1-5. 宿屋店主が命乞いをしてくるが見捨てる
俺は魔族ジャルガンの足首を掴んで引きずり、死体を店の中に移動させる。
部屋の中央、テーブルの間に放置。
俺は入り口のドア脇に立ち、壁に背を預けて疲労を回復しながら、気配を殺して潜む。
(ボスを探しに、部下が戻ってくるはずだ。待ち伏せして仕留める)
しばらくすると、コウモリのような羽音が聞こえてきた。
広場に行った悪魔タイプのモンスターが戻ってきたのだろう。気配から察するに1体だ。
「ぎゃぎゃっ?!」
モンスターはドアを開けると、慌ただしく死体に駆け寄った。
俺はそいつの背後に忍び寄り、短槍で背面を突き刺し、相手が硬直して隙だらけになった後頭部に棍棒を振り下ろして仕留めた。
モンスターは知能が低いのか、2体めが同じようにやってきて隙だらけの背中を晒したから、まったく同じ手順で仕留めた。
3体めにも、同じことを繰り返す。
まるでゲームのハメプレイみたいだと思ったが、さすがに最低限の知能はあるらしく、4体めは入り口で立ち止まった。
「ぎゃぎゃぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃっ!」
何か言っている。
俺は光が漏れないよう角度に注意しながらスキルを発動。
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■モンスターD (今)
ぎゃぎゃぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃっ!
(翻訳する)
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俺はモンスターDのつぶやきの下に薄く表示された(翻訳する)をタップする。
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■モンスターD (7秒前)
ぎゃぎゃぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃっ!
↓
お前は右の窓を破って侵入しろ。
お前は左。
俺は裏手に回る。
合図を待て。
ジャルガン様が死んだとは思えぬ。
助けるぞ!
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(ふむ。どうやら3体来たらしい。俺の耳には喚いているだけにしか聞こえないが、会話するだけの知能はあるのか)
しかし、馬鹿だ。
俺はモンスターが三方に別れたのを確認してから出入り口を出て、真っ直ぐ進み、広場に向かった。
広場には、全身を切り刻まれて真っ赤になった宿屋店主と、処刑続行中か見張りか、何かしらの理由で残った1体のモンスターがいた。
モンスターは店主に爪を刺すことに熱中していて、俺には気づいていないようだ。
俺は念のために『Xitter』でモンスターの思考を覗き、気づいていないフリをしている可能性を潰した。
足音を殺して忍び寄り、間合い手前でスキルを解除し、左手に短槍を、右手に棍棒を手にする――。
「た、助け……」
俺に気づいた店主が首を動かした。
その仕草に気づいたモンスターが俺の方を振り返ろうとする。
「ちっ。黙って死んでおけばいいものを……!」
俺は、振り返ったモンスターの左眼球に短槍を指す。
ドスッ!
「グギャアアアアアアアアアアッ!」
モンスターは顔を押さえて絶叫し、上半身を激しく暴れさせる。
「ちっ……!」
モンスターの頭部が前後左右へ乱れ動くため、棍棒の一撃を狙いにくい。短槍も突き刺さったまま、回収が困難だ。
空を裂くような悲鳴がどこまでも響き渡っていく。
「グギャアアアアアアアアアアッ!」
別行動中の残り3体が戻ってくるのは目に見えているので、俺は短槍の回収はいったん諦めて、背を向ける。
「待って……」
きひひ骸骨じじいが助けを求めてきた。見れば、両方の眼窩が赤い血で沈んでいる。眼球をくりぬかれたのだ。俺の姿は見えていないだろう。
「た、頼む……。助けて……」
俺は、どこかで隠れてこっちを見ているかもしれない聖戦監視官に聞こえるよう、大声で言う。
「分かった! 道具屋で最高級の回復ポーションを買ってきてやる! 必ず助ける!」
きひひ骸骨じじいの唇がわずかに綻んだ。
助かると思って安堵したようだが、いったん、上げてから落とすに決まってるだろ。
俺は革袋の紐を緩めて中を覗き「どういうことだ!」と驚く。
「革袋の中に石が入っている! 仲間から追放されたときに餞別として貰った金が石だった! すまない。回復ポーションを買えない!」
ゴトゴトゴト。
俺は革袋の中身をじじいの顔の横に捨てながら、感情のこもらない小さな声を出す。
「魔族に女を差しだしてきたやつを助けるわけないだろ……。見たところ、お前を拷問したやつは、かなり上手かったようだ。その傷は痛いだろうが、そう簡単には死ねない。失血死するまで数時間かかるだろうが、存分に苦しめ」
「う……あ……」
これ以上かまっている余裕はない。
モンスターはまだ3体もいる。逃走が遅れれば、転がる死体がひとつ増えるだけだ。
俺は武器屋の方を一瞬だけ確かめると、反対側の道具屋に向かって駆けだす。
道具屋に駆けこもうとするが、ドアは内側からかんぬきがかけられているらしく、開かない。
ドアを乱暴に叩く。
「おい。前の広場で宿屋の店主が死にかけているぞ。回復ポーションを譲ってくれ!」
返事はない。
ならしょうがない。
「誰もいないのか! 宿屋の命がかかった緊急事態だ! 窓を割るぞ!」
俺はドアを少し離れると、壁面の曇りガラスを棍棒で叩き割る。
パリーンッ!
ガラスが割れる音は遠くまで鳴り響いただろう。
「な、何をするんだ!」
店内から男の怒り声がしたが無視。
俺は建物には入らず側面に移動し、大きな貯水樽があったのでその陰にしゃがんで身を隠す。
モンスターが飛行する羽音と「ぎゃっぎゃっ」という不快な鳴き声が近づいてくる。
「ぎゃぎゃっ」
「ぎゃっ! ぎゃぎゃっ!」
モンスターは道具屋の割れた窓から中へ侵入し始めた。
思惑どおりだ。あいつら、俺が窓を割って中に入ったと思いこんだようだ。
「く、来るな!/
:泣きそうな声が店内から聞こえる。
/こっちじゃない! お前達の仲間を殺したのは、ぎゃあああああああっ! た、助け、ぎゃああああああああっ! 腕がっ! 腕がぁぁっ!」
道具屋が痛みで暴れているらしく、悲鳴とともにガラスや木が割れるような物音がする。
魔族ジャルガンや宿屋の発言や過去ログから察するに、この町に来た若い女冒険者が過去に何度も行方不明になっているのだから、道具屋も共犯だ。冒険者に毒か睡眠薬を盛っていたことを知らないはずがない。こいつが睡眠薬を提供した可能性すらある。
最後の1体が店舗内に入るために足を窓枠にかけようとしていたから、俺は後頭部を棍棒で殴った。
モンスターは店内に転がり落ちた。
俺は素早く腰の革袋から『泡』を取りだす。対単体近接戦闘しかできない俺のために、メイとサリナが作ってくれた攻撃アイテムだ。
泡の中には、風魔法、炎魔法、金属魔法が封じてある。
窓枠に泡を置く。
その泡は俺の水魔法で水分を維持することにより割れにくくしてあったが、その水分を消す。
即席のトラップを仕掛け終えた俺は急いで広場の中央に戻る。全力疾走だ。
先ほどの個体が事切れていたので、右目に突き刺さっていた短槍を回収。
道具屋を振り返ると、窓からモンスターが出てこようとしているところだった。
トラップが発動するはずだ。俺は飛び散る金属片に巻きこまれないよう、悪魔モンスターの死体を宿屋店主の上に重ねて、その陰に伏せた。
ズドオオオオオオオンッ!
泡が割れて、内部に封じてあった魔法が解放された。
風、炎、金属による手榴弾だ。近距離で直撃すれば、耐えられる生物などいないだろう。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!
熱い爆風が吹き荒れ――。
ビシッ! ビシビシッ!
周辺に何かが勢いよく当たる。
砂煙がパラパラと降ってくる中、俺は立ち上がると、半壊した道具屋に近づく。
道具屋の正面側は完全に崩壊して、風通しが良くなっている。
モンスターは3体いたはずだが爆心地の近くにいた2体は完全消滅したようだ。
腕や脚を失った黒焦げのモンスターが1体転がっていた。
表面がこんがりしていて、目や鼻がどこにあるのかは分からない。
微かに動いている。
瀕死で苦しむ者へのトドメは慈悲になるから、刺さない。
「このまま放置して苦しんでもらう。……いや、その傲慢は油断につながるか。お前の命は有効活用させてもらう」
俺はモンスターを道具屋の前に引きずり出して転がす。
「クゥルルルルルルッ!」
俺は狼型モンスターが仲間を呼ぶときの鳴き声を真似する。
少し離れた武器屋の陰から、ライオンくらいの大きさの4足獣が音もなく疾走してくる。
巨大な狼のような外見だが、毛は太く鋭く頭から尻尾側へとなでつけられており、ハリネズミのような雰囲気を併せもつ。
魔王討伐の旅に出る前から俺と行動を共にする相棒だ。名はレスト。多分2歳。
この世界では、人にとって有益なものが動物で、人に害をなすものがモンスターとされている。
だから、レストは一般的にはモンスターに分類されるが、俺にとっては動物だ。
珍しい種族ではないが、種族名は分からない。村にモンスター博士なんていないからな。
レストは、いわゆるファンタジーRPGの最初の村付近で仲間になっているから、魔王城付近のこの辺りのモンスターと戦えば、普通に負けるだろう。
体格、咬合力、爪の鋭さ、気性の荒さなど、戦闘面で劣っている。
だが、俺はレスト以上のパートナーはいないと確信している。
レストは俺が羊飼いをしているとき、吠えて羊を追い立てる役目をおい続けた。
俺との意思疎通は完璧で、目標を牽制したり誘導したりする能力に長けている。
町の中での戦闘には向いていないし、奥の手にしたいから待機させておいたが、最後に役目を与える。
「レスト。トドメを刺せ」
「クウッ!」
レストはモンスターの首に噛みつくと、前足が浮くほど激しく上半身を振り、大きな口の中にゴキンッと首の骨を折る音を響かせた。
これでいい。命を奪う経験を積んでおかないと、いざというときに殺しをためらうからな。
「よし。よくやった。放せ」
「クウ~ッ! クルルルルルルッ!」
レストは獲物に執着することなく牙を放した。
俺はレストの頭をなでる。
本当に賢い。最高の相棒だ。
先ほどの戦闘で、勝手に俺を助けようとはせず、待機し続けた。
自分が主にとって奥の手であり、最後まで隠しておきたい存在だということを、よく理解してくれている。
「ハイド!」
「クウッ!」
レストは駆けだし、すぐに建物の陰に身を隠した。
俺は両手の武器を手元で回転させて血を払い、腰のベルトにかける。
「う、ううっ……。誰か……助け……」
うめき声が聞こえるので道具屋の中を見てみると、下半身ががれきに埋まった中年の男がいた。店のカウンターやモンスターが盾の代わりになって助かったのだろう。
「割れずに無事だった回復ポーションがあるだろう。それを使ったらどうだ?」
「み、見れば、分かるだろう。腰から下が、埋まっていて、う、動けないんだ……。ち、血が出ている。こ、このままじゃ、し、死んじまう……」
「すまないな。俺は宿屋に金を盗まれたから、ポーションを買えないんだ。お前を助けてやりたいが、勝手に売り物を使うわけにはいかない」
「ち、違う。/
:声色に焦りが浮かんだ。
/店のポーションは駄目だ……。/
:ごまをするような卑屈な声に変わる。
/あんた、冒険者だろ……。あんたが持っているやつを、売ってくれ……」
「どうしてこの店のポーションは駄目なんだ」
「そ、それは……」
俺は正面の壁が消滅して侵入フリーになった店内に入る。
カウンターの背後にある棚は割れた瓶だらけだったが、無事な瓶が床にいくつか転がっていたので、ひとつ拾う。
「お。割れていないのがあったぞ。ほら。飲め」
ドボッ、ドボボボボ!
俺は拾った瓶の中身を、店主の口めがけて注ぐ。
「ゲホッ、ゴホッ! や、やめろ。やめて……。ゲホッ」
「どうした。飲めよ。回復ポーションだ。出血はすぐに止まるはずだ」
「げほっ、がはっ。ゆ、許してくれ。あんたのを、売ってくれ。み、店の金をすべて、やるから……!」
効果のないまがい物を売っていたことが確定した。こいつも、同情の余地はないな。
「仕方ないな。ひとつしかない貴重なポーションだが、売るよ」
「た、助かる……」
俺は店主の横にしゃがむ。
(『Xitter』オープン)
俺は店主の、最新の心のつぶやきを確認する。
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■ボブソン@道具屋店主 (今)
(けっ。見た目どおり馬鹿なガキだ。誰が金を出すかよ。
怪我が治ったら、毒の矢でてめえを背後から撃ってやる!
回復ポーションは偽物だが、馬鹿を殺すための毒矢は本物だぜ!)
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「……ほら。口を開けろ。俺の私物のポーションだ」
「す、すまねえ……。あんたは命の恩人だ」
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■ボブソン@道具屋店主 (今)
(魔王を倒されたら商売あがったりだからな。
テメエみたいな冒険者は、この街に金をもたらし、そして死ね!
けけけけっ!)
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俺は瓶の蓋を外し、中の液体を店主の口にそっと流し込む。
トポ、トポポ……。
「ポーションの味はどうだ? 宿に泊まったら、仲間の聖女の部屋にサービスとして置いてあったんだ。こんなところで役に立つとは思わなかった」
「なっ……! 宿に置いてあった?!」
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■ボブソン@道具屋店主 (今)
(ま、まさか女を魔族に売るための、睡眠薬?!
の、飲んじまったじゃねえか!)
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「げほっ! がほっ! う、うぐっ……。ぐーぐー……」
店主はいびきをかきながら眠りについた。
俺はわざとらしく声を大きくする。
「怪我が治って安心したのか? エコノミー症候群と言っても分からないとおもうが、がれきに埋もれたままは良くないぞ? 目が覚めたらさっさと出るんだな。さて……」
俺は店内を見渡す。がれきの下に銀貨や金貨がちらほらと見える。
「全財産で買うと言ってたよな。もらっていくよ」
俺は中身がカラの革袋に金貨を詰めるだけ詰めた。
そして店を出る。
金貨を大量に回収できたから、宿屋で盗られた銀貨は取りに戻らなくていいか。
しかし、困ったな。
この町で被害に遭った人が誰か分からないから、金貨を遺族に届けるすべがない。旅が終わったら孤児院にでも寄付するか。