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第14話 特訓!スーパーアイドルへの道

 ピンクレディーが見つかった。

 鉄平は朗報を受け、早速、スナック止まり木に向かった。店に入って驚いた。


 若い娘が二人。汗だくになってへばっている。

 二人とも、息を荒くして、床に手を付き、起き上がれないほど疲労困憊している。

 太った中年男が、パンパンと手を叩き、発破を掛けた。

「休憩終わり。体力がない。それじゃ舞台に立てないよ」

 よく見ると、同級生の、松村だ。松村重雄。今や、ポンタママの方が名が通っている。


「松村!」と声を掛けた。

「あら、鉄平ちゃん。おつ。話は礼子から聞いたわよ。私が来たから、もう大丈夫」

 サウスポーのイントロが流れる。二人は立ち上がって、ふらふらと力無く踊り始めた。

「それ、違う!」

 怒号が響いた。


 カウンターの中で腕組みをしている礼子に聞いた。

「この子達はどこで?」

「あっちが美咲。私の娘。こっちが詩織。娘の友達」

「娘? 友達?・・・お前、鬼か・・・」

「なんとでもいいな」

 礼子はリモコンを押して、もう一度、イントロから流し始めた。


 松村といえば、超一流ダンサーだ。二十歳でニューヨークへダンス留学をして、噂では、マドンナのバックダンサーを務めたとか、務めなかったとか。どっちかはっきりしてないが、同級生と会った時に、そういう噂話を聞いたことがあった。それが十年前に帰国して、新宿二丁目に店を出し、ママになって繁盛させている。というところまでは知っていた。そのうち、店に行ってみようとは思っていた。


「いくら何でも厳しすぎないか。娘だろ」

「娘だからだよ」

 鉄平は、礼子が発する異様なオーラに、戸惑った。


「あの娘が私の子供なのは、みんな知ってる。みんながしのぎを削って出たがっている舞台で、あの子らが、しょうもない芸を見せたら、どうなると思う?」

「そりゃあ、ひいきだ。って、言われるわな」

「言われるくらいならいいよ。一番怖いのは、大会に傷がつくこと。先生が折角ここまで育ててきたもの、信用が、信頼が、価値が、一気に瓦解する」


 そこまで背負ってるのか。鉄平はそんなこと微塵も感じてなかった。

 鉄平が戸惑いを感じた理由がはっきりした。礼子との温度差、町との温度差だ。思いが違う。自分はよそ者だと、痛感した。


 *   *   *


「ばかに・・・しないでよ」

「それじゃ、弱いって。ビシっと言って。ビシっと」

「だって、そんなこと言ったことないもん」

 ひなのはアンナに、プレバックパート2の歌い方を伝授していた。ところが、アンナはこの歌が苦手らしく、イマイチ乗り切れない。


「簡単よ。見下せばいいのよ。傲慢に。横柄に。高飛車に。高圧的に。高慢ちきでもいいわ。とにかく、相手を上から見降ろして、気持ち良くなっちゃえばいいのよ」

「ぜんぜん、わかんなーい」

 アンナが両手で顔を覆った。


「ひなちゃん。休憩しようや。ジュースを頼もう。なにがええかの?」

 と、クル爺がメニューを開いた。カラオケボックスのメニューだ。かれこれ、三時間はここにいる。みんな、なにかしら行き詰まりを感じていた。


「ごめんなさい。言い過ぎたわ。アンナちゃんには『ビシっと』は無理なのかもね」

 ひなのが、がっくりと肩を落とすと、

 あずさが立ち上がって、アンナの隣に並んで、口を開いた。

「つ、つ、つ・・・」


 アンナの目が輝いた。

「月にかわってえ、お仕置きよ!」

 ビシっとポーズを決めた。

「愛と正義の、セーラー服美少女戦士、セーラームーン参上!」

 アンナが止まらない。


「マーキュリーは?」

「水の星、水星を守護にもつ知の戦士、セーラーマーキュリー参上! 水でもかぶって反省しなさい!」

「マーズは?」

「火の星、火星を守護にもつ戦いの戦士、セーラーマーズ参上! 火星に代わって折檻よ!」

 ビシっと。完璧だった。


「それは出来るのね・・・」

 ひなのは、言葉にならない虚しさを感じた。


 *   *   *


 スナック止まり木。

 美咲と詩織はポンタママの特訓を受け、ボロボロになって帰った。

 鉄平と礼子とポンタママは、三人で話し合い、まずは現状認識を深めることにした。


「どう? なんとかなりそう。あの子達」

 礼子が聞いた。

「無理ね。ど素人だもん。ただ、どこまで要求するかよ。今の礼子の求めに答えられるようになるには、十年以上はかかるわ。あと二週間でなんとかしろって言われても、それなりにしかならないわよ」

「そんなんじゃ、絶対ダメ。だったら出せない」

 礼子の目は厳しい。


 鉄平は、黙って二人の話を聞いているしかなかった。

 うんうん。と首だけは大きく縦に振った。


 本当は、松村、久しぶりだな。お前凄いな。ニューヨークに行って、マドンナのバックダンサーやったというのは本当なのか? と喉から出かかったが、今日はその話はそぐわないと思い。控えた。今度ゆっくり聞こう。と、黙っていた。


「とにかく、もうちょっと様子を見て、最終判断をするしかないわね。同時並行で、ピンクレディー候補は、探した方がいいかも。この町のどこかに居てくれればいいけど」

 ポンタママは首を振っていた。


「同時並行と言えば、あんた、キャンディーズは?」

 礼子がこっちを見た。お鉢が回ってきた。

「え? いや。その・・・まだです」

「ちゃんと探してるの!」

「そりゃあ、もう・・・大変ですよ。あっちこっち行って、ここに来たんですから」

「なにそれ。探してるかどうかを聞いてるの」

「あったりまえじゃないですか。僕が怠けてるように見えますか?」

「なんで敬語なの?」

「はあ? そんなことありませんよ。ないよ」

「怪しいな。コイツ」

 礼子のツッコミに、ポンタママが割って入った。

「ねえ。あんた達。よりが戻ったの? 高校のときより、関係深くなってるじゃん」

「やめてよ」

 礼子がトーンダウンした。


 松村、ナイスプレーだ。話題を変えよう。

「ところで、先生はどうして、キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵にこだわっているんだろ。昭和のアイドルなら、他にもいるし、そんなに好きだったんだろうか?」

「それもそうね。どうしてかしら?」

 礼子も首をひねった。


「なに。あんた達知らないの。藤井先生が、文化祭で校内のど自慢大会を立ち上げた時、最初に歌われたのが、キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵の三組だったのよ。エントリーが、たったの三組しかいなかったの。今じゃ考えられないけれど。私達の頃より、ずいぶん昔よ。先生は担当顧問として、のど自慢大会をプロデュースまでしてくれたのよ。それが今でも続いていて、文化祭の一番盛り上がる行事になってるでしょ。体育館が満員になる、あの、校内のど自慢大会。あれよ。今回、先生は原点回帰をしようとしてるのよ。だから、私は礼子に聞いて、飛んできたってわけ」


「原点回帰。そういうことか」

 鉄平はなにも知らなかった。文化祭はただ眺めていただけだったからだ。それでも、えらい盛り上がっているな。とは、思って見ていた。


「私なんかは、文化祭でモーニング娘。を踊ったから、本格的にダンスをやろうと思ったのよ。今の私があるのは、藤井先生のお陰なの。先生が用意してくれた場所があったからこそ。なのよ」

「ああっ!」

 と思わず声が出た。鉄平はのけ反った。

 場所を用意するとは、こういうことか。

 生徒が成長していくその後を、先生は見ていたから。だったのか。


「どうしたの?」

「いや、何でもない・・・俺、キャンディーズ、探してくる」

 鉄平は、フラフラとした脚付きで、店を出て行った。


 *   *   *


 背番号一の凄いやつが・・・

「声が小さい!」

 ポンタママの怒号がまたもや響いている。


 鉄平が、スナック止まり木のドアに手を掛けた瞬間、早くも地獄のトレーニング風景が広がっていることを予感した。えいやっと、思い切ってドアを開けた。

 すると、美咲と詩織が、中腰のまま、歌を歌っていた。思わず聞いた。


「なにをやってるんだ?」

「空気椅子よ。はい、もう一度、頭から」

「なんだ? 空気椅子って」

「見てわかるでしょ。空気の椅子に座ってるの」

「そんなもん。あるわけないだろ」

「うるさいわね。黙ってみてな」


 詩織が音をあげだした。

「ポンタ先生。もう無理です」

 美咲もだ。

「こんなのもういや。耐えられない」

 と言いつつ、まだ耐えてる美咲。


「太ももが震えるくらいで歌えなきゃ、ピンクレディーは無理だよ」

 ポンタママの容赦ない指導。

「足が死んでも声は死なない。結局は、体幹だよ。体幹!」

 いや、指導なのかこれは。もはや、拷問なのでは。と鉄平は目を疑った。


 ――背番号一のすごいやーつが


 おお。凄い。また歌い出したぞ。この子ら。根性あるな。


「腹式呼吸を強制しているんだからね。意識しなさい。太ももがきつい状態だと喉で歌えなくなるから、今あんたらは、自然に腹で歌ってるよ。しっかり、体で覚える!」

 はい、フラミンゴ。と言って、ポンタママは一本足になった。


 ――フラミンゴみたい・・・一本足で


 ドサっと、美咲と詩織が倒れた。

 空気椅子のまま、足を一本上げ、片足立ちしようとした。

「まだまだだね。ま、これはなかなか難しいからね」

 ポンタママは、スポーツドリンクを二人に投げて渡した。


 嘘だろ。オイ。ニューヨークではこれが出来る奴がいるのか。信じられん。

 鉄平は見るに耐えられなくなり、二人とも頑張ってなぁ。と軽く声を掛け、店を出た。

 自分が何しにここへ寄ったのか、完全に忘れていた。


 *   *   *


 坊やぁ いったい、なにを


 プレイバックパート2の一節である。決めればカッコいい。

「アンナちゃん。いい? ここよ。大人の雰囲気ってやつよ。坊やって、投げかけるの」

 ひなのは、身振り手振りで、相変わらずアンナに指導している。

「うん。やってるつもりだけど。まだダメなの」

 アンナがさらっと答えた。


「いや、だいぶ、声は出てきたから、いいと思う。今度は余裕かな。大人の余裕ってヤツ。ねえ、クル爺」

「そうじゃのう。抑制された感情のほとばしりが、垣間見れるといいんじゃがのう」

 クル爺は何気なく言った。

「そんな難しいこと言っちゃ、ダメよ。アンナちゃんが混乱するでしょ」

 ひなのも一生懸命だ。


「そうかのう。ワシはそうは思わんがのう」

「だって、アンナちゃんは子供の歌ばっかり歌っているんだから、こういうのは、慣れてないのよ」

「そんなことはない。ひなちゃんは知らんのじゃ。アンナちゃんは大人の歌もうまいぞ」

「なにそれ。聞いたことないけど」

「例えばこれじゃ。ルパンのカリ城」

 クル爺がリモコンを押して、ルパン三世カリオストロの城のテーマ曲『炎のたからもの』を入れた。アンナがしっとりと歌い出した。


 幸せをたずねて・・・ 私はゆきたい・・・


 カラオケボックスの一室が静寂に包まれた。

 ひなの、あずさ、クル爺が聞きほれてしまい、そのままの状態で言葉が出ない。

 クル爺の頬に涙が一滴流れた。


「ほら。どうじゃ、凄いじゃろ。これがアンナちゃんの実力じゃ」

 涙声で言った。

「うん。アンナちゃん凄い。これはじめて聞いた。いいわあ」

 ひなのも涙声だ。

「他にも、大人っぽいのあるぞ。あず、何だっけ? この前、歌ったのは?」

 あずさがリモコンを押した。


 すると、アニメ薬屋のひとりごと、の主題歌『花になって』が始まった。


 花になって ほらニヒルに笑って


 アンナの顎が軽く上がった。

「出来るじゃない。それよ。アンナちゃん。それが大人の雰囲気よ。カッコいい」

 ひなのは大喜びだ。涙目が引かない。ウルウルしている。

「そのまま、プレイバックパート2よ」

 リモコンを押した。


 ばかに・・・しないでよ


「なんで。そうなるの。シオシオじゃないのぉ」

 ひなのは、涙目のまま、首を振っていた。


 あずさがにじり寄って、アンナに面と向かって口を開いた。

「ぽ、ぽ、ぽ・・・」

「ポンコツって何よ!」

 アンナは訳して、突っ込んだ。


 *   *   *


「これが冬の代表的な星座、オリオン座だ。こうやって、太陽と同じように東の空から西の空に動いていく。夜、晴れてれば、はっきり見えるからな」

 吉田先生は、5年2組で、理科の授業をすすめていた。


 黒板に、手作りで創った、大きな星座早見表なる天体図が張り出してある。

 その天体図に、磁石で止めたオリオン座を、東から西へと動かして説明した。


「先生。ちょっといいですか?」

 高木翔太が手を挙げた。

「どうした。高木」

「今の説明では、地球が止まっていて、星が動いている様に聞こえます。先生は、天動説を肯定しているのですか?」

 始まったか。と、吉田は思った。


「高木、さすがだな。いいツッコミだ。一見、星や太陽が動いている様に見えるが、実は地球が動いているんだな。それを地動説という」

「では何故、そう説明してくれないのでしょうか?」

 吉田は、ああっと、頭を掻いて、翔太を教室の前へ呼んだ。


「高木、ちょっと来い。こっちへ来い」

 翔太の肩を抱いて、吉田は、教室のみんなに背を向ける形になった。

 そして、小声で囁いた。


「お前さ。授業中は、勝負を仕掛けるのはやめてくれよ」

「すいません。今のはそんなつもりじゃ、なかったんですけど」

「言っとくけど、小学校では、地上からどう見えるか? という観察事実を積み上げることを優先するから、ああいう授業になってるの。わかってるだろ、お前なら」

「あ、やはりそうですか。すいません最近、天動説と地動説を取り扱ったアニメが大ヒットしまして、それに影響されてしまったんだと思います。うっかり手を挙げてました」

「授業中以外なら、いつでも勝負を受けるから、頼むぞ」

「はい。わかりました。今のは、なしで」


 こそこそと、吉田と翔太が話している姿を見て、啓太とたかしは目を合わせた。

「アイツ。また」

「吉田先生を困らせやがって」

 二人は憮然とした。


 *   *   *


 キャンディーズを探すとは言ったが、どうすればいいんだ。

 ああ言ってから、もう、三日は経ってる。鉄平は焦っていた。

 美咲と詩織の地獄の特訓を見てからというもの、自分に何が出来るんだ。という焦燥感が日々増してきている。

 打合せの帰り、鉄平は車を運転しながらも、町を見回していた。


 女子高生が三人で歩いている。

 こうなったら、声を掛け、ねえねえ、キャンディーズをやってみませんか。とスカウトしてみようか。ポンタ先生が、ニューヨーク仕込みの練習メニューを用意して、優しく指導してくれるよ。どうかな?


 バカ!。怪し過ぎるだろ。そんなことして、警察に捕まってる場合じゃない。

 どうすればいいんだよ。途方に暮れていた。


 *   *   *


 啓太とたかしはランドセルを背負って、校門の前で、翔太が来るのを待っていた。

「絶対、手は出すなよ」

 啓太がそう言うと、

「わかってる。話をするだけだ」

 と、たかしは答えた。

 *

 翔太がランドセルを背負って、帰宅しようとし、校門に向かうと、横から、啓太とたかしが、ひょいっと現れ、道を塞いだ。

「なにか。ようかい?」

 翔太は、何喰わぬ顔で聞いた。


「お前さ。吉田先生になにか恨みでもあるのか?」

「べつに、ないよ」

「じゃあ、どうして、先生を困らせる事ばかりするんだよ」

 なるほど。こいつらは、先生のことを心配しているのか。可愛いもんだ。

 だけど、こんなイジメにつき合ってる暇は、僕には無いんだ。


「してないよ。悪いけど、僕は急ぐんだ」

 ダッシュして、校門を走り抜けようとした。

「待てよ!」

 と、二人もダッシュして追いかけてきた。二人とも、足が速い。追いつかれて、ほぼ同時に校門を出た。すると、


 キキーッ。

 次の瞬間、ドンッという鈍い音。

 よけた車が電柱にぶつかって止まった。


「コラッ。危ないじゃないか。飛び出してきて」

 車から、オジサンが出てきて、怒鳴られた。


 オジサンは、まず、君らケガは無いか。と、聞いてくれた。僕らは大丈夫だ。かすり傷ひとつない。そう説明したら、オジサンは、まあ、それは良かった。と言ってくれた。


 さすがに、僕らが悪かったのは明白だ。

「どうもすいませんでした」

 三人で声を揃えて謝った。

 *

 鉄平は、車のバンパーのへこみを確認して、参ったなあ。と一言。

 どうせボロ車だから、今さら、なんてことはないが。

 学校の目の前だもんな。職員室に行って、報告した方がいいか。


 ああ、めんどくせえな。と思って、ふと、見ると、ひとりのランドセルに、『里中たかし』という名札がついている。礼子の息子が確かそういう名前だったような・・・。

「お、君は里中礼子の息子か?」

「はい、オッカーの名前は里中礼子ですけど」


 そうか。これは礼子に任せた方がいい。礼子に書類を届けて、そのあとまだ、打合せがある。忙しいからな。学校に言いつけるのも、この子達が可哀そうだ。

 スマホで礼子に連絡をとり、たかし君と代わった。

「よし。みんな車に乗れ。たかし君のお母さんのところに丁度行くところだ」

 そう言って、三人を車に乗せた。


 *   *   *


 スナック止まり木。

 礼子に、事の顛末を説明した。

「くれぐれも言っとくけど、どの子が悪いってことはないんだ。ほぼ同時に三人が飛び出してきた。なんだったら、ドライブレコーダーを確認してもらってもいい。と、この子達の親御さんに説明してくれ。とにかく、飛び出しなんかして、危ない目に合わないように、親からちゃんと注意して貰った方がいいと思う。あとは頼んだぞ。打合せがあるからな」

 と言って、店を出た。と同時に、

 イテッ。と大きな声がした。

 たかし君の声だ。礼子のヤツ、やったな。と思った。


 *   *   *


 この日、鉄平は、スナック止まり木のドアを、恐る恐るそおっと開けた。

 今日はどんな地獄の特訓模様が繰り広げられているのか?

 勿論、恐ろしさもあるが、段々と興味の方が湧いてきた自分も、正直そこにはいた。


 美咲と詩織が床に正座をしていた。

 ポンタママが二人の周りをゆっくりと歩いている。手に持っているのは、

 竹刀だ。

 パンパンっと、竹刀で手を叩き、喋りだした。


「サウスポーのキモは、ずばりイントロだよ」

 ――はい。

「私の尊敬する振付師、土井甫先生が生み出された、奇跡の舞だ」

 ――はい。

「ニッポンの歌謡史に燦然と輝くオープニングステップは、国民の目に焼き付いているからね。少しも、ミスは許されない」

 ――はい。

「トチった瞬間に皆がそっぽを向く。そこで終わり。ジ・エンドだ。あんた達、覚悟はいいかい!」

 ――はい。


「ポンタ先生。質問があります」

 詩織がビシッと手を挙げた。

「ゆる~す」

「有難う御座います。失礼します」


 なんだ? このやり取りは? ニューヨーク式か? 鉄平は戸惑った。


「イントロのところで、親指を噛んで頷きますが、ポンタ先生は、先日、ウインクをされていました。とても可愛いと思いました。あれはマストで、した方がよろしいでしょうか?」

「よく気付いた。どっちが気付くかと、私は待ってたよ。するべし」

「畏まりました。やらせて頂きます」


 よしっと、詩織は両手を握って、美咲を見た。

 ズルっ。という目をした美咲も続いて手を挙げた。

 どうやら二人に、ライバル心が芽生えているらしい。


「ポンタ先生。私も質問があります」

「ゆる~す」

「有難う御座います。失礼します」


「イントロではありませんが、最後のハリケーンのところ、左手でビラビラビラと斜めに切った後、マイクを持った右手の脇をグッと締めてから、マイクを置く。ポンタ先生は先日、そうやられてました。アクセントが効いて、とてもカッコよかったのですが。マストでしょうか?」


 なんの話をしているんだ。わけわからんぞ。


「美咲の勝ちだね。重要度でいうと、ウィンクよりそっちだ。パフォーマンス全体に関わるところだからね。その通りだよ」


「ありがとうございます」

 美咲は静かに頭を下げ、チラッと詩織に視線を送った。口元が緩んでいた。

 詩織がガクッと、首を落とした。


 俺は一体、何を見せられているんだろう。

 今日は、ダンスの練習はしないのかな?

 わけがわからなくなってきた。


 *   *   *


「虎だ。虎だ。お前は虎になるのだ。ター」

 アンナが、ボックスソファーの上から飛び降りた。


 白いマットのジャングルに・・・


 ひなの、あずさ、クル爺も揃って、歌い出した。

 タイガーマスク


「いや~。懐かしいのお。ワシらの世代はこれよ。これ。アンナちゃんは良く知っとるの」

「次は? 次は?」

 ひなのが聞いた。


 アンナが少し考えて、

「実体を見せずに忍び寄る。白い影。人呼んで。科学忍者隊ガッチャマン」


 誰だ 誰だ 誰だ


 みんな、パンチを突き出しながら、歌い出した。凄い盛り上がりだ。

 インターフォンが鳴った。

 ひなのがとって、延長どうしますか? だって。


「こんなもん、やめられんじゃろ。延長延長」

「すいません。また延長で。はい? ドリンクどうしますか? だって」

「おお、汗だくじゃからな。いっぱい頼んでくれ」

「わかった。さっきと一緒でいいね。すいません。ウーロン茶と緑茶、アイスで。あとコーラとジンジャーエールでお願いします。はい? あ、ちょっと待って。 ガッチャマーン」


 この日は、一日中、これで終わった。

 プレイバックパート2のイントロは、一度も鳴らなかった。


 *   *   *


『昭和歌謡フェス 隣町のど自慢大会 クリスマススペシャル』

 と、下書された看板を前に、鉄平は打ち合わせをしていた。

「ここの文字を、金と赤にしましょう。イルミネーションは・・・」

 と、業者さんと話していると、スマホが鳴った。礼子からだ。


「いいよいいよ。そっちが代わりに対応してくれ。忙しいから・・・え? わかったよ。ここが済んだら向かうわ」

 鉄平はスマホを切って、打合せを続けた。


 礼子が言うには、

 先日、飛び出してきてた子供達、啓太君と翔太君のお母さんが、鉄平に、どうしてもご挨拶がしたいと言って、礼子の店に来ているらしい。

 こっちは忙しくて、そういうのが煩わしいから、礼子に任せたのに。

「もう。本番まで一週間だよ。時間ないって。勘弁してくれよ」

 と、泣き言を吐きながら、鉄平は車で店に向かった。


 *   *   *


 スナック止まり木。

 こちらが、啓太君のお母さん、岡田今日子さん。

 こちらが、翔太君のお母さん、高木涼子さん。

 と、礼子がお二人を紹介してくれた。


 鉄平は、うわわ、綺麗なお母さん達だな。と内心驚いた。

 とは言え、お二人とも神妙な面持ちで、畏まっていらっしゃる。

 さすがに、そんな無粋な考えは不謹慎だと、自分を戒めた。


 すると、

「大変申し訳ありませんでした」

 と、三人同時に、頭を下げた。礼子も一緒にだ。

 ああ、そうか。礼子も当事者のお母さんの一人だった。


「電柱にぶつかったと伺いました。お怪我は有りませんでしょうか?」

「車の修理代はおいくらになりますでしょうか?」


「ああ、大丈夫です」 ―― もう、そんなこと、どうでもいいのに。


「まあ。子供達にケガがなかったので幸いでした。子供ですからね、仕方ないですけど、今後は注意するように、お母さんからも言って頂ければ、それでいいですから」

 と、言ったところで、


 翔太君のお母さんが、

「うちの子はいつも、ご迷惑ばかりおかけして、申し訳ありません」

 と、さらに深くお辞儀をした。


「いえいえ。うちの子こそ、ご迷惑ばかりおかけしております」

 今度は、啓太君のお母さんが深くお辞儀をした。


「いいえ。違います。一番悪いのは、うちの子なんです。決まってます。申し訳ありません」

 礼子も同じように、鉄平に頭を下げた。

 さすがだ。ここで馴れ合いは見せない。きっちり、けじめをつけてる。


 いいえ。うちの子なんです。とんでもない、うちの子なんです。絶対、うちの子です。

 今度はお母さん同士で、頭を下げ合いっこしだした。ペコペコペコペコと。


 あーあ、こりゃ、無限ループが始まったかもな。俺はいつまで、これに付き合っていればいいんだ。今から、演出の打ち合わせだから、解放して欲しいなぁ。


 でも、モンスターペアレンツみたいな、お母さん達でなくて良かった。もしかしたら、おたくの運転に問題があったんではありませんの? と、イチャモンつけられたら嫌だな。と思ってたから、内心ほっとした。

 その時には、ドライブレコーダーを見せて、確認してもらおうとは思っていたが・・・まだ、やってるよ。三人揃って。


 ――三人揃って?


 見つけた! キャンディーズだ。


 目の前で、お母さんが三人。ペコペコと頭を下げ合っている。

 そして、この町の住人だ。

 別に決まりがあるわけじゃないが、その方がいい。


 鉄平は、無言のまま、両手の拳を高く突き上げた。万歳の様な格好だ。

 そのまま、よし。よし。よし。と言葉にはしないで、三回、拳を胸に叩きつけた。

 人から見ると、謎の動きに見えただろう。

 顔をあげると、お母さん達が、こちらをキョトンとした顔で見ていた。


 蘭ちゃん。ミキちゃん。スーちゃん。だ。



 第14話 終


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