(第五十七話)百五十部隊の末路
掬緒はふと思い出した。
「晶珊様……」
「ん?」
「晶珊様たち百五十部隊は、”トガ”を倒した後、どうなさったのですか?いくつか書物を読んでみたのですが、どれにも詳しく書かれていなくて……」
晶珊の表情が曇る。掬緒はそれを見て、しまった、自分は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと不安になった。だがやがて、晶珊は徐に口を開いた。
「正直、君に言うのは憚られるんだがね……」
”トガ”を討って数日後。五供は瑠阿武砦の提案で、殀鬼の犠牲者を弔う旅に出た。
「……」
五人は沈痛な面持ちで手を合わせている。各地に残る爪痕は大きく、中には被害が大きすぎて再建が望めない集落もあった。そのような地でも、五人は住民が希望を失わないよう、出来る限りのことをした。
ある集落にて。
「またか。あいつ、いつも遅いな。何処へ行ったんだ?」
百五十部隊の長、瑠阿武砦は苛立っていた。”どの集落でも、滞在は三日間、そして最終日の日没前までには門に集合”という約束を、晶珊だけが破っていた。いつも日が沈むか沈まないかというぎりぎりの時間に来ていたのだ。
「佳琉、知らないか?」
「確か、あの山の方に行くといっていたわ」
「わかった。迎えに行くから、皆はここで待っててくれ」
瑠阿武砦は山に向かって走っていった。
瑠阿武砦は山の中を探し歩く。木々が揺れ鳥の囀りが聞こえる長閑な風景の中を通り過ぎ、やがて開けた場所にやって来た。そこには今にも壊れそうな社、そして濃鼠の羽織を纏う人の影がある。一目でわかった。晶珊だ。
「ん……?」
瑠阿武砦は様子を窺う。晶珊は膝をつき、悲しげな顔で手を合わせている。視線の先には、手二つ分くらいはあろう大きさの平たい石が立っていた。
「おい」突然響いた重い声に、晶珊はびっくりして振り向いた。
「何してるんだ」
二日後、百五十部隊の拠点の小屋にて。
「あら?」
二階にいた佳琉は、階段を下りる途中で足を止めた。階下にどこか、不穏な空気を感じたのだ。
「どういうことだ」瑠阿武砦のいつになく厳しい声が聞こえた。明らかに怒っている。
「人目を避けてまで殀鬼を弔っていたとは」
「全く。いつも遅れて、何をしているのかと思えば……」漣彌が不快感を露わにした。
「で、でも……彼らも元は人間だし……」
「ふざけるな!」瑠阿武砦が声を荒げる。
「あいつらは人であることを捨てた化け物だ!同情される筋合いなどない!」
「でもあんただって見ただろう!?殀鬼が地獄に堕ちる直前、一瞬人の姿に戻るのを」
「な、なぁ……」羅呉が気まずそうに割り入る。
「お前、法力の使い過ぎで、殀鬼に毒されてるんじゃないのか?少し冷静になった方がいい」
「そ、それは……」
確信を突く羅呉の言葉に、晶珊は何も言えなくなった。それを見た瑠阿武砦の怒気が、一気に頂点に達した。
「お前は何の為に五供になった!?家族を、友を、殀鬼に殺されたからだろう?彼らの敵を討つという誓いを立てたのを、忘れたのか!?」
瑠阿武砦の形相はまさに鬼のそれだった。佳琉は、彼がこれ程怒りに満ちた表情になるのを見たことがなかった。怯え切った彼女の手が震える。そんな彼女の目の前で、瑠阿武砦は晶珊の胸ぐらを掴んだ。
「大切な人と同じように奴らを弔うなんて、恥ずかしいと思わないのか!?彼らの無念を考えないのか!?」
「い、いや、違―」
「お前のしたことは、殀鬼に殺された全ての者への、冒涜だ!!!」
「もうやめて!!」堪えきれなくなった佳琉の声が、空気を切り裂いた。
「……もう、寝ましょう」
絞り出すような佳琉の声。五供は、気まずい雰囲気のまま床に就いた。
翌朝。窓から差す爽やかな陽の光とは対照的に、五供の間に只ならぬ雰囲気が漂っていた。
「嘘だろ……?」
羅呉は動揺を隠せない。彼が持っているのは、卓上にあった小さな紙だった。
『もうここにいたくなくなった。俺を探すな』
晶珊は俯き、何も言わない。漣彌は怒りの矛先を失い、羅呉も視線をさまよわせている。佳琉だけが、ぼんやりと遠くを見ていた。
「数日後には、漣彌と羅呉も出て行ってしまった。僕たちはもう、五供ではなくなったんだ」
掬緒は俯き、晶珊と目を合わせられない。”言うのが憚られる”という言葉の重みを理解せずに話を聞いた自分が情けない。
「……」
その後のある日。佳琉は晶珊に尋ねた。
「教えて。何故殀鬼を弔っていたの?もしかして、過去が見えたから?」
「……ああ」晶珊は力なく答える。
「確かに、殀鬼の中には、人間の頃から救いようのない邪悪な奴もいた。だがそれが全てじゃない」
「……どういうこと?」
「少なからずいたんだよ……虐げられて居場所を失い、誰にも救いの手を差し伸べてもらえなかった者が。殀鬼になる以外に、生きる術がなかった者が……」
「……」
「僕たちが最後に訪れた村で弔った殀鬼も、人間の頃父親に毎日殴られて、頼みの綱だった母親も死んでしまったんだ……」
「……っ」佳琉は言葉を詰まらせる。
「……もう、どちらが人でどちらが殀鬼か、わからない……」
佳琉には晶珊の思いが痛い程わかった。戦いで止めを刺すのは、専ら自分と晶珊だった。殀鬼が地獄へ堕ちる直前、決まって人間だった頃の姿を見ていたのだ。それでさえ心が痛んだのに、晶珊はそれに加えて、殀鬼の過去まで見えてしまった。どれ程辛かったかは、本人から言われるまでもない。
「瑠阿武砦が言った通り、僕は殀鬼に家族や友を殺された。何もしなければ彼らが浮かばれない。それが嫌だから五供になった」
「……」
「僕だけじゃない。百五十部隊は皆愛する人の敵を討つ為に五供になったのを、忘れてなんかない」
「……ええ」
「でも、だからと言って殀鬼を際限なく貶していい筈がない。殀鬼をただ落ちこぼれだと蔑むのは、間違っていると思うんだ」
「晶珊……」
「殀鬼も元は、僕たちと同じ人間だった。だからせめて、彼らが人として生まれた証くらいは残してあげたかったんだ……」
晶珊が語るうちに、外ではすっかり日が暮れていた。男廊に灯された行燈が淡く光る。外では、べるめろが男廊に向かって歩いていた。
「ん……?」
関心を抱いたべるめろは、そっと耳を欹てる。
掬緒はふと思った。
「晶珊様、佳琉様は今どちらに……?」
「……佳琉は……」
時は過ぎ、ある冬の日。晶珊と佳琉は小屋で静かに暮らしていた。子どもを儲け幸せな家庭を築きたいと、神社にお参りにも行った。だが。
「……また流れてしまった」
「私が悪いのかしら……」
「いや、君は悪くない。いつかきっと、子どもができるさ」
二人は、毎日のようにこうしたやり取りをしている。
その翌年のある冬の日。その日も子が流れてしまった。晶珊は床に就くが眠れなかった。隣で寝ている佳琉が、すすり泣く声が聞こえたのだ。
「どうしたんだ?」
「……」
「佳琉……」
「……私、赤ちゃんを地獄に送ってしまったの……まだ臍の緒がついてた子……」
晶珊は思い出した。そうだ。いつだったか佳琉は、赤ん坊のように泣いて周囲を焼く殀鬼に止めを刺したことがある。
「子どもができなかった理由が、やっとわかったわ……赤ちゃんを地獄に送った罰なのよ。殀鬼とはいえ、元は私たちと同じ人間の赤ちゃんだもの。私……呪われてるんだわ」
「そんな……気を病むな。君は殀鬼を討つ度に、いつも悲しんでいたじゃないか。罰当たりなんてとんでもない」
「……そ、そうね……」
やがて晶珊と佳琉は眠りに就く。だが程なくして佳琉は起きた。窓から差し込む月の光を見て、何か思い詰めたような表情になった。
翌朝。
「……佳琉?」
隣で寝ていた筈の佳琉がいない。どうしたのだろうと思って、晶珊は小屋の中を探し回った。そして、最後に開けた扉の向こうに―。
「!!」
部屋の奥で、吊られた体が静かに揺れていた。
「そんな……」
掬緒は顔が真っ青になった。どうもおかしいと思っていたのだ。弥勒が見せた映像で、晶珊と佳琉は自分が憧れる程、仲睦まじくしていた。それなのに今、佳琉はいない。晶珊も佳琉について、今までずっと話そうとはしなかった。その理由が、まさかこんな痛ましいものだったとは―。
(ガッ)
「おいら、その人のこと、呪ってなんかなんかない!!」
突然、べるめろが障子を開けて入ってきた。掬緒と晶珊は、びっくりして振り向いた。
「べるめろ……?」
「その人だ!その人が……”まま”だ!!」
「”まま”……?」
「うわあああああんん!!」
べるめろは大声で泣きだした。掬緒は慌てて彼を慰めた。晶珊は気まずくなって、視線を逸らした。
翌日。”慚愧の怪”は、晶珊と共に佳琉の墓参りに行った。
「お気の毒です」䯊斬丸が沈痛な面持ちで晶珊に言った。
「”まま”……”まま”……」
べるめろはずっと泣いていて、彩蓮が慰めている。綺清那はその隣で、心配そうに見守っている。
「……晶珊様」離れて立つ晶珊の元に、掬緒が近づいてきた。
「僕、殀鬼との戦いで、本当にこれでよかったのかって思ったことが何度もありました」
「……」
「敵の過去がわからない僕でさえ、心残りになったことが沢山あるんです。過去を見る力があったら、尚のこと辛かったでしょうね」
「掬緒……」
晶珊は掬緒の手をそっと握った。夕日が、六人の影を長く伸ばしていた。
養祥寺に戻った後、”慚愧の怪”は男廊と女廊に戻っていった。本堂に残った晶珊は、坐胆に言った。
「佳琉が自ら命を絶った時、僕は思ったんです。殀鬼なんか弔わなければよかったのかと。法力を授かる前のように、殀鬼を憎み続けるべきだったのかと。でも今は違う。はっきり思えるんです。自分のしたことは、間違っていなかったんだと。あなた方がその証人です」
「晶珊殿……」
「僕も”トガ”と戦います。あなた方のことについて、もっと教えてください」
夕食と入浴の合間を縫って、晶珊は養祥寺の面々と話をした。
(何というか……皆大変だったんだな……)
晶珊は物思いに耽る。あらかたの者と話し終えたが、䯊斬丸だけは翌日に持ち越すことになった。
夜が更ける。晶珊はまだ起きている掬緒に話しかけた。
「掬緒。君は、”トガ”に迷いを突かれて怪異と成り果てた僕を救ってくれた。再び人として生きる道を示してくれた……こちらこそ、ありがとう」
晶珊の目が潤む。掬緒はそっと微笑んだ。




