表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話

 4限の授業も終わり、今日の僕の受けなければならない授業は終了した。それに安堵したのも束の間、すぐにワイヤレスイヤホンを付けて、聴覚を周りから遮断する。この授業自体、教養という学部関係なく受けられる科目のため、2限、3限のときのような知り合いがいることは無い。それでも、多種多様な人が大講義室に集められていることに変わりはなく、教授の授業終了の合図とともに喧騒が戻ってくる。勿論、そこには僕が受け付けない音だってあるのだ。


 ノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスイヤホンと言えど限度がある。価格のせいかもしれないが、当時の僕にはそれ以上高いものを買う勇気はなかった。だから、いくら聴覚を周りから遮断し、自分の好きな音楽で安らごうとしても、隙間風のように入ってくるのだ。僕にとっての不協和音が。


 だから、急いでこの教室から出て、早歩きで駐輪場まで向かう。しかし、この大学は基本的に必修科目は4限までで終わるため、大講義室を出たところで人はごった返していた。ここは大学であって、テーマパークでは無いのだが、その人の密集具合に吐き気を催しながらも建物の出口を目指す。何とか、聴覚は音楽の音量を可能な限り上げることによって守られるものの、視覚や嗅覚はどうにもならない。


 視力は年々低下してきたため、普段からコンタクトレンズをはめている。そのため、おかげで昔のように綺麗な視界は戻ったのだが、精神が成長したのか、単に年を重ねたからか。見たくないものも増えた。例えば、目の前の廊下で横一列に並んで歩いている奴らだったり、馬鹿騒ぎしている奴らだったり。他にも挙げればきりがないが。


 嗅覚も昔から優れている方だった。それは、他人と比較しようが無いため、本当かどうかは分からないが。食事の時や自然の中に行ったときには優れた嗅覚を持てて良かったと思っていたのだが、年齢を重ねるにつれて、それも不要だと感じるようになった。周りも僕と同じように年を重ね、体臭を気にするのか、あるいは好きな香りに包まれたいのか知らないが、変に甘ったるい香水なのか柔軟剤をしている奴がいる。彼らのせいで鼻がもげそうだ。


 なんとか、横一列に並んで意図的ではないにしろ僕が早く帰るのを邪魔する奴らを追い抜かし、建物の外に出て、比較的新鮮な空気を肺の中に入れる。別に自然の中にいるわけでは無いので本当に綺麗な空気かどうかは分からないが、それでも建物内に充満した甘ったるく鼻がもげそうな空気よりは百倍マシだ。


 しかし、努力して建物の外へ出たところで相変わらず人は大勢いる。彼らのほとんどが僕と同じように帰宅しようとしているから、進行方向は同じなため別にいいのだが、それでも大勢の人がいるというのは心地よくないものだ。早く自分の安心できる自宅に帰りたい。


 そう思い相変わらず音楽を聴きながら駐輪場までの道を進む。本当は、コンタクトレンズを外して、視覚も楽になればいいのだが、そうすることは不可能だ。なにせ、これから自転車に乗って帰宅するのだから、交通事故を起こしたら洒落にならない。


 五感の内の3つについて不満を持っている人間というのも僕以外にはいないかもしれない。それは、人によっては欲張りだとか、頭が悪いとか言われるかもしれないが、それが本音なのだから仕方ない。願うのなら、その3つが自分の意志で能力が変化すればいいのにと思うが、そのようなことなど起こるはずがないだろう。


 どちらかと言えば、年々退化していくだけなのだから、人間は。それを自覚した時に初めて今までの能力に有難みを感じるのかもしれないが、失っていないのだから分からない。人間、失って初めてその大切さを知るのだ。これは多くの人にとって共通のことではないだろうか。地球上で生きる生命の中で、おそらく最も知能の高い生き物がこの有様である。それが地球を好き勝手にすれば、地球が壊れていくのも当たり前のことかもしれない。


 人間が地球を壊しているというのが世間的にも当たり前の考えのようになっていると思うが、仮にそうだとしても何が悪いのか。人類の叡智によって得られた現代の科学技術を駆使した生活というのを続けることは、地球視点から見てみれば地球の破壊と同等の行為かもしれない。しかし、僕らは人間であって、地球自身では無いのだ。まあ、地球に自我というものは無いと思うが。今を生きる僕たちの最低限の文化的な生活を送る上で、地球の環境を考えている暇はあるのだろうか。人間という同じ種族の中で争いを繰り広げる僕らに。それでも、僕の知る生物よりも人間というのは知能が高く、できることが多彩なのは不思議に思うのだが。


 今のまま人間が生き続ける限り、地球に僕らが与える影響というものは負の方が強いだろう。どれだけ環境について真剣に考えようと、それを実際行動に移し実行しようと、そうではない人間の数の方が多いのだから。皆、他人に期待しすぎなのだ。それぞれの生き方や環境、バックボーンは異なるのだから、共存しようという考え自体無駄なのだ。その当たり前を無視して、無理やり団結しようとするから空回りするのだろう。そうして、一緒に被害を被るようなら一人で生きていた方が楽だと思わないか。そう思いながら、自分が孤独でいることを正当化する。いくら、聴覚を周りから遮断したとはいえ、視覚を遮断することはできないため、目に映る集団を見て。


 相も変わらず、耳から聴こえてくるのは攻撃的なヒップホップの曲。それを聴きながら、哲学的ともいえるような問いを頭の中で考える。我ながら不思議な人間だなと笑いそうになるが、周囲にはまだ人がいる。たとえ、自分の認知できる視界内に知り合いがいないとはいえ、仮面を外すことなど御法度だ。敵の敵は味方というが、僕にとってみれば友人の友人は敵なのかもしれない。周りの集団の中にその友人の友人がいるという可能性がゼロとは言い切れない。そんな中で、ワイヤレスイヤホンをして音楽を一人で聴いている男が突然笑ってみろ。誰が見ても恐怖を感じるだろう。それが本当に関係の無い人であれば、鋭い視線を浴びるだけで済むだろうが、それが友人の友人なら話が変わってくる。友人にその話が行くかもしれないし、友人がたまたま友を僕に紹介するときがあったとして、彼がそのことを覚えていたら印象としては良くないだろう。結局、孤独で生きるのが楽だと思うのだが、この社会で生き続ける限り、誰かの視線を気にし、他人からの評価に怯えながら生きなければならないことに変わりはない。勿論、そうでない精神の持ち主もいるかもしれないが、僕は残念なことにそちら側では無いのだ。


 そんなことを考えながら歩くこと数分。ようやく駐輪場に辿り着いた。駐輪場に着くと各々自分の自転車を探すためか、ある程度集団の規模は小さくなる。それは大変嬉しいことだが、どうせ後でまた集結するのだ。そんな彼らが自転車に乗りながら、道を横一列でちんたら進んでみろ。迷惑ったらありゃしない。


 そんな一日の終わりにストレスを感じることを避けるべく、周りよりも早歩きで自分の自転車を探す。幸運にも今日は出口に近いところに止めれたこともあり、探し出すことは容易だったが、普段はそうもいかない日の方が多い。何しろ、大学の中がテーマパークのように人がいるのだ。そんな人数がどんな手段で大学まで来ているのか正確には把握していないが、かなりの人数が僕と同じように下宿をし、自転車で通っていることだろう。そんなもんだから、今日のように自分の自転車がすぐ見つかることの方が珍しいのだ。


 まあ、朝に止めて置いた場所など覚えておけという正論が聞こえてきそうだが、一日中講義で難解な話を聞かされていては、そのようなことを覚えておく脳のメモリは僕には無いのだ。そこまで高性能な脳は僕には搭載されていない。


 何はともあれ、ワイヤレスイヤホンを外し、自転車の鍵を開け、自転車に乗り出口に向かう。そうすると、また喧騒が聞こえてくるのだが耐えるしかない。そうは言っても、あと少しの辛抱なのだから。


 大学に通った1年間の間である程度大学生があまり通らず、かつ自宅までの所要時間も短い経路を開拓できたため、帰宅路に入りさえすればストレスなど感じなくなる。ただ、大学の周りというのはそこの大学生を対象にしたアパートやマンションが立ち並ぶため、比較的大学生の通らない道を選ぼうとしても一人もいないということは滅多にないのだ。それでも集団が横一列に並んでちんたら進むなどという邪魔でしかない奴らはいないのだが。


 そういうわけだから、大学内よりも喧騒はなく、静かな住宅街の中を駆けていく。時たま見る、自転車に乗りながら、イヤホンもしくはヘッドホンをして音楽を聴いている奴ら。あまつさえ、スマホをしながら運転する奴ら。別に赤の他人の人生だからどうでもいいのだが、死にたいのかとさえ思ってしまう。そんなに死に急いでいるのなら、僕に余った寿命をくれ。こっちは死を恐れているのだから。交通ルールを守らないということは死んでもいいと思っていることと同義だろう。なら、寿命をくれ。いくら不可解な社会だろうと死ぬことだけは勘弁なのだ。まあ、彼らに早死にする気は無いと思うが。


 そんな彼らを横目で見ながら、自分は交通ルールに則って帰宅する。自分自身も全ての交通ルールを網羅しているわけでは無いので、細かな点で違反している可能性はあるが、彼らのような見るからに違反のような行為はしたことが無い。そんなしょうもないことで死にたくないからな。


 そんなことを思いながら自転車を漕ぐこと数十分。ようやく、自宅についた。大学生活が始まった頃は友人の下宿先よりも大学から遠い自宅を不満に感じたが、それも1年経てば慣れたものだ。自転車での登下校は、普段から進んで運動をしない僕の運動不足を解消してくれるだろうし、夜中に外から叫び声が聞こえることもほとんどない。友人が言うには大学に近いと溜まり場になり、そこが近くの部屋だとうるさいったらありゃしないと愚痴をこぼしていた。また、他の友人は駅前に住んでいるのだが、酒を飲んだ後なのか酔って大声で喚き散らす奴もいると聞き、なんだかんだいいところに住むことができたなと、過去の自分と家族の選択に感謝したい。


 アパートの駐輪場に自転車を停める。何度か鍵をかけるのを忘れたことがあるので確認だけは怠らない。それでも、盗まれなかったことから、まだこの国も安全に暮らせると感じられるが、それもいつまで続くのだろうか。


 少子高齢化に足を突っ込んでから数十年。政府は具体的な政策を実行してこられなかった。それゆえ、現役労働者の数も少なくなり経済が停滞するのも当然だろう。そのくらい、政治家や官僚は分かっていた未来だろう。それが分かっていなかったなどとは言わせない。君らが出た大学というのは、ほとんどが日本もしくは世界的に見ても上から数えたほうが早い頭のいい人が集まる大学ではないのか。それに入るため、出るために使用した自慢の頭脳はどこに行ったんだ。お前らの仕事は日本国民を第一に考えた政策を考え出し実行することだろう。でも、今の現状を見るとそうでは無いのだろう。どうせ、自分の懐を温めるためだけにその頭脳を使ってきたのではないのか。


 それでは、今後も自転車から降りた後、再びワイヤレスイヤホンで音楽を聴くという僕の習慣を改めざるを得ない日が来るかもしれない。


 カバンから鍵を取り出し、ドアを開けて自室に入る。そこでようやく、安堵感を覚える。もう今日一日は誰にも会うことがないことが確定したのだから。それでも、ワイヤレスイヤホンはつけたまま。音楽が好きだから、1日中聴いていることもあるのだが、普段の生活の影響が表れているのだろうか。人が周りにいないというのに、音楽を聴いていないと生きていけない人間になってしまったのかもしれない。何をするにしても。そんな生活を続ければ、聴力も低下することが予想されるが辞められないのは、一種の中毒になってしまっているのだろうか。


 しかし、住んでいるアパートの壁が薄いのだろうか。時折、隣からテレビの音か話し声が聞こえてくる。それもあって、できるだけ大きな音で音楽を聴きたい自分はイヤホンをするしかないのだ。自分が苦痛に思うことを、自分が他人にしたくないのだ。隣人だって、僕の生活を邪魔したいという気持ちなど、無いと思うのだから。そう願いたいが、真相は分からない。

 今回も私の作品を読んでくださってありがとうございます。少し、読者の皆さんに伝えたいことがございますので、後書きを書かせていただきます。

 まず、1つ目は今作品『空いた解答欄と置いたペン』の今後の更新についてです。今までは不定期更新と言いながらも、なんとか週1投稿を続けてきました。しかし、来週は個人的な理由で忙しく、執筆の時間が十分に取れない可能性があります。そのため、来週中に第6話を投稿できない可能性の方が高いです。私の作品を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。

 次に、2つ目ですが本作品の今後についてです。今のところ、あらすじに書いてあることに沿った構成になっているか、執筆している自分としても心配になってきています。しかしながら、最終的にはそこに戻していこうと思っていますので、そこについては安心していただければと思います。

 長々と書きましたが、これからの作品も、よろしければ私の他の作品も読んでいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ