8-3. 手をつないでいたはずのメイが忽然と姿を消す
東京駅を横に伸ばしたような城壁の真ん中に、ずいぶんと小さな城門がある。馬車がギリギリ通れるくらいのその門をくぐると景色が一変した。
俺はメイと手をつなぎ、列の最後尾を進む。
「いよいよ王都だな」
「ふわぁ……。建物も人もいっぱい……」
「ああ。凄いな。活気がある」
呼び売り商人や通行人の声にかき消されないよう、俺は普段より声を大きくする。
日本人だった俺でも軽く感嘆するくらいには、栄えていた。
フランスのパリを500年ほど巻き戻したかのような町並みだ。
建築材の石が経年劣化しておらず、外見は古都なのに妙に小綺麗。現代人の記憶がある俺にとっては不思議な雰囲気だ。
灰色がかった狭い石畳の通路を、赤土色や乳白色の石造家屋が挟んでいる。家屋と家屋との間に隙間はなく壁を共有しているようだが、屋根の高さはまちまちででこぼこしている。
しかし、あまり頭上を観察している余裕はない。人が多いからだ。
休日のアオンモールよりもごった返している。おそらく城壁に囲まれた限られた土地だから人口が過密気味になっている。
従騎士の騎馬が一行の先頭で人払いをしなければ、俺たちは立ち往生していただろう。
通行人たちが俺たちをちらちと見てくるから、少し気まずい。
建物の一階部分にある商店の前には台が置かれ、見たことのない物が並んでいる。
異世界に来てからは到底お目にかかることのなかった鉄製の農具やハサミや、用途不明の道具類。色とりどりの野菜や果物。
そして、リサイクルショップ勤務の俺ですら見たことのない、現代人にとっての骨董品。つまり、存在自体は知っているが、日本でも異世界でも見たことのないものがいっぱいある。
「なんだろう。あの、Y字型の金具。見たことないな」
「こう、握って、えいってモンスターを刺すんじゃない?」
「我が妹ながら、発想が物騒だなあ。しかし、刺すのはありかもしれないな」
「あ。それか、草むしり道具かも……?」
「いや、手綱を固定するものじゃないか?」
「ねえ、隣の、O字型の金具はなんだろう?
「馬蹄ではないみたいだが……。輪投げ? 船のロープに結んで、杭か何かに引っかけて係留する? ……メイ?」
返事がない。不自然に会話が途切れてしまった。
俺は妹に首を向けるが、そこには誰もいなかった。
「え?」
まさか、はぐれた。
いや、おかしい。はぐれないように手を握っていた。
いや、今も握っている?
握っている感触がない。
しかし、俺の手は閉じない。そこにメイの手があるかのようだ。
認識できなくなってる?
「メイ?」
返事はない。
ぐいっ。
「……!」
姿は見えないままだが、手を強く引かれた。
俺からは認識できないが、メイからは俺に力を加えられる?
「なんだ、これは! 見えなくなったメイが、俺をどこかへ引っ張って連れ去ろうとしている?! ソフィア! サリナ! 騎士たちを呼んでくれ! メイが見えなくなった!」
俺は大声で叫んだが返事はない。誰も振り返らない。
俺たちの前を行くソフィアもサリナも、周囲の光景に圧倒されているようだ。
声が都市の騒ぎにのみこまれてしまった?
たとえ感触はなくとも俺はメイの手を放さないように強く握り、周りに負けじと腹の底から大声で叫ぶ。
「ソフィア! サリナ! アーサーさん! ガストンさん! 返事をしてくれ!」
駄目だ。やはり返事はない。
俺の声が聞こえていないはずがない。俺の声は、野菜売りや、肉売りたちの声に負けないくらい大きい。
俺はさらなる違和感に気づいた。仲間たちだけでなく、通りすがりの人々も、大声を出している俺に見向きもしない。
「おかしい! アーサーさんたちだけじゃない! 誰も俺に見向きもしない?!」
ますます、俺の手の内側の皮が引っ張られる力が強くなってくる。
これは、何者かからの攻撃だ。魔法かスキルによる攻撃だ!
何者が?
なんの目的で?




