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第15話 演出!ラブソングでは終わらない

 キャンディーズが見つかった。

「お願いがあります」

 鉄平は、いきなり土下座をした。なりふりかまっていられない。

「のど自慢に出て頂けないでしょうか? 今、自分が任されてキャンディーズを探しております。このお三方で、是非とも、キャンディーズを歌って頂けないでしょうか!」


 三人とも、ポカンと口を開けている。が、礼子だけは、鉄平の意図をくみ取ったのだろう。口は空いたままだが、目玉を動かして、他の二人の様子を伺っている。


「年末の、あの、のど自慢ですか?」

 啓太君のお母さんだ。

「やだわ。うそ。ホントに。でも。やっぱり。やだわ。しかも、キャンディーズって。困っちゃうわ。うそよ。うそでしょ~」

 この人はいける。明らかに嬉しそうだ。もう一人、翔太君のお母さんは?


「のど自慢って、なんですか?」

 ポカンとした顔のまま、聞いてきた。


 聞けば。高木家がこの町に引っ越してきたのが4カ月前だそうだ。なので、知らないのも無理はない。一通り説明して、理解はして貰ったが、納得はしてないようだ。ダメか。

 この人がダメでも、最悪、ポンタママがいる。それで、三人は揃う。良しとするか。


 ――待て待て。よく見ろ。この、三人の並びを。ぶっちゃけ美人揃いだ。


 礼子だって、俺が一度は惚れた女だ。見た目に文句はない。それに、こちらのお二人だ。チョーがついてもいいくらいだ。ここに太ったオッサンを混ぜてどうする。アホか俺は。


「イテテ。首が。首。ムチ打ちって、あとからくるんでしたっけ?」

 咄嗟に出た。

「大丈夫ですか?」

「ヤバいです。でも、僕の首は特別でして、キャンディーズで直るんです。どうか僕を助けてください」

 ぷっと、翔太君のお母さんが笑った。

「つまり。そこまでお探しになっているということですね」

 鉄平は黙ってうなずいた。

「わかりました」

 やったあ。

 礼子を見たら、ウィンクしていた。


 *   *   *


「え? 里中のおばちゃんが出るの?」

 守が、箸をとめて聞いた。

「ああ、キャンディーズだ。他の二人も小学生のママさんだから、ママさんズ。と言ったところか」

 鉄平は、久々に伊東家にきて、一緒に晩御飯を食べていた。毎日、夜遅くまで働いていたので、なかなかこの家の様子を見に来ることは出来なかった。


 相変わらず、父親は失踪したままだが、その話題は出さない。暗黙のルールだ。姉の裕美子は前の職場に復帰して家計を支えていた。

 守は、その、ずば抜けた野球センスで、私立高校にスポーツ推薦での内定が決まった。入学金・授業料全額免除は相当嬉しい。鉄平は、お祝いをしにやって来ていた。


「面白いのが、礼子の娘も出るんだよ。ピンクレディーで。あ、出る予定か。特訓中だ」

 ――美咲が。

 守が驚いた。ああ、友達も一緒だぞ。というと、

 ――詩織も。

「なにやってんだ。あいつら。叔父さん、俺ちょっと行ってくる」

 と言って、ダウンジャケットを着て、スマホを耳にあてながら、血相変えて出て行った。


 *   *   *


「暑中お見舞い申し上げます。が、可愛い曲だよ」

「やっぱり、春一番。じゃないの」

「微笑みがえし。が一番売れたのよ。初のミリオンだもの」

 キャンディーズの選曲がなかなか決まらない。


 鉄平と礼子とポンタママは、病院に、先生のお見舞いに来ていた。

 幸い、先生の容態は少し回復傾向にあり、倦怠感に襲われる毎日からは解放されたらしい。我々の報告を、うんうん。と頷いて聞いてくださった。が、予断を許すことは出来ない。


 人工呼吸器はそのままだ。声を出すのも辛そうだ。目も瞑りがちになってきた。

 出来れば、先生のご意見をお伺いしたいと思っていたが、もう長居は出来ない。

 誰となく、じゃあ、そろそろ。と言って立ち上がり、病室を出ようとした。


 ポンタママが、先生の手を握り、

「先生。見てくださいね。私、最高のステージに仕上げますからね」

 すると、先生の口がわずかに、動いた。

「と・・・し・・・」

 ポンタママの目が、ふっと大きくなった。

「先生、そういうことですね。確かに。すべてはそれから始まったわ」

 ポンタママが静かに振り返った。

「決まりよ。曲は――」

「・・・」

「年下の男の子」

 先生の目が、わずかに笑った。


 *   *   *


 スナック止まり木。

 ポンタママのキャスティングが始まった。

「センターは高木涼子さん。翔太君ママ。透き通るような白い肌。和風的な気品と凛とした佇まい。二人に比べて少し小柄なので、真ん中だとバランスがいい。蘭ちゃんの位置」

「はい・・・」


「向かって左が、岡田今日子さん。啓太君ママ。キュートなお顔立ちなのに、どこかしら溢れ出るフェロモン。笑顔がとっても魅力。ステージに花が咲くわ。ミキちゃんの位置」

「やだわ。お花だなんて・・・」


「そして、かつては学校一の美人で、学校一のワル・・・」

「ちょっと、関係ないでしょ」

 礼子が突っ込んだ。

「でも、相変わらずの美貌は、娘にもしっかりと受け継がれたわね。少しお肉がついて、さらにお乳が無礼者になってるのが、またいい。男子は喜ぶわ。礼子がスーちゃんの位置」

「私だけ、ヒドクない?」

「ははは。気にしない、気にしない」


 三人の立ち位置が決まったところで、

「曲は、年下の男の子。まずは、歌ってみましょう」

 ポンタママがリモコンのボタンを押した。


 三人とも、歌がうまい。声がいい。見た目がいい。

 思った以上にいいぞ。いや、良過ぎる。俺の目に狂いはなかった。

 鉄平は初めてそう確信した。

 そして、礼子。安心しろ。お前は負けてない。と、鉄平はさらに心の中で呟いた。


「さて、歌も問題ない。振りもそんなに難しくはない。さあ、腕の見せ所だ」

 ポンタママは、腕組みをした。

「どう料理してやろうか・・・」


 *   *   *


 鉄平が音楽教室で打合せをしていると、クル爺が訪ねてきた。

 相談があると言う。アンナちゃんは、どうもプレイバックパート2が苦手らしい。

 歌を変えるかどうか。なにかした方がいいかもしれんと心配になってきた。と言う。


 鉄平は、先生が積み重ねてきたご苦労に、ほとほと感心した。

 オーディションが終わったら、演出的なアドバイスをする。皆さん、一度は大体納得するが、本番までの時間で迷いや狂いが生じる。そして、また相談に来る。先程も違う相談を受けていたばかりだ。今度は、あの、子供達のおじいちゃんがやって来た。


「アンナちゃん本人が嫌がっているのですか?」

「いや、本人は嫌がってはいない。むしろ、段々コツがつかめてきた。と言っておる」

「じゃあ、問題ないのでは?」

「それはそうなんじゃが、あの子の実力から言って・・・」

「おじいちゃん。心配ありません。本番が近づくと、皆さん不安に襲われるもんですよ」

「そういう話では・・・」

「子供が歌うだけで、観客は喜びますよ。それに――アンナちゃんなら大丈夫です」


 鉄平は、自分が相談慣れしてきているのを感じた。すぐに返答出来るようになっている。

 それに、先生の肝いりの、百恵ちゃん三連発だ。子供達に場所を用意するのが俺の役目だ。そこで成長してくれればいい。目先の結果を欲しがってはいかん。絶対変更はしない。


 おじいちゃんを見送って、音楽教室に戻ってきた。防音設備なのをいいことに、鉄平は突然叫んだ。

「うわあああああ」

 たかが、歌を歌うだけなのに、みんな一生懸命だ。

 悩んで苦しんで、のたうち回っている者もいる。そして、見てて、何故か、美しい。

 ここって、こういうところだったのか。

 今まで、気づかなかった自分が、急に恥ずかしくなった。


 *   *   *


 スナック止まり木。

 美咲と詩織のサウスポー。ポンタママに言わせると、仕上がりは――イマイチだ。

 二人とも例のごとく、今日もへとへとになって、特訓している。汗だくのボロボロだ。

「さて、どうしたもんかね・・・テコ入れが必要だね」

 竹刀を首の後ろに担いで、ポンタママが呟いた。

 鉄平は、それを聞いて、「もう充分出来てるだろ」と言えない自分がそこにいた。


 そこへ、カランコロン。とドアが開く。

「守。豪太。どうしたの?」

 礼子が驚いた。美咲と詩織も顔をあげて反応した。

「失礼します。ちょっと・・・」


 美咲と詩織の幼馴染という男子が二人、やって来た。

 とは言え、守は鉄平の甥っ子だ。先日、美咲と詩織の話を聞いて、守が血相変えて出て行ったので、多分、こういうことになるとは思っていた。鉄平は驚きはしなかった。


 4人は兄妹同然に育った関係で、礼子から言わせれば、みんな、自分の子供みたいなものだという。受験勉強があるのに、大丈夫なのか? というのが、守と豪太の心配事だった。

 まあ、無理もない。それが普通の感覚だ。

「礼子。誰なの?」ポンタママが聞くと、

「幼馴染。野球部で一緒。こっちが守でピッチャー。こっちが豪太でキャッチャーよ」

「野球部?」

 ポンタママの目が光った。


「ピッチャー。ちょっとフォーム見せてみな。キャッチャー。これで素振りしてみな」

 と、豪太に竹刀を渡した。

「短く持って、ゆっくりでいいから。その辺にあてないで」

「はあ・・・」と、守と豪太は従った。ゆっくりと、やって見せた。

「さすがだね。本物は違うわ。あんたら、舞台に出な。美咲と詩織と一緒にだ」


 ――え!


「無理ですよ。守は推薦受かったからまだしも、俺は受験があるし。おばちゃん、どういうこと?」

 豪太が礼子に聞いた。礼子は黙っている。ポンタママにこの場は預けたみたいだ。

「豪ちゃん」詩織が口を挟んだ。

「ポンタ先生が、そう決めたんだよ」

「なに言ってんだ。おかしいぞ・・・詩織、お前、やせたな」

「あ、気が付いた。今はね、毎日体重計に乗るのだけが、楽しみなの」

「どんな苦労してんだ。そんなものに俺を巻き込むな。美咲。どういうことだ」

 美咲は、ゆっくりと豪太に視線を送り、

「豪太。人生には受験より大事なものがあるよ」

 以前、礼子に言われた言葉を引き継いだ。

 なんだ、この異様な空間は? 豪太は次の言葉が出なくなった。


「ピッチャー。あんた右だね。すぐに、サウスポーのフォームをつくりな」

 ポンタママが守に言った。

「そんなことしたら、右のフォームが崩れる。嫌だよ」

「ダルビッシュはやってるよ。練習では右で投げたあと、左でも投げる。速い球も変化球も投げてたよ」

「ダルビッシュって・・・」

 守の眉間に皺が寄った。

 勝負ありだな。と鉄平は思った。守の叔父としては、少し複雑だったが。

「さすが、メジャーリーガーは違うね。ま、あんたには無理だろうよ」

「ちょっと、待ってくださいよ!」

 守が、熱くなった。


 *   *   *


 ポンタママに出ろと言われ、結局、参加することになった守と豪太だった。

 幼馴染4人組で帰りをともにした。ご近所なので、帰る方向は一緒である。


「美咲のおじいちゃん?」

「うん」と、美咲。

「俺、うっすら覚えてるよ。子供の頃、よく遊んでもらったよな。美咲のおじいちゃん」

 豪太は手に持った缶コーヒーを転がして、暖をとっている。


 四人は、コンビニの前で立ち話をしていた。

 美咲、詩織、守、豪太が集まって話をするなんて久しぶりだ。守以外、本来はそれぞれ籠って、受験勉強をしているはずだった。

 美咲がふと、おじいちゃんの話を始めた。十年ぶりに再会し、お母さんに内緒でたまに会っていることを話した。


「なんで、おじいちゃんとおばさんは、ケンカしたの?」詩織が聞いた。

 守も豪太も、そんなことは何も知らない。そう言えば、ある時から、美咲のおじいちゃんとはパッタリ会わなくなっていた。


 それがわからないから苦労している。と美咲は説明した。おじいちゃんも言わない。お母さんなんか、それどころか、私がおじいちゃんと会っているのを薄々感づいて、変な人と会うのを止めないと、警察に相談するよ。とまで言ってきた。「わかるでしょ。うちの親。そいうとこ凄いから」と、美咲は呆れた様な顔をした。


「最初は、おじいちゃんが、のど自慢大会を楽しみにしてるから、出てみようか。と思った。そのうち、お母さんも出ることになったから、おじいちゃんと接触して事故が起きないか心配。でも逆に、それがキッカケで仲良くなってくれたら、これ以上はないんだけど」


「わかった。俺達がそれを知ってたほうがいいと、判断したんだな」

 豪太がそう言うと、美咲は、うん。と頷いた。


「水臭いな。美咲。なんで俺に真っ先に言わないんだよ」

 守が、いつになく不機嫌だ。

「守のうちも大変だし、私があんた達に言ってたら、あんたらの親を通して、おじいちゃんのことが、お母さんにバレちゃうでしょ。特に詩織。あんたには口止めしても無駄だとわかってるからね。でも、言っちゃダメだよ。絶対に」

「うわ。ヒドイ。言わない。絶対言わないから。大丈夫よ」

 詩織は、缶コーヒーを手で挟んで、転がしていた。

「ホントかな~」と、美咲は肩を落とした。


 ――うわあああ!

 と、守が顔を覆って、固まった。

「みーちゃん。ゴキ・・・」

 守の足下にゴキブリがゴソゴソと一匹、うごめいていた。守の虫嫌いは、大人になるに従って、ある程度直ってはいたが、ゴキブリに対しては、いつまでたってもダメだった。

 もう、しょうがないな。と言って、美咲がゴキブリを足で払った。


「みーちゃん?」

 豪太と詩織は、顔を合わせた。確かに、小さい頃、守は、美咲のことをみーちゃんと呼んでいた。でも、小学生の中ごろから、美咲と呼ぶようになっていたので、すっかり忘れていた呼び方だ。


「もういなくなったよ。それから、恥ずかしいから、人前でみーちゃんは禁止でしょ」

「ホント。ホントに? もういない?」

 守は、顔からそっと手を外した。美咲は、その守の手を引っ張って、歩き始めた。


 詩織と豪太は、手に持った缶コーヒーを転がしながら、

「うわ・・・サブ」

「キモ・・・」

 と、どちらとなく漏らしていた。


 *   *   *


 キャンディーズ作戦会議が開かれた。

 年下の男の子の歌と踊りはいい感じに仕上がっていた。

 その上で、ポンタママが意外な提案を始めた。


「今回の、年下の男の子。恋愛ソングとしては歌いません」

 ――はあ?

 みんな驚いた。だって、恋愛ソング以外の何物でもない。

「母親が聞くと、自分の息子のことに聞こえる歌にします」

「どういうことだ?」鉄平が聞いた。


「最初は、恋愛ソングとして歌い始める。でも、今回この曲は――」

 ポンタママは一息吸った。


「ラブソングでは終わらない」


 はあ? と、イマイチ、ピンとこない鉄平。


 お母さん達は、歌詞の中から、それらしいところを見つけた。

「確かに、生意気で、憎らしいけど、好き。って、自分の息子によく思うわ」

 啓太ママの岡田今日子さんだ。

「汚れて丸めたハンカチ。どころじゃないわ。うちの子は」

 たかしママ、礼子だ。

「母親目線で見ると、あてはまる部分が多いですよね。この歌」

 翔太ママの高木涼子さんだ。


 鉄平もようやく理解しかけた。

「そうか。替え歌か。年下の男の子。を、私の子供たち。とかいう感じにして・・・」


 ――それは絶対ダメ。ポンタママが手で×をつくった。

「年下の男の子。の歌詞、振付は一切変えない。変えないどころか、洗練されたモノにブラッシュアップして、見事なパフォーマンスで見せる。この三人ならそれが出来る」

「でも、それじゃ、ますます恋愛ソングだぞ」


「うん。そこで、舞台の端から、黒づくめの応援団が現れる。全身黒づくめの所謂、ブルース・ブラザースの恰好をした男子が、舞台上でサイリウムを振ったり、紙テープを投げたり、クラッカーを鳴らしたり、淡々と応援団パフォーマンスを繰り広げる」

「淡々と? 熱狂的にやらないのか?」


「やらない。異化効果を狙う」

「異化効果?」

「異化効果とは、観客に、『ん?』 と思わせる手法。あえて、お客さんを没入させず、距離をとらせ、考えさせるというやり方。古畑任三郎が物語の途中でカメラに向かって話しかけたりする、あれよ」


「没入させないって、逆効果じゃないのか?」

「ううん。感動は押し付けるばかりではなく、引き出すモノでもあるの。成功すれば、観客は内発的に歓喜する。意味をひっくり返す。そこが勝負」


「どうやるんだ?」

「曲の途中で、応援団が出てきてパフォーマンスする。間奏で、MCが説明する。応援団パフォーマンスは、なんと、ママさん達の本当の息子さんだそうです。と」


 ――え?


「観客はね、最初から違和感を覚えてるの」

 黒スーツに黒ネクタイ。黒いサングラス。

 まるでブルース・ブラザースみたいな三人の男の子。

 無表情で、機械みたいにサイリウムを振る。

 完璧な歌と踊りの横で、どこかちぐはぐな光景。


「なんだこれ、って思うでしょ」

 ポンタママの声が低くなる。

「そこで、正体を明かすの」


 あっと、鉄平には突然、光景が見えた。

 あいつはあいつは可愛い。

 その歌詞が流れた瞬間——観客の頭の中で、

『恋人』が『息子』に入れ替わる。

 はっとして、口元に手を当てるおばちゃん。

「あれ、これ・・・」

 隣の友達も、遅れて顔を上げる。


 鉄平は息を呑んだ。


「松村・・・・・・お前、天才か」

「わかってくれた。私も必死よ。なんとしても、先生に届けたいからね」

「よし。応援団で、子供達にも出て貰おう。翔太君、啓太君、たかし君」

 鉄平のギアが一段上がった。


 ところが、ママさんたちのノリが、イマイチだ。

 お母さん達が嫌なわけではない。むしろ、息子と一緒に出るのは記念になっていい。

「無理よ。たかしが私と一緒に舞台に出たがるはずがない。岡田さんちは?」

「うちの子も、オッカーと一緒に。なんで俺が。とか言いそう。寂しいわね」

 礼子と今日子は、日ごろ仲のいい二人の息子のお陰で、交流が深い。悪戯のクレームに対して、ご近所さんに一緒にあやまりに行ったことが何度もある。


「そう言うと思ったから、作戦会議なんだけど。いい方法はないかしら」

 一同無言になる。


 しばらくして、

「僕の首はキャンディーズで直るんです。山崎さんのあれ。あの作戦はどうかしら?」

 翔太ママの高木さんだ。

「私はアレで納得しました。ウソだとすぐわかりましたよ。でも、そんなことより、必死さにうたれました」

「だけど、それは、大人の解釈よ。子供に通じる?」ポンタママだ。

「ええ、通じないと思います。でも、だからこそです。大真面目に嘘をつく。というのは?」

 高木さんの、思わぬ提案だ。


 ポンタママが、ふ~と、息を吐いた。

「いいじゃない。それ、やりましょう」


 *   *   *


 翔太、啓太、たかしの三人はスナック止まり木に呼ばれていた。

 礼子が腕組みをして、三人を上から見降ろしている。

「今日、あんた達をここに呼んだのは、他でもない」

 子供達は、礼子の異様な雰囲気に、何事かとたじたじだ。


「飛び出し。が、どれほど危険なことなのか。改めてそれを知って貰うためだよ。そうですよね。岡田さん。高木さん」

「そうです・・・その通りです・・・」

 礼子の後ろに控えた、翔太ママと啓太ママ。同じように腕を組んでいた。

 母親たちの目がつり上がっている。


 三人とも、同じことを考えていた。

 ——いつもより、怖い。

 飛び出しのあの日、もうたっぷり怒られたはずだ。

 なのに、どうしてまた呼び出されたのか。

 しかも、前よりもずっと重い空気だ。

 何かがおかしい。


 *   *   *


 スナック止まり木。の外。

 鉄平とポンタママが、寒空の下、スタンバっていた。

「松村、いや、ポンタママ。ひとつ聞いていいか?」

「なに?」

「気を悪くしないでくれよ。年下の男の子。母親の歌にしなくても、恋愛ソングで充分ウケると俺は思うが、なんで、そこまで拘るんだ?」


 う~ん。と考えて、ポンタママは少し重い口を開いた。

「先生が始めた、校内のど自慢大会で最初に歌われたのが、年下の男の子。その時歌ったのは、当然、女子高生よね」

「文化祭だからな」

「ところが、今回は、ママさんが歌う。ママさんが歌うなら、かなり壁は高いけど、母の歌としても演出してみたい。そしてそれを先生に、私の成長の証として、届けてみたい」

 松村の、確固たる矜持に触れた思いがした。


「そっか。そりゃ、先生喜ぶぞ」

「鉄平ちゃんが、いい仕事したからよ」

「はあ? 俺が」

「あの、ママさん達を見つけたのは、あんたじゃない。立派よ」

「バカ。俺なんて、全然だよ。お前こそ立派な男になったよ」

「なにそれ?」

「あ、ごめん・・・」


 *   *   *


「どうしてここに呼ばれたか。不思議だよね?」

「はい・・・」

 礼子に言われ、三人は口を揃えて返事をした。

「交通事故がどれほど怖いものか。それを知って貰うためよ。どうぞ」

 礼子は外に向かって声を掛けた。


 鉄平が、車椅子に乗って入って来た、首にコルセットを巻いている。

 車椅子を押しているのは、ポンタママだ。


 ――あっ。おじさん。


 子供らは、驚いた。あの時の、おじさんだ。

「そう。あの、おじさんだよ。こんな姿になったのは、誰のせいだと思う?」

 礼子が子供たちに聞いた。

「でも、あの時はピンピンしてた・・・」翔太が言った。

「交通事故の怖いところは、あとから来るんだよ。ムチ打ちとか腰でね。そして、こんな姿に・・・」

 礼子は、目頭を押さえた。


 すかさず、今日子と涼子が、鉄平に近づき、

「すいません。うちの子のせいで・・・」

「なんとお詫びをしていいものか・・・」

 二人揃って、丁寧に深いお辞儀をした。


「いえいえ。しょうがないことです。この子達に罪はないのです。僕の不注意でした。イテテテ」

 と、鉄平は、首を押さえて声を絞りだした。

「車の修理代や治療費の心配はしないでください。僕の責任なんですから。ああ」

 さらに、腰を押さえた。


「そうはいきません。うちは夫と子供に釣りをやめさせ、そのお金を回します」

 今日子が言った。

 えっ!と、驚く啓太。


「うちは、お年玉を金輪際やめて、その分を回します」

 礼子が言った。

 ウソッ!っと、驚くたかし。


「うちは、私が仕事をもうひとつ増やして、必ずお支払いします」

 涼子が言った。

 かあちゃん!っと、翔太が叫んだ。


「そんな無理をしてはいけません。見なさい、子供達が可哀そうだ」

「お、お、おじさん・・・」

 子供たちの顔に、やるせない表情がよぎった。

「君たち、心配することはないよ。二度と飛び出しなんかしないと、約束さえしてくれれば、おじさんは十分だ」


 翔太がにじり寄ってきた。

「なんてことだ。僕は、この世から交通事故が無くなればいいと思っているのに、おじさんをこんな目に・・・」

 翔太のこの反応は、鉄平にとって予想外だった。思わず、

 なに? この子? なにかあったのかな? 

 と、お母さんを探して、キョロキョロと首を動かした。


「おじさん。首。大丈夫?」

 翔太が、じっと鉄平を見ていた。

「イテテテ・・・」

 と、一拍遅れて、首を押さえた。

「痛いよ。痛いさ~」

 顔を歪めてうったえた。


「この子。昔、交通事故にあって、苦い思いをしたので・・・そうよね」

 涼子がそう言うと、翔太が、うん。と頷いた。

「そっか。翔太君も辛い思いをしたんだね。でも、おじさんは平気だよ。ただ、今の仕事が出来なくなったことが残念なだけで・・・」


「私達にお手伝いできることがあったら、なんでも言ってください」

 お母さん達が口を揃えて言った。

「ありがとうございます。お気持ちだけで、結構です」

「そんなこと言わず。この子達も、同じ気持ちです。ね、そうよね」


 三人のお母さんは、三人の息子に、同時に投げかけた。

 子供達は――うん。と頷いた。


「そうですか。実は・・・ひとつだけ」

 鉄平は、静かに語り始めた。


 数分後。

 キャンディーズのバックダンサーチームが結成されることになった。


「じゃあ、寸法測ります」

 スキンヘッドに太い首。青い髭剃りあとの顎がふたつに割れている。そんなおじさんが、店の奥から出てきた。マンガから、飛び出してきた人みたいだ。


「こちらは、山本小鉄子さん。うちのお店で衣装も担当してる子です。凄く優秀なのよ」

 ポンタママが、紹介した。

「コテっちゃん。と呼んでね」

 オカマバー『ムダ毛』の様々な衣装は、コテっちゃんがつくっている。小鉄子とは当然、源氏名だ。見た目が、プロレスラーの山本小鉄に似ている。


 子供達は、それぞれ寸法を測ってもらいながら、思った。


 ――大人って・・・やること早いなぁ。



 第15話 終

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