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2-9. 【試験官視点】棍棒を使うやべえやつがいる!

【試験官視点】


 パレンミラ騎士学校の講師を務める20歳の女クレアは名門貴族アニヴェールの令嬢で、教会系の騎士として内敵や外敵と戦い、おぜんだてされた上で功績をあげて、現役を退き、現在の地位に落ち着いた。


 本人は国や信仰のために魔族と戦いたいという意欲があるが、実家がそれを許さなかった。

 20という年齢を考慮すれば既に有力貴族に嫁いでいても良いのだが、彼女の複雑な血筋のせいで、それもかなわない。政争に利用されるだけの価値が彼女にはあった。

 そして、彼女が表に出てきては困る者が一定数いた。


 つまり、要するにクレアはあと数年ほど騎士学校で講師を務めて実績を重ねたら、修道院にでも入り、そこで余生を過ごす……。そんな人生が定められつつあった。

 少なくとも、若き新王が正妻を迎えるまでは、彼女を宮廷や社交界から遠ざけたい勢力が多い。


 クレアはそんな身の上を知ってはいても腐ることなく、若者を育てる仕事にやりがいを感じていた。


 入学試験の日、前庭におよそ200人の受験生とその親が集まった。

 クレアはふと、1組の異質な親子に目をとめた。


(あれ? なんだろう。ふたりとも異国の人とは思えないけど、なんだか不思議な服装)


 それは、アレルとその父アルスだ。当時の衣服は、ゆったりとしていて体のラインが出ないものが流行していた。しかし、アレルのリクエストで彼女の母サーラが、父子の体格にあわせた服を作っている。

 羊毛を編んでいるので、近代的なものに比べれば厚みのある服装だが、一般的な格好に比べれば、際だってスリムだ。

 まるで貴族が乗馬の際に着る、絹製の上質な乗馬服だ。


 アレル自身、動きやすさ優先で母に編んでもらったため知らないことだが、彼ら父子は1、2世紀ほど流行を先取りしていると言えないこともない。

 身も蓋もないことを大げさに言えば、中世ヨーロッパの庶民服ばかりの世界に、日本製ファンタジーRPGの服装で紛れこんだようなものだ。

 ただ、染色していないため色合いは落ち着いており、悪目立ちはしていない。


 社交界で仕立ての良い服を見た経験の多いクレアだからこそ、親子の異質さに気づけた。


 ただ、親子は機能性を重視するあまり、装飾品を何も身に纏っていない。腰のベルトに武器を引っかけ、手には荷物袋を持っている。靴は山羊の皮を編んだものだ。


 その姿は、他に財産がない貧乏人のように見えた。


 貧乏人は差別や迫害の対象になるため、基本的に街の人々は、貧乏ではないことをアピールするために、目立つ装飾品をひとつ以上は身につける。


 親子は貧乏人と見なされ、周囲から見下されたような目を向けられていた。


 クレアは人ごとなのに、それが悔しかった。装飾品は身につけていなくても、服のデザインは洗練されているし遠目でも仕立ての良さが分かる。それほど遠くない時に洗濯がされていて、大切に使われていることも分かる。


 街の価値基準を知らないという理由で、親子が侮られているのが可哀想だった。


 クレアは彼らに声をかけようとした。

 しかし、試験開始目前を意味する鐘が鳴り、親子と受験生は別々の場所に誘導されていく。クレアには試験官としての仕事がある。

 彼女は試験会場に向かい、魔法攻撃力の測定を担当した。


 彼女が気になっていた少年は、名をアレルと言った。


 どうやら、他の受験生に言いがかりを受けているようだ。相手は何度か見たことある。


(あー。名前、なんだっけ。ポロン侯爵の子息と、そのお友達。3人とも能力的には比較的優秀で、騎士学校に入学どころか卒業できるレベルなのに、素行が悪くて受験に失敗しているのよね。聖戦(のが)れしたいのかなあ)


 ラルム教では10歳を超える若者が神託を受けた場合、聖戦に参加する義務がある。だが、国立の騎士学校や魔法学校に在籍している者は、軍役を優先する場合に聖戦参加が免除される。


 つまり「俺は信仰心のあついラルム教徒だから聖戦に参加したいけど、卒業後は国民の義務として軍隊(騎士団)に入らないといけないからなー。聖戦には参加できないなー」ということだ。

 そして、卒業後は「実家を継ぐので聖戦には参加できないし軍隊には入れませーん。かーっ。残念だ。悪しき魔族を倒したい意欲はあるんだけどなー。その証拠に騎士学校に行ったでしょ? かーっ。信仰のために戦いたかったー! でも、国のためにも自分の領地を護らないとなーっ! かーっ!」となる。


 こういった事情があるため、有力な貴族はその子息が既に騎士教育を受ける必要がない実力を持っていても、聖戦逃れのために騎士学校に通学させる。


 講師のクレアも似たような者だ。本人は聖戦に参加したかったが、親の意向により現在の地位に落ち着いている。


 彼女は立場上、ひいきができないため、心の中でアレルを応援した。完全に誤解だが、クレアはアレルを『国に貢献したいから、庶民でありながら騎士を志す者』と思いこんだ。


 アレルは魔法攻撃力でも物理攻撃力でも、特に目立った成績は残せなかった。


 戦闘試験の前に、私物武器の確認が行われる。毎年、魔法道具を持ちこむ不正があるため、チェックは欠かせない。


(あ。あの子だ)


 武器チェックをしていると残り数人という頃に、例の少年がクレアの前にやってきた。


「私物の武器を使います。確認お願いします」


 目の前に来ると随分と背は低く見えるし、声変わり前らしき声はかわいらしい。


 アレルは短槍と棍棒をクレアの前に置く。

 クレアは驚き、アレルと武器を見比べた。


「え? これを?」


「はい」


「……え? 魔法の杖ではなさそうだけど……。ただの、棒……? あ。魔法道具ですね」


「いえ。山で拾った棒です」


「拾った棒?/

 :棒を手にしてみる。

 /あ。あー……。たしかになんの魔力も感じない。けど……」


 全体の色合いは不均一。新品ではない。

 握る部分はなめらか。女性のクレアに握りやすい形状をしている。おそらくそれはただの偶然。使い続けたことにより、棍棒の握り手部分が少年の手に馴染んでいる。


 殴る部分は傷や凹みが幾重(いくえ)にも積もり、硬く引き締まっている。獲物の血がしみこんで取れなくなったのか、鈍く黒い。


「なるほど。冗談ではないようですね。使いこんであります。いいでしょう。使用を許可します」


「ありがとうございます」


 少年は小さく頭を下げた。


「あの。これを首に巻いてください」


 体が勝手に動いていた。クレアは身を乗り出すと、立ち去ろうとする少年を呼び止め、スカーフを差しだしていた。


「えっと……」


 アレルは困惑した。


 クレアも自らの行いに困惑した。教師が特定の生徒に肩入れするわけにはいかない。

 軽く咳払いをして、できる限り居丈高(いたけだか)に言う。


「当校を受験するにふさわしい服装をしてください。必ず装飾品を身につけてください。でなければ、装飾品すら売り払わなければ生活が成り立たない貧しい者と見なされます」


「あ、はい。分かりました。お借りします」


 クレアは感心した。失礼なことを言ったのに、少年に気落ちした様子がない。気を悪くした様子もないし、怒ることもない。

 むしろ彼女が、心にもなく相手を侮辱したことにより、恥じ入ったほどだ。


 アレルは首にスカーフを巻くと去っていった。


 クレアは試験官として、他の教師たちとともに試験会場を監視する。もし重傷者が出たら即座にその者を会場から連れだす。


 戦闘試験が始まった。


 つい、スカーフを貸した少年のことが気になり、目で追ってしまう。


「あれ。意外といい動きしてる……。魔法はレベル0判定で、物理攻撃は平凡だったけど、身のこなしが明らかに周りと違う。それに、信じられないくらい落ち着いてる。周りがよく見えてる。常に安全な位置に移動してる。……身体能力は高めだけど、それだけじゃない。判断力が凄いんだ。……え?」


 少年が、ポルッチとその取り巻きと戦うようだ。

 ポルッチたちは悪い意味で、入学試験の有名人だ。素行が悪いだけで、既に騎士学校を卒業する水準の戦闘力を有している。


 さすがに分が悪い。クレアはお気に入りの少年が負傷したら、すぐにその戦闘を止めようと身構えた。


 だが、試験が終盤にさしかかり、信じられないものを見た。


 小柄な少年は小刻みに跳躍を繰り返したかと思うと、独自の歩法で、取り巻きふたりの隙間をすり抜けて、ポルッチに棍棒の一撃を加えた。


 緩急の付け方が上手い。あれでは、相対していた者は少年が瞬間移動のごとく消えたと錯覚しただろう。


 地面を跳ねて転がるポルッチは明らかに戦闘不能だ。試験会場全体にデバフが駆けてあるのに、3回転した。いったい、あの棍棒の一撃にどれだけの威力があったのだろうか。


「デバフがない状態で本気を出していたら、いったいどれほどの……。……! しゅ、主任、試験の終了を!」


「そ、そうだな。うっかりしていた。――そこまで! これにて入学試験を終了する! 現時点で立っている者を合格とする!」


 入学試験の責任者が、魔道具で声を拡張し、試験の終了を告げた。


 クレアは安堵し、責任者に言う。


「彼がポルッチ君に追撃して、非騎士的行為で失格にならずに済んで良かったです」


「ああ。他の受験生はもう少し様子を見たかったが、彼が不合格になる方が損失だ。騎士らしくない戦闘スタイルだったが、アレを矯正(きょうせい)するのは忍びない。どういう技を教えこんで、幅を広げてやれば良いだろうか。長槍と剣に持ち替えさせるか? 騎士団の団長にもなれる逸材だぞ」


「主任。嬉しそうですね」


「もちろんだとも。久しぶりに教え甲斐がありそうだ。聖戦逃れ目的の貴族のボンボンには飽きた。元騎士団長としては、彼みたいな子に未来をたくしてみたいものだよ」


「まあ。現役時代に騎士団最強と称えられた先生が、そこまで言うのですか」


 受験生アレルは教師から高く評価された。


 しかし、特待生には選ばれなかったため、さっさと去ってしまった。

 特待生というのは、貴族の子弟に箔をつけるための制度なので、アレルは選ばれず、有力貴族の子弟が選ばれた。


 こうして、アレルの騎士学校編は、入学することなく終わった。



────────────────────

■自分

まて。なんで他人の記憶を夢に見ているんだ

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■ギバルガン@封印されし災禍の魔霊

ぎゃははっ!

我は悪夢を司る!

他人の普通の夢に介入するなど、容易いこと!

────────────────────

■セレニティ@天界の調停者

わたくしは止めましたのよ?

災禍の魔霊が悪さをしないか見張るしかないの

────────────────────

■自分

お前らまで来たのか……!

夜は寝ろよ!

────────────────────

■ルーリン@子育て奮闘中の隠居聖女

あらあら。うふふ。

私は孫が夜泣きするから眠れないの

────────────────────

■ヴァンドラ@極光の竜王

くくくっ。

世界の果てにある我が支配領域は昼だ

────────────────────

■オルロード@伝説の勇者の残留思念

そんなことよりお前ら、飯はまだかのう……

────────────────────

■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ

やーめーて!

アレルに迷惑かけるの駄目なんだから!

────────────────────

■自分

(迷惑筆頭のお前が言うな)

────────────────────

■ヴォルグルーエル@闇刻(あんこく)魔王

ふむ。

ギャラリーが増えて騒々しいな。

だが、アレルが寝ているのは、現実世界では我のすぐ近く。

我が魔力フィールドを広げれば、貴様らの介入は不可能

────────────────────

■ギバルガン@封印されし災禍の魔霊

くっ。なんて魔力だ

────────────────────

■ヴァンドラ@極光の竜王

ちいっ。

世界の果てからではこれ以上の介入は難しいか!

────────────────────

■ルーリン@子育て奮闘中の隠居聖女

あらあら。まあまあ。

孫が寝付いたから私も寝ますね

────────────────────

■オルロード@伝説の勇者の残留思念

くっ!

なんという強大な力!

だが、無駄だ! 邪悪な魔王よ!

たとえ肉体が滅びようとも、私の光の闘志と勇気の心は、悪しき魔力になど屈しない!

聖剣生成スキル発動ッ!

────────────────────

■セレニティ@天界の調停者

はいはい。おじいちゃん。

大きい魔力に触れたからって、急に正気に戻らないで。

いいから、寝なさい

────────────────────

■自分

人の夢の中でうるせえな……。

……。

…………。

お。静かになった

────────────────────

■ヴォルグルーエル@闇刻(あんこく)魔王

はあはあ……。

魔力フィールド展開完了。

ふふふ。我に感謝せよ。

近くにいるケルリルは追いだせぬが、他の奴等は介入拒否してやったぞ

────────────────────

■自分

おう。ありがとう

────────────────────

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