(第六十四話)瑠阿武砦の後悔
「晶珊様!晶珊様!!」
掬緒は必死に呼びかける。しかし晶珊は息を吹き返す気配を見せない。彼の隣には丙がつき、緊急の手当てをしている。
「あなた達が戻って来た時、”トガ”の姿も見えたの。でもあいつ、戻ってすぐに光を出して、あなた達を殺そうとした。その刹那、晶珊さんが飛び出して、止めたの……」
「そんな……」
「とにかく、離れに運びましょう」
丙の指示で晶珊の身体は抱えられ、離れへと運ばれていく。その光景に、民衆の間にはざわめきが広がった。
「みんな、落ち着きなさい!」
残った坐胆は声を張り上げる。乙も民の間を駆け回り、一人一人を宥めていた。
「!」
離れへの道中、丙と“慚愧の怪”一行は、偶然にも瑠阿武砦一家と鉢合わせる。
離れにて。中央に晶珊が横たわり、彼を挟んで丙と“慚愧の怪”、そして瑠阿武砦一家が向かい合っている。
「あぁ……嘘だろ?」
変わり果てた戦友の姿に、瑠阿武砦は言葉を失った。喧嘩別れで終わった仲だったが、それでも数十年ぶりに再会した戦友である晶珊の容体が、心配でならなかった。
「晶珊様!どうか目を覚ましてください!」
「掬緒くん……」
掬緒が必死に叫ぶのを、治療を進めたい丙が制止しようとする。だが掬緒は手を離さない。
「晶珊様まで死んでしまったら……僕は、百五十部隊の皆さんを死なせたことになってしまう……」
”晶珊が死んだら、僕は百五十部隊全員を死なせたことになる”――。その言葉に、瑠阿武砦の表情が陰りを帯びた。
(皆が死んだ……?どういうことだ??)
「掬緒……ちょっと来てくれ」
「えぇ……」
一度は殺されかけた掬緒。その時の不安から、皆の目を離れ、瑠阿武砦と二人だけで話すとなるとどうしても身構えてしまうのだ。
「危害を加えるつもりはない。ただ……仲間に何があったのか、教えて欲しいんだ」
「でも……」
「ならば……」
「うわっ!?」
瑠阿武砦は半ば強引に掬緒を連れ出した。二人の姿はあっという間に見えなくなる。
「掬緒くんに手を出したら承知しませんからね!」
丙が釘を刺す声が響いた。周囲の者が目を丸くする中、丙は淡々と治療を再開する。
瑠阿武砦と掬緒は書庫にいた。
「ああぁ……そんな、嘘だ……」
「佳琉様も、漣彌様も、羅呉様も……”トガ”の呪いを受けて、苦しみながら亡くなったんです」
仲間の、ずっと知らなかった悲惨な末路を聞いて、瑠阿武砦は膝から崩れ落ちた。やがて彼は、あることを思い出したように問うた。
「掬緒、さっき”百五十部隊の皆さんを死なせたことになってしまう”と言っていたな。あれはどういう意味なんだ?」
俯き加減だった掬緒は、顔を上げ、真っ直ぐに見据える。
「僕の前世は……晶珊様が最後に弔った殀鬼、鎧喝食です」
その瞬間、瑠阿武砦の脳裏に百五十部隊崩壊の日の記憶が蘇る。
友人や家族を殺された恨みから、全ての殀鬼を憎み蔑んでいた自分。
晶珊が敵を弔うというまさかのことをしていたのを知って激昂し、「犠牲者への冒涜」とまで言い放ったこと。
それが気まずい雰囲気を生んで、置手紙を残し、仲間を置いて出て行ってしまったこと――。
”最強の五供”と謳われたにしてはあまりにも惨めな終わり方だった。
自分は葡つ美と結婚し、娘のゆずが生まれて幸せに暮らしていたのに、仲間たちはそれすら叶わなかった。
掬緒の鋭い視線に射抜かれ、瑠阿武砦は自分の選択が本当に正しかったのか分からなくなっていく。
動揺する瑠阿武砦。それを見つめ、かといって慰める様子も見せない掬緒。両者がそのまま微動だにせずにいたところに、足音が聞こえてくる。
「……ゆず?」
いつ離れを出たのか、そこにはゆずが立っていた。
「お父さん……やっぱり嘘だったのね」
「……聞いていたのか?」
瑠阿武砦は狼狽して振り向く。掬緒は驚いた。かつて自分を庇った娘を叱りつけ、怯えさせていた瑠阿武砦が、今は娘に怯えている。
「叔父さんも、百五十部隊の人たちも……みんなお父さんのせいで死んだのよ!」
瑠阿武砦は娘の一言で止めを刺され、立てなくなってしまった。それでもゆずの怒りは収まらない。
「よくそんな身で掬緒を悪鬼だなんて言えたわね!この人殺し!!」
掬緒は息を呑んだ。今のゆずの表情と声色は、自分が介抱されたあの短い時間の中で、一度も見せなかったものだ。父に怯えていたあの時からは想像できない程の怒りに満ちている。
「ゆず、もういいよ」
掬緒は父子の仲が険悪になる様子に耐えられなくなり、ゆずを宥める。ゆずは落ち着きを取り戻したが、瑠阿武砦は蒼白なまま蹲っている。
「瑠阿武砦さん、もう戻りましょう」
掬緒は、瑠阿武砦の背中にそっと手を当てる。重苦しい空気の中、三人は書庫を後にした。
掬緒たちが離れに戻ってきた。
「晶珊……晶珊……!!」
瑠阿武砦は駆け寄り、晶珊の手を握る。彼の口からは、仄かに譫言が漏れた。
「……どうか……どうか……皆……安らかに……」
「俺だ!瑠阿武砦だ!晶珊、目を覚ませ!!」
瑠阿武砦の声が大きくなる。傍にいる掬緒が、耳を塞ぎたくなる程だった。
「……瑠阿武砦……?」瑠阿武砦の声に、晶珊が微かに頭を動かす。
「お前、何だってあんなことを……」晶珊は瑠阿武砦の顔を見つめる。
「殀鬼に……なりたく……なかった」
「どういうことだ」
「彼らは……地獄での責苦を経て、人を救う為に生まれ変わったんだ……そんな彼らを見殺しにしたら……僕たちは殀鬼のことを……二度と……笑えなくなる……」
「晶珊……?」
「僕が目指していたのは……殀鬼がいない世界……じゃない……みんなが幸せに……生きられる世界……だ」
「何だと?」
「殀鬼に人が殺されるのも……人が追い詰められて殀鬼になるのも……もう……見たくない。でも……殀鬼がいなくなっても……人間がいる限り……悲しみは……なくならないのかも……しれない……」
言葉がどんどん途切れ途切れになっていく。やがて晶珊の手から力が抜け、床に落ちそうになった。
「晶――」
「!?」
拳が床に落ちたのかと思った瑠阿武砦。だが音はしない。代わりに、何か温かいものが自分の手を包み込んでいる。しかもその中には、晶珊の手の感触さえする。
「掬……緒……?」
瑠阿武砦は掬緒の方を向く。彼は自分と、落ちかけた晶珊の手を支え、繋げていた。
「僕が弔われてから、百五十部隊はばらばらになってしまった……だからせめて、今生はあなた方の懸け橋に……させてください」
「私にも力を貸させてください。あなた方五供の尊厳が損なわれないようにと思ったのも、私が戦ってきた理由です」
䯊斬丸が静かに告げた。彩蓮、綺清那、べるめろも、その目で、或いは頷きでそうと伝えている。丙は手を止めず、しかし顔を上げて微笑んだ。
離れの雰囲気が温かくなりかけた、その時。
「掬緒……」
「晶珊様……?」
掬緒は目を見張った。力なく横たわっていた晶珊が、いつの間にか上半身を起こしている。
「君をこれ以上、罪人にはさせたくない。これからもどうぞ、よろしく」
「晶珊……!」
戦友の奇跡的な回復に、瑠阿武砦と、そして”慚愧の怪”や丙が、驚きをもって喜びを噛み締めた。葡つ美とゆずの目も、嬉し涙に揺れていた。
「……はい!」
掬緒の力強い返事が、離れいっぱいにこだました。




