Ep2 霧の別荘
涼は玲子に頭を下げていた。
「すまない。こいつと俺の妹が急用が出来たといって」
玲子も頭を下げる。
「お気になさらないで。私の友達も、来られなくなってしまったんです……せっかく準備したんですもの。三人で行きましょうか」
ミニバンに乗り込むと、互いの申し訳なさが和らぎ、空気は落ち着いた。
玲子は運転席に座り、後部座席に涼と優人を座らせる。窓の外に広がる街の景色が、静かに朝の雰囲気を醸し出す。
涼は窓の外を見つめながら、玲子に話しかけた。
「別荘って……どんなところだ?」
玲子は微笑を絶やさず、首をかすかに傾げる。
「静かで、落ち着ける場所ですよ」
道中、玲子は穏やかな声で会話を振った。
「普段はどんな週末を過ごすんですか?」
その声には、ほんのわずかに探るような響きもあった。
優人は肩の力を抜き、答える。
「まあ、好きなことをしていますよ。でも、誰かと出かけるのも悪くないですね」
涼も同意しつつ言った。
「俺もだ。誰かと出かけることが少ないから、楽しみにしていたんだ」
霧に包まれた山道を進むと、ライトに照らされる木々が揺れ、車内の空気はひんやりと張り詰めていた。
外見上は穏やかで無害な週末のドライブだが、その裏では、涼と優人の劣情が静かに、しかし確実に炎を燃やしていた。
やがて別荘が霧の合間に姿を現す。
どこか不気味な雰囲気に、男たちの胸の高鳴りが混ざった。
静寂に包まれた山の中の別荘。
玲子が運転する車は、ゆるやかな坂道を登りながら敷地内へ進む。
「着きました。ここが私の別荘です」
彼女の声は柔らかかった。
涼は車を降り、辺りを見回しながらつぶやく。
「思ったより大きいな……」
優人も同意した。
「静かで……落ち着きますね」
玲子は微笑みながら鍵を開け、玄関の扉を開放した。コートを脱ぎながら言う。
「まずは中に入って寛いでください。コーヒーを持ってきますね」
中に入ると、広々としたリビングが現れ、落ち着いた照明が柔らかく空間を包む。
涼と優人は自然に腰を下ろした。
玲子はコーヒーカップを差し出す。
「どうぞ」
二人はそれを受け取り、静かに口を付けた。
玲子はしみじみとした口調で言った。
「お二人とも、本当に落ち着いていて、面白い人たちですね」
微笑みながら、さりげなく部屋の奥を示す。
「この奥にはちょっとした書斎もあって、私はよく本を読んだりします」
しばらくは三人の間で他愛ない会話が続くが、わずかにぎこちない空気もあった。
涼と優人は、次の行動をいつ起こすか、互いに探り合うように目を交わしていた。
ふいに玲子が思い出したように言った。
「あ、そうだ。ちょっと緊張してるかと思って、飲み物を用意したの。
ほら、お互い変に気張らないほうが楽しいでしょう?」
戸棚からボトルを取り出す。
「これね、私が好きなお酒。結構強いのよ。ねえ、これでゲームしない?」
玲子はルールをいたずらっぽく説明する。
「三人で少しずつ飲み合って、酔いつぶれた人は一つだけ命令を聞くの。飲めないんだったら参加しなくていいわよ」
玲子がゲームを提案した瞬間、涼と優人は互いに目を合わせ、心の中で思った――
(渡りに船だな。これで思い切り遊べる)
二人の顔には、にわかに期待が浮かぶ。
「面白い。まあ、負ける気はしないけどね」
「いいですね。付き合いますよ」
玲子はグラスを三つ用意し、それぞれに少しずつ酒を注ぎ、号令をかける。
「それでは一回目スタート」
涼は一気にあおった。
「……ふむ、香りも悪くないな」
それを見た優人もあおる。
「いけますね、これ」
玲子は酒に口を付けず、その様子を静かに見守った。
二人の瞳にわずかな揺らぎが見え始める。
「……ちょっと待て……おかしい、こんなに酔うはずが……」
涼の瞳が揺れる。だが言葉に詰まり、身体は意志に反して沈んでいく。
「……ああ……頭が……回らない……」
優人は床に崩れ落ちた。
リビングの窓から差し込む午後の光が、床に長く影を落とす。静寂の中、針の音だけがかすかに響く。
玲子は静かに微笑む。二人の瞳の奥にわずかな恐怖が滲むのを、心の中でそっと楽しんでいた。




