第14話 特訓!スーパーアイドルへの道
ピンクレディーが見つかった。
鉄平は朗報を受け、早速、スナック止まり木に向かった。店に入って驚いた。
若い娘が二人。汗だくになってへばっている。
二人とも、息を荒くして、床に手を付き、起き上がれないほど疲労困憊している。
太った中年男が、パンパンと手を叩き、発破を掛けた。
「休憩終わり。体力がない。それじゃ舞台に立てないよ」
よく見ると、同級生の、松村だ。松村重雄。今や、ポンタママの方が名が通っている。
「松村!」と声を掛けた。
「あら、鉄平ちゃん。おつ。話は礼子から聞いたわよ。私が来たから、もう大丈夫」
サウスポーのイントロが流れる。二人は立ち上がって、ふらふらと力無く踊り始めた。
「それ、違う!」
怒号が響いた。
カウンターの中で腕組みをしている礼子に聞いた。
「この子達はどこで?」
「あっちが美咲。私の娘。こっちが詩織。娘の友達」
「娘? 友達?・・・お前、鬼か・・・」
「なんとでもいいな」
礼子はリモコンを押して、もう一度、イントロから流し始めた。
松村といえば、超一流ダンサーだ。二十歳でニューヨークへダンス留学をして、噂では、マドンナのバックダンサーを務めたとか、務めなかったとか。どっちかはっきりしてないが、同級生と会った時に、そういう噂話を聞いたことがあった。それが十年前に帰国して、新宿二丁目に店を出し、ママになって繁盛させている。というところまでは知っていた。そのうち、店に行ってみようとは思っていた。
「いくら何でも厳しすぎないか。娘だろ」
「娘だからだよ」
鉄平は、礼子が発する異様なオーラに、戸惑った。
「あの娘が私の子供なのは、みんな知ってる。みんながしのぎを削って出たがっている舞台で、あの子らが、しょうもない芸を見せたら、どうなると思う?」
「そりゃあ、ひいきだ。って、言われるわな」
「言われるくらいならいいよ。一番怖いのは、大会に傷がつくこと。先生が折角ここまで育ててきたもの、信用が、信頼が、価値が、一気に瓦解する」
そこまで背負ってるのか。鉄平はそんなこと微塵も感じてなかった。
鉄平が戸惑いを感じた理由がはっきりした。礼子との温度差、町との温度差だ。思いが違う。自分はよそ者だと、痛感した。
* * *
「ばかに・・・しないでよ」
「それじゃ、弱いって。ビシっと言って。ビシっと」
「だって、そんなこと言ったことないもん」
ひなのはアンナに、プレバックパート2の歌い方を伝授していた。ところが、アンナはこの歌が苦手らしく、イマイチ乗り切れない。
「簡単よ。見下せばいいのよ。傲慢に。横柄に。高飛車に。高圧的に。高慢ちきでもいいわ。とにかく、相手を上から見降ろして、気持ち良くなっちゃえばいいのよ」
「ぜんぜん、わかんなーい」
アンナが両手で顔を覆った。
「ひなちゃん。休憩しようや。ジュースを頼もう。なにがええかの?」
と、クル爺がメニューを開いた。カラオケボックスのメニューだ。かれこれ、三時間はここにいる。みんな、なにかしら行き詰まりを感じていた。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。アンナちゃんには『ビシっと』は無理なのかもね」
ひなのが、がっくりと肩を落とすと、
あずさが立ち上がって、アンナの隣に並んで、口を開いた。
「つ、つ、つ・・・」
アンナの目が輝いた。
「月にかわってえ、お仕置きよ!」
ビシっとポーズを決めた。
「愛と正義の、セーラー服美少女戦士、セーラームーン参上!」
アンナが止まらない。
「マーキュリーは?」
「水の星、水星を守護にもつ知の戦士、セーラーマーキュリー参上! 水でもかぶって反省しなさい!」
「マーズは?」
「火の星、火星を守護にもつ戦いの戦士、セーラーマーズ参上! 火星に代わって折檻よ!」
ビシっと。完璧だった。
「それは出来るのね・・・」
ひなのは、言葉にならない虚しさを感じた。
* * *
スナック止まり木。
美咲と詩織はポンタママの特訓を受け、ボロボロになって帰った。
鉄平と礼子とポンタママは、三人で話し合い、まずは現状認識を深めることにした。
「どう? なんとかなりそう。あの子達」
礼子が聞いた。
「無理ね。ど素人だもん。ただ、どこまで要求するかよ。今の礼子の求めに答えられるようになるには、十年以上はかかるわ。あと二週間でなんとかしろって言われても、それなりにしかならないわよ」
「そんなんじゃ、絶対ダメ。だったら出せない」
礼子の目は厳しい。
鉄平は、黙って二人の話を聞いているしかなかった。
うんうん。と首だけは大きく縦に振った。
本当は、松村、久しぶりだな。お前凄いな。ニューヨークに行って、マドンナのバックダンサーやったというのは本当なのか? と喉から出かかったが、今日はその話はそぐわないと思い。控えた。今度ゆっくり聞こう。と、黙っていた。
「とにかく、もうちょっと様子を見て、最終判断をするしかないわね。同時並行で、ピンクレディー候補は、探した方がいいかも。この町のどこかに居てくれればいいけど」
ポンタママは首を振っていた。
「同時並行と言えば、あんた、キャンディーズは?」
礼子がこっちを見た。お鉢が回ってきた。
「え? いや。その・・・まだです」
「ちゃんと探してるの!」
「そりゃあ、もう・・・大変ですよ。あっちこっち行って、ここに来たんですから」
「なにそれ。探してるかどうかを聞いてるの」
「あったりまえじゃないですか。僕が怠けてるように見えますか?」
「なんで敬語なの?」
「はあ? そんなことありませんよ。ないよ」
「怪しいな。コイツ」
礼子のツッコミに、ポンタママが割って入った。
「ねえ。あんた達。よりが戻ったの? 高校のときより、関係深くなってるじゃん」
「やめてよ」
礼子がトーンダウンした。
松村、ナイスプレーだ。話題を変えよう。
「ところで、先生はどうして、キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵にこだわっているんだろ。昭和のアイドルなら、他にもいるし、そんなに好きだったんだろうか?」
「それもそうね。どうしてかしら?」
礼子も首をひねった。
「なに。あんた達知らないの。藤井先生が、文化祭で校内のど自慢大会を立ち上げた時、最初に歌われたのが、キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵の三組だったのよ。エントリーが、たったの三組しかいなかったの。今じゃ考えられないけれど。私達の頃より、ずいぶん昔よ。先生は担当顧問として、のど自慢大会をプロデュースまでしてくれたのよ。それが今でも続いていて、文化祭の一番盛り上がる行事になってるでしょ。体育館が満員になる、あの、校内のど自慢大会。あれよ。今回、先生は原点回帰をしようとしてるのよ。だから、私は礼子に聞いて、飛んできたってわけ」
「原点回帰。そういうことか」
鉄平はなにも知らなかった。文化祭はただ眺めていただけだったからだ。それでも、えらい盛り上がっているな。とは、思って見ていた。
「私なんかは、文化祭でモーニング娘。を踊ったから、本格的にダンスをやろうと思ったのよ。今の私があるのは、藤井先生のお陰なの。先生が用意してくれた場所があったからこそ。なのよ」
「ああっ!」
と思わず声が出た。鉄平はのけ反った。
場所を用意するとは、こういうことか。
生徒が成長していくその後を、先生は見ていたから。だったのか。
「どうしたの?」
「いや、何でもない・・・俺、キャンディーズ、探してくる」
鉄平は、フラフラとした脚付きで、店を出て行った。
* * *
背番号一の凄いやつが・・・
「声が小さい!」
ポンタママの怒号がまたもや響いている。
鉄平が、スナック止まり木のドアに手を掛けた瞬間、早くも地獄のトレーニング風景が広がっていることを予感した。えいやっと、思い切ってドアを開けた。
すると、美咲と詩織が、中腰のまま、歌を歌っていた。思わず聞いた。
「なにをやってるんだ?」
「空気椅子よ。はい、もう一度、頭から」
「なんだ? 空気椅子って」
「見てわかるでしょ。空気の椅子に座ってるの」
「そんなもん。あるわけないだろ」
「うるさいわね。黙ってみてな」
詩織が音をあげだした。
「ポンタ先生。もう無理です」
美咲もだ。
「こんなのもういや。耐えられない」
と言いつつ、まだ耐えてる美咲。
「太ももが震えるくらいで歌えなきゃ、ピンクレディーは無理だよ」
ポンタママの容赦ない指導。
「足が死んでも声は死なない。結局は、体幹だよ。体幹!」
いや、指導なのかこれは。もはや、拷問なのでは。と鉄平は目を疑った。
――背番号一のすごいやーつが
おお。凄い。また歌い出したぞ。この子ら。根性あるな。
「腹式呼吸を強制しているんだからね。意識しなさい。太ももがきつい状態だと喉で歌えなくなるから、今あんたらは、自然に腹で歌ってるよ。しっかり、体で覚える!」
はい、フラミンゴ。と言って、ポンタママは一本足になった。
――フラミンゴみたい・・・一本足で
ドサっと、美咲と詩織が倒れた。
空気椅子のまま、足を一本上げ、片足立ちしようとした。
「まだまだだね。ま、これはなかなか難しいからね」
ポンタママは、スポーツドリンクを二人に投げて渡した。
嘘だろ。オイ。ニューヨークではこれが出来る奴がいるのか。信じられん。
鉄平は見るに耐えられなくなり、二人とも頑張ってなぁ。と軽く声を掛け、店を出た。
自分が何しにここへ寄ったのか、完全に忘れていた。
* * *
坊やぁ いったい、なにを
プレイバックパート2の一節である。決めればカッコいい。
「アンナちゃん。いい? ここよ。大人の雰囲気ってやつよ。坊やって、投げかけるの」
ひなのは、身振り手振りで、相変わらずアンナに指導している。
「うん。やってるつもりだけど。まだダメなの」
アンナがさらっと答えた。
「いや、だいぶ、声は出てきたから、いいと思う。今度は余裕かな。大人の余裕ってヤツ。ねえ、クル爺」
「そうじゃのう。抑制された感情のほとばしりが、垣間見れるといいんじゃがのう」
クル爺は何気なく言った。
「そんな難しいこと言っちゃ、ダメよ。アンナちゃんが混乱するでしょ」
ひなのも一生懸命だ。
「そうかのう。ワシはそうは思わんがのう」
「だって、アンナちゃんは子供の歌ばっかり歌っているんだから、こういうのは、慣れてないのよ」
「そんなことはない。ひなちゃんは知らんのじゃ。アンナちゃんは大人の歌もうまいぞ」
「なにそれ。聞いたことないけど」
「例えばこれじゃ。ルパンのカリ城」
クル爺がリモコンを押して、ルパン三世カリオストロの城のテーマ曲『炎のたからもの』を入れた。アンナがしっとりと歌い出した。
幸せをたずねて・・・ 私はゆきたい・・・
カラオケボックスの一室が静寂に包まれた。
ひなの、あずさ、クル爺が聞きほれてしまい、そのままの状態で言葉が出ない。
クル爺の頬に涙が一滴流れた。
「ほら。どうじゃ、凄いじゃろ。これがアンナちゃんの実力じゃ」
涙声で言った。
「うん。アンナちゃん凄い。これはじめて聞いた。いいわあ」
ひなのも涙声だ。
「他にも、大人っぽいのあるぞ。あず、何だっけ? この前、歌ったのは?」
あずさがリモコンを押した。
すると、アニメ薬屋のひとりごと、の主題歌『花になって』が始まった。
花になって ほらニヒルに笑って
アンナの顎が軽く上がった。
「出来るじゃない。それよ。アンナちゃん。それが大人の雰囲気よ。カッコいい」
ひなのは大喜びだ。涙目が引かない。ウルウルしている。
「そのまま、プレイバックパート2よ」
リモコンを押した。
ばかに・・・しないでよ
「なんで。そうなるの。シオシオじゃないのぉ」
ひなのは、涙目のまま、首を振っていた。
あずさがにじり寄って、アンナに面と向かって口を開いた。
「ぽ、ぽ、ぽ・・・」
「ポンコツって何よ!」
アンナは訳して、突っ込んだ。
* * *
「これが冬の代表的な星座、オリオン座だ。こうやって、太陽と同じように東の空から西の空に動いていく。夜、晴れてれば、はっきり見えるからな」
吉田先生は、5年2組で、理科の授業をすすめていた。
黒板に、手作りで創った、大きな星座早見表なる天体図が張り出してある。
その天体図に、磁石で止めたオリオン座を、東から西へと動かして説明した。
「先生。ちょっといいですか?」
高木翔太が手を挙げた。
「どうした。高木」
「今の説明では、地球が止まっていて、星が動いている様に聞こえます。先生は、天動説を肯定しているのですか?」
始まったか。と、吉田は思った。
「高木、さすがだな。いいツッコミだ。一見、星や太陽が動いている様に見えるが、実は地球が動いているんだな。それを地動説という」
「では何故、そう説明してくれないのでしょうか?」
吉田は、ああっと、頭を掻いて、翔太を教室の前へ呼んだ。
「高木、ちょっと来い。こっちへ来い」
翔太の肩を抱いて、吉田は、教室のみんなに背を向ける形になった。
そして、小声で囁いた。
「お前さ。授業中は、勝負を仕掛けるのはやめてくれよ」
「すいません。今のはそんなつもりじゃ、なかったんですけど」
「言っとくけど、小学校では、地上からどう見えるか? という観察事実を積み上げることを優先するから、ああいう授業になってるの。わかってるだろ、お前なら」
「あ、やはりそうですか。すいません最近、天動説と地動説を取り扱ったアニメが大ヒットしまして、それに影響されてしまったんだと思います。うっかり手を挙げてました」
「授業中以外なら、いつでも勝負を受けるから、頼むぞ」
「はい。わかりました。今のは、なしで」
こそこそと、吉田と翔太が話している姿を見て、啓太とたかしは目を合わせた。
「アイツ。また」
「吉田先生を困らせやがって」
二人は憮然とした。
* * *
キャンディーズを探すとは言ったが、どうすればいいんだ。
ああ言ってから、もう、三日は経ってる。鉄平は焦っていた。
美咲と詩織の地獄の特訓を見てからというもの、自分に何が出来るんだ。という焦燥感が日々増してきている。
打合せの帰り、鉄平は車を運転しながらも、町を見回していた。
女子高生が三人で歩いている。
こうなったら、声を掛け、ねえねえ、キャンディーズをやってみませんか。とスカウトしてみようか。ポンタ先生が、ニューヨーク仕込みの練習メニューを用意して、優しく指導してくれるよ。どうかな?
バカ!。怪し過ぎるだろ。そんなことして、警察に捕まってる場合じゃない。
どうすればいいんだよ。途方に暮れていた。
* * *
啓太とたかしはランドセルを背負って、校門の前で、翔太が来るのを待っていた。
「絶対、手は出すなよ」
啓太がそう言うと、
「わかってる。話をするだけだ」
と、たかしは答えた。
*
翔太がランドセルを背負って、帰宅しようとし、校門に向かうと、横から、啓太とたかしが、ひょいっと現れ、道を塞いだ。
「なにか。ようかい?」
翔太は、何喰わぬ顔で聞いた。
「お前さ。吉田先生になにか恨みでもあるのか?」
「べつに、ないよ」
「じゃあ、どうして、先生を困らせる事ばかりするんだよ」
なるほど。こいつらは、先生のことを心配しているのか。可愛いもんだ。
だけど、こんなイジメにつき合ってる暇は、僕には無いんだ。
「してないよ。悪いけど、僕は急ぐんだ」
ダッシュして、校門を走り抜けようとした。
「待てよ!」
と、二人もダッシュして追いかけてきた。二人とも、足が速い。追いつかれて、ほぼ同時に校門を出た。すると、
キキーッ。
次の瞬間、ドンッという鈍い音。
よけた車が電柱にぶつかって止まった。
「コラッ。危ないじゃないか。飛び出してきて」
車から、オジサンが出てきて、怒鳴られた。
オジサンは、まず、君らケガは無いか。と、聞いてくれた。僕らは大丈夫だ。かすり傷ひとつない。そう説明したら、オジサンは、まあ、それは良かった。と言ってくれた。
さすがに、僕らが悪かったのは明白だ。
「どうもすいませんでした」
三人で声を揃えて謝った。
*
鉄平は、車のバンパーのへこみを確認して、参ったなあ。と一言。
どうせボロ車だから、今さら、なんてことはないが。
学校の目の前だもんな。職員室に行って、報告した方がいいか。
ああ、めんどくせえな。と思って、ふと、見ると、ひとりのランドセルに、『里中たかし』という名札がついている。礼子の息子が確かそういう名前だったような・・・。
「お、君は里中礼子の息子か?」
「はい、オッカーの名前は里中礼子ですけど」
そうか。これは礼子に任せた方がいい。礼子に書類を届けて、そのあとまだ、打合せがある。忙しいからな。学校に言いつけるのも、この子達が可哀そうだ。
スマホで礼子に連絡をとり、たかし君と代わった。
「よし。みんな車に乗れ。たかし君のお母さんのところに丁度行くところだ」
そう言って、三人を車に乗せた。
* * *
スナック止まり木。
礼子に、事の顛末を説明した。
「くれぐれも言っとくけど、どの子が悪いってことはないんだ。ほぼ同時に三人が飛び出してきた。なんだったら、ドライブレコーダーを確認してもらってもいい。と、この子達の親御さんに説明してくれ。とにかく、飛び出しなんかして、危ない目に合わないように、親からちゃんと注意して貰った方がいいと思う。あとは頼んだぞ。打合せがあるからな」
と言って、店を出た。と同時に、
イテッ。と大きな声がした。
たかし君の声だ。礼子のヤツ、やったな。と思った。
* * *
この日、鉄平は、スナック止まり木のドアを、恐る恐るそおっと開けた。
今日はどんな地獄の特訓模様が繰り広げられているのか?
勿論、恐ろしさもあるが、段々と興味の方が湧いてきた自分も、正直そこにはいた。
美咲と詩織が床に正座をしていた。
ポンタママが二人の周りをゆっくりと歩いている。手に持っているのは、
竹刀だ。
パンパンっと、竹刀で手を叩き、喋りだした。
「サウスポーのキモは、ずばりイントロだよ」
――はい。
「私の尊敬する振付師、土井甫先生が生み出された、奇跡の舞だ」
――はい。
「ニッポンの歌謡史に燦然と輝くオープニングステップは、国民の目に焼き付いているからね。少しも、ミスは許されない」
――はい。
「トチった瞬間に皆がそっぽを向く。そこで終わり。ジ・エンドだ。あんた達、覚悟はいいかい!」
――はい。
「ポンタ先生。質問があります」
詩織がビシッと手を挙げた。
「ゆる~す」
「有難う御座います。失礼します」
なんだ? このやり取りは? ニューヨーク式か? 鉄平は戸惑った。
「イントロのところで、親指を噛んで頷きますが、ポンタ先生は、先日、ウインクをされていました。とても可愛いと思いました。あれはマストで、した方がよろしいでしょうか?」
「よく気付いた。どっちが気付くかと、私は待ってたよ。するべし」
「畏まりました。やらせて頂きます」
よしっと、詩織は両手を握って、美咲を見た。
ズルっ。という目をした美咲も続いて手を挙げた。
どうやら二人に、ライバル心が芽生えているらしい。
「ポンタ先生。私も質問があります」
「ゆる~す」
「有難う御座います。失礼します」
「イントロではありませんが、最後のハリケーンのところ、左手でビラビラビラと斜めに切った後、マイクを持った右手の脇をグッと締めてから、マイクを置く。ポンタ先生は先日、そうやられてました。アクセントが効いて、とてもカッコよかったのですが。マストでしょうか?」
なんの話をしているんだ。わけわからんぞ。
「美咲の勝ちだね。重要度でいうと、ウィンクよりそっちだ。パフォーマンス全体に関わるところだからね。その通りだよ」
「ありがとうございます」
美咲は静かに頭を下げ、チラッと詩織に視線を送った。口元が緩んでいた。
詩織がガクッと、首を落とした。
俺は一体、何を見せられているんだろう。
今日は、ダンスの練習はしないのかな?
わけがわからなくなってきた。
* * *
「虎だ。虎だ。お前は虎になるのだ。ター」
アンナが、ボックスソファーの上から飛び降りた。
白いマットのジャングルに・・・
ひなの、あずさ、クル爺も揃って、歌い出した。
タイガーマスク
「いや~。懐かしいのお。ワシらの世代はこれよ。これ。アンナちゃんは良く知っとるの」
「次は? 次は?」
ひなのが聞いた。
アンナが少し考えて、
「実体を見せずに忍び寄る。白い影。人呼んで。科学忍者隊ガッチャマン」
誰だ 誰だ 誰だ
みんな、パンチを突き出しながら、歌い出した。凄い盛り上がりだ。
インターフォンが鳴った。
ひなのがとって、延長どうしますか? だって。
「こんなもん、やめられんじゃろ。延長延長」
「すいません。また延長で。はい? ドリンクどうしますか? だって」
「おお、汗だくじゃからな。いっぱい頼んでくれ」
「わかった。さっきと一緒でいいね。すいません。ウーロン茶と緑茶、アイスで。あとコーラとジンジャーエールでお願いします。はい? あ、ちょっと待って。 ガッチャマーン」
この日は、一日中、これで終わった。
プレイバックパート2のイントロは、一度も鳴らなかった。
* * *
『昭和歌謡フェス 隣町のど自慢大会 クリスマススペシャル』
と、下書された看板を前に、鉄平は打ち合わせをしていた。
「ここの文字を、金と赤にしましょう。イルミネーションは・・・」
と、業者さんと話していると、スマホが鳴った。礼子からだ。
「いいよいいよ。そっちが代わりに対応してくれ。忙しいから・・・え? わかったよ。ここが済んだら向かうわ」
鉄平はスマホを切って、打合せを続けた。
礼子が言うには、
先日、飛び出してきてた子供達、啓太君と翔太君のお母さんが、鉄平に、どうしてもご挨拶がしたいと言って、礼子の店に来ているらしい。
こっちは忙しくて、そういうのが煩わしいから、礼子に任せたのに。
「もう。本番まで一週間だよ。時間ないって。勘弁してくれよ」
と、泣き言を吐きながら、鉄平は車で店に向かった。
* * *
スナック止まり木。
こちらが、啓太君のお母さん、岡田今日子さん。
こちらが、翔太君のお母さん、高木涼子さん。
と、礼子がお二人を紹介してくれた。
鉄平は、うわわ、綺麗なお母さん達だな。と内心驚いた。
とは言え、お二人とも神妙な面持ちで、畏まっていらっしゃる。
さすがに、そんな無粋な考えは不謹慎だと、自分を戒めた。
すると、
「大変申し訳ありませんでした」
と、三人同時に、頭を下げた。礼子も一緒にだ。
ああ、そうか。礼子も当事者のお母さんの一人だった。
「電柱にぶつかったと伺いました。お怪我は有りませんでしょうか?」
「車の修理代はおいくらになりますでしょうか?」
「ああ、大丈夫です」 ―― もう、そんなこと、どうでもいいのに。
「まあ。子供達にケガがなかったので幸いでした。子供ですからね、仕方ないですけど、今後は注意するように、お母さんからも言って頂ければ、それでいいですから」
と、言ったところで、
翔太君のお母さんが、
「うちの子はいつも、ご迷惑ばかりおかけして、申し訳ありません」
と、さらに深くお辞儀をした。
「いえいえ。うちの子こそ、ご迷惑ばかりおかけしております」
今度は、啓太君のお母さんが深くお辞儀をした。
「いいえ。違います。一番悪いのは、うちの子なんです。決まってます。申し訳ありません」
礼子も同じように、鉄平に頭を下げた。
さすがだ。ここで馴れ合いは見せない。きっちり、けじめをつけてる。
いいえ。うちの子なんです。とんでもない、うちの子なんです。絶対、うちの子です。
今度はお母さん同士で、頭を下げ合いっこしだした。ペコペコペコペコと。
あーあ、こりゃ、無限ループが始まったかもな。俺はいつまで、これに付き合っていればいいんだ。今から、演出の打ち合わせだから、解放して欲しいなぁ。
でも、モンスターペアレンツみたいな、お母さん達でなくて良かった。もしかしたら、おたくの運転に問題があったんではありませんの? と、イチャモンつけられたら嫌だな。と思ってたから、内心ほっとした。
その時には、ドライブレコーダーを見せて、確認してもらおうとは思っていたが・・・まだ、やってるよ。三人揃って。
――三人揃って?
見つけた! キャンディーズだ。
目の前で、お母さんが三人。ペコペコと頭を下げ合っている。
そして、この町の住人だ。
別に決まりがあるわけじゃないが、その方がいい。
鉄平は、無言のまま、両手の拳を高く突き上げた。万歳の様な格好だ。
そのまま、よし。よし。よし。と言葉にはしないで、三回、拳を胸に叩きつけた。
人から見ると、謎の動きに見えただろう。
顔をあげると、お母さん達が、こちらをキョトンとした顔で見ていた。
蘭ちゃん。ミキちゃん。スーちゃん。だ。
第14話 終




