3-7. 騎士アーサーと、聖戦について会話する
騎士が村長を連行していった。
金髪さらさら騎士は俺と話があるらしく、残った。
「ところで、君の妹についてだが」
やはり、そうなるよな。
この世界の価値観では、聖戦逃れは許されない。
そんなことをすれば、村での居場所を失いかねない。
……しかたない。
これが、俺にとって最良の未来になるはずだ。
「妹のメイは12歳。もちろん、未婚で貞潔を守っています」
「うむ。ならばその者が神託のあった聖女である可能性がある」
「はい。それで……。俺は羊飼いをしています。北方に土地勘があり、討伐推奨レベル20のモンスターを単独で撃退することもできます。そして何より、聖女候補の実兄のため過ちを犯す危険がない。……俺を聖女候補の旅の護衛として雇っていただけないでしょうか」
メイ。安心しろ。
聖女候補に選ばれたお前を、ひとりで行かせはしない。
母さんとしばらく会えなくなるのはつらいが、妹を放っておく訳にはいかない。
「……ふむ」
一蹴にされない。彼にとって一考の価値ある提案だったようだ。
「悪くない提案だ。だが、先ずは君の勘違いをひとつ訂正しよう。聖女候補が魔族討伐に赴く旅を聖戦と言うのだが、それは教会に雇用されるものではない。だから、君が同行することに、誰からの許可も要らない」
改めて向き合ってみると、随分と立派な方だ。
20歳くらいだろうか。金髪がさらさらで肌は白くつやつや。明らかに庶民とは異なり、何かしらの手入れをしている。
目つきは穏やかなのに、瞳の奥に鋭い輝きを宿している。
「神託のあった者が聖戦に赴くことは名誉あることだ。労働や納税から解放されて、ラルム様と人類のために命を尽くせることを、教会に感謝しなければならない」
まったく賛同できない理論だが、俺は素直そうに「はい」と答えた。
庶民がなんと言おうと、この世界の社会背景を考慮すれば、もう、メイが魔族討伐への旅を避けられないのは確定している。だったら、少しでも周囲からの心証をよくするしかない。
「聞かせてくれ。君は旅に同行して何を得る? 報われることのない過酷な旅だぞ? 命を落とす危険が高い。良いか? あくまでも君の妹は聖女候補のひとりに過ぎない。必ずしもこの村に聖女がいるとは限らない。他の村や街にも聖女候補はいる。我らにラルム様のご加護があるように、魔族にも邪神ナァルの加護がある。神託の聖女が必ず魔王を倒せるとは限らないのだ。君の信仰がかなわなかったとき、どうするのだ? 絶望で終える旅になるぞ」
ふむ。価値観が違っているせいで、微妙に論旨がずれている。
彼はどうやら、俺が正義の信仰心で魔族討伐に旅立つ決心をしたと思いこんでいるようだ。
俺は適当な魔族を倒したら旅を終え、教会から報奨金を貰えればそれでいいと思っている。
そう。実は、勇者や聖女が挑む聖戦とは、別に世界最強の大魔王を倒す必要はない。あくまでも、善の神であるラルムの宿敵である魔族をひとりでも殺せば、そこで旅を終えて良い。
実際、俺みたいに「適当な魔族を倒して報奨金を貰おう」くらの動機で聖戦に赴く者はいるだろう。教会もそれは分かっているはずだ。ひとりでも多くの魔族を殺せればそれでいいと思っているはずだ。
ただ、さっきの俺の演技が迫真すぎて、俺は『命を賭けて最強の魔王を討伐してみせる! すべての魔族を殺し尽くしてやる!』くらいの使命感に燃えていると勘違いされたのかもしれない。
俺は適当な魔族から金銀財宝を奪って、それを持参金にしてふたりの妹を嫁に出したあと、どこか平穏な場所に大きな家を買って母さんとふたりで暮らせればじゅうぶんだ。
「……魔王の討伐は我らの使命。しかし、力が及ばず、志の半ばで旅を断念するのなら、それを受け入れます。たとえ俺の命が尽きようとも、新たな命を宿せる妹だけは無事に帰らせます。俺が望むのは、人類の未来です」
つまり、途中で聖戦を終えるということだ。予防線を張ったぞ。自分の命が惜しいわけじゃない。未来のために、途中で旅を終えるのだ!
「人類の未来……! いいだろう。気に入った。名を聞こう」
「羊飼いのアレルです」
「ノルド・モンターニュ村の羊飼いアレルよ。その名を覚えたぞ。光輝なる王アレン直系獅子牙王リオンの長子、アーサー・ド・ヨールネンが旅への同行を許可しよう。詳細は聖女候補を交えて説明するが、先ずは我らと王都に向かってもらう」
「はい。ありがとうございます」
よし。
金を稼ぐビッグチャンスだ。どこかで一財産稼いで羊飼いを引退して、母さんと幸せに暮らすぞ。
俺は家に帰り、母さんやメイに、見聞きしたことを伝えた。
メイは聖女候補になったことを困惑するだけだった。
母さんは娘が名誉ある存在になれたことを喜んだが、すぐに笑顔の中に寂しさや不安が浮かんだ。
司教が、若い神官を引き連れて家を訪ねてきた。神官は、二日後の朝に村はずれの祠前から出発するから、旅の準備をするように告げた。
メイは山で遊牧の練習中だから俺と母さんが話を聞いた。
司教が去った後は旅の準備だ。先ずは、2、3週間ほどかけて王都に向かう。順調に進めば、食糧補給が可能な街や都市を、3日、3日、1週間、1日、1日間隔で経由する旅になる。途中の1週間は山越えなので期間が長めで、その後は王都が近づくので、大きい街が多い。
初日に持参する水と食料は最低で3日分。モンスターの襲撃や住民の暴動など、都市に立ち寄れない場合を考慮すると、6日分は備えておきたい。
水が重くかさばるが、革袋に入れてレストに背負わせる。俺とメイの分で30リットルくらいになるが、レストは体格的に難しいだけで、体力や脚力は成人男性を背負って走れるくらいあるから問題ない。
また、20日分の食料を購入するお金、もしくは物々交換するための物が要る。狩りをすれば食料は自給自足できるが、話に聞く旅の日程は常に移動し続けるため、狩りの時間はなさそうだ。
俺は自分の荷物を用意し、妹の分も用意した。
妹たちは夕方前に山から下りてきた。
母さんがメイに神託や聖戦のことを告げる際、途中で感極まって泣いてしまったから、俺が説明を引き継いだ。
メイの反応は「ん。分かった」程度だ。
まあ、そんなもんだろう。
既に、俺とふたりで2ヶ月くらいの遊牧には何度か出ているし、成長次第では今冬の南への旅に連れていくつもりだと、告げてある。
つまり、メイは旅にそれなりに慣れているし、旅立つ心の準備もできていた。
聖戦の説明を終えると、家族で他愛のない会話をし、ささやかながら普段より豪華な食事をした。
日が開けた。
村の南にある祠の前で村長の公開裁判が行われる。
参加するのは俺だけだ。
メイは少しでも母さんやユーノと別れを惜しんでもらう。いくら本人が旅立つ覚悟ができていて家族も心構えがあったとはいえ、それはあくまでも遊牧に関してだ。魔族との戦いでは命を落とす危険もある。
鐘が聞こえたので俺は広場に向かった。
そこは山腹なので斜面になっており、石で組んだ小さな祠があり、近隣の街から司教が来たときに村民が説教を聞くために集まる場所だ。ごく希に大道芸人が芸を披露する。
葡萄酒売りや果物売りは定期的に近隣の街から出稼ぎにやってくるが広場に物を陳列することはなく、声を張りながら村内を練り歩く。
床屋は月一くらいの頻度で来る。この町には床屋がないため、外から来た人に髪を切ってもらう。
農具や馬具を修理する鍛冶職人はいるが、その道具自体を売る者はいない。道具を新規製造するだけの設備も需要もない。必要なら、農具も馬具も食器も家具も、近隣の街に買いに行く。
近隣との交流で成り立つ社会ということは、逆に考えれば、徒歩で通える範囲に人里があることを意味しており、僻地への苦行の旅に出るのでもなければ、食糧補給が可能な街や村は、それなりにあるということだ。




