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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第六十六話)人よ、人の世よ、永遠に幸せに

「……あ」

歓喜に身を任せていた掬緒の手に、いつの間にか黄金の弓矢があった。他の”慚愧の怪”の手にも、各々の武器がある。

「戦いが終わったのに、まだこれがあるの?」綺清那が首を傾げる。他の面々も、同じ疑問を抱いている。

「これらを返す時が来たのだ。せっかくだから、ここで儀式を行おう」

「先生……」䯊斬丸が困ったように声を洩らす。

「儀式はいつも我々だけで行っていたのに、民の前でするのは……」

「戦いの締めくくりだからな。共に乗り越えたのだから、見届けて貰おうじゃないか」

(ん……)

䯊斬丸は横目で民を見やった。輝く眼差しに圧され、苦い表情をさらに苦くする。

(これでは断れない……)

「では皆、聞いてほしい」

坐胆が告げると、本堂に緊張が走る。

「これより”慚愧の怪”の武器を弥勒様に返す。静かに見守って欲しい」

 

 

 民の視線を受け、”慚愧の怪”が一人ずつ祭壇に進む。

「弥勒様、ようやく戦いが終わりました。お力添えに感謝申し上げます」

「これで……亡くなった方々の無念を晴らせましたわ」

「じゅう兄……やったよ」

「あ り が と う ご ざ い ま し た」

䯊斬丸、彩蓮、綺清那、べるめろが、順に武器を乗せる。すると、武器は瞬く間に光となって消えていった。

(礼も言わせずに……弥勒様)

坐胆は胸中で呟きながら、昇る光を見送る。他の者も皆、光を見つめていた――ただ一人を除いて。

「……」

掬緒は俯いたまま、弓矢をじっと見つめている。輝きの中に、あるものが見えたのだ。

(父さん、母さん、みんな……)


 最後に掬緒の番が来る。

「掬緒、こちらに来なさい」

「……」

「掬緒?」

「……」

「おいどうし――」


「ごめんなさい!!」


本堂の空気が凍り付く。

「どういうことだ?」

「先生……僕がこれを返したい場所は、ここじゃないんです」

坐胆は立ち上がり、掬緒に歩み寄る。彼の耳打ちに、坐胆ははっと目を見開いた。

「……成程。確かに、そちらの方がいいだろう」

本堂にざわめきが走る。坐胆は民を宥めると、”慚愧の怪”と丙・乙姉弟を呼んだ。そして小声で事情を話した。

「……?」晶珊は彼らの様子が気になり、思わず駆け寄る。

「どういうことですか!?坐胆さん」

「晶珊殿。実は……」


(……)


「……成程。では僕も行かせてください!」

「晶珊様……」

「掬緒。僕は君に救われた。だからついていきたいんだ」

「うむ」坐胆は民に向き直る。

「期待していたところ申し訳ないが、儀式はこれを以て終了とする。私は暫しここを離れるから、戻るまで丙と乙の指示に従ってくれ」

「あ……はい……」

唐突に言われて目を丸くする民の前で、”慚愧の怪”と晶珊が本堂を出る。その後、坐胆は縮地盤を取ってから彼らに続いた。去り際、彼は丙に言った。

「少し厨房を借りるぞ」

「ええ。食材も、遠慮なく使って頂戴」


 

 厨房である物を作り終えた坐胆らは、縮地盤である場所に来ていた。草むらを抜けた先に、人気のない開けた空間があった。周囲には瓦礫が散乱し、中央には仄かな土の盛り上がりが数か所ある。坐胆と”慚愧の怪”が呆然とする中、掬緒と晶珊は一歩進んでその光景を見つめる。

「ここに、この集落の方々が眠っているのか」

「……はい」

「ほら。みんなで作った粽だ」

養祥寺の厨房で、仲間と共に作った粽。その数は村の人数分あった。掬緒にとっては特別なもの。本当なら、誕生日を祝いつつ、村の者全員で食べるはずだったもの――。

中央に粽を供えた掬緒は、弓矢を握りしめて叫んだ。

 

「お父さん、お母さん、それからみんな……敵は取ったよ!!」


掬緒は泣きながら弓矢を供え、手を合わせる。晶珊も寄り添い、坐胆らも黙祷を捧げた。

「うっ……っ……」

その時、彩蓮が嗚咽を漏らした。䯊斬丸はその手をそっと握る。

「私も……薙刀を尼寺に供えるべきだったのかしら?」

「……」

䯊斬丸は押し黙る。彩蓮は元々住んでいた尼寺を襲われ、養母と妹たちを失った。掬緒が手を合わせる様を見て、自分もそうすべきだったと後悔したのは想像に難くない。そんな彼女に、どんな言葉をかければいいのかわからない。

「彼女たちを、忘れないでいればいい。それもまた、弔いだからな」

「……」

彩蓮の涙が止まった。垂れる頭を預けられた䯊斬丸は、そのまま手を出さずにいた。

 


 養祥寺本堂にて。掬緒の故郷から、坐胆たちが戻ってきた。丙と乙の指示で、民は一人も外へ出ていなかった。

「領主様!」

「みんな、待たせたな……っ!?」

民に帰還を告げながら縮地盤を掲げる坐胆。殀鬼がいなくなってからもうっすら青白く光っていたそれにはもう、光の欠片もなかった。

(まさか……!)

坐胆は縮地盤を抱え、外に走り出した。民は何があったのかと思い、皆そわそわしている。


「……!」


「先生……?」

「䯊斬丸……結界が消えた。外の世界の脅威は、なくなったのだ」

「縮地盤からも光が消えましたが……」

「おそらく、弥勒様からのご伝言であろう。新たな日々へ歩み出せという、な」



 䯊斬丸に続き、坐胆が本堂に戻ってくる。

「みんな」

彼の表情は重かった。民の間に、不安な空気が広がった。

「私や”慚愧の怪”の前世は殀鬼だった。その罪を贖う為、前世の記憶を持って生まれ変わったのだ……」

予想だにしない真実を告げられ、民は動揺する。

「あなた方が殀鬼に愛する者を殺され、故郷を破壊されたことは勿論知っている。その上で、安寧な暮らしが送れるよう、この櫻蓮郷へ住まわせたのだ」

「え……」

「恰もペテンにかけたような真似をしてしまった……申し訳ない」

坐胆は項垂れる。本堂一帯が重苦しい空気に包まれた。

「殀鬼の脅威はもう、この世のどこにもない。望むならここを出て行ってもよい」

沈黙が走る。だが間もなく――。


「いえ!ここに残ります!ここが……この櫻蓮郷が好きだから!領主様の元を、離れる気などありません!!」


誰かが言った。するとそれに続いて、民が俺も私もと、次々に残る意思を示した。

「みんな……」

民の表情から、坐胆はかなりの数の者が櫻蓮郷を離れると懸念していた。だが結果は真反対だった。それも、口を切った者に追従したのではなく、皆自らの意志で決めたのだと、その表情が語っている。

「では皆、引き続きよろしく頼む。ここをもっといい国にしていこう」



 一週間後、昼下がりの書斎にて。

「ん?」

一人物思いに耽っていた坐胆の元へ、誰かが来た。掬緒――だけではない。後ろに晶珊と瑠阿武砦もいる。

「領主殿、掬緒から隠棚のことを聞いた。そこへ行かせて欲しい」

そう言ったのは瑠阿武砦だった。坐胆は驚いた。一家全員を書庫へ隔離した程警戒した、殀鬼への憎悪が殊更に強い筈の彼が、こんなことを言うのは信じられない。それに――。

「掬緒、何故隠棚のことを――」

「……実は……」


 

 少し前。

「掬緒……」

「瑠阿武砦さん?」

「俺は、何もかも間違えていたのかもしれない……殀鬼を憎み、弔われる価値もないと思っていた。だがその結果、晶珊以外の仲間が全て死んだ。百五十部隊の長なのに……俺は……何てことをしたんだ」

「瑠阿武砦さん……」

「挙句には君を殺そうとした……掬緒、俺が怖くないか?憎くないか?」

「……正直に言うと、あの時のことは、まだ怖いと思っています」

「やっぱりそうか」

「でも、あなたを憎んではいません。何もかも間違っていたとも思いません。僕だって、戦い始めの頃は何故先生が殀鬼を弔っているのか理解できませんでした。隠棚をわざわざ人目につかないところに置いて、後ろめたさを抱えながら弔うなんて」


「……隠棚??」


「あっ!!!」

掬緒は思い出した。隠棚のことは決して口外するなと言われていたのに、うっかり言ってしまった。

「それはどこにあるんだ!?」

「そ、それは……」

「教えてくれ」

晶珊だ。いつの間にか来ていたようだ。

「僕もそこへ行きたい。おそらくそこでなら、漣彌を弔える……」

 

 

「……そうか」

「すみません……」

「でもいい。漣彌殿を弔うには、隠棚は相応しいだろう」

「領主殿……俺が隠棚へ行きたい理由は、それだけじゃない」


「俺は今でも殀鬼が憎い。だからこそ、彼らにはしっかり反省して罪を償って欲しいんだ。全ての殀鬼が禊を終え、生まれ変わって立派な存在となった時、本当に俺の復讐が終わる。掬緒がそう教えてくれた」

 

「……瑠阿武砦殿……!」

坐胆の目頭は忽ち熱くなった。誰よりも殀鬼を憎んでいたであろう彼から、こんなにありがたい言葉が出るとは思わなかった。坐胆の心に、幾重にも重なる思いが込み上げる。それをぐっと抑え、坐胆は平静を保って言った。

「掬緒、案内してあげなさい」

「はい!」

「これでやっと心のしこりが取れます。坐胆さん、行ってきますね」

「晶珊殿……」

掬緒は掛け軸を上げ、晶珊と瑠阿武砦と共に隠棚に向かう。三人の背中を、坐胆はずっと見つめていた。

(いつか民にも、隠棚のことを明かそうか……)



 その数日後、乙が”慚愧の怪”に言った。

「背中の刺青を取りましょうか?」

そう言えば、とばかりに”慚愧の怪”は目を丸くする。唐突に言われ、意見がまとまっていなかったので、明日改めて伝えることにした。



 夜。”慚愧の怪”は刺青をどうするか、ぼんやりとした灯りの中で互いに背中を見せ合いながら考える。

「これは残そう。我々が戦った証だからだ。時が流れても、戦いの記憶を決して忘れないように」

䯊斬丸はそう言って振り向き、自身の背中に目をやる。視線の先には殀鬼が泣く顔があった。勿論、他四人の背中にも――。

「これがいつか、喜びの涙に変わって欲しいと思っていた。戦いが終わってからも、ずっと……」

他四人は黙って頷いた。



 翌朝、”慚愧の怪”は乙に、自分たちの出した答えを告げる。

「そうですか……もし気が変わったら、いつでも声をかけてください」

乙は深々と頭を下げてその場を去る。彼の姿が見えなくなるまで、”慚愧の怪”その場に立っていた。



 一年後。

䯊斬丸は胸襟開きを不定期に開催している。

彩蓮は丙に医術を習っている。

綺清那とべるめろは、百五十部隊の活躍を描いた紙芝居を見せている。

そして掬緒は、晶珊や瑠阿武砦と共に殀鬼と人間の戦いの歴史を編纂している。



平和に喜ぶ桜が咲いた櫻蓮郷で、それぞれが新たな生活を営んでいる。


(本編 完)

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