えて家を出た。
駅前に着くと、本屋に入る。
読み終えた本の作家の別の本を買う事にした。
レジに並んでいるとブックカバーが売っている事に気付く。
草森が掛けているブックカバーによく似た柄の色違いで、俺はそのカバーの赤い色を手に取った。
「すみません。これも下さい」
俺は本と一緒にブックカバーをレジに出す。
そしてスマホのバーコードで会計を済ませると、
「このブックカバーをお付けしましょうか」
と店員は言う。
「あ、はい……。お願いします」
そう言うと会計の列を避けて立った。
「お待たせいたしました」
店員は買った本を俺に渡し、頭を下げた。
俺も頭を下げると本屋を出て駅へと向かった。
夏休みで定期が切れている事もあり、ICカードの残額を確認する様に自動改札を通る。
残高はまだある様だった。
俺はホームへ上がると、さっき買った本を開く。
しかし、当然なのだが、内容なんて頭には入らない。
電車がホームに入って来るのと同時に俺は本を閉じた。
学校に着くと、グラウンドからサッカー部の練習の声がしていた。
去年の夏休みは同じ様に、俺もサッカーの練習を汗だくになりながらやっていた。
今はそんな過去に未練もない。
「おー、恩田」
金網の向こうにいたサッカー部の顧問、田路先生が俺に声を掛ける。
「何だ、今日は……」
俺は特にサッカー部と喧嘩別れした訳ではない。
チームメイトだった連中まではわからないが、特に仲が悪くなった感覚は無かった。
「あー、ちょっと図書室に……」
俺がそう答えると、田路先生は腕時計を見た。
「そうか……。サッカー辞めて読書か……」
と俺が手に持っている本を見て微笑んだ。
「またいつでも戻って来いよ……。お前なら大歓迎だ」
田路先生はそう言うと大声で支指示を出していた。
俺はその隙に頭を下げて、校舎の中に入った。
そう、今日の俺はそれどころではない。
俺は日暮れまでまだ時間があるので、教室に行く事にした。
誰も居ない階段を上がり、廊下を歩く。
文化部の連中も居るには居るのだろうが、既に部活は終わっているのかもしれない。
教室の鍵は開いていた。
俺は教室の中に入り、窓際に立ち、グラウンドのサッカー部の声を聞いていた。
俺が入学するまではラグビー部もあり、グラウンドの使用が分けられていて、午前中にサッカー部、午後からラグビー部といった感じだったらしい。
しかし、部員が減り、近くの学校と合同でのチームと鳴ったため、今はサッカー部が終日使っていると聞いた。
そしてのラグビー部も来年の入部希望者が居なければとうとう廃部になるらしい。
ふと机に手を突くと、それは草森の席だった。
草森……。
俺は彼女の椅子を引いてそこに座る。
そして窓の外を眺める。
校庭の周囲に植えられたメタセコイヤの枝が風で揺れていた。
メタセコイヤは成長が早く、グラウンドに木陰が出来るので、部活の最中に木陰で休憩が出来るらしい。
いわゆる熱中症対策の一つでもあるそうだ。
こんな風景を見ていたのか……。
俺は何故か微笑んだ。
冷房の入っていない教室は暑く、俺は草森の席を立って教室を出た。
そして、屋上への階段を上がる。
いつもと違うスニーカーの足音が響く。
屋上に続く、哲のドアの前に立つ。
相変わらず鍵は壊れているみたいだったが、俺は極力音を立てない様にゆっくりとそのドアを押した。
夏の熱に焼けた屋上にも強い風が抜けていた。
俺はドアを閉めると、黒く煤けた様な屋上のコンクリートの上に立つ。
まだ夕暮れには早いが、此処で待っていないと、カーク……、彼女と逸れてしまいそうで不安だった。
俺は彼女が座り込んで不格好なおにぎりを食べていた場所に座り込み、息を吐いた。
「本当に来るのかな……」
俺はそう呟くと視線をコンクリートの床に落とした。
日陰の冷たいコンクリートと抜ける風。
それが心地良くて、俺は目を閉じた。
気が付くと眠っていたのか、周囲が夕焼けのオレンジ色に染まっていた。
「やばっ……」
俺は思わず立ち上がる。
そして周囲を見渡すが、屋上には誰も居ない様だった。
振り返り、街の向こうに揺れる太陽を見る。
俺はポケットからスマホを出してその太陽を撮った。
逆光で上手く撮れない事に気付く。
確か何かの記事で読んだ事がある。
露出を下げてフラッシュ撮影をすると綺麗に撮れる。
うん……。
上手く撮れた。
その時、屋上のドアが開く音がした。
オレンジ色に照らされたそこにはカーク……、いや、草森香奈江が立っていた。
「草森……」
俺はその姿を見て呟く様に言う。
彼女はゆっくりと歩いて屋上に下りて来る。
そして無言のまま俺の傍に立つ。
「ごめん……。待った……」
それは初めて俺に発してくれた言葉だった。
「あ、いや、少し早めに来たから……」
多分、俺の声は上ずっていた気がする。
そして一度彼女から目を逸らすと、大きく息を吐いた。
「やっぱりカークは草森だったのか……」
俺は彼女の顔を見て訊いた。
「カナエ・クサモリ……。カ、ク……。それじゃ味気ないからカーク……。直ぐにわかると思ってたのに……」
彼女はそう言ってクスクスと笑った。
「ああ、なるほど、そう言う事か……。ごめん、気付かなかったよ……」
俺の返事にまた彼女は笑った。
そしてその笑いを止めると、あの日の様に手摺に肘を突いた。
そして沈む太陽をじっと見つめる。
「綺麗……」
俺は彼女の横に立ち、同じ様に夕焼け空を見つめる。
「ああ、綺麗だな……」
俺と彼女はオレンジ色に染まり、夏の熱を全身に浴びながらじっと夕焼け空を見つめていた。
そして二人は無言のまま、その太陽が沈むまで影を落として行く街を見ていた。
「ありがとう……。来てくれて……」
彼女は日が落ちた街を見ながら俺に言う。
「こちらこそ……だ」
俺は彼女の横顔を見る。
「どうして会うつもりになったんだ……」
彼女はその俺の問いには答えず、ただ微笑んでいた。
俺もその彼女の笑顔を見て笑った。
「夏休みが終わっちゃうね……。その前に一度会いたくて……。何かメッセージのやり取りだけじゃいまいち実感がわかなくてね……」
普段着の彼女と俺は、誰も居ない学校の屋上で場違いな空気に包まれ、太陽が落ちて少し気温が下がって行く大気を感じていた。
「そうか……」
俺はコンクリートの床に置いた文庫本とスマホに視線を落とした。
俺の視線に気付いたのか、彼女もそれを見る。
「あ、私と同じブックカバー……。色違いだけど」
彼女は俺の文庫本とスマホを手に取った。
そしてその本をパラパラと捲った。
「この本、私も読んだよ……」
当然だ。
彼女が読んだであろう本を俺も読んでいるのだがら。
「さっき、夕暮れの写真を撮ったんだ」
俺はスマホで撮った写真を彼女に見せる。
「わぁ……。綺麗……」
彼女はその写真をじっと見つめていた。
「夕暮れの写真が好きなんだ……」
俺はSNSでカークにその写真を送った。
彼女は自分のスマホを開いて俺に微笑んだ。
「ありがとう……」
俺はまた街に視線を戻す。
「夕暮れの写真、撮れたらこれからも送るよ……」
俺はポケットにスマホを入れて、彼女の手から文庫本を受け取った。
「さあ、そろそろ帰るよ……」
彼女は俺の横に並んで街を見ながら言う。
俺はその彼女に無言で頷いた。
「最後に会えてよかった……」
「最後……」
彼女はクスクスと笑う。
「夏休みの最後……」
ああ、なんだ。
そう言う意味か……。
俺はまた街を見て微笑む。
「宿題は終わったのか……」
彼女はコクリと頷く。
「言ったでしょ……。苦しみは早めに乗り越え、残された時間は好きに使う方がいいって」
「そうだったな……」
俺は彼女に微笑むと、
「じゃあ、また新学期に……」
俺は自然に手を差し出す。
彼女もそんな俺に微笑むと俺の手を握った。
「またな……」
「うん。またメッセージ送るよ」
俺はコクリと頷くと、彼女は俺の手を離し、ゆっくりとドアの方へと歩いて行く。
周囲は日が落ちて薄暗い空間を作っていた。
「カーク……」
彼女は立ち止まり振り返る。
「じゃなかったな……。草森か……」
彼女は微笑むと一度俯いて顔を上げた。
「カークで良いよ」
そう言うと歯を見せて笑った。
「これからもよろしくな……」
俺は手を挙げた。
彼女は微笑みながらドアの向こうに消えて行った。
彼女の姿が見えなくなった事を確認すると、俺は手摺に肘を突いて、暮れた街を見た。
そして、灯されて行く街の明かりを見ていた。
夏の風が屋上を吹き抜けて行く。
まだまだ夏の熱を帯びた風だったが、少しずつ秋が近付いている様な気がした。
その夜のカークからのメッセージは一言けだった。
《今日は我儘に付き合ってくれてありがとう……》
俺はそれ以上言う事も無く、
《どういたしまして》
とだけ返した。
それ以上、カークからの返信は来なかった。
残りの夏休み。俺は宿題に苦しむ坂下から二千円で読書感想文を頼まれて、既に読んでいた本の感想文を書いた。
そして、先日買った本を読み終え、また本屋に行く。
どんな本がこの草森と色違いのブックカバーに似合うか考えて買う自分がおかしかった。
その夏休みの残りの数日もカークとのやり取りは続いた。
《夏が何かを忘れている気がする……》
またカークの文学的な文章に俺は微笑む。
俺も本を読むにつれ、カークのセンスにも少し付いて行けるようになったのかもしれない。
《また来年の夏に思い出すさ……》
俺はそう返すとベッドに横になった。
とうとう、夏休み最終日になり、久しぶりの学校、と、行っても少し前に草森と会うために学校に行ったのだが。
俺は鞄に宿題をすべて詰め込み、机の脇に準備した。
その鞄を横目に見て、赤いブックカバーの本を手に取った。
この作家の本、もう十冊目になる。
これで十冊分、草森に近付いた事になる。
読み始めると面白い。
俺は、カークに気の利いた文学的なメッセージを返すため、そして草森に近付くために本を読み始めた。
筈だった……。
しかし、いつの間にか、そんな陳腐な目的は何処かへ消え去って行き、本を読む事自体が目的に鳴った様な気がする。
高二の夏休みが終わる。
それは紛れもない事実で、俺の夏休みはカークとの会話がすべてと言っても過言ではないモノになってしまった。
蝉の声も暑い太陽も、あまり感じる事は出来なかった気がしている。
俺は本を閉じて、部屋の灯りを消し、目を閉じた。
カークとやり取りしたメッセージが思い返される。
それを思い出す度に微笑み、俺はスマホを開く。
読み返すとその日のカークの状況がわかる様な気がした。
そして俺は自然と目を閉じた。
そうやって俺の夏休みは終わった……。




