6-1. 野営の準備を開始する
午後の移動は早めに終わる。日が暮れる前に野営の準備があるからだ。
騎士や従者の何人かが森の中に入っていく。狩りをしてくるのだろう。
街道脇の野営地に残り、テントの準備をする者もいる。
司教たちは馬車が何かしらの魔道具なのか、野営するための機能があるのか、特に何も準備していないようだ。
俺たちは俺たちで野営の準備をすることになる。食料を分けてもらうこともない。
俺だけでなく、聖女候補すら野宿だ。
……なんというか、聖女候補とはいえ所詮庶民というか。お貴族様とは違うのだろうか。
聖職者様、騎士様、庶民でグループ分けされている気がするな。
司教や僧侶は禁欲を誓った聖職者なのかもしれないが、半月かけて旅してきた騎士や従者という16人の男と、聖女候補を近くで野営させていいのだろうか。
事故が起こらないように、俺が警戒しないといけないな。
「俺が野営の準備をするから3人は……。ん?」
聖女候補最年長のソフィアさんが騎士達とは離れた位置から森に入ろうとしている。手には弓を持っている。狩りをするのだろうか。
「ソフィアさん。どこへ? 単独行動は避けた方がいい」
モンスターが危険だし、男たちに強姦される恐れだってある。
俺は声をかけながらソフィアさんの元に駆け寄る。
「狩りをしようかと」
ソフィアさんは夫と立て続けに死別して以来、不幸を呼ぶ女と噂されていた。居心地の悪さを感じたのか、村から少し離れた森の中に小屋を建てて、ひとりで暮らしている。
森の中で狩猟をし、時おり村で肉と麦や野菜を交換する生活をしている……というのが、俺の知る彼女の情報だ。それ以上は分からない。
俺の沈黙をどう捉えたのか、ソフィアさんが気まずそうに目を伏せると、俺に近づき小声で話す。
「彼らは従者が獲物を追い立てて騎士が仕留めるつもりのようです。人の手で管理された狩り場であれば上手くいくでしょうが、このような人の手がついていない森では、ああも大勢で騒ぎ立てれば、獲物は逃げるか巣穴に閉じこもります。それに、彼らはこの道を往復しているのでしょう? 往路でもこの場で狩りをしていたら獲物は警戒します。/
:ソフィアは視線だけ動かして周囲を警戒すると、さらに声を小さくする。
/往路で彼らの狩りが成功して鹿のような大型の獲物を得ていたのなら、今は肉が余っているはずです。狩りをする必要はありません。これから狩りをするということは往路では失敗したということです。獣は警戒を強めています。彼らが狩りを成功させる可能性は低いです」
「……凄いな。あ、いや、褒めると皮肉になるかもしれないが、そんなつもりはなく、素直に感心した。ソフィアさんの考えは正しいと思う」
「彼らの分け前をもらえる可能性は低いです。ですので、私が何か獲ってきます」
「なるほど。足手まといにはならないと思う。手伝わせてくれ」
「いえ。私ひとりでじゅうぶんです」
「君もここは初めてなんだろう? モンスターと遭遇したら大変だ」
「ですが……」
「単独行動は避けるべきだ。この辺りには牙が肥大化した狼型のモンスターが出没する。狩りのやり方には口を出さない。指示には従う。俺を同行させてくれ」
「……」
くっそ。言いづらいが言うしかないか。
「……女の単独行動は駄目だ。男たちに強姦される。聖職者や騎士だって男だ」
「……! 分かりました。お願いします」
「少しだけ待っててくれ」
俺はいったんソフィアさんに頭を下げてから、妹の元に向かった。
内緒話をするために、メイの肩を抱き寄せて耳元に口を近づける。
「こ、こんなところで……明るいうちから……。メ、メイはいつでも、いいよ…。旅の間に結ばれるって、信じてたから……。心も、体も、準備できてるよ……」
妹は何故かまぶたを閉じて唇を突きだしてきた。
花粉症で目でも痛くなったか?
「俺はソフィアさんと一緒に狩りをしてくる。お前は絶対にサリナと一緒に行動しろ。一瞬たりとも離れるな。もし、男たちに襲われそうになったら遠慮なく棍棒で殴れ。頭か股間だ。ためらうな。大声を出せ。すぐに駆けつける」
「え?」
「大丈夫。さすがに聖女候補に危害を加えるとは思えない。レストも残していく。でも、念のためだ。気をつけてくれ。ちゃんと棍棒は装備しているな?」
「うん。お兄ちゃんがくれたんだもん。お兄ちゃん《《の》》だと思って、肌身離さず持って、大事に使ってるよ」
メイはまだ12歳のちんちくりんのガキだが、早婚の異世界人男性から見たら、魅力的な女だろう。それに何より母さんの娘だから、今はガキでも将来は魅力的な美人になることは確定している。襲われる可能性は捨てきれない。
「とにかく大声だ。声が出せなかったら笛を吹け。最後まで抵抗しろ。必ず俺が駆けつける」
「うん。初めての相手はお兄ちゃんって決めてるもん。絶対に諦めない!」
「なに言ってんだお前。とりあえず、街道から離れずに近い位置で薪を拾い集めておいてくれ」
「うん。分かった」
「頼んだぞ」
「うん。んーっ。行ってらっしゃいのハグ~」
俺はメイの頭を押しのけるようになでてから離れた。
俺は森の端に立つ。
小さく口笛を吹き、一行から少し離れていた位置で木陰に潜んでいたレストを呼ぶ。
「クルルゥ」
「隠れてメイたちを守っておいてくれ」
「クルルゥ」
俺は膝をついてレストに目線の高さを近づけ、メイを指さす。
賢いレストは理解しただろう。
メイが口笛を吹いたので、レストはそちらへ駆けていった。




