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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第四十五話)来世、その先に

 若中将は劫火の中で、ある映像を延々と見せられている。それはあの日、外が急に騒がしくなった、運命の転換点といえる日のものだった。

「俺たちの米はどこだ!」

「旦那を返して!」

「家族を返せー!!」

領民たちが農具を構え、怒号をあげて門番と睨み合っている。門番は必死で進入を防ごうとしているが、領民の数の多さ、そして彼らから溢れる憎悪の念には敵わなかった。遂に門番は進入を許してしまう。

「それから……この後……」

”トガ”に唆され、殀鬼になったこと。悲鳴を上げた母を国諸共殺してしまったこと。思い出すだけで辛い。だが一の卒は映像を止めなかった。

「なぜこのような事態になったかわかるか?」

決まってこう問う一の卒。”亡者が自分の頭で考え、原因を知ること”が重要であるとする彼は、何度も同じ映像を見せ、若中将の懺悔の念を引き出そうとする。だが彼はいつも涙ぐんでこう返すのだった。

「皆目見当がつきません……母上も、家臣も、皆優しかった。あんな襲われ方をするなんて信じられません」

「はぁ……」一の卒は思わず溜息をついた。

(このまま映像を見せ続けたら埒が明かない……)

一の卒は映像を打ち切った。代わりに掌の上で小さな炎を燃やした。

「ここに真実がある。とくと見るがよい」

乾いた涙の向こうに浮かぶ炎を、若中将はじっと見つめた。


 炎の中に映っているのはどこかの民家だった。中には老翁と老婆がいる。老翁は病に伏せていると思われ、老婆は心配そうな表情で看病している。老婆が老翁の口に粥を運ぼうとした時、突然玄関が壊れた。否、壊されたのだ。

「おいお前ら、仕事はどうした!?」

武装した数名の男が怒鳴る。その姿を見て若中将は青褪めた。

「あれは……私の家臣ではないか」

彼らの表情は、いつも自分に見せていたものとは異なる。醜い欲望を抑えきれないと、見てわかるものだ。

「怠けるな!!さっさと働け!!」

男たちは老翁と老婆を引き摺り、何処かへ連れ去った。あとには蛻の殻と化した家が残された。

「信じられない……どういうことだ?」 


 別のあるところでは、子どもたちが遊んでいた。見るからに楽しそうな彼ら。だが若中将は微笑ましいと思えなかった。この後恐ろしいことが起こる。その不安は的中した。

「お前ら、何やってるんだ!」

先程とは別の家臣が現れた。子どもたちはギョッとして振り向いた。

「ああ……やめろ、もうやめろ!!」

若中将は思わず叫んだ。だが事態は止まらない。家臣たちは子どもたちを縛り上げてしまった。

「城に来い!遊ぶ暇があるなら仕事もしろ!!」

家臣たちはそう言うと、泣き叫ぶ子どもの口を塞いで連れ去ってしまった。

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」

若中将は目も耳も塞ぎたくて堪らなかった。だが炎は、まだまだ映像が続くといわんばかりに燃えている。


 新たに映ったのは薄暗い部屋だった。その陰鬱とした空気に、片足を入れるような声が聞こえてきた。

「領主様、如何でしょう?」

暗闇に浮かぶのは、邪悪な笑みを浮かべる家臣たちの姿があった。皆手に収まりきらない程の金銀財宝を持って、誇らしげに誰かに見せている。

「おお、こんなに沢山……よくやった」

その甲高い声を聞いた時、若中将にこれまでにない戦慄が走った。一番信じたくない、最悪の真実を見た。

「これは……母上?」

若中将の声が震える。家臣たちと母のやり取りはさらに続いた。

「奴らを地下牢でしこたま働かせました。そしたらこれ、簡単に手に入ったんですよ」

「あいつら、働くしか能がないからねぇ、それが似合いだよ」

そう言うと、母は懐から何かを出した。

「お前たちのおかげでこれが買えた。でも斉王丸の欲しい本はまだまだある。皆、引き続き頼むよ」

母が掲げた本の表紙が捲れる。中には紙面をびっしり埋め尽くす漢字の羅列が見えた。領民たちが誰も読めないと思っていた、難しい漢字の―。

「私の愛読書……まさか!?」

 

 映像が替わった。先程の部屋よりもさらに暗い、まともな明かりもない部屋だった。鉄格子が見える。地下牢だ。

「……はぁ……あ……ぁ……」

「……うえぇ……」

暗がりの中で遠く声が聞こえる。鉄格子の向こうで、領民たちが枷を嵌められて労働を強いられていた。彼らは皆げっそりしていて、目の下には隈ができている。碌に食事を貰えていないのが明らかだった。幼い子どもも、弱っている老人も、容赦なく労働させられていた。


「もうやめてください!!!」

若中将は耐えかねて大声で叫んだ。一の卒は炎を消す。

「……うぅ……」

叫び声の後、静まり返った劫火の中で、若中将の嗚咽が聞こえた。

「本当に大切なことを知らなかったせいで、誰も守れなかった……」


「私の読んでいた本は……領民たちの血と涙で編まれていたんですね」

書物を読み終えた若中将は、悲しい声で呟いた。一の卒は彼に耳を傾ける。

「”人の話を聞く”。これは馬鹿馬鹿しい程当たり前のことだと思います。でも、獄卒様たちがこのような機会を設けてくださらなければ、私はその大切さを一生知らなかったでしょう」

「……それでよい」一の卒が言った。

「極めて当然のことの尊さ。それに自ら気づけたというのは、それだけで価値がある。其方が選ばれたのも納得だ、若中将」

一の卒がそっと微笑んだ。若中将は、彼が今までこんなに優しい表情になったのを見たことがなかった。

「一の卒様……」

若中将の脳裏に、あの忌まわしい男、”トガ”の姿が浮かぶ。嘗ては救いの手を差し伸べてくれたと思った存在、でも今は違う。彼に抱いているのは、当時とは真逆の思いだ。それに―。


「其方のことを、一が誇りに思っていると言っていた。その思いを、決して無碍にしてはならない」

「其方が選ばれたのも納得だ、若中将」


八の卒と一の卒の言葉が思い出される。若中将はわかっていた。自分が大きな期待を寄せられ、”トガ”を倒す存在として選ばれたことを。


(ゴゴーン……)


鐘が鳴った。あと五分で釜開けの日が終わるのだ。

「一の卒様!!」

「!?」

「最後にどうか、私が戦う上で必要なことを教えてください!」

「若中将……」一の卒はどこか申し訳なさそうに言った。

「ここでの記憶が残るかどうかは、わからないぞ」

「でも、少しでも記憶が残る可能性があるなら……いや、記憶がなくなったとしてもいい、心のどこかで、ここで知った大切なことを覚えていたいんです!!」

一の卒は若中将の目を見ていた。間違いない。彼は決意を固めたのだ。罪を贖い、人の為に戦う者としての決意を。

「……倒した殀鬼がどれだけ憎くても、その体を蹴ってはならない。乱罰を加えられた亡者は、閻魔様のお手を煩わせてしまう」

「はい!」

「それから……それから……」

一の卒は何かを言いかけて倒れてしまった。間もなく、一丁目が白い光に包まれる。一の卒の最後の言葉がわからないまま、若中将は転生した。


「先生は言った。私が先生の鏡であると。国で起きた問題への対処を誤って殀鬼となり、国を滅ぼしてしまった存在。そして、だからこそ、誰もが幸せになれる国を共に創る者として相応しい存在なのだと……」

 ある日の昼下がり。その日は殀鬼の気配がなかった。雨空の下、䯊斬丸は自室に籠って本を読んでいた。費やす時間が昔に比べて減ったものの、彼は未だに読書が好きだった。

「だが今思えば、先生と私は理想こそ同じとはいえ、かけ離れている部分も多い。先生は前世の頃から良き領主だったが、私は傲慢だった。それに……」

坐胆が獄卒を「思慮深さも感じられるが、責苦に容赦がなく、恐ろしい存在」と言っていたことを思い出す䯊斬丸。坐胆だけではない。彩蓮も、掬緒も、綺清那も、べるめろも、それから今は亡き十郎まで、皆同じことを言っていた。自分を除く“慚愧の怪”にとって、獄卒はただただ恐ろしい存在でしかないのだ。

「この溝が埋まる日は、いつになるやら……」


 その日。地獄では、八獄卒が浄玻璃の鏡を見ていた。その中には䯊斬丸の姿がある。

「あの時、其方はあの件を伝えようとしたんだろう?」七の卒が言う。

「ああ、禁言とされたあの件だ」一の卒が答えた。

「全く、あの時は何という事をしてくれたのだ。其方は消されるかもしれなかったんだぞ」三の卒が冷たく言った。

「しかも亡者に情を寄せるなど……」

「まあまあ」七の卒は三の卒を宥めた。

「一丁目から出た唯一の候補者だからな、思い入れが一入なのも無理はない」

「そうだ。だが今尚彼が心配なのは、それだけが理由ではない」

一の卒は思いを馳せる。転生直前の、若中将のあの眼差しを。今まで数多の亡者を見てきたが、あれ程来世への思いが強い目を見せたのは、何度思い返しても若中将ただ一人しかいない。そんな彼に、ある意味最も重要な、絶対に伝えられなければいけないことを、伝えられなかったのだ。


(ゴーン……)


「夕刻か。そろそろ戻ろう」 

続々とその場を去る八獄卒。仲間が帰った後も、一の卒は暫く鏡の前に留まっていた。

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