(番外編 その三)高らかに囀る大瑠璃
さらに百年後。緑が広がる山間の村にて。
「おじさーん、おばさーん!掬予ですよー!」
「ああ掬予ちゃん。こんにちは」
村の外れに暮らす老夫婦の元には、週二日、掬予という少女が通っている。彼女は老夫婦の家から少し離れた場所に住んでいて、年老いて歩くのもままならなくなった夫婦の為に、食料や物資を運んでいた。
「はいこれ、お米と野菜、あと卵です」
「あらこんなに……来るの大変だっただろう」
「いいんです、いつもお世話になってますから」
掬予の両親は週二日、出稼ぎで家を留守にしていた。その為、遠縁にあたる老夫婦を頼って娘を預けていたのである。掬予が物心つく前からそうしていたので、ある時期まで彼女は老夫婦を実の祖父母だと思っていた。
「おじさんとおばさんに会えるなら、重い物を運ぶのも苦になりません!」
「いつもありがとうね。ゆっくり休んでいきなさい。お茶もお菓子もあるから」
「はーい!」
縁側に腰掛け、緑豊かな風景を眺めながらお茶とお菓子を喫する掬予。その様子を、老夫婦は微笑ましくもどこか寂しげに見つめている。
「掬予ちゃんを見てるとね……掬予ちゃんが私たちの孫だったらよかったのにって、思っちゃうのよねぇ」
「そうだなぁ。俺たちには孫どころか、子もできなかったからなぁ」
「でも、私たちにとっちゃ、掬予ちゃんは本当の孫みたいな子だものね。小さい時からずっと会いに来てくれてるもの。お陰で毎日寂しくないよ。それに……」
「あら?」
掬予の手に、どこからか飛んできた、見事な雄の大瑠璃が止まった。首を愛らしく動かしながら、掬予の目をじっと見つめている。
「綺麗……しかも、可愛い」
「おやおや。その子、今日も来てくれたんだね」
「おばさん、この子知ってるんですか?」
「何年か前から家に来るようになったんだよ。人が来ても逃げないし、歌声もとっても綺麗でね」
「歌声……?」
その時だった。
「♪~♫~」
掬予の掌の上で、大瑠璃が、冴えわたる美しい声で歌い始めた。
掬予が歌声に聞き惚れる間に、いつの間にか世界が暗転していた。
「え?ええ??」掬予は動揺する。
「何で?急に真っ暗に……」
暗がりの中でも目を凝らす掬予。その手を見ると、大瑠璃がいつの間にかいなくなっている。
「あれ?どこに行ったの?」
「ここだよ」
目の前に、これまたいつの間にか、見たことのない少年が立っていた。
「あれ?この子は……」
自分と年が近そうな彼を見つめるうちに、掬予は何か変わったことが起きたような気がした。少年の目に、自分にそっくりな顔の少年が映っていたのだ。
「やっと会えたね、掬緒」
その名を聞いて掬予、もとい掬緒ははっとする。
「……初一……?」
掬緒の心に、百年余り昔の記憶が蘇る。
「そういえば僕、”トガ”を倒した後に、晶珊様と初一のご両親の家に行ったんだっけ……」
縮地盤が力を失った後、掬緒は初一の両親の様子が気になって、晶珊と二人で旅に出た。記憶を頼って幾つもの山や谷を越えた先に、その家が見えた。
「懐かしいなぁ……あれ?」
何かがおかしい。玄関が開け放たれたままになっている。
「おじさん!!おばさん!!」
掬緒が駆け込むと、中では老夫婦が、寄り添うように横たわっていた。その顔には微笑みが浮かび、幸せそうな様子だった。
(息……してない……)
二人の手には、以前会った時に吹いて貰った鳥の笛が握られている。
「……っ」
以前会った時から、掬緒は薄々感じていた。もう老夫婦は長くないと。いつこの時が来てもおかしくないと。なのに悲しかった。大切な思い出の糸が、またしても断ち切られた思いがした。
「掬緒」
「晶珊様……」
掬緒は晶珊と共に老夫婦を埋葬し、そっと手を合わせた。鳥の笛も一緒に埋めた。その後、二人は失礼を承知で、老夫婦の家の中を物色する。
「これは……」
奥の部屋に、初一が幼少期に使っていたと思しきおもちゃが複数あった。老夫婦が持っていたものに似た笛や、馬の形、牛の形をした人形もあった。
(やっぱり、初一はおじさんとおばさんにとって、大切な子どもだったんだ……)
「掬緒」
震える手でおもちゃを持つ掬緒の隣に、晶珊がしゃがむ。
「これらをこのまま置いておいたら、盗まれてしまうかもしれない。君だって、初一君を弔いたいだろう。養祥寺に持ち帰るのが、一番いいと思うんだ」
「……そう、ですね」
三か月後、掬緒と晶珊は長い旅から帰ってきた。みんなに温かく迎えられるが、二人はそれを避けるように、足早に坐胆の元へ向かう。
「先生……」
「うむ」
掬緒は声を詰まらせる。坐胆はそんな掬緒の表情を見て、老夫婦に何があったのかを察した。
「ん?」坐胆は晶珊が抱える箱に目を向ける。
「晶珊殿、それは……」
「……どうかこれを、隠棚に供えさせてください」
坐胆はゆっくりと頷いた。掬緒と晶珊は隠棚に向かい、箱を供えて静かに手を合わせた。
「君が祈ってくれてから、夢の中に父さんや母さんが来てくれるようになった……」
「でも……それはあくまで”夢”の話。本当に会えたことは、一度もなかったんだろ?」
「……うん」
(やっぱり……)掬緒は項垂れる。
「でもいいんだ。いつか、いつかきっとまた会えるって、希望を持てた。そして今、こうやって、本当に会えたんだ……」
「初一……」
「君を悪いだなんて思ってない。寧ろ……どうして君と仲良くなれなかったのか、悔しくてしょうがなかった」
「……」掬緒には初一にかける言葉がなかった。
「掬緒」
「え?」
「もし……もし来世で人間に生まれ変われたら、僕の友達になってよ……」
少し間を置いて掬緒は答える。
「なるよ……もちろん」
世界は再び元に戻る。老夫婦の家の縁側で、掬予が座っている。その掌には大瑠璃が乗っている。先程まで囀っていたが、いつの間にかそれは止まっていた。
「どうして……?」
手が小刻みに震えている。掬予の目からははらはらと涙が零れていた。
「掬予ちゃん?」
老夫婦が掬予を気遣って声をかける。だが彼女の耳には、その声が届いていなかった。
「涙が……止まらない……」




