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愛を囁くゲーム  作者:
1/4

Ep1. 誘惑の微笑

 冬の夜中、玲子はトートバッグを肩にかけ、いつも通りの道を歩いていた。

 手袋越しの風は冷たく、仕事の疲れが指先までじんと染みる。

 彼女は鼻先を赤くしながら、マフラーを巻き直した。


 街灯の白い光が寒々しく路面を照らし、行きかう車のエンジン音だけが規則正しく響いている。

 それらはすべて、変わらない彼女の日常の風景だ。


 ――ただ、胸の奥だけが、妙に高揚していた。


 落ち着いて、と自分に言い聞かせるように歩き続ける。

 家に帰れば温かい部屋と、晩ご飯が待っている。

 それなのに、今夜に限って足は繁華街の明かりへ向かっていた。


 *


 都会の夜、涼と優人はいつものバーの片隅で向かい合っていた。

 周囲の喧騒をよそに、二人の間には妙な緊張が漂っている。


 涼は琥珀色の液体を揺らしながら、端正な顔に薄く笑みを浮かべた。

 「……あの女、落ちたよ。今は俺の部屋だ。――どうする? お前も“ゲーム”に参加するか?」

 優人は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、穏やかな声で返した。

 「もちろん。どれだけ“持つ”か、楽しみですよ」


 二人は軽くグラスを合わせる。

 その仕草はごく普通なのに、口にしている内容だけが明らかにおかしかった。

 「過去の中で一番粘ったのが……二時間、だったか?」

 「ええ。あれ以上は、誰も無理でしたね」


 静かに笑い合うその表情には、悪意も罪悪感も欠片ほどもない。

 ただ夜の喧騒だけが、彼らの不穏な会話をかき消すように流れていた。


 涼は小さく伸びをして、いつもの冷たい笑みを浮かべた。

 「次のターゲットも探しておくか。反応次第でどう動くか考えるのが、実に面白い」

 優人も頷く。

 「そうですね。ゲームより、過程のほうが楽しみで仕方ありません」


 夜のネオンに照らされた二人の顔には、底知れぬ冷徹さが潜んでいた。


 そのとき、バーのガラスドアが開く音。

 一人の女が静かに入ってきた。

 長い黒髪は艶やかで、落ち着いた雰囲気を漂わせる。

 控えめな笑みを浮かべ、まるでこの空間に自然に溶け込むように振る舞っていた。


 涼は小さく声を潜め、優人に囁く。

 「あれにするか?」

 優人は目を細め、低く頷く。

 「ええ、僕が声をかけます」


 女はカウンターに腰掛け、静かに注文をする。

 バーテンダーに向ける笑みは柔らかく、この場の空気に馴染んでいた。


 優人は微笑みを崩さず、軽く声をかけた。

 「こんばんは。お一人ですか?」

 「こんばんは。はい、今日は少し、一人でゆっくりしようと思って……」

 静かで柔らかな声。まるで、この空間の一部であるかのように。


 優人は心の中で呟いた。

 (……簡単に落とせそうだ)


 一方、涼は微かに眉を上げ、女を観察し、心の中で笑った。

 心の奥で、冷たい笑みが忍び込む。

 (こういう女に限って、手強いことが多いんだよな)

 「よかったら、あちらで一緒に飲みながら話しませんか?

  僕は優人といいます。あちらにいるのが涼です」

 玲子は自然な笑みを返し、カクテルを手に優人に向き直った。

 「はい。私でよかったら。あ、玲子といいます」

 視線を交わすだけで、二人に動じない落ち着きが感じられた。


 「最近、雨が多いですよね」

 玲子が天気の話題を軽く振る。


 「そうですね、外出も億劫になります」

 涼は表面上は同意しているが、心の中ではどう動かすかを計算していた。


 「出かけるなら、やっぱり晴れた日に、お気に入りの場所に行きたいですよね」

 玲子は軽く微笑み、何気ない仕草で涼の注意を引く。


 カウンター越しに三人の視線が交錯する。

 表向きは日常の会話だが、二人の心の奥ではすでに小さな駆け引きが始まっていた。

 ジャズの低音が静かに流れる中、夜の空気は張り詰めている。


 玲子はグラスをゆっくり回しながら、話題を切り変えた。

 「そういえば、週末は友達とよく別荘に行くんです。

  のんびり読書したり、会話を楽しんだり……」

 その言葉に、涼と優人の目が少し光る。無意識の興奮が心の奥を駆け抜けた。


 ――格好の“餌”だ――


 優人は笑みを浮かべ、玲子に声をかける。

 「別荘ですか。いいですね。もしよかったら、今度、僕たちもご一緒しても……? もちろん、泊まる場所は別で構いません」


 玲子は困ったように首を傾げた。

 「でも……男性と一緒に行くっていうのは、ちょっと……」

 涼はそれに合わせるように、軽く笑みを浮かべて答えた。

 「それなら大丈夫だ。玲子さんの友達も一緒に連れてきてもいいし、俺のと優人の妹も誘えば喜ぶだろう。大勢で行くんだし、楽しいはずだ。もちろん、高速代とガソリン代は出すよ」

 (……妹なんて、俺も優人もいないけどな)

 優人は自然な笑みを浮かべながら、言葉を重ねる。

 「僕たちも、久しぶりにゆっくりしたいだけなんです。玲子さんのお気に入りの場所も見てみたいですし」


 玲子は微笑み、ゆっくりとグラスを置く。

 わずかに頷きながら口を開いた。

 「えっと……分かりました。それでは一緒に楽しみましょうか」

 付け加えるように、軽やかに言葉を重ねる。

 「別荘は十分広いので、ホテルの予約は必要ありませんよ」


 言葉を告げると、玲子は微笑みながら立ち上がった。

 バーの明かりが温かく揺れる中、その足取りはどこか軽やかだった。


 ――それから二週間が過ぎ、週末がやってきた。

 日常の忙しさの合間を縫うように、三人は再び顔を合わせる。

 出発の日、空は澄み渡り、心地よい緊張感が車に向かう足取りを軽くしていた。

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