第8話 真昼の潜入捜査
まだ薄暗いうちから、店に明かりが灯る。
吉岡豆腐屋では、朝四時には仕込みが始まっていた。作業道具を熱湯で消毒するため、たっぷりと湯を沸かす。厨房には、湯気をもうもうと立ち上げた寸胴鍋がいくつも並び、白いもやが天井に吸い込まれていく。朝が動き出す音が、そこにあった。
店先には朝顔の鉢植えが置かれている。その横に、一本のバットが立て掛けられていた。豆腐屋の息子が、素振りに使っているものだ。バットには、朝顔のつるが一本、静かに巻き付いている。
仕込みは、毎朝一人で行われる。
木綿豆腐が水の中で衣を外し、白く四角い大きな塊を浮かべていた。
包丁が入る。
寸分違わぬ大きさに切り出された豆腐が、水の中へと放たれる。それぞれが、解放感を味わうように、静かに漂っていた。
「豪太、豪太」
吉岡正春が豆腐の容器をレジ袋に詰めながら、奥に向かって声を掛ける。
「練習行くときに、ちょっくら配達頼むわ」
「ああ、いいよ。どこ?」
ユニフォーム姿の豪太がスポーツバックを担いでやってきた。
「四季亭さん。追加注文なんだ」
「わかった」
豪太は、豆腐の入った袋をとり、暖簾をくぐって店を出た。
店を出た時にバットを握って、三回素振りをするのが、豪太の日課だ。
立てかけてあるバットに手を伸ばしたとき、朝顔のつるが一本巻き付いているのに気付いた。豪太はふっと笑い、バットを手にするのを諦めた。
豆腐の容器は自転車の前籠に入れ、スポーツバックを背負って、豪太はペダルをこぎだした。
* * *
「お帰りなさいませ。ご主人様~」
よく通るアニメ声が店内に響き渡る。ネコ耳のカチューシャとシッポのついたメイド服を着た二人組の女の子が、サラリーマン風の少し小太りな、お客を迎えた。
秋葉原にあるメイド喫茶「にゃんだふる」の店内。
白とピンクでトータルコーディネートされた店内空間は、ポップで清潔感漂う雰囲気だ。
女の子はそれぞれ『みさにゃん』『さゆにゃん』という名札を付けていた。二人は、サラリーマン風のお客を両サイドから挟むようにして腕に絡みつき、テーブル席へと誘導する。
「ただいま。二人とも、あいたかったよ」
締まりのない顔でお客が答える。テーブル席に座ると、すぐさま、ねだった。
「ねえ、二人とも、あれやって~」
「はーい」
と、二人のメイドはお客の顔に向かって、お尻を突き出し、腰についているボタンを押した。すると、ふわふわシッポがクネクネと動き出し、お客の顔をソフトタッチに撫で回した。
「どうですかにゃん。ご主人様」
二人はお尻を向けたまま、振り返って、ご機嫌を伺う。
「はい・・・よかです」
お客は恍惚の表情で答えた。
* * *
夕日が沈む中、下級生達がトンボを使ってグランドを整備している。
水飲み場では、守と豪太が蛇口に口を付けるようにしてがぶ飲みしている。
守はひとしきり飲んだあと、蛇口を逆さにひねって、頭から水をかぶった。気持ちいい!
体操服にジャージ姿の詩織が怪訝そうな顔をしてやって来た。
「ねえ、美咲のことなんだけど・・・」
「連絡とれたか?」
豪太が聞いた。
「いや、まだなんだけど・・・」
ちぇっ。と言って、豪太はバシャバシャと顔を洗い出した。
「実は、変な噂が・・・」
詩織の様子がおぼつかない。
「なんだよ」
守は首を振って、頭から滴り落ちる水をまき散らしながら聞いた。
「秋葉原でメイドの格好してチラシ配っていたって・・・」
「はあ?まさか」
「人違いかもしれないけど」
「あたり前だろ。美咲がそんなことするかよ」
ビショビショに濡れた頭のまま、守は険しい表情になった。
そこへ、制服姿の女子が二人、守の側にやって来た。
「伊東先輩、タオルどうぞ」
一人の女子が渡した。
「おお、ありがとう」
タオルを受けとって頭を拭く守。
続いて、もう一人の女子が、モジモジした様子で、手にしたタッパを開けて見せた。
「先輩、レモンのはちみつ漬けです、この前のより、おいしく出来たと思うんですけど」
「ああ、いつもありがとう」
守がレモンに刺してある爪楊枝に手を伸ばそうとすると、「先輩、あ~ん、して下さい」
と、女子の方から持ってきた。
あ~ん。した守、「わ。これ、うま!」と思わず、身をのりだした。
「よかった。少しだけ作り方変えてみたんです」
「この前、先輩の顔を見て、酸っぱ過ぎたかなって思ったので。よかったあ」
女子二人は小躍りするかのように喜んだ。
そんな守の様子を見て、詩織と豪太は、同じように顔をしかめていた。
* * *
美咲はイライラしていた。
ロッカールームのベンチシートに腰かけ、組んだ足を貧乏ゆすりの如く、小刻みに揺らしている。
永野小百合は、美咲のとなりにちょこんと腰かけ、あっけらかんとした表情をしていた。
「中学生って。中学生ってぇ。ったく~」
メイドカフェの店長は黒い蝶ネクタイを外して、大きく嘆息した。
手に持った履歴書二枚、美咲の分と小百合の分、を交互に嘗めるように見て言った。
「嘘はダメでしょ。嘘は!」
黒ベストのボタンが一つ、ポーンと飛んだ。店長の黒ベストは普段からサイズが小さく、ムチムチでピチピチだったので、そんなに興奮すれば、そりゃ、ボタンも飛ぶわよ。と美咲は呆れた。
「いいかい。中学生はバイトしちゃダメなの」
「え~、なんで~、店長~」
小百合が手に持ったふわふわシッポを振りながら、甘ったるくごねた。
「法律で決まってるの。法律で。バレたらこっちが大変な事になるから」
「どんな法律だ。にゃん?」
小百合がシッポと一緒に小首をかしげた。
「にゃん。はよしなさい。こっちは真面目に言ってんの」
「にゃん。をつけろって、店長がおしえてくれたんじゃん」
すねた様な声を出し、小百合はベルトのボタンを押して、シッポをクネクネと動かした。
「それ。もう外して。君らにはもう必要ないから」
「え~、この衣装気に入ってたのに」
「とにかく立って。後ろ向いて。君も」
店長は、小百合と美咲のクネクネシッポベルトを強引に外して、とり上げた。
「いいかい。君たちの年齢の子は、労働基準法とか、青少年健全育成条例とかで、働いてはいけないことになってるの。特に、こういうお店なんかは厳しいの。こんなことがバレたら、私は逮捕されるかもしれないじゃないか。勘弁してくれよもう。これはね、君たちを守るための法律でもあるんだよ」
「知りませんでした」
不貞腐れた顔して、美咲は言った。
「君ら知ってるだろ。だから年齢誤魔化して来たんだ」
「ちっ・・・」
美咲の舌打ちが響く。
「とにかく、辞めてもらうから。今すぐ着替えて、おうちに帰りなさい」
店長は、美咲と小百合のロッカーからそれぞれの私服を取り出し、二人に渡して、出て行こうとした。
「じゃあ、今日までのバイト代下さい」
美咲が言い放った。
「冗談じゃない。そんなもん出したら、君たちがここで働いた証拠になるじゃないか。絶対出せない。ぜったいだ。とっとと、帰ってくれ」
美咲は、震える手で、ゆっくりとネコ耳を外して首を振った。
「私達は働きました。バレたら大変なんですよね」
そして、突き刺さるような視線で、店長を見た。
「な、な、なにを・・・」
店長は、じりっじりっと、後ずさりした。
* * *
「ごめん。ごめん。遅れちゃった・・・」
詩織が息を切らして、走ってやって来た。
豪太が軽く手を挙げて答える。
駅前の広場で、詩織と豪太は午後一時の約束で待ち合わせをしていた。
時計の針は、午後一時十五分。十五分の遅刻だ。豪太にとっては想定内である。詩織と待ち合わせすると、三十分待つこともザラにある。今日はいい方だ。腹も立たない豪太だったが、とりあえず、聞いた。
「で、美咲とは連絡とれたのか?」
「ダメ。相変わらずガン無視・・・」
詩織は、胸の前で両手をクロスした。
「しょうがない。行くぞ」と、豪太が踵を返す。
「ちょっと、豪ちゃん。ちゃんと見て。新しいお洋服なんだから」
フリルのついたノースリーブの白いワンピース。気品のあるお嬢様スタイルだ。
詩織は、片手でスカートを軽くつまんで、くる、くるっと半回転して、お洋服の表と裏を見せた。背中が開いているバックオープンである。
豪太は、全身の毛穴が開いて、汗がどっと吹き出しそうな思いにかられた。お前、それメチャクチャ可愛いじゃないか。とは言い出せず、「ああ・・・いいんじゃないか」とボソっと呟いた。
「大人っぽい恰好って言うから、買って貰っちゃった。へへ。豪ちゃんもジャケットなんか着て、大人っぽいじゃん」
「父ちゃんのを借りて来たんだ」
「ふ~ん・・・なかなか似合ってるぞ」と、詩織は肘で豪太を小突いてきた。
「あのな。遊びに行くんじゃないんだぞ」
子供を諭すように、豪太は言ってみた。
わかっております。とビシッと気をつけをして、詩織は身を正した。
次に小さく敬礼して、
「浅田詩織。秋葉原潜入捜査、頑張りマッス」
一旦、真剣な眼差しを真っすぐ向けてきたが、一拍おいて、ウインクしやがった。
キランっと音がしたように感じた。
お前はアニメか! と、心の中で突っ込んだ。
いかんいかん。このままじゃ、しっかりデートを楽しむ雰囲気になってしまう。今日はそれどころじゃない。美咲の、あの変な噂を確かめるために秋葉原に行くんだ。と思い直し、豪太は、身震いして気を取り戻した。
「もう行くぞ」
と振り返って歩き始めた。
「見て見て、サングラスも持ってきちゃった」
詩織はサングラスをかけると、両手で顔を挟んで首を振り、そのまま豪太の腕に抱きついて歩き始めた。
はああ。しょうがねーな。と、まんざらでもない豪太だった。
*
中央線快速、東京行。
ガラガラに空いている車内の中、豪太と詩織は並んで席に座っていた。
「ねえ、守って浮気してるでしょ」詩織がいきなり聞いてきた。
「はあ?」
「アイツ、最近ちょっとモテるからって、美咲を捨てたのよ」
詩織の言わんとすることはわかる。最近の守のモテ方は半端ない。だが、それは守を責める話でもない。豪太は現に困惑している守の姿も知っている。女子に対して、あからさまに冷たい態度をとることが出来ない守は、彼女たちに合わせて振舞っているに違いなかった。
「ちょっと待てよ、詩織」
「じゃあ、なんで守は今日来ないの?」
「だから今日は、守の父ちゃんの、会社の人達が来るんだって。父ちゃんのことでいろいろ大変なんだよ。あいつのウチも・・・」
「それとこれとは別よ。この間もしょうもない女子にデレデレして」
「守は守で、美咲のことを心配してるって」
「浮気よ。許せないわ!」
詩織は、手に持ったグローバルワークの巾着バックを、ボンっと膝の上に叩きつけた。
「まあ、落ち着けよ」
「だって~。今の守があるのは美咲のお陰でしょ。子供の頃はあんなに泣き虫で意気地なしだったんだから」
「まあな・・・」
豪太がふと対面の座席を見ると、誰も座っていない席の上に、カマキリが一匹いた。多分、ドアが開いているうちに飛んで入って来たのだろう。それを見て豪太は、昔のことを思い出した。
たしか、美咲のおじいちゃんに昭和公園に連れて行ってもらった時だった。ネモフィラが満開に咲き乱れ、爽やかな青い絨毯を広げている光景だった。
皆はまだ五歳ぐらい。幼稚園に通っている頃だった。
カマキリが一匹、葉っぱの上にいた。
豪太と詩織と美咲の三人で、しゃがんでカマキリを眺めていた。守は三人と少し離れたところで様子を伺っている。
「カマキリだ」
といい、美咲はひょいっととり上げて、守に見せてあげようと、持って行った。
「守君。カマキリいたよ」
すると、守は腰を抜かしへたり込んで、わ~ん、わ~んと泣き出した。
「美咲ちゃん、守君は虫が苦手なんだよ」その時豪太は、守の虫嫌いを知っていた。
「私も、きら~い」と詩織が言った。
美咲は、守と詩織を見比べて、暫く考えてから、言った。
「でも、詩織ちゃんは泣いていないね」
「うん」と詩織も答えた。
「守君。カマキリは逃がすからね」
と豪太は、美咲からカマキリを受け取って、葉っぱの上に戻した。
守は泣き止まない。
美咲は、近くにいたテントウムシを捕まえて、泣いている守の前にしゃがんで向き合った。
「守君。テントウムシなら可愛いよ。見て」
わ~ん。と、守はまだ泣き止まない。
「守君。泣くのをやめて。やめないと、私、守君のお嫁さんになってあげないよ」
美咲は優しい口調で言った。
すると、うん。といって鼻をすすりながらも、守は泣くのをやめた。
美咲が手のひらを開いて、テントウムシを見せる。
テントウムシは指の先まで上がり、羽根を開いて飛んで行った。
「あ、飛んだ」と、守が言うと、
「飛んだね。テントウムシ、可愛いね」と美咲が返した。
「うん」と守が笑った。
「お待たせ。ソフトクリーム買ってきたぞ」
と、美咲のおじいちゃんが手に四本のソフトクリームを持ってやって来た。
豪太はハッとして視線を戻した。カマキリはもういなかった。
* * *
「美咲ちゃん、年上かと思っていた。お姉さんっぽいもん」
小百合がタピオカミルクティーを一口吸って言った。
「タメだったんだね。私達」
と、美咲もストローをつまんで、こちらもタピオカドリンクに口をつけた。
二人は、秋葉原駅前の、通りにはみ出した出窓のような、テイクアウト専門のタピオカ屋に来ていた。注文も受け渡しも、すべて窓越しだ。
美咲と小百合は、二人とも中学三年生の、いわゆる同級生であったことが驚きだった。メイド喫茶で年を誤魔化して働いているのは自分ぐらいだろうと、お互い思っていたからだ。
「でも良かった。私一人じゃバイト代貰えてなかった・・・」
小百合は店の前にあるベントシートに座って、感慨深げに言った。
二人がメイド喫茶を辞めさせられた時に、給料を交渉したのは美咲だった。店長はお店の会計から支出出来ないので、個人の財布から払うことで合意した。が、その際にひと悶着あった。
小百合が割ってしまったお店の高級花瓶。これは弁償して欲しい。と店長が言い出した。
マイセンクリスタルの真っ白な高級花瓶。日替わりでピンクの花を飾って、お店のトータルコーディネートに合わせた空間ディスプレイだった。この花瓶を小百合がシッポに引っ掛けて割ってしまったことがあった。数万円はする代物なので、小百合の給料は丸々、花瓶の弁償代として出せない。と店長は言ってきた。
そこで、美咲は粘った。なんとか交渉して、小百合の給料を出させることに成功した。
その一部始終を小百合が驚いた顔をして見ていたのは、事実だった。
「美咲ちゃん。これ・・・」
と言って、小百合は給料袋から二万円を取り出し、一万円を美咲に差し出した。
なに? っと美咲はストローを咥えたまま、聞いた。
「半分は美咲ちゃんの取り分だと思うの。二万円しかないから、一万円だけど」
美咲は小百合の隣に座って、言った。
「これは、小百合ちゃんが働いて稼いだお金。私は貰えないわ」
小百合は、ここでもまた、驚いた顔をした。
しばらく美咲を見つめたあと、やっと口を開いた。
「あ、あ、あり・・・がとう」
小百合の不自然な言動に、ちょっと困惑した美咲は、聞いた。
「うん?・・・どうしたの?」
「やっぱり変だった?」
「なにが?」
「私ね、ちゃんと、ありがとう。って言ったことないから、今、変に意識しちゃった。ここは、ちゃんと、ありがとう。って言わなきゃいけないぞ。って思ったら、どもっちゃった。恥ずかしい」
小百合は顔を真っ赤にして、タピオカのカップを頬にあてた。
「そうなの。気にしないで」
「反対に、言われたこともあまりないから・・・正解がわかんないかも。ごめんね」
「大丈夫。ちゃんと伝わりました」
あ、そうだ。と言って小百合はペンを取り出し、一万円札の端っこになにかを書きだした。
「何してんの?」
「見て。ネコマーク」
小百合が一万円札を見せると、端っこに小さなネコマーク、キティちゃんの輪郭だけの様なモノが書いてあった。
「私、自分のお金にはこのマークをつけるんだ」
「ふふ、可愛いじゃん」
「美咲ちゃんは、いくら貰えたの?」
「私も二万円だよ。私達ほぼ同時に入って、働いたのは数日だけだからね。あ~あ、クビになっちゃったね。せっかくのバイトが・・・」
美咲は、カップの底にあるタピオカをまとめていくつか吸い込んだ。
「あのね。いいバイトがあるんだけど。楽なヤツ・・・」
小百合が、少し上目遣いをして、切り出した。
「なに?」
「おじさんと食事するだけで、一万円貰えるの」
「なにそれ?」
え~とね。と小百合はスマホを取り出して、ロックを解除した。
美咲がふと前を見ると、豪太と詩織が改札から出てきた。ヤバい。と思った美咲は、立ち上がって小百合と向かい合い、豪太と詩織に背中を向けるような形になった。
*
改札を出てきた豪太と詩織には、人通りが多いせいもあって、目の前にいる、背中を向けた美咲に気付かなかった。
詩織はいきなり、エアで双眼鏡を目に押し当てて、辺りを見回した。
「ジャーン。まずは詩織スコープでチェックします。目撃情報によりますと、美咲はこの辺でチラシを配っていたそうです」
チラシは配っていないが、確かにすぐ横に美咲はいる。だが、詩織は両手で目を覆って視野を狭くしているから気付かない。
そんな詩織の行動に気をとられている豪太も、横にいる美咲に気づかない。
「お前な。遊んでたら見つかるものも、見つからないぞ」
豪太の言う通りである。詩織はスコープを一旦外して、豪太を見た。豪太の奥に、美咲が背中を向けて立っているが気付かない。
三人は、気づかぬまま、危うい距離まで接近していた。
*
「見て見て。こういう風におじさんから誘いが来るの」
小百合が、自分の目の前に立ち上がった美咲に向かって、スマホを見せた。
美咲は、ストローを咥えながら、スマホを見て、うんうん。と頷いた。
*
「私は真剣なの。守と美咲の仲が壊れそうなんだから、放ってはおけないでしょ」
「ああ、そうだな・・・」
「なによ。やる気あるの? 豪ちゃん」
「ああ・・・」
*
美咲はストローをくわえたまま、小百合の話に相槌を打ちつつ、
耳だけをそちらに向けていた。
*
詩織は再び詩織スコープを目に押し当てた。要はまた、両手で目を覆い隠したのだ。
「さあ、ここからが本番よ。潜入捜査を開始します。第一メイド発見。が、残念ながら、美咲ではありません」
「それはそうと、詩織。お、俺達って・・・」
豪太が何か確信めいたことを、言いそうになった時だった。
「あ!」と発して詩織が、少し離れたところの人のもとに、駆け寄った。
「美咲か?」と豪太も詩織のあとに続いて、一歩、二歩と踏み出し、その場を離れた。
*
美咲はバレずに済んでほっとしたかのように、タピオカをまとめて吸い込んだ。
*
「マンガ家さ~ん」
詩織は小林を見つけて、駆け寄り、いきなり腕にしがみついた。
「マンガ家さん。みーつけた」
「ああ、詩織ちゃんか。ビックリしたよ」
詩織と小林は、ポケット入道の一件以来、親しくなっていた。
詩織のアイデア「オラアが悪いヤツをやっつけてやるだぁ」という東北弁キャラを気に入った小林。コンビニに詩織が買い物に来るたびに、新しいキャラが出来ていると、何かアドバイスがあったらよろしく。と相談をするようになっていた。
「へへ、偶然だね。こんなところでなにやってんの?」
詩織は、小林の腕を抱きかかえて、顔を覗き込むように聞いた。
「マンガの資料を探しに来たんだよ」
「そっか。その顔はあまり寝てないな。クマが出来てるぞ。無理しないで、頑張ってね。」
詩織は、小林の頬を指でツンツンして、ウインクした。
少し離れたところで、その様子を見ていた豪太は、顔をしかめ、拳を握りしめて、
「誰だ。あいつ・・・」
と、小林を睨みつけた。
第8話 終




