表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第一章 屋上と忘れ物





俺はどうやら病気らしい。

何をやっても不完全燃焼。

高校生活ってこんなモンだったのかって考える日々。

去年、この学校に入学してから躍起になってボールを蹴っていた部活も辞めてしまった。

だからと言って不良になる訳でも無く、無気力な日々……。


そう、無気力と言う病気なのだろう。


「中二病ってのは聞いた事あるけど、高二病ってのもあるのか……」


俺は楽しそうに部活に行くクラスメイトを横目に、俺は校舎を出た。

去年まで一緒に走っていたサッカー部の連中が声を上げてボールを蹴っているのが見える。

しかし、俺はそれを見ても何も感じない。

むしろ嫌いになってしまったと言う方が正しいのかもしれない。


校門を出た所でふと、ケツのポケットが軽い事に気付く。


「あ、スマホ……」


さっきまで教室でスマホを見ていて、どうやらそのまま忘れて来たらしい。


仕方ない……。

取りに戻ろう……。


俺は足を速める事も無く、今一度学校の中に戻った。


二年生になり、教室は四階から三階になり、少し楽にはなったが、それでも面倒だと感じる。

来年は二階になる予定で、どうやらトシを取るごとに楽が出来るらしい。


人気の無い階段をゆっくりと上がり、俺は教室の戸を開けた。


すると、俺の席の傍にクラスメイトの女が立っていた。

女は俺を見ても表情一つ変えずにじっと俺の事を見ていた。

そして彼女の手には俺のスマホが握られていた。


「あ、悪い……。それ、俺の……」


と、俺は彼女に近付き手を差し出す。

彼女の瞳が一瞬だけ揺れたが、直ぐに無表情に戻り、俺にスマホを差し出した。

俺はそれを受け取り、頭を下げて礼を言った。


「確か……、草森だったかな……」


クラスでもいつも一人で窓際で外を見ている印象しかない女、草森……、香奈江だったかな……。


香奈江は俺にスマホを渡すと、肩に掛けた鞄を背負い直し、少しズレた丸い眼鏡を人差し指で上げるとそのまま教室を出て行った。

勢いよく閉められた教室の戸の音だけがやけに響いた。


「何だよ……、変な奴……」


俺は少し不愉快に思いながら、受け取ったスマホに着信が無い事を確認すると、誰も居ない教室を出た。


草森香奈江は地味で、去年どのクラスだったのかさえ誰も知らなかった。

丸い眼鏡と長い髪で、いつもよく見えない顔。

彼女がそんな顔立ちなのかの記憶もない。

俺たちの彼女のイメージは、丸い眼鏡と長い髪と言うだけだった。


誰も居ない校舎の廊下を歩きながら、さっきの香奈江を思い出すが既に思い出せない。

それ程に印象が薄い女。

いつも一人で窓際の席に座り、外を見ているか、本を読んでいる印象はあるが、それ以上の事を何も思い出せない。

普段の様子からは、友達が居る様にも思えなかった。

言うなれば、居ても居なくても誰にも気付かれない。

そんな奴だった。


まあいい……。

俺には関係のない女だ……。






そのまま、家に帰ったが、帰ってもする事も無く、ただ部屋でゴロゴロしながらスマホでゲームをしたり、SNSを見たりするだけで、勉強する事も、身体を動かす事も無い。

ましてやテレビを観たり、本を読んだりする事も無く、ただ生きている。

そう、俺はただ生きているだけだった。


ベッドに横になって見える空は無駄に青く、流れる風さえも見える様に思えた。


「少し寝るか……」


俺は自然に目を閉じる。

しかし、これは今日に限った事では無く、日々のルーティーンになっていて、ただ退屈に生きているだけだった。

そして目を覚ますと日は暮れて、窓から見える空は暗くなっている。

それが俺の毎日。






腹が減って一階のダイニングへ下りると、家族の食事は終わっていて、俺の夕食にはラップが掛けてあり、それを温めて夕食を食い風呂に入る。

そして部屋に戻るとまたベッドに横になる。

そんな生活を繰り返し、また翌朝学校に行く。


こんな事で、俺は前に進めているのだろうか……。


日が変わる頃に、部屋の灯りを消すとベッドに転がりスマホに充電用のコードを挿す。

そしてまた画面を開く。

これもルーティーンの一つ。

そのまま気付くと寝落ちして朝を迎える。

たまに顔の上にスマホを落し、その痛みで起きる事もあるが、最近は横を向いて寝る事にしているので、顔の上にスマホを落す事も無い。


いつもの様に眠りに落ちる頃、着信音がしてスマホが震える。


こんな時間に誰だ……。

坂下か……。


俺は画面に触れ、メッセージを開いた。


《明日の君、明日の私。今日と何が違う……》


メッセージにはそう書いてあった。


何だ、こりゃ……。


俺はその奇妙なメッセージをじっと見た。

メッセージの送り主は「カーク」と書いてあった。


「カーク……。誰だ……」


俺は睡魔のせいもあり、深く考える事も面倒で、手に持ったスマホをベッドに投げ出した。


《君は光、私は陰。それは同じなのかもしれない……》


《心を具現化する事。それは人の夢で、私の夢……》


《愛で生まれる命もあれば、愛で失う命もある》


《勇気が欲しい。それは万人の夢》


《苦しみの果てにあるモノ。それが私の求めるモノ……》


それから毎日一通だけ、そんな詩の様な意味の掴めないメッセージが来る様になった。


俺はそんなメッセージがだんだん気持ち悪くなり、カークとは誰かと考え始める様になった。

思い返すと、あの日、俺のスマホを拾ってくれた草森香奈江からのメッセージかと考える様になった。


「あいつなのか……」


俺はスマホを握りしめたまま呟く。


「確かに、あいつにスマホを拾ってもらった日の夜から来る様になったんだよな……」


俺はスマホのメッセージを読み返した。


「おい、恩田……」


世界史の小川先生の声で、俺は我に返った。


「授業中のスマホは禁止だろう……。今度見付けたら没収するぞ」


と教科書の角で頭を叩かれた。

まあ、痛い訳じゃないが、スマホを没収されるのも癪なので、俺は机の中にスマホを入れた。


そしてふと、窓際に座る草森香奈江を見た。

彼女は相変わらずで、じっと窓の外を眺めていた。


何だよ……、あいつ……。


俺は外を見つめる彼女の横顔を見た。


彼女の事を見ている奴なんてこのクラスには居ない。

俺はそんな日々を繰り返す様になった。

勿論、恋愛対象としてと言う訳では無い。

毎夜送られてくる奇妙で文学的なメッセージの送り主である可能性を求めての事だった。







「なあ、草森……」


俺はある日の休み時間に思い切って彼女に声を掛ける。

彼女は独特な模様の青いブックカバーを掛けた文庫本を開いていた。


「何読んでるの……」


彼女は俺の顔を一瞬見るが、直ぐに文庫本に視線を戻し、無言で本を読み続けた。


「おい、恩田の奴、草森に声掛けてるぞ……」


「おいおい、正気かよ……」


そんな声が周囲から聞こえる。


俺は溜息を吐くと周囲を睨む様に見た。

クラスメイトは俺の視線に気付き、言葉を飲み込んで散って行った。


結局、彼女は返事をする事も無く本を読み続け、俺は自分の席に戻った。

席に戻った俺の傍に、サッカー部で一緒だった松永が近付いて来た。


「お前、草森に話しかけるなんてモノ好きだな……」


そう言って肩を叩く。


「別に興味がある訳じゃないけど……」


俺はそう答えると、次の授業の教科書を机の上に出した。

そう答えた俺に松永はニヤリと笑うと席に戻って行った。


授業が始まり、先生が教壇に立つ。

俺は先生の指示通りに教科書を開くと、また窓際の彼女の姿を見る。

彼女はまた、教科書の陰で文庫本を開き、本を読み続けていた。


俺は彼女を見て微笑んだ。






それから毎日、俺はじっと彼女を見ていた。

授業中も本を読むか、外を見ているかで、ちゃんと授業を受けている様には見えなかった。

しかし、時々問いかけられると、完璧に答える。


元々、頭が良いのだろうか……。

もしかすると、聞いてない振りをしてちゃんと授業を聞いているのか……。


たまに外を見て、校庭の木にとまる小鳥を見て微笑む。

校庭に入って来た犬を見て微笑む。

そんな彼女の表情を俺はいつも見ていた。






そんな日々でもカークからのメッセージは毎夜送られてくる。


《小鳥が笑っていた。それに気付ける私は幸せかもしれない》


《犬は何を求めているのだろうか。友達が欲しいのか……》


《夜が必ず来るから、だから朝も来る……》


カークの文学的なそんなメッセージを俺はいつしか楽しみに待つ様になっていた。


気の利いた返信を返す事も出来ない俺は、カークの様な語彙力が欲しい……。

そう考えた。


「俺も、本でも読んでみるか……」


俺はリビングに並ぶ、父さんの本を数冊手に取って部屋に戻った。


俺は今まで手に取った事の無い本をベッドで横になったまま読む様になった。






俺も彼女同様に、授業中に立てた教科書に隠れて本を読む。

そして彼女が外の風景を見る様に俺は彼女の事を見る。

本当は彼女の読んでいる本と同じモノを読みたいと思っていたが、彼女の読む本にはいつも青いブックカバーが掛かっているので、装丁を見る事が出来ない。


「聞き出すしかないな……」


俺は手元の本に視線を戻した。


俺が彼女の事を自然に目で追う様になって、どのくらい経っただろうか。


昼休みは誰かと昼食を食べるでもなく、必ず何処かへ行ってしまう事に気付く。

そしてある日、俺は昼休みに席を立つ彼女の後をつけてみた。


友達の居ない彼女は一体何処に行くのだろうか……。

他のクラスに中の良い友達でも居るのか。

もしかすると男か……。


彼女は他のクラスに行くのではなく、逆の方向へと歩き、屋上へと続く階段を上がって行く。


一体、何処に行くんだろうか……。

屋上なんて不良の連中くらいしか行かないだろう……。


屋上へ出るドアには立ち入り禁止と書かれた貼り紙がしてあったが、鍵は壊されていて、簡単に外に出られる様になっていた。

普段近付く事も無い屋上、俺も初めてやって来た。


彼女が出て行った屋上に、俺は音を立てない様に鉄製のドアをゆっくりと開けると、彼女から見えない様に壁の陰に隠れた。

彼女はコンクリートの床に座り、スカートのポケットから不器用に握られたおにぎりを取り出し、食べ始めるのが見えた。

その仕草は何故か子供っぽく、いつもの冷たい印象の彼女とは違って見えた。


ちゃんと飯、食ってるんだな……。


何故か俺はその彼女の様子を見てホッとした。

俺はずっとおにぎりを食べ続ける彼女を見つめていた。


しばらくすると彼女はおにぎりを食べ終えて立ち上がり、ざらついた手摺に肘を突いて、じっと街の風景を見つめていた。

少し強い風が彼女の長い髪が流される。


彼女は眼鏡を外しポケットに入れると、腕に顎を乗せて鼻歌を歌い始めた。

その鼻歌は何処か心地良く彼女に似合っている様に思えた。


気が付くと俺は壁の陰から出て、ゆっくりと彼女の傍に歩み寄った。

どうしても彼女のその鼻歌を傍で聴きたいと思ってしまったのだった。


俺に気付いたのか、彼女は鼻歌を止めて慌てて逃げようとした。

俺はその彼女の腕を咄嗟に掴んだ。

彼女を止めたまでは良いが、俺は何を彼女に言いたかったのか言葉が出ず、頭が真っ白になった。


「カーク……」


俺は小さな声で呟いた。


彼女に聞こえたかどうかわからなかったが、俺の掴んだ腕を振り払おうとした。

その拍子にバランスを崩し、彼女は俺と一緒に倒れ、屋上のコンクリートの上に転がった。


至近距離で見た彼女のその顔は、普段かけている丸い眼鏡も陰気な雰囲気も無く、眩しい程に整っている事に気付いた。


「なっ……」


俺は声にならない声を発し、彼女を見た。

コンクリートに突いた肘から、その冷たさを感じた。


彼女は倒れ込んだ俺を乱暴に押し退け立ち上がった。


「……」


彼女の顔は赤くなり、怒っているのか、照れているのかわからなかった。

そして何も言わずに俺に背を向ける。


彼女の白いブラウスの裾が強い風に揺れて、長い髪を靡かせながら屋上の扉の向こうへと消えて行った。


俺は彼女の去った屋上でしばらく座り込み、遠くに見える街並みをぼんやりと眺めていた。


あの声、あの歌、あの瞳……。

草森香奈江……。


俺はその瞬間に、彼女に夢中になってしまった様だ……。






午後の授業が終わった事にも気付かずに、俺は机に突っ伏していた。

その俺の肩を友人の坂下が叩く。


「お前、また草森に話しかけたんだってな……」


今日、俺は教室で彼女に話しかけた記憶はなく、単にそんな噂になっているのだろう。


俺は何も答えずに苦笑して俯く。


「あんな無口な奴、相手にして楽しいのか……。返事だって無いだろう。会話になんて一生ならねぇよ」


坂下は俺の机を拳でコンコンと叩いた。


「聞いてるか、お前……」


俺は小さく頷くと、机の上の教科書を鞄に入れて立ち上がった。


「まあな……」


口ではそう返事しながらも、心の中では妙な反発が芽生えているのがわかった。


何も知らない癖に……。


教室を出る時、俺は窓際の彼女の席を見る。

既に彼女の姿は其処には無く、ただ空っぽの彼女の幻影が見えた。


あの小さな背中を探す自分に俺は微笑み、教室を出た。


何をやってるんだ……。

俺は。


リノリウムの床にローファーの踵の音を響かせながら、俺は屋上で見た彼女の顔を思い出した。

少し前まで一切浮かばなかった彼女の表情が、今は鮮明に浮かんでくる。


俺はその意識の中の彼女に微笑み掛けた。


「草森……」


俺は階段の途中で立ち止まり、振り返ると無意識にそう呟いた。






その後、俺はどうやって家に帰ったのかわからなかったが、気が付くとベッドに制服のまま転がっていた。


俺は壁に掛けたデジタル時計を見る。

その表示は既に日付が変わっていた。


「こんな時間か……」


俺はゆっくりと身体を起こして、一度強く目を瞑ると、横に転がったスマホを手に取り、画面を開いた。

すると画面にはカークのアイコンが表示されていた。


《海の底にも空がある。あなたにも見える……》


「何だよ……、それ……」


意味はわからないが、何故か胸の奥に引っかかる言葉だった。

しかし、やはり返信はせずに画面を閉じた。


短く、曖昧で、何処か孤独な香りのする、何処と無く文学的なカークの言葉。


やはり、草森香奈江なのか……。


確証も無く、ただの思い込みなのかもしれない。


しかし、もしそうだとしたら……。


俺はスマホを机の上に置き、制服を脱いでハンガーに掛けると、部屋の灯りを消してベッドに横になった。


「海の底にも空がある……。あなたにも見える……、か……」


俺は暗い部屋の天井を見つめて、さっき来たメッセージを呟く。


「海の底にも空か……」


遠退いて行く意識の中、俺は目を閉じた。






翌週の昼休み。

教室の窓から外を見ると、草森香奈江が校舎の陰を一人歩いているのが見えた。

俺は目を細めて彼女の姿を目で追った。

校舎の端にある階段に彼女は入って行った。

どうやらその階段は屋上へ続いている様だった。


俺は無意識に走り出し階段を上がる。

屋上に出る鍵の壊れた鉄の扉を開くと、錆付いた鉄の扉が擦れる音がして、春の終わりの風が吹き込んで来た。

俺は屋上に出る。

しかし、そこには彼女の姿は無く、あの日の様な鼻歌も無い。

ただ風が吹き抜け、静まり返っていた。


「草森……」


俺は一人、ゆっくりと屋上に出て、見慣れた街を眺める。






教室に戻ると、彼女は自分の席に座っていていつもの様に窓の外をじっと見つめていた。


俺はその日も彼女に声を掛ける事も出来ず、一日が終わった。






その夜、いつもの時間にスマホが震える。


《沈む夕日が笑った。今日も、昨日と同じ顔で……》


スマホの画面に浮かび上がるその文字を、俺は何度も何度も読み返した。


どう言う意味なんだろうか……。

毎日毎日、難しい言葉だな……。


意味などわからなかった。

もしかすると意味など無いのかもしれない。


でも、何故か今日は、返信しなければいけない様な気がした。


指が勝手に動く。


《夕日が笑うってどういう意味だ》


そう返信した瞬間、胸の奥がざわつく。


これでカークの正体がわかるかもしれない……。


しばらくして、手に握ったままだったスマホが震える。


《意味なんて、後から付いて来るモノ……》


その返信にはそんな文字が並んでいた。


「……」


やっぱりよくわからない。


でも、そこに込められた空気は何故か暖かく感じられた。






それが切っ掛けになったのか、それから俺とカークは一日に一つの話題だけ、短いメッセージを交わす様になる。

話題は取り留めも無く、深夜ラジオから流れて来る話題の様だった。


《今日は風が優しかった……》


《それって天気予報でも言ってたか》


《言ってないから、私が言う》


《君は屋上から何を見てる……》


《空かな》


《それだけ……》


《それで事は足りるから》


カークは相変わらず正体も明かさず、意味深で文学的な文字だけを送りつける。


だけど、いつの間にか「カーク」という存在が、俺の一日の終わりに欠かせないモノになってしまった。

そして、そのカークの意味深なメッセージが俺の中でも何故か心地良く響く様になる。

そして少し気の利いた言葉を返すために読みかけの本を開いた。






学校では相変わらず彼女に話しかける事は出来なかった。

廊下ですれ違っても彼女は俺から目を逸らす。

そして俺も彼女と同じ様に教室で本を開く。


彼女の読む本のタイトルは、青いブックカバーの向こうで今日もわからなかった。


仕方なく、俺は図書館で適応にそれっぽい本を借りて読む。

本を読み始めると、意外に面白く、学校帰りに本屋にも行く様になり、話題の本なども買って読む様になった。


これでカークに……、彼女に少しでも近付く事が出来れば……。


俺はそんな事を考えて歩きながら本を開いた。


そして、それが彼女との唯一の繋がり。

直接は交わらない二つの関係が不思議と同じ場所に繋がっている気がした。






六月に入ったある日、カークからこんなメッセージが来た。


《もし、明日が来なかったら、どんな後悔がある……》


俺は少し考えた。

そして一気に指を動かした。


《お前が誰なのかを知らないまま終わる事。それが俺の後悔……》


そう返信すると、また数分後に返信が来る。


《じゃあ明日が来る事を祈って……》


その夜、俺は眠りに落ちるまで、そのメッセージを握り締めていた。

しかし、それ以上の言葉は無かった。

 





朝起きると、激しい雨が窓ガラスに打ち付けていた。


俺はベッドを抜け出してリビングに下りる。

両親は既に仕事に行った様で、ラップの掛かった朝食が食卓に置いてあった。


俺はテレビをつけてコーヒーをカップに注ぎ、空になったデキャンタをシンクに入れると、コーヒーサーバの電源を落とした。


朝食を食べながらテレビを観ていると、大雨洪水警報が出ている事がわかった。

学校は警報が出ると休みになる。


「明日は来たけど、どうやら休みらしい……」


俺はコーヒーを飲みトーストを口に放り込んだ。


いつもの朝食の様に、時間の無い中で食べる慌ただしい食事ではなく、ゆっくりと食事をした。


窓から見える庭には、大粒の雨が力強く叩きつけられていた。

俺はリビングの窓際に立ち、その様子をじっと見つめた。


「学校……、行きたかったな……」


そう呟くと、テーブルの上の朝食を食べ終えた食器をシンクに運び、部屋に戻った。


机の上に置きっぱなしにしていたスマホを取ると、やはり学校からのメッセージが来ていた。


《本日は大雨洪水警報発令の為、休校と致します。自宅で自習をお願いします》


俺は苦笑してスマホをベッドの上に放り出し、服を着替えた。


誰も自習なんてしない事をわかっていても学校はそんなメッセージを送るしかない。


俺はまたベッドに横になった。

そしてスマホを手にするとカークからのメッセージが来ていて、俺は慌てて画面を開いた。


《雨を恨むより、雨の向こう側を信じる》


いつもと違う時間に送られて来たメッセージはそんな内容だった。


《雨の向こう……》


《うん。雨の向こうは必ず晴れている……》


《こんなに雨を恨めしく思った事は無いよ》


《止まない雨は存在しない。じっと待て……》


俺はそのメッセージを見て苦笑した。


「カークも休みなんだな……」


俺はベッドの上に起き上がり、じっとスマホのメッセージを見つめた。


やはり、カークは草森香奈江なのだろうか……。


一瞬、そう考えたが、急いでそれを知る必要はない気がしていた。

いつかカークの正体を知れると思った。

SNSのメッセージでさえ繋がっていれば……。


俺はベッドの上で読みかけの本を開く。

今まで部活ばかりしていた事もあり、まともに漫画も読んだ事が無かった。

しかし、読み始めると面白い。

もう何冊か読んだが、それでも彼女のそれには敵わないかもしれない。


そんな事を考えるとおかしくなりクスリと笑った。

別に草森香奈江と競い合っている訳でも無い。

彼女に追い付いても仕方ないのだが、それが出来れば俺は彼女と会話が出来る様な気がした。

そして勿論、カークとも……。


スマホが振動し、俺をそれを手に取る。

その振動はメッセージの着信ではなく、珍しく電話の着信だった。

最近はメッセージで事が足りる事もあり、電話をしてくる友達は少なかった。

そしてその着信は母さんからのモノだった。


学校が休みになったメッセージが母さんにも入った様で、お昼は適当に食べてくれという事だった。

その会話が終わると、母さんは電話を切った。


俺はまたベッドの上にスマホを投げ出した。

するとまたスマホが振動した。


今度は誰だよ……。


俺はまたスマホを手に取った。

画面にカークのアイコンが見えた。


《安らぎの時間は読書と共に……》


何かのキャッチフレーズの様な言葉に俺は笑ってしまった。


《何処かの本屋の回しモンか……》


俺はそう返した。

するとまた直ぐに返信が来た。


《本屋に特別な義理は無いが、本は好きだ……》


《知ってるよ……》


そんなやり取りをした。

何故か俺はカークとのやり取りをしながら笑っていた。


正直、俺はカークとのやり取りが楽しかった。

「読書好き」と「知っている」という返信で何か話が発展するかと思っていたが、カークはその話題には触れなかった。


失敗したか……。


俺は苦笑してスマホをベッドに放り出し、横になった。

そして少し眠る事にした。






目が覚めると俺は飛び起きた。

特に飛び起きる理由があった訳では無いが、何か寝過ごした気分だった。


既に雨は上がっていた。

窓から外を見ると曇ってはいたが、傘を差している人も居ない様だった。


俺は壁の時計を見る。

昼を少し回ったところだった。


「まだ、こんな時間かよ……」


俺は今一度ベッドに横になる。

そして背中に当たるスマホを取り開いて見ると、友達の坂下から電話が入っていた。

着信の時間を見ると既に一時間程が経過していたが、俺は坂下に電話してみる事にした。


坂下は直ぐに電話に出た。


「あ、恩田……、雨も止んだし、カラオケでもいかねぇか。吉岡も武知も来るんだけど……」


俺は少し考えたが、断る事にした。


「そうか、お前は草森が居ないと来ねえか」


坂下はクスクスと笑いながらそう言う。


「そんなんじゃねぇよ……」


俺はそう言うと電話を切った。


そしてふと、屋上で聴いた彼女の鼻歌を思い出した。

屋上の手摺に肘を突いて、街の風景を眺めながら鼻歌を歌っていた草森香奈江。

何の変哲もない鼻歌だったが、あの心地良いメロディは今も鮮明に覚えていた。


「もう一回、聴きたいな……」


自然とそんな言葉が零れる。

それ程に印象に残った彼女の姿と鼻歌だった。


もう一度聴く事なんてあるのだろうか……。


そんな事を考える自分がおかしくなって苦笑した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ