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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第四十九話)歌声、再び

 哀蝉が本拠地を去った直後、立平太が”トガ”に提案する。

「あいつ一人だけでは心許ありませんので、我々も向かってよろしいでしょうか?それに、あの掬緒という少年が、何処から来ているのか突き止めたいのです。前々から気になっておりまして」

「私も行きたいですわん」

啞瞻の思いがけない同意を聞いて、立平太はある計画を思いついた。

「ではこうしよう。私があの少年を捕まえて出所を探る。お前は哀蝉の援護に回り、牛を捕らえろ」

「任せてくださいまし!」啞瞻は快く頷いた。

「良かろう。あの裏切り者どもを、今度こそ絶望の底に叩き落としてやる」

自らに逆らう愚か者を一網打尽にするまたとない機会と考え、”トガ”は提案を受け入れた。

 

 一方、掬緒は牛と共に櫻蓮郷を目指していた。空は夕焼けに染まりつつある。

「早くみんなのところに帰らなきゃ」

「それは、どこにあるんだ?」

一心不乱に走っている牛が答えた。だが何かおかしい。声に温かさがない。

「……?」

「掬緒?」

牛の声がまた聞こえた。この声は確かに牛の声だ。自分を優しく包むような、聞くだけで心が落ち着く声だ。

(あれ?じゃあさっきの声は……)


「そ れ は ど こ に あ る ん だ ??」


混乱しかけた掬緒の耳に、先程の冷ややかな声が響く。やっとわかった。この声の主は牛ではない。それにこの声、以前もどこかで聞いたような気がする―。

「立……平太??」

「おお、よく覚えていたな。つまらぬ花を必死に守っていた君」

(くうっ……)

自分が”黒い霧”だった頃、一面の雪の中で懸命に生きる、たった一輪の花を弄ぶかのように攻撃した男。立平太の目は、あの時のものと全く同じだ。

「君はいつもどこかへ来てはどこかへ消える。普段は一体、どこにいるんだ?」立平太は掬緒を捕らえて詰め寄る。

「……」掬緒は口を固く閉ざしている。

「掬緒!」

「黙れ!!」

牛が叫んだ刹那、立平太の蹴りが炸裂する。牛は掬緒の手が届かないところまで飛ばされてしまった。

「あっ……!」

掬緒が牛の方を向いた隙に、立平太は彼の頭を容赦なく掴んだ。皮膚が歪むほどの力だった。

「さあ教えろ。君は普段、どこにいるんだ??」

立平太の手から漏れ出す妖力が、掬緒の脳を焼くように突き刺す。血管という血管が、はちきれそうになった。

「う……ぅっ……っぁぁあああ!!!」

掬緒は痛みに耐えかねて声をあげた。立平太の妖力。掬緒の苦痛に満ちた声。それ以外は何の変哲もないように見えた。だが立平太は笑っていた。妖力を通して、掬緒の記憶を覗いたのだ。

「櫻蓮郷……山間の大きな集落だが、結界に覆われて気配を消している。道理で今まで辿り着けなかったわけだ」

そう言うと、立平太は掬緒から手を離し、遠くへ投げ飛ばした。

「もうお前に用はない!」

立平太はその場を去る。掬緒は真っ青になった。決して明かしてはいけないことを明かしてしまった。

「櫻蓮郷のことを知られた……早く行かないと……」

飛ばされた方向は、幸いにも牛と同じだった。視線の先には牛が蹲っている。このまま進めば手が届く―。

「!?」

牛の前に突如、何者かの影が現れた。掬緒が今まで見たことの無い影だ。

「この牛は貰いましたわん!」

鼻につく甲高い声。影は牛を連れ去り、煙のように消えた。

「待て……!」

掬緒はそう叫んだものの、すっかり弱って戦う気力がなくなっていた。地平線に沈む夕日に影を畳まれ、掬緒は一人残された。

 

「くうっ、どうして……」

今まで何度も敵に勝ってきたのに、一人になるとこの様だ。一人ではこんなにも無力だ。皆の存在が、こんなにも心強かったなんて。

悔しさが胸を締め付ける。

「うっ……」

牛を取り戻して早く故郷に帰りたいが、傷が疼いている。このまま戦ったら、今度こそ自分は死んで地獄に送られるかもしれない。

「仕方ない……どこか、休める場所を探さなきゃ……」


 日が完全に落ちた。暫くとぼとぼと歩いた掬緒は、遠くに明かりを見つける。

「村……かな?」

賑やかな声がする。揺らめく明かりと浮かれた声。どうやら祭りが行われているようだ。傷のある身で行くのは気が引けるが、他に休めそうな場所はない。

「きっとどこかに静かな場所がある筈だ。取り敢えず行ってみよう」


 ―と思っていたのに。

「ほらほら、これでも食べな!」

「あ、はい……いただきます」

「この酒はうめぇぞ~!」

「あの、僕、お酒飲めないんで……」

「じゃあこれはどうだい?甘酒ならいけるだろう?」

「あ、ありがとうございます……」

村人は余所者の掬緒に遠慮なく食事を恵んだ。どれもこれも非常においしく、掬緒は傷の痛みを忘れた。

「すみません色々と……」

「この後は広場で、皆で歌を歌うんだ。君も来なよ」

「あぁ、はい……」

村人たちは、掬緒に休む暇も与えずあれやこれやと誘ってくる。

(嬉しいんだけど……僕、こういうの苦手なんだよなぁ……)

 

 広場には村人が集まり、踊り場の上で一人ずつ歌っている。

「♪~」

「♪♪~」

上手いも下手もなかった。誰がどんな歌をどんな風に歌っても、聴衆からは歓声が上がる。

「ほら、次はあんたの番!」

「えぇ!?でも僕歌上手くないし、そもそもあんまり歌知らないし……」

「大丈夫だよ、何でもいいから歌いな!」

「わ、わかりましたぁ……」


「……♪……♪……」

掬緒は生まれ故郷で流行っていた歌を歌った。本来明るい曲調のそれは、掬緒が戸惑いながら歌ったせいで随分しんみりしたものになってしまったが、村人たちは静かに耳を傾けた。暫く歌うと、一緒に歌う者まで現れた。

(……)

掬緒は妙な安心感を覚えた。ずっと急かされて忘れていた体の痛み、牛を連れ去られた悔しさ。歌いながら、漸くそれらと向き合えたような気がしたのだ。

「♪~」

踊り場から、村人の間から、夜空を震わせる歌が響いた。そして、村から遠く離れた場所からも―。


「……あれ?」

歌い終わり、我に返った掬緒は愕然とする。誰もいない。音もない。灯りがただ風に揺らめいているだけ。先程まで静かに温まっていた体が一気に冷めた。

「あれ?……あれ??」

動揺して周囲に人影を探す掬緒。その時。


(ドカッ!ボカッ!)


物騒な音が聞こえた。しかも、そんなに遠くないところから。掬緒は踊り場を降りて音のする方へ向かう。

「!!」

掬緒は震えあがった。村人が刃を持って殺し合っていたのだ。悲鳴と血飛沫が飛び交い、享楽に沸いていた村は、血生臭い修羅場と化した。

「この気配……」

いつだったか感じた気配。ゆずの両親が操られていた時のものだ。

「一体誰が……」


「♬~」

星一つ見えない曇りの夜空から歌声が響いた。澄んでいて美しいけれども、氷のように冷たい、骨の芯まで冷えそうな声だ。

「哀蝉……!」

「久しいですね」

掬緒の心の呟きに呼応するかのように、哀蝉が現れた。丁寧だが冷淡な口調も、以前と変わっていない。

「牛はどこですか?」

「知らない」

「嘘はやめてください」

「だから知らない!」

苛立ちを露わにした哀蝉の背に、不気味な音が響く。


(ゴゴゴ……)


「!?」

掬緒は驚愕した。哀蝉の背から巨大な腕が生えてきたのだ。しかも、一本だけではない。二本、四本、八本と、筋骨隆々とした腕がどんどん増えていく。腕は自分目がけて常人を逸した長さまで伸びてきた。

「うわっ!!」

掬緒は咄嗟に草陰に隠れる。だが哀蝉―というより彼の腕が、自分を目ざとく見つけた。岩陰や木の陰にも隠れるが効果はない。家にも隠れたが結果は同じだった。

「僕がここにいればいる程、村が破壊されてしまう―」

掬緒は自分が捕まるのを承知の上で、明かりのない北の方へ逃げていく。周りが殆ど見えないが、気にする余裕はない。墓穴を掘った掬緒を見て、哀蝉は呆れながら呟く。

「逃げても無駄ですよ、この裏切り者が」

 

 村の北は祭りが行われていた南が嘘であるかのように暗い。道沿いには闇に紛れて民家があるのが確認できるが、どれも人気がなく、身を寄せられそうにない。

「……何だ?足が……重い」

それもその筈、集落は北から南にかけて坂になっていた。掬緒はひたすら、上り坂を走っていたのである。足取りが思うようにならず、速度もみるみる落ちていく。 

「!!」

背後から光が現れ、掬緒の周囲を照らす。掬緒は皮肉にも、哀蝉が至近距離まで来て、漸く自分が坂道を駆け上っていたことを知ったのだった。

「仕方ない……!」

もう逃げられないと悟った掬緒は、覚悟を決めて戦いに挑む。それは雪の夜、ゆず一家が襲われた日のけじめをつける意味もあった。


 その頃、養祥寺では縮地盤に反応があり、“慚愧の怪”が招集されていた。

「掬緒がここにいるかもしれない」

坐胆も含め、誰もがそれを期待していた。いざ“慚愧の怪”が向かおうとした、その時だった。

「!!?」

縮地盤にまたしても殀鬼の反応があった。しかも、光が点滅しているのは―櫻蓮郷のすぐそばだった。

「皆、戻れ!!」

坐胆の声に、“慚愧の怪”は足を止める。四人は縮地盤の様子が信じられなかった。

「まさか、敵にここが見つかったのですか?」

䯊斬丸がそういう間にも、光の点滅は激しさを増す。もう余裕がない。

「結界を強化するが……万が一のことを想定しないわけにはいかない」

「きぃ兄は?」

綺清那が問う。沈黙の後、坐胆がそっと口を開いた。

「無事を……祈るしかない」

“慚愧の怪”は心を裂かれる思いで本堂を後にした。いつ、どんなに強い敵が現れようとも、櫻蓮郷の民を誰一人として犠牲にしない為に。

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