2-8. 棍棒炸裂! クソガキの顔面破壊ぶちのめし完了!
俺は落ち着きつつある試験会場をゆっくり歩き、正面から堂々とデコっぱちたちに近づく。
「よう。久しぶり」
「貴様! ポルッチさんには近づけさせん!」
「さっきは身体能力強化のポーションを使っていたようだが、もう効果は切れただろう! 俺たちを甘く見るなよ!」
デコっぱちを護るように取り巻きふたりが前に出てきた。ふたりとも服が破れて、顔は砂と汗で汚れている。剣の切っ先も、試験開始時より下がっている。かなりお疲れのようだ。
「剣は刃こぼれして、服は傷だらけ。満身創痍に見えるが?」
俺は踵が軽く浮く程度の跳躍を繰り返して、リズムを取りつつ体力万全アピール。
取り巻きっちの後方でデコっぱちが肩で息をしながら俺に魔法の杖を向けてくる。
「よく残ったな。見てたぞ。何もできずに逃げ回る姿」
「おい。息が切れてるぞ。大丈夫かデコっぱち。実際の戦場では開始の合図も終了の合図もない。ペース配分は考えろよ。おそらく試験官はそういうところも見ているぞ。ほら、教えてくれてありがとう、は?」
体力が余っている俺は、余裕アピールのために長台詞を吐いた。
「だ、黙れ! 誰がデコっぱちだ! その生意気な口を、僕の魔法で焼き尽くしてやる! はあはあ。そういえば、名乗っていなかったな。貴様が調子に乗るのも仕方ない。いいか、よく聞け。僕は、オーク30体討伐の英雄ポロン侯爵の息子ポルッチだ! どうだ、恐れおののいたか! これでもう生意気な口はきけないだろ!」
俺は山村生まれの羊飼いだから、侯爵の名前を言われても知らないんだが……。
一応、名乗られた以上は、俺も名乗っておくか。
「俺はノルド・モンターニュの羊飼いアルスの息子、羊飼い見習いのアレルだ」
「ぷっ。八翼魔王を討伐した勇者が父で羊飼い。息子は竜頭魔王を倒した勇者。それで、君の母は羊かな? ぷくくくっ」
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
来た!
名前をからかわれて、父親を馬鹿にされたぞ!
ぶちのめせ!
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
ぶーちのめせ! ぶーちのめせ!
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■自分
おいおい。
ガキ相手にこの程度でキレるわけがないだろ。
名前いじりはよくあることだから慣れてる
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
えー
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
えー。やだやだ! やだーっ!
ぶちぎれて! ぶちぎれてボコって!
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■自分
……お、おう。ケルリル、落ち着け。な?
デコっぱちは会話で時間稼ぎをして体力を回復しようとしているんだよ。そんな涙ぐましい努力に気づいたから、好きにさせたんだ
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
……なあ、もしかしてだけど、ぶちのめすっての嘘?
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
え?
どういうこと?
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
アレル!
お前、まさか、我らを騙して、からかっているのか!
本当はぶちのめしていないのか?!
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■自分
くくく。
さあて
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
こ、こいつ、魔王を手玉にとっているだと!
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「羊飼いは山奥で羊を使うんだろ? ぷくくくっ。間違いなくお前の母親は羊だ。お前も毎日、羊を孕ませようとしているのかな?」
「さすが、ポルッチさんのいうとおりですよ!」
取り巻きっちたちがゲラゲラ笑う。
「デコっぱち。お前、そんな性格だと恋人はできないぞ」
「ぷくくっ。君ぃ、武器が木の棒だなんて貧乏くさいね。作りも貧相だし」
「あははははっ! 本当だ! 顔が貧乏なら武器も貧乏人らしいっすね!」
「まあ、貧乏は事実だ。自作だから作りが貧相なのも認める」
「それに、その服。だ――」
ドゴンッッ!!!
俺は全力で踏みこんで、右手の棍棒をフルスイングしてデコッぱっちの顎をぶっ叩いた。
ドサンッ!!
ズドッ!
ゴロゴロゴロッ!
ズザザ……ッ!
地面に打ち付けられたデコッぱちは3回跳ねながら転がり、地を槍2本ほど滑り、それから止まった。
砂煙がふわっとあがる。
飛び散った血だまりの中に、数えるのが馬鹿らしくなるくらい歯が散らばっていた。
白目をむいたデコッぱちの下顎は頭部からさよなら寸前でぷらぷらしている。
本体はピクピクと痙攣しながら失禁しはじめた。
「母さんが糸の一本一本に愛情をこめて編んでくれた服を馬鹿にするな。ぶちのめすぞ」
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
やったー!
ぶちのめしたー!
やった! やった! やったーっ!
ケルリル、嬉しすぎて、おしっこ漏らした!
アレルびちゃびちゃ!
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
お前、父親が羊とヤッてるって侮辱されたときはスルーしたくせに……
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■自分
父さんは侮辱されても自ら報復する力をもっている。
だが、母さんは優しく美しく儚い。
名誉を侮辱されたら俺が報復するしかないだろう
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
なんか、お前が母親について言及するたびに、もやっとするんだが
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
ボクもなんか、おしっこはすっきりしたけど心はもやっとする……
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■自分
なに言ってんだ、お前ら。
というか、俺の目がさめたときに、俺の愛する母さんが俺への愛情をこめて丁寧に編んでくれた大事な服が小便まみれだったら、ケルリル、お前、許さないからな
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
きゅ、きゅーん……。
がくがくぶるぶる、じょばぁぁぁ……。
ペロペロするから許してほしいわん……
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■ヴォルグルーエル@闇刻魔王
神々すら食い殺すとされるフェンリルと、魔界最強とされる門番ケルベルのハーフをビビらせるとは、狂ってやがる……。
安心しろケルリル。我にも一応、部下がいる。
そいつをお前らの野営地に送って、眠っている間に服を洗わせておく
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■ケルリル@ケルベロスとフェンリルのハーフ
きゅーん……。
助かったわん……
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「き、消えた? ……あっ! ポルッチさん! お、お前! 後衛の魔法使いを狙うなんて卑怯者め!」
「なんの不正をした! 違法魔道具を使っているだろう! それとも、試験官を買収したか!」
背後で随分と悠長に取り巻きっちたちがわめき始めた。
「俺みたいな貧乏人がどうやって名門学校の試験官を買収するんだよ……。弱いところから狙うのがセオリーだ。顎を砕いて魔法を封じることの何が悪い。お前たち前衛がトロいんだろ?」
「舐めるな! 卑怯者め!」
おっそ……!
取り巻きっちたちが剣を振ってくるが、我流というか、実戦経験がないというか……。
いくら周りが未熟な受験生だからって、よくこの試験を生き残れたな。
「お前ら、なんで攻撃する場所に視線を向けてるんだよ。目は嘘をつくためにあるんだぞ。馬鹿正直に敵をにらむのは知性の低いモンスターだけだ」
俺は右の取り巻きっちをにらみつけてから、左の取り巻きっちに足払いをして転倒させる。倒れた頭部めがけて棍棒を振り上げて脅してから、上半身を大きく回してフルスイングで、背後に迫っていた取り巻きっちの剣を、ぶっ叩く。
剣はぱっきり割れた。
「ほら。こうやって視線で相手を騙すんだ。俺の父さんはもっと上手いぞ。4体の人狼に囲まれたとき、視線だけで何度も敵の動きを封じて、たったひとりで全部倒したんだぞ」
「ひいっ……!」
「だから、表情を変えるな。不利になったと自白しているようなもんだ」
「ま、参った……」
取り巻きっちは剣を手放し、両手をあげた。
「ぜ、絶対に不正だ……! し、試験官に言ってやる……!」
「は?」
俺は倒れている方の取り巻きっちの傍らに立ち、棍棒でゴルフの素振りをする。
「ほら」
ブンッ!
「目の前で」
ブンッ!
「しっかり、見ろ」
ブンッ!
「ただの、木だ」
ブンッ!
取り巻きっちはまぶたを固く閉じているが、恐怖は消えないようだ。
「ひ、ひいいっ。降参だ。や、やめてくれ!」
倒れている方の取り巻きっちも両手をあげた。
よし。デコっぱち軍団壊滅。
「さっき、お前たちに、態度が悪いから今まで試験に落ちていたんだろうって言ったけど、違ってた。普通に弱い。3人がかりで俺に勝てないようじゃ、俺の地元より北に出現するモンスターと遭遇したら一瞬で全滅だぞ。さて。俺の愛する母さんが編んでくれた服を馬鹿にしたことを、デコッぱちに謝らせないと」
よーし。試験はまだ終わってないし、時間いっぱいボコるぞー!
俺はデコッぱちの側面に立ち、口から血と泡を噴いている顔を見下ろす。
俺はレベル0水魔法でデコッぱちの口に水を垂らす。
「う、ううッ……。げほっ! がほっ!」
「お。生きてるな。デコッぱち」
さっきのゴルフスイングは脅し効果が強めだったし、ここでもやるか。
ブンッ!
風圧でデコッぱちの前髪がめくれ上がり、デコッぱちがさらにデコッぱちになった。
「ひいいぃ……」
「お前弱すぎ。その魔法の杖、私物のようだけど随分と綺麗だな。まったく使いこんだ様子がない。訓練不足だ」
ブンッ!
風圧でデコッぱちの頬が波打ち、不細工な顔になる。
「や、やめ……」
デコッぱちは涙をこぼし始めた。
「おっと。いけない。褒めるところもあった。杖を縦に振る速度だけはお見事だったぞ。ち*こを弄りまくった修行の成果が出たんだろうな。これからは、杖もよく振って真面目に修行しろ」
ブンッ!
風圧でデコッぱちの涙が飛んでいく。
「ほら、ご指導ご鞭撻ありがとうございました、は、どうした?」
「こひゅーっ……こひゅーっ……」
もうしゃべれないようだ。
痛みか恐怖で意識が完全にトんだらしい。
「そこまで! これにて入学試験を終了する! 現時点で立っている者を合格とする!」
試験開始時と同じく、どこからともなく声が聞こえてきた。
入学するつもりはないが合格したようだ。
「き~~~ッ! どうしてわたくしが不合格で、庶民のエルが合格ですの?! 許せませんわ! おかしいですわ! 不正ですわ!」
遠くから悪役令嬢の金切り声が聞こえてきた。
どうやらあいつは落ちて、聖女ちゃんは合格したようだ。
結論からいくと、俺は特待生には選ばれなかった。魔法が使えないからだ。
デコッぱちに対する振る舞いが騎士にふさわしくないと判断された可能性もある。
まあ、授業料免除の特待生になれなかった時点で、入学する可能性はない。
俺はスカーフを女性試験官に返却し、試験会場を去った。
会場の外で父さんが待っていてくれた。
来るときに背負っていたチーズがなくなっているから、売れたのだろう。表情が明るく上機嫌だ。
俺は合格したが入学の意思がないことを父さんに告げた。
父さんは「金なら出すぞ。合格したなら、入学したらどうだ?」と言ってくれたが、学校教育は前世で十分だ。
俺の意思は変わらない。
俺は父さんや母さんと過ごす時間の方が大事だから。
「俺、父さんみたいな羊飼いになりたい」
「……! へへっ。せっかく街に来たんだし、美味いもん食うか!」
「うん!」
「チーズが売れたし、来る途中で捕まえた毒蛇も高値で売れたぞ。なんでも好きなものを食え! ただし。サーラたちへの土産を買ってからだ」
「うん! 俺が選ぶ! 母さんの美しい髪に似合いそうな髪飾りを探すんだ! 優しい母さんの美しさが引き立つような、素朴な髪飾りがいい! 木の細工なんてどうかな?」
「よーし。俺とお前、どっちがサーラに似合う土産を見つけるか、勝負だ!」
「うん!」
俺たちは市場の方へ並んで歩く。
……この幸せがいつまでも続くと思っていた。