第13話 復活!昭和のスーパーアイドル
――バカにしないでよ!
キャアア。ひなちゃん。カッコいい。とアンナが黄色い声援を送る。
――そっちのせいよ
山口百恵のプレイバックパート2だ。
ひなのは歌い終わって、じっと前を見て動かない。
悦に浸っている。高飛車感が味わえるこの曲が大好きだ。
あずさはムッとした表情のまま、カラオケマシーンのリモコンを操作した。
画面には、森昌子の『越冬つばめ』のイントロが流れ始めた。
「あ、あずちゃん、ズルい。さっき越冬つばめは歌ったでしょ。今度は私の番」
アンナはあずさが持っているリモコンに手を伸ばした。
よける、あずさ。
「次は、おジャ魔女どれみ。私、どっきりドンドン。の振付覚えたんだから」
アンナはアニメソング以外はほとんど歌わない。
その代わりアニソンに関しては鬼である。遡ればアトムからいける。
ひなのとアンナとあずさはカラオケボックスにいた。
ひなのが歌い終わった後、今度はアンナがアニメソング『おジャ魔女カーニバル』を歌おうと思っていたらしいが、あずさが『越冬つばめ』を強引に再セットした。
あずさはしかめっ面で、口を開いた。
「だ、だって・・・ひゅ、ひゅ、ひゅ・・・」
「だからって、ズルしないでよ。こっちによこして」
アンナとあずさでリモコン争奪戦になった。
「もう、どうしたの!」
ひなのが我に返って、マイクで二人に怒鳴った。
「だって、あずちゃんが悪いのよ。越冬つばめはさっき歌ったのに。ヒュルリのところが満足に行かなかったから、もう一度やるって言うのよ。次は私の番でしょ。おジャ魔女どれみよ。ひなちゃんもなんとか言ってよ」
「え? ちょっと、あずちゃーん・・・」
ひなのは呆れてしまった。
「いかん。いかんぞ、あずさ」
あずさのおじいちゃんが口を開いた。
「クル爺もそう思うでしょ」
アンナがあずさのおじいちゃんに賛同を求めた。
あずさのおじいちゃんは、みんなからクル爺と呼ばれている。
名前は松田又彦である。『クル』の字は一字も入ってないのに、何故か自らを、クル爺と呼ばせていた。
そのクル爺が、ソファーに座ったまま、難しい顔して腕組みをしている。
「いかんぞ。あずさ。さっきのヒュルリでは抜けが悪すぎる。ヒュルリ~。は、スコーンと抜けないと、気持ち悪い」
あずさは、神妙な顔つきで、うん。と頷いた。
「アレでは、つばめが冬を越すことは出来んじゃろ。どうじゃ」
「や、やっぱり、も、も、も・・・い、い、い・・・わ、わ、わ・・・」
「なんだって?」
ひなのがアンナに聞いた。
「やっぱり森昌子は偉大だって。なんと言っても、ワンオクのタカさんの生みの親なんだから。私なんか足下にも及ばないわ。だって」
「あ、そう。そんなことより。クル爺。あずちゃんにちゃんと言って。ズルはダメって」
「おお、そうじゃった。あずよ。次はアンナちゃんじゃ」
そう言って、クル爺はリモコンを取り上げた。
* * *
「山崎よ。そんなにしょっちゅう来なくてもいいぞ。お前も忙しいだろ」
「いえ、先生。ちょっと通りかかっただけですから」
山崎鉄平は病院にお見舞いに来ていた。高校時代の恩師である、藤井先生が倒れられたと聞いたからだ。しょっちゅうとは言っても、お見舞いは二回目だ。
藤井先生には少なからず恩がある。
高校生の頃にヤンチャしていた鉄平を、藤井先生は見放さなかった。新聞配達のスーパーカブを盗んで乗り回し、警察に捕まった時も、最後まで庇ってくれたのが藤井先生だ。おかげで、無事卒業し、なんとか社会から逸脱しない人生を送ることが出来ている。
それに、義理の兄、守と奈々の父親が失踪してから、ちょくちょく伊東家に顔を出す様になっていたので、この町の噂が耳に入るようになっていた。先生の入院のことも、姉の裕美子から聞いて、すぐに駆け付けた。先生の頭は白髪一色の、ロマンスグレーになっていた。
藤井先生の奥さんが、花瓶を持って病室に入って来た。
「あなた、ほら。山崎さんが持ってきてくれたお花。綺麗でしょ。山崎さん、ありがとう御座います」
「いえいえ」
鉄平は、ペコっと頭を下げた。
「ところで。今年はもう、中止するしかありませんね」
奥さんが先生に言った。
「いや、すぐに退院出来ればいい。そう早まるな」
「無理して、また倒れられたら、困るのはこっちなんですからね」
先生と奥さんが、なにやら揉めている。
「あの~。どうしました?」
事情を聞いてみた。
中止する。というのは、年末恒例、この町の駅ビル特設ステージで行われる「のど自慢大会」のことだ。
藤井先生は、音楽教師を定年した後、音楽教室を開いていた。生徒はお年寄りから子供まで幅広くいて、地元の信頼も厚い。なので毎年、のど自慢大会の実行委員長を任せられ、年末はいつも忙しく動かれていた。まさに、師走である。
それを、今年は諦めるしかないというのが、奥さんの意見だ。
「中止は絶対しない。今年は特に、大事なんだ。みんな楽しみにしてるからな。ゴホゴホ」
藤井先生の咳き込む姿を見て、鉄平は口を挟んだ。
「先生。お体を大事にされた方が・・・」
と、そこへ、もう一人お見舞いに来た元生徒がいた。
「先生。大丈夫ですか?」
里中礼子だった。
――あっ。
鉄平と礼子は同時に固まった。
二人は高校時代につき合っていた元カレ元カノの間柄だ。卒業後の二十歳前後まで関係は続いていたが、その後別れ、それぞれの道を歩んでいた。会うのは約二十年ぶりになる。
「おやおや。君ら二人が揃うところなんて、何年ぶりに見たかな」
先生は、高校時代の二人の関係をもちろん知っていた。礼子も鉄平に劣らずヤンチャな女子生徒として、先生に面倒をかけた方だ。
コギャル文化の末期にあたる時期だったので、礼子は、制服の着崩し、厚化粧、喫煙、夜間のコンビニやゲームセンターでのたむろなど、補導された回数は鉄平よりも多かった。藤井先生がいつも警察に迎えに行った。
当然昔話に花が咲く。
「悪かったよな。お前らは」
と先生が煽ると、鉄平と礼子は昔の記憶が蘇り、あの時はああだった。この時はこうだった。とお互いののしり合い。そして、笑いあった。
そうしてるうちに、
「だって、鉄平が」
「待てよ。礼子だって」
と、自然とお互いを呼び捨て出来るようになっていった。
話題がのど自慢大会の中止問題に戻った。
「え、今年はやらないんですか?」
礼子が残念そうに聞いた。礼子は、参加したことはないが、毎年やっているのど自慢大会を楽しみに見ていた。勿論それを仕切って、実行委員長を務める藤井先生の姿を見ることも、自分の中の恒例行事となっていた。先生は今年もお元気だ。と、ほっとして一年を終える。
「この身体じゃ無理ですよ」
奥さんはそう言う。
「いや、ダメだ。もう、ポスターも貼りだした。絶対開催する。私なら大丈夫だ」
先生は頑として譲らない。
奥さんとの押し問答が止まらない。が、咳き込みながら、明らかに先生の具合は悪そうだ。
礼子は、そんな先生の姿を見ていられなくなった。いきなり、割って入った。
「先生。大丈夫です。先生の代役はコイツがやります」
鉄平を指差した。
「えっ!」
鉄平は、目を見開いた。
隣町と呼ばれるこの町の年末の風物詩として、のど自慢大会は、ここ十数年で定着してきた。藤井先生が始めたものだ。当初は、先生の音楽教室の生徒さん達が参加して成り立っていた。
次第に参加申し込みが増え、今では、事前にオーディションをして10組を厳選し、本番で歌ってもらうことになっている。藤井先生の合否ラインは独特であり、歌の上手い下手ではなかった。
基本的には楽しいか楽しくないか。である。歌が上手ければ当然合格なのだが。下手でも楽しそうなら合格。歌よりパフォーマンスが凝ってれば合格。手作り衣装が見事な出来栄えなら合格。とりわけ、ここ数年は、応援団がステージに上がって、どれだけ盛り上げるか。を競う傾向があった。
どこかの国営放送がやってるような、金を鳴らして途中で強制終了することはない。一曲丸々歌って、明るく楽しいお祭り騒ぎ。を目指した大会と化していた。
鉄平と礼子には、のど自慢大会そのものに対する見方で、温度差があった。
鉄平は、この町を出て二十年近く立っているので、のど自慢大会の意義を全くわかっていない。先生のお体に差し障りがあるなら、中止にすればいい。と思っている。
礼子はそうはいかなかった。お店のお客さんの中には、今年はのど自慢大会に出るぞ。と、カラオケで熱心に歌いこむ人もいる。誰かが、オーディションに合格して、出場。となった日には、お店では応援団が結成されるほどだ。
「俺はダメだよ。仕事もあるし、出来るわけがない・・・」
鉄平は無下に断った。
*
「あんたがこんな、恩知らずだったとはね」
礼子はそう言って、病院の出入り口から足早に出て行った。
鉄平がたじろいで、足を止めると、掲示板にポスターが貼ってあった。
『隣町のど自慢大会。今年のテーマは昭和歌謡だ!』
――キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵よ、この年末に蘇れ。
鉄平はしばらくポスターを眺めていた。
* * *
翌日、その病院のロビーに美咲が座って待っていた。
診察室からおじいちゃんが出てきて、美咲に向かって親指を立て、ニッコリ笑った。
「よかった。もう大丈夫ね」
「ああ、すっかり元通りだ」
定期健診で病院の先生から太鼓判を押してもらったようだ。
美咲のおじいちゃんの手術は、その後、合併症を併発して思わぬほど入院が長引いた。
一度、退院したが創部感染を引き起こし、再入院する羽目にもなった。
二度目の退院から、三度目の定期健診を経て、ようやく完治するに至った。
もう12月だ。
おじいちゃんが入院したのが、夏休み前だったので、半年近くかかったことになる。
美咲のもう一つの心配事であった、入院費の件は、解決していた。
ある時、見舞いに来ていた美咲は、寝ているおじいちゃんにボソッと言ってみた。
「私ね、少しだけど貯金があるの。入院費の役に立てればいいけど」
「おお、ありがとう、美咲。けど、大丈夫だ」
おじいちゃんは、ティッシュで涙を拭きながら、いろいろ説明してくれた。
高額療養費制度――手術費や入院費が高くて払えない時に、一定額以上は国が支払ってくれる保険制度。
傷病手当金――病気やケガで仕事を休み、給与が支払われない場合に生活を保障するために支給される手当金。
「この国のセーフティネットは案外しっかりしてるから、心配ないんだ」
美咲の心配は、結局、取り越し苦労だった。
美咲とおじいちゃんが病院をあとにしようとすると、掲示板のポスターが剥がれていた。右上の画鋲が外れ、ブランと垂れ下がっている。
美咲が気付いて、画鋲を拾って直した。
「どうした?美咲」
「うん。ポスターが剥がれそうだったから」
「おお、昭和歌謡か。おじいちゃんの世代はドンピシャだ」
目がキラキラしている。
「ピンクレディーなら知ってるよ」
「そうか。キャンディーズも山口百恵も、凄かったんだぞ。こりゃ楽しみだ」
おじいちゃんの笑顔がいつになく輝いていた。
「美咲も出るか?」
「まさか」
と、鼻で笑った。
* * *
「それではリクエスト曲行きましょう。尾崎豊で、15の夜」
タクシーのラジオからその曲が流れると、鉄平は自然と口ずさんだ。
尾崎豊は一世代前だが、高校時代にハマったアーティストだ。
15の夜
盗んだバイクで走り出す・・・
もう一度、ラジオからサビが流れる。
盗んだバイクで走り出す――声を出して被せた。
鉄平の脳裏に浮かぶ、あの夜の赤色灯。パトカー。警察署。
そして、まだ白髪の少なかった藤井先生の顔。
「すみませんでした」
あの時、頭を下げていたのは自分じゃない。先生だった。
キキーッ。と急ブレーキ。後続車のクラクションが鳴る。鉄平はハンドルを強く握る。
なにを思ったのか、タクシーをUターンさせて、アクセルを踏み込んだ。
*
スナック止まり木。
礼子が開店の準備をしていると、カランコロンとドアベルが鳴り、鉄平が入って来た。
「なにをすればいい?」
高校時代の鉄平の目に戻っていた。
「遅いよ。バカ」
礼子は、ふっと笑った。
* * *
鉄平と礼子は藤井先生の病室に来ていた。
「まずはスポンサー回り。駅ビルの各店舗。商店街。市役所も。補助金でお世話になっているんだ」
鉄平の顔が引きつる。
「それから、企画・ディレクション会社との打ち合わせ。設営や機材関係の会社との打ち合わせもある。運営スタッフ、警備員、MC、音響エンジニアに関することだ。広報・宣伝に関してはある程度進んでいる。うちの女房が慣れてるところもあるから、手分けしてやってもらうと助かる」
「そんなにやることあるんですか?」
鉄平は、げんなりした。
「ちょっと、なに弱音吐いてんのよ」
礼子の肘鉄がみぞおちに入った。
――うっ。
腹をおさえたが、どこか懐かしい痛みだ。
「すまんな山崎。ところが、ここからが本題だ。一番手間がかるのが、実は、オーディションなんだ。ゴホゴホゴホ」
先生の咳き込みが以前より激しくなっていた。苦しそうだ。
「大丈夫ですか。先生」
「ああ、すまん。よく聞いてくれ。オーディションは随時、私の音楽教室に来てもらってやっている。その時合格者に、本番では、ここをこうした方がいいですよ。とか、曲はこっちの方がいいですよ。と演出指導をしている。本番の受けがよくなるので大抵喜んで貰っている。今回は私は病室から出られないので、山崎に、オーディションの動画を撮って来てもらいたい。そして、ここで私が判断する。さらに、それを伝えてもらいたい。出来るか?」
「・・・」
鉄平は、ポカンと口を開けたままだ。
「出来ます。やりますよ。その為に、コイツは来たんです」
礼子が代わりに答えた。
「応募はかなり来ている。これがそうだ」
先生が応募用紙を差し出した。
「キャンディーズとピンクレディがないのは残念だが・・・ポスターに銘打ってるしな」
うっ。と、先生は差し込みをこらえる様な仕草をした。
「先生!」
鉄平と礼子は、同時に叫んだ。
「大丈夫だ。まずは彼等のオーディションを段取ってもらいたい」
のど自慢大会の応募用紙を確認して見てみると、
郷ひろみ、西城秀樹、沢田研二、北島三郎、吉田拓郎、と豪華な名前が並ぶ。
女性陣は、松田聖子、河合奈保子、中森明菜、小泉今日子、中山美穂、南野陽子、おニャン子クラブ等、80年代のアイドルは沢山応募があるが、70年代のアイドルはさすがに縁遠いのか、応募がなかった。
かろうじて、山口百恵の応募はあった。小学五年生の女の子だった。
* * *
山崎は早速動き出した。もう、仕事は休むしかなかった。思わず愚痴も出た。
「12月は、タクシー、稼ぎ時なんだけどなぁ・・・はあ」
スポンサー回りから、各会社との打ち合わせ等々、忙殺された。
礼子も出来る限り手伝ってはくれたが、店を休むわけにはいかないということで、必然的に山崎の仕事量が増えた。とりわけ大変だったのが、先生の言われた通り、オーディションだった。
何日かに分けて、音楽教室でオーディションは開催することにした。
山崎は正直驚いた。参加者の多さもそうだが、皆、凝った演出を施し、派手な衣装を作り、パフォーマンスを練って、準備してきている。とりわけ応援団がステージに上がって、一緒に盛り上げる芸は、面白い小芝居まであって、ほとほと感心した。
どれも、素晴らしい。素人の自分では合否はつけられない。とにかくスマホをセットして、先生に見て貰うための、動画を撮ることに専念した。
その中でもひと際気になるグループがあった。小学五年生の女の子三人組だ。
――こりゃ受けるぞ。
子供が昭和歌謡とは、ジジイやババアが喜ぶ。山崎はワクワクして録画ボタンを押した。
一人目。川田ひなの。山口百恵の『プレイバックパート2』
緑の中を走り抜けてく・・・
二人目。松田あずさ。森昌子の『越冬つばめ』
ヒュルリ~・・・
三人目。楢崎アンナ。大和田りつこの『きこえるかしら』
きこえるかしら・・・
アンナが、マイクを両手で持って、首を振りながら歌い出すと、
「ちょっと待って。ちょっと待って。それ、何の歌?」
山崎は思わず、録画を止めて聞いた。
「赤毛のアンの主題歌ですけど・・・」
「なに? それ?」
山崎が困惑してると、付き添いのおじいちゃんが立ち上がった。クル爺だ。
「アニメの主題歌じゃ。アンナちゃんはアニメが好きだからこれにしたんじゃ」
「えっと・・・昭和歌謡って括りなんですけど・・・」
クル爺の迫力に押され、山崎はもみ手をしていた。
「これだって、譲歩したんでよ。はじめアンナちゃんは、『おジャ魔女どれみ』を歌いたいと言ってたんじゃ。それは昭和じゃないから、昭和のアニメから選んだら、どうかの?っていうことで、なんとか了解してもらって、赤毛のアン。ということになったんじゃ。苦労したんじゃ。ワシも!」
「あ、そうですか。これは昭和の歌なんですね」
「昭和の、名作アニメです。ジブリの高畑勲監督が手掛け、宮崎駿監督も場面設定で参加し、さらに、ガンダムの富野由悠季監督も絵コンテで参加していたという、アニメ史に燦然と輝く伝説のアニメの主題歌なんですよ」
アンナが止まらなくなった。アニメの鬼である。
「わかりました。わかりました。昭和の歌ってことで」
とりあえず動画を撮って、先生に判断をゆだねることにした。
* * *
山崎は病院に来て、オーディションの動画を先生に見せた。
先生は熱心に動画を見て、選別して合否を決めて行った。その中でも、特にこだわって見ていたのが、やはり、三人組の女の子だ。先生も、これはいける。と太鼓判を押した。山崎も勿論異論はなかった。
但し。と先生は難しい顔をして、山崎に細かい指示を出し始めた。
「いいか山崎。この子は逸材だ。磨けばダイヤになる素材だ。面白いもんだ、この町にこんな才能が埋もれていたなんてな。見ろ、この子は物語を歌っている」
「そんなに? 先生、なんかスター誕生みたいになってますけど?」
「焦るな。大人が欲の皮つっぱらせると、必ず失敗する。この子の成長を待つんだ。我々は場所を用意するだけでいい。ただ、のど自慢大会を続けるのみだ」
含蓄ある言葉が沁みた。
「とにかく慎重にな、慎重に。これで提案してみてくれ。しっかり頼むぞ」
と、山崎に熱く熱く語った。先生のこだわりは並大抵ではなかった。
* * *
ひなのとアンナとあずさは、クル爺に連れられて、音楽教室にやって来ていた。
オーディションの合否を伺うためだ。
山崎は、女の子三人とおじいちゃんを目の前にして、はっきり言った。
「三人とも、合格!」
「ヤッター」
ひなの、あずさ、アンナは飛び上がって喜んだ。クル爺も思わず万歳だ。
やった、やった、やった。と、キャアキャアいって、騒いでいる。
「に、してあげたいので、どうだろう? ここはひとつ、このやり方でいきませんか?」
――は?
山崎の提案はこうだ。
山口百恵で三連発メドレーを、小学生の可愛い女の子たちで繰り広げる。
しかも、デビュー当時からの山口百恵の成長ぶりを追える形で、ヒストリーとして繋げる。
一曲目は『ひと夏の経験』あなたに女の子の・・・でお馴染みの。
二曲目は『いい日旅立ち』しっとりと、谷村印の日本を代表する名バラードで。
三曲目は『プレイバックパート2』で、ドカーンと、客席に雷鳴を轟かせるが如く締める。
どうでしょう? と、山崎は神妙な顔つきで伺った。
「私はいいわよ。もともとプレイバックパート2が歌いたかったし」
ひなのは、満足気だ。アンナとあずさは、ポカーンとしている。
「面白い。のった!」
クル爺が叫んだ。
「あんた、センスいいね」
クル爺はガッシリと山崎の手を握り、大きく振った。
「いやあ、どうもどうも。ええ、これは私の師匠がひねり出した案でして」
いつの間にか、藤井先生が師匠になっている。
「どっちにしても見事じゃの。百恵ちゃん三連発。派手に行こうじゃないか。ハハハ」
クル爺と山崎は意気投合して、豪快に笑い合った。
「あ、それで。百恵ちゃんのヒストリーなので、形から入るのも大事なので。身長順に行こうかと。一曲目があずさちゃん。二曲目がひなのちゃん。三曲目がアンナちゃん。と。ね」
「え。それって・・・」
ひなのが眉をひそめた。
「段々と、百恵ちゃんが成長していく模様も表現したいと思いますので、そこんところをひとつ」
「おお、ええやないの。細かいことを言うと、『プレイバックパート2』の方が先で『いい日旅立ち』が、その二曲あとのシングルだから、百恵ちゃんヒストリーとなると順番が入れ替わってはいるが、この並びでは、『いい日旅立ち』が二曲目の方がいい。で、しっとりと場を整え、『プレイバックパート2』がガツーンと最後を締める。このほうがバランスがええの」
「あ、バレました。さすが、お詳しいですね」
「構わん。構わん。しれっとやればええんじゃ。誰も気付かんわい。ワシ以外はな。いい演出じゃ。文句な~し!」
クル爺は両手の親指を突き立てた。ノリノリだ。
山崎は満足そうにうなずいた。
「なので――」
三人を順番に見た。
山崎はアンナをしっかりと見て言った。
「プレイバックパート2はアンナちゃんで。アンナちゃんが最後を締める」
「え? 私じゃないの?」
ひなのもポカーンと口を開けた。
三人とも、開いた口が塞がらなかった。
* * *
先生の容態が変化したと聞き、山崎は早速病院へ駆けつけた。
礼子も来ていた。
先生は、マスクの様な人工呼吸器をつけ、眠っていた。
「倦怠感がひどくて、ひたすら強い眠気に襲われるらしいの。さっきまでは起きていたんだけど・・・先生、こんなに痩せちゃった」
礼子は、ハンカチで目をおさえた。
「先生。先生の狙い通り、百恵ちゃん三連発でOK出ましたよ。やりました」
山崎は耳元でささやいた。
すると、先生が、人工呼吸器をずらして口を動かした。
「キャンディーズ・・・ピンクレディー・・・は、来たか?」
「いえ、まだ、応募は来ていません」
「そうか、もう、みんな忘れたか・・・」
先生はそう言って、また眠りに入った。
礼子が、先生の人口呼吸器を付け直した。そして、眠っている姿をしばらく見つめて、
「先生、私がなんとかする」
と呟いた。
* * *
山崎は、自分のボロボロの軽自動車に乗せて、礼子を店に送った。
助手席で神妙な顔つきをして、真っすぐに前を見ている礼子に聞いた。
「なんとかするって、お前、自分が出るつもりなのか?」
「最悪、そうするしかないかもね」
「でも、キャンディーズは三人必要だし、ピンクレディーだって、二人だ。誰かあてはあるのか?」
「ないわけではない」
「そっか。でも、先生は若い娘にやってもらいたいだろうな。子供たちが百恵ちゃんを歌ってるところなんか、熱心に見てたもんなぁ。このまま退院しちゃうかもって思ったぐらいだ」
「おばさんで悪かったね」
ドスっと、肘鉄が入った。うっ。みぞおちが。
「お前、運転中はやめろよ」
鉄平はハンドルを握る手に、グッと力を込めた。
「とにかく、ピンクレディーは私がなんとかするから、あんたはキャンディーズを探してよ」
うううっと苦しみながら、運転に集中していると、礼子がもう一度肘を張った。
「わかりました。わかりました」
人は歳をとると、凶暴さが増す。ってことを覚えた。
* * *
美咲は、礼子の店に呼び出されていた。しかも、詩織と一緒にだ。
母親が、私たち二人を店に呼びつけるなんて、珍しい。なにが起こったのかと、心配した。
カウンターに座った二人に、礼子はソフトドリンクを差し出した。
「おばさん、どうしたの? 話って何?」
詩織がストローに口をつけて、聞いた。
「あんた達、のど自慢大会に出てみないかい?」
「え、出れるの?」
詩織が喰いついた。
「モノによるけど、出れないことはない」
「出たい!」
詩織は二つ返事だ。
「バカ!」
美咲は、詩織の肩を叩いた。
「お母さん、なに言ってんの。私たちは受験生だよ。そんなヒマあるわけないでしょ」
「美咲は大丈夫だよ。合否ライン突破してるんだから。余裕でしょ。私なんか毎日綱渡りしてる気分なんだから」
「だから言ってんの。数学と英語。もっとやんなきゃ」
美咲は詩織を睨んだ。
「だって~。少しは気分転換したいじゃん。もう、おかしくなりそうなんだから。丁度いいじゃん。一日だけだもん、歌って騒いで、発散してもいいでしょ」
「そう言ってあんたは、練習練習って、カラオケばっかり行くことになるから、ダメよ」
美咲の読みは鋭い。詩織は必ずそうなる。
このツッコミには母親だって納得するだろうと思い、チラッと礼子の顔を見た。
「美咲。人生には受験より大事なものがあるよ」
ヤバい。目が座っている。母親の目の奥に、相当な覚悟が宿っている。
自分が今言った、安い正論なんかは、たちまち吹き飛ばされた。と美咲は思った。
「おばさん。モノによるって、どういうこと?」
「ピンクレディーなら、出れる」
「あ、UFOでしょ。私、あれ好きよ。ジャンジャンジャン、ユーッフォ。ってヤツ。あれ可愛いもん」
詩織は適当な振付をして、のっている。
「美咲は、どうなの?」
母親が、真っすぐにこっちを見た。この目、これは議論してもダメなパターンだ。
さて。どう言って断ろうかな。と美咲は考えた。が、
あれ? ピンクレディー。おじいちゃんが楽しみだ。と言っていた・・・。
「しょうがないな。じゃ、詩織。お正月はないよ。数学と英語の強化合宿。うちに泊まり込み。やれる?」
「やる。お正月は捨てる」
美咲は、礼子に向き直って、
「だって」
そう返事をした。
「うん。よく言った。そうと決まったら、手は抜かないから。ちょっと、来て」
礼子が店の奥に声を掛けた。すると、出てきたのは、太った中年男だった。
「美咲ちゃ~ん。お久しぶり。覚えてる。私のこと」
ポンタママ。
新宿二丁目でオカマバー「ムダ毛」を経営している現役バリバリのオネエだ。礼子とは高校時代からの親友である。今でも、母親が二丁目のお店に行ったり、ポンタママがこの店にきて、しょっちゅう交流している事は聞いていた。だが、美咲がポンタママに会うのは小学生のとき以来で、久しぶりだった。勿論覚えている。詩織は初めて会うが、すぐに打解けた。
「で、なんで、ポンタママが?」
美咲が聞くと、
「ポンちゃんの店は、ショーパブとして有名なのは知ってるわね。ショーの振付は全部ポンちゃんがつけてるの。ピンクレディーも完璧だから、あんたたちの面倒を見てもらうことにしたのよ」
美咲に悪寒が走った。どこまで用意周到なの。これは。
「ちょっと待って。プロじゃない。そんな本格的なの無理よ」
「やる! やってみたい。私、UFO完璧にマスターしたい」
詩織が立ち上がって、UFOみたいなポーズをした。
ダメだ。詩織がドハマりしてる。
「詩織ちゃん。それじゃ、シェー。だよ。UFOはそんな甘くないよ」
ポンタママの目が光った。
「あ、そうっすか・・・」
詩織は手を引っ込めた。
美咲は、もう、なるようになれ。と思い始めた。
「ところで、今回はUFOじゃないよ。あんた達は、何部のマネージャーをやって来たの?」
礼子が聞いた。
「野球部だけど・・・」
礼子は、カラオケのリモコンを操作して、言った。
「だったら、曲は、サウスポー。さ」
イントロが始まると、ポンタママが踊り始めた。
さすがプロだ。キレが違う。見事な振付だ。時折投げキッスを織り交ぜ、オリジナルなアレンジまで入っている。カッコいいし、艶っぽい。
二人とも、空いた口が塞がらなかった。
第13話 終




