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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第三十一話)炎対炎

「―ん?」

燭灯角という名を与えられた殀鬼は、力を注がれた直後に眠りに就いてしまった。”トガ”は彼が力に耐えられなかったのかと落胆したが、事切れてはいない。

「……仕方ない」

当初、”トガ”は炎の扱いに長けた殀鬼として男を燭灯角に変えたのだが、直後に眠られてしまっては意味がない。計画が頓挫したので、”トガ”は止むを得ず他の候補を探すことにした。尚、燭灯角は万が一目が覚めた時にすぐ使えるよう、本拠地の謁見の間の地下に封印しておいた。


「違う、これも、違う」

”トガ”は燭灯角の代わりを探すが、いい候補が見つからない。手下が候補者を推すこともあったが、それでも見つからなかった。次第に”トガ”は手下が連れてきた者が代わりとして相応しくないことがわかると、苛立ってその手下ごと候補者を殺そうとした。手下たちは次第に委縮し、いつしか代わりを探さなくなる。―ただ一人、立平太を除いて。


 温泉街では”慚愧の怪”が燭灯角と戦っていた。

「うわっ、こっちも駄目だ」

掬緒がすんでのところで足を止める。”慚愧の怪”は、燭灯角の攻撃で行く手を塞がれていた。燭灯角の見た目は灯台鬼そのもので、頭に頂く蝋燭には消える気配のない炎が燃えている。燭灯角はその炎を原動力として、手から火を出しては相手に投げていた。その火は掌に乗る程の小ささだったが、一度何かに当たれば凄まじい勢いの火柱となり、瞬く間に周囲に燃え広がって、まるで壁のようになった。

「うわーん!岩がないよぉ」

綺清那は『浄水』の力で容易に対抗できると高を括っていたが、いざ戦場に赴けば鉾を突き立てる岩がほぼ浴場にしかない。さらに、町の中心部を離れたところで岩を見つけても、燭灯角の炎がそれを目ざとく捉え、鉾を突く余裕さえ与えないのだ。

「仕方ない、散れ」

䯊斬丸もお手上げとなり、まずはそれぞれの安全の為、別行動を指示した。


「―ふう」

他の者が攻撃を続ける中、掬緒は早々に参ってしまい、物陰に隠れた。でもわかっている。このままでは格好がつかない。次の作戦を練らなければ。掬緒は陰から出た。

「……ん?」

灯りに照らされ、路面にぼんやり映る影が異様に長くなった。掬緒にはわかった。自分はこんなに高身長ではない。肩幅も広すぎる。しかも、頭頂部に細長い何かが乗っている。その先端には、やはり細いけれども悪い意味での力強さを感じる何かが揺らめいている。


「……まさ、か……」


振り向いて影の正体を確かめる気が起きない。かと言って逃げようにも足が動かない。掬緒は今、自分が何を思ってどうしたいのかわからなかった。体中から汗が出ている。時折吹く涼しい夜風が焼け石に水だ。


「やられ……って、あれ?」

ほんの一瞬の間だった。影が短くなった。先ほどまでの半分くらいになった。頭頂部にあった細長いものも、消えている。

「◇◇◇!!」

妙に太い声が聞こえる。しかも、聞いたことない言葉で話している。

「きぃ兄、―逃げて」

続いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。幼い声、だがそれに見合わぬほど冷徹である。掬緒は怖くなった。全身から流れていた汗があっという間に消えた。

「べるめろ!!」

掬緒はそう呼びかけ、べるめろの支援に回ろうとした。だが彼は敵を追いかけて瞬く間に姿を消してしまった。


(こいつを―倒す―絶対に)


べるめろの心には、嘗てない敵意が漲っていた。何故かは彼自身もわからない。しかし、敵の体から出る炎を見ると、そう思わずにはいられないのだ。


 他の例に漏れず、べるめろは前世では殀鬼、さらに遡れば人間だった。誰もが蔑む貧民街で働く、というより半ばその日暮らしの繰り返しをしていた夜鷹の子として生を受けたのだった。

「このぅ……」

夜鷹が力強く締めるのは、生まれて間もない赤子の首だった。血のように赤い肌、臍の緒はついたままで、その果てには青紫色の胎盤が転がっている。夜鷹は産後間もないとは思えない腕力で、只々執念のみに頼って子を殺そうとしていた。

「私はぁ……お前のせいで半年も客が取れなかったんだよぅ……」

赤子の首を絞める力がどんどん強くなる。赤子の顔の色は、転がる胎盤と殆ど変わらないものに変貌していた。産声を出す力などある筈もなく、辛うじて上げていた手足も力なく床へ落ちた。

「やっと死んだかぁ……」

夜鷹がほっとして手を緩めた時だった。

「ん……?」

遠くでぱちぱちと音が響く。花火かと思ったが、ここは長屋の中だ。それだけではない。

「……焦げ臭い?」

そう思った時には、視界の彼方で炎が燃え広がっていた。夜鷹は呆然とする。

「くっ」

暫く立ち尽くしていた夜鷹は、咄嗟に見つけた扉を開け、炎が燃え移る前にこじ開けて走り去った。後には力なく横たわる赤子が残された。


「違う、これも、違う……」

相応しい者が見つからない中、”トガ”は相変わらず燭灯角の代わりを探していた。彼の前には、不適として殺された人間の死体が山積みになっている。

「”トガ”様!!」

悶々としていた”トガ”の耳に、意気揚々とした声が響いた。”トガ”はむっとして声の方を向く。

「……立平太」

「”トガ”様!燭灯角の代わりに相応しい者を見つけました!!」

「おい」”トガ”は呆れた。

「その言葉にはもううんざりだ。もう代わりを探すのはやめる。だから―」

「今度こそ、今度こそ、確信を持って相応しいと言える者です!是非ともお目に入れてくだされば……」

自信満々で言う立平太が差しだしたのは、頭は青、体は白っぽい赤という何とも言えない姿の赤子だった。ぐったりしていて、とても生きているようには見えない。

「おいお前、私を誑かすつもりか。こいつはもう死んでいるではないか」”トガ”は拳に力を込め、立平太を殺そうとする。

「いえいえ”トガ”様、こいつはまだ生きています、ほら」

立平太は赤子を”トガ”に近づける。成程、確かに微かではあるが息をしていた。

「それに、”トガ”様は以前こう仰っていたでしょう。『自分の力を受容できる年齢の下限を知りたい』と。生まれて間もないこの赤子が適格者と証明されれば、今後手下を増やす上での可能性が大きく広がる筈です!」

子どものように目を輝かせて言う立平太を前にして、”トガ”はほくそ笑んだ。

「よし、やってみるか」

 

 横たえられた”トガ”は、右手を翳して赤子に力を注いだ。

「……ぁ……ぁ……」

赤子は明らかに苦しんでいた。それでも生きたくて、何とか声を絞り出している様子だった。

「ああ……こいつも無理か」

候補者が力を注がれて暫く苦しむのはいつものことで、”トガ”は赤子が悶えても眉一つ動かさなかった。諦めと共に成り行きを見守っていた”トガ”だが、やがて赤子に目を見張る変化が現れた。


「ぁ……ぁあ……ああ……あ……」


赤子がみるみる成長したのだ。か細かった声も、体の成長に伴い芯のあるものになっている。あっという間に、赤子は十歳くらいの童子の姿になった。童子はゆっくり目を開け、息を吹き返した。

「おぉー!!」

立平太は興奮のあまり身を乗り出した。だがすぐに隣にいる”トガ”に止められた。

「誠に興味深い……こんな人間は初めてだ」”トガ”は大変に満足した様子で立平太の肩を叩いた。

「よくやった」

立平太は舞い上がるかと思うほどに喜んだ。

「さて、こいつの名はどうしようか……」

「『焔童子』などいかがでしょう?たった今、思いついたものですが……」

「うむ。悪くはないな」

こうして、赤子は何も知らぬままに殀鬼『焔童子』になってしまったのだった。

 

「うううぅぅぎゃああぁぁぁ!!!」

赤子が煮え滾る鍋に投げ込まれたかのような、耳が裂けんばかりの慟哭が木霊する。その直後、環状の炎が広範囲に広がり、一撃で村が破壊された。そこにただ一人立ち尽くすのは、血の涙を流す年端も行かない少年だった。

(焔童子……いきなり泣いては所構わず炎を広げる、扱い辛い奴だと思っていたが、こうしてみると寧ろ、それこそが長所に思えるな)

殀鬼になってからさほど経っていないのに、古参の手下に比肩するほどの実力を見せる焔童子。すぐ泣く性質に悩まされていた”トガ”もすっかり感心して、積極的に前線に出すようになっていた。

「元々この位置に据える予定だった燭灯角があの様だからな。随分といい代わりがいたものだ」 

燭灯角は未だ本拠地に眠っている。そのことすら忘れかける程、焔童子の殺傷能力は凄まじいものがあった。だがそれもやがて終焉の時を迎える。五供・百五十部隊の、しかもよりによって『灯明』の力を持つ者に討たれたのだ。

(―ちっ)

地獄へ堕ちる焔童子を遠くで見ていた”トガ”は、それまでの功績など記憶にないと言わんばかりに舌打ちした。


 べるめろは燭灯角と対峙している。仲間の存在は、そこにはない。だがべるめろは寧ろ、それでこそ戦いに集中できるとでも言いたそうな様子で、燭灯角を睨みつけている。

「○●●×××―」

互いが睨み合って手を出せずにいる状況に痺れを切らしたのか、燭灯角が何か叫んだ。言っている内容はわからないが、彼の表情からしておそらく自分を罵倒しているのだろうと、べるめろは思った。

「◇◆□!!!」

沈黙を裂く鈍い音と共に、直立していた燭灯角の体が直角に折れ曲がった。ぐにゃりと凹む腹には、赤を基調とした自分の服に対して恐ろしい程よく映える、白い拳がめり込んでいた。

「……◇◆□……」

いつか炎を繰り出すと思っていたところに不意を突かれ、燭灯角は仰向けに倒れた。何とか首を持ち上げるが、その視線の先には冷たい目で自分を見下ろすべるめろの姿があった。

「じごくに……おちろ」

べるめろの両手の人差し指に法輪が輝く。間もなくそれはめらめらと燃え上がった。明らかに止めを刺そうとしている。それに気づいた燭灯角は、突然目を大きく見開いた。頭頂部の炎が、蝋燭の何倍もの大きさになった。かと思うと、自分とべるめろ、それから周囲のものまで呑み込んで、赤々と燃える空間に閉じ込めてしまったのだ。

「!!」

べるめろは罠に嵌められたと気づき仲間に助けを求めようとするが、目の前には辺り一面の火の壁しかない。さらに、その壁を見つめる内に、べるめろはあるものを見た。


(ごめん……なさい……)


壁に、そう言って泣きながら自分を見つめる女性の影が浮かび上がった。べるめろはその目を見つめたまま動かない。今見つめているのは、見たことのない女性だ。だがべるめろは、彼女を赤の他人だと思えない。


(……まま……)


べるめろはぼそりと呟いた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

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