(第五十八話)最後の戦い
翌朝、晶珊は䯊斬丸と話をしていた。
「まさか、前世の我々を討ったことに罪悪感を覚えていらっしゃるのですか?」
「……否定はできない」
静まり返った空間に、二人の声が重く響く。鋭く切り込むような䯊斬丸の声と、温かいはずなのに沈み込む晶珊の声だ。
「あなた方の過去が、あまりにも……」
「晶珊殿」䯊斬丸が遮るように言い放った。
「殀鬼は数多の命を奪い、村を破壊してきました。あなたがしたことは全くもって当然の仕置きです。自分を責める必要など、どこにもありません」
「わかる、わかってはいるんだ。でも……」
(ん……)
䯊斬丸は仄かな苛立ちを覚えた。最強の五供とまで謳われた晶珊が、自分たちの過去を知った如きでここまで弱気になるとは思わなかった。今の彼は、過去の栄光を自ら曇らせているようにしか見えない。
「晶珊殿。あなたに見せたいものがあります。ついて来てください」
䯊斬丸は晶珊の腕を掴んだ。晶珊は、混乱したままどこかへ連れて行かれた。
その頃、どこかで音がした。櫻蓮郷ではない、遠くのどこかだ。
(ドン、ドン、ドスン、ドスン)
䯊斬丸が来たのは芝居道具の倉庫だった。
「暫しお待ちを」
䯊斬丸は棚の奥から、埃をかぶった箱を取り出した。以前ここへ来て久しぶりに見つけたものの、すぐにしまったものだ。
「こちらです」
䯊斬丸はゆっくりと蓋を外す。そこには小さな人形が三体入っていた。一つは勇敢な青年。一つは襤褸を纏い傷だらけの人間。そしてもう一つは、他二つとは似ても似つかぬ姿―化け物だった。
「これって……人間と、亡者と、殀鬼かい?」
「ええ」
先ほどまでの毅然さが嘘のように、声は低く沈んでいた。不審に思った晶珊は、人形をじっと見つめる。
「……!」
晶珊は息を呑んだ。そして問うた。
「これってまさか……」
「お察しの通り、これらは全て、私の分身です」
人形の正体を明かした後、䯊斬丸は箱を持ったまま動かなくなってしまった。
「こんな大事なもの、どうして埃をかぶるまで置いておいたんだい?」
「昔、これを芝居で使ったんです。私の、前世からの生涯を題材にした物語の人物として」
「そうなのか」
「その後、民に感想を募ったのですが……あるものを見て打ちのめされました。”この―私の分身が哀れだと。人間が酷すぎる”と」
「……うん」
晶珊がそう返すと、䯊斬丸は唇を噛んだ。箱を持つ手がぶるぶると震えた。
「私はもう、この人形を用いた芝居はしてはならないと思いました。初めて見せた、その一度限りで、これを封じることにしたのです」
「でも、何だってそんなことを……」
「先ほどのあなたに答えがありますよ」
䯊斬丸が言った。やや早口で威圧的な言い方に、晶珊は押し黙ってしまった。
「我々が前世を含めた過去を明かせば、少なからず闇が見えるものです。それは守るべきものと討つべきものの境界を揺らがせ、人を迷わせ得る」
「……」
「挙句の果てには……あなたのように歴史に名を残す偉業を成した方を、貶めかねないのです」
晶珊は何も言えなくなった。䯊斬丸が言うことは、自分が抱えていたもやもやの核心をつくものだった。掬緒らの過去を聞いてからの心境変化を、一つの零しもなく見透かされたようだった。
「我々”慚愧の怪”は……人間に気を遣わせる為に生まれたんじゃない!!」
䯊斬丸は怒声と共に、箱ごと人形を落とした。䯊斬丸の分身たちの、畳の上を転がる鈍い音が、静寂の中に響いた。
その頃、またどこかで音がした。櫻蓮郷ではない、遠くのどこかだ。
(ガン、ガン、ガガン、ガガン)
倉庫に重苦しい沈黙が訪れる。二人の人間の間に、三体の人形が力なく横たわっている。
「私は嘗て、”慚愧の怪”は過去を隠すべきだと仲間に言ったことがあります。その時、彩蓮がただ一人、異議を唱えました」
「……というと?」
「”慚愧の怪”は過去、特に亡者だった頃の姿を見せるべきだと言ったんです」
「……もしかして、彩蓮さんが元々、”亡者の姿のままで地上に出て、人間が殀鬼になるのを食い止めたかった”って言ってたのは……」
「そうです。それで暫し口論になってしまいました。先生が間に入って、”どちらも人間のことを思っての考えだから、互いに罵り合ってはいけない”と言って収めるまで続きました」
「なるほど……”慚愧の怪”はとても結束力が強いように見えたが、そのような対立もあったんだね」
䯊斬丸は言葉を返さなかった。晶珊も気まずくなって、周囲をきょろきょろと見る。
(……)
晶珊の視線の先には横たわる人形がある。倉庫に差し込む光に刺されたかのようだ。晶珊はそっと立ち上がって人形を拾い、汚れや埃を取って䯊斬丸に返した。
「これは大切にとっておいた方がいいと思う。人に言えないとしても、あなたの過去は恥ずかしいものじゃない」
「晶珊殿……」
その頃、またしてもどこかで音がした。櫻蓮郷ではない、遠くのどこかだ。
(ドカン、バキッ、ボカッ、ドガガガン)
「フフフ……」
外の世界を巡り、行く先々で謎の”印”を残す者がいた。殀鬼の首領であり、唯一その生き残りとなった”トガ”である。
「立平太の力を回収した甲斐があった」
”トガ”は集落のどこかに”印”をつけてはすぐに去る。『人間に絶望を与えて滅ぼす』と普段から言う割には、生活の再建に取り組む彼らを嘲笑うだけで、それ以上手を出さなかった。
「せいぜい浮かれて待つがいい。お前たちは後で、二度と立ち直れない程の絶望に襲われるだろう」
「ん……?」
坐胆は縮地盤の不穏な動きに目を見張る。殀鬼の反応が出たかと思うとすぐに消え、別のところに反応がある。それがまた消え、別の場所に現lれて、をずっと続けている。坐胆はそれでも”慚愧の怪”を派遣しようとはしなかった。反応の正体が誰か、もう察しがついていた。
「……”トガ”……」
「ここか」
”トガ”は結界の前に降り立った。立平太の力を回収した際、その記憶をも読み取ったのだ。鬱蒼とした森が広がるばかりのこの場所に、間違いなく櫻蓮郷がある。
「裏切り者どもの砦、櫻蓮郷……」
”トガ”は、目の前の何もない空間に拳を振り下ろした。すると確かに手応えがあった。バリンと音がして、罅が光った。まるで、天が割れて雷が走ったかのようだった。だが罅はすぐに修復された。
「こんなところでも愚かな抵抗をするのだな。詰めを甘くしないと思っているのだろうが、無駄なことだ」
”トガ”の攻撃を受けては元通りになる罅。だが”トガ”は小手調べ程度の力しか出していなかった。
「これならどうだ?」
”トガ”は一層力を込めて結界を叩いた。それも、短時間に何度も。流石の結界も修復が追いつかなくなったのか、罅が残ったままになった。
「やはり、所詮はこの程度か」
呆れと共に最後の一撃を繰り出す”トガ”。結界はとうとう割れてしまった。それも、立平太の時以上に。
(スッ……)
”トガ”は音もなく結界に侵入した。木々の葉が、風に空しく揺れていた。
「うぁっ……」
本堂に鈍い音が響いた。その弾みで縮地盤が傾いた。
「先生!」
「坐胆さん!」
本堂に駆け戻った䯊斬丸と晶珊の目に、衝撃的な光景が飛び込んだ。坐胆が泡を吹いて倒れていたのだ。
「䯊斬……丸……晶珊……殿……」
(ゴトッ)
縮地盤が床に落ちた。晶珊はそれを見て悟った。途轍もなく恐ろしいことが起ころうとしている。
「まさか……」
「ええ」
「䯊斬丸……」坐胆が体を何とか起こした。
「”慚愧の怪”を……集めろ」
「はい!」
䯊斬丸は本堂の扉を開けて走っていった。残された晶珊は、坐胆を気遣い体を支えた。
「坐胆さん……」
「もう気を抜くのは許されない。我々の、最後の戦いが始まる」




